第62話 (外伝)遠い未来の話し①

本話は三華月の血族となる三条家の話です。



俺はS王国軍大佐で100人規模の部隊長である。

そして現在、首都から東へ5km地点にある草原地帯に部隊を率いて待機していた。

風達も重要な使命を帯びて先を急いでいるのだろうか、風が草原を吹きわたる音だけが聞こえてくる。

まるでここが風の特殊な通り道であるかのようだ。

俺の部隊に所属している100名の軍人は誰一人声を発せず東の方角を見つめている。

静寂の時が流れる中、通信班からの声が聞こえてきた。



<大佐へ報告です。ヒドラ級の機械人形が、大佐部隊が現在駐留している位置から距離1kmの地点へ到達しました。作戦通り、トールハンマーの有効射程範囲内へヒドラ型の誘導を開始してください。>



見渡す限りの草原の中にとてつもなく大きな船のような物体が近づいてくる姿が見えていた。

気が付くと、1km離れた位置にいるヒドラ型が侵攻してくる足音が風の音に混じりっている。

かすかに大地が揺れ始めており、強大な圧力がここまで届いてきていた。

―――――――俺達部隊の任務は、王国首都の城壁に設置された古代文明の遺物『雷撃トールハンマー』の射程範囲内に、全長が100m程度ある機械人形であるヒドラ型を誘導すること。

巨大な戦艦のようなヒドラ型が視界に入っているだけで、魂を吸い取られるようだ。

どうしようもない恐怖に心臓に杭を打ち込まれたような感覚に陥っていた。


人類最大の敵となった機械人形オートマターは、俺達人類より格上の存在であり、人がまともに戦って勝てる相手ではない。

昨年、ヒドラ型よりも遥かの小さいドラゴン型の機械人形がS王国へ侵攻してきた際、追い払うだけでも王国軍戦力の30%を失った。

そのことを考えると、知能が高く7つの首と頭を持つ最強種を、俺達100人程度で、雷撃の射程内へ誘導できるとは到底思えない。

俺達は国を守るためなら命をかけて戦う。

だが、絶対に殺される相手に挑むって、普通、納得がいかないだろ。

部下達は、俺からの作戦開始の号令がかかるのを黙って待っているのであるが、どうしても声がかけられねぇ。

風が抜け草原が揺られる音にヒドラ型が前進してくる異音が入り混じる中、再び通信班からの声が聞こえてきた。



<大佐、ヒドラ型が900mまで接近。ヒドラ型の誘導を開始してください。>



通信班からの催促が死刑執行をされているように聞こえてくる。

俺は、部下達を犬死にさせないとならないのか…。

―――――――――――その時、俺達の正面に、馬にまたがっている女がそこにいることに気が付いた。

いつの間に、そこにいたんだ。

というか、一体お前は誰なんだよ。

S王国軍の俺達の前に立つんじゃない!

限界を超えていた緊張状態であった俺は反射的に叫んだ。



「誰だ、お前は!」



俺の周りに待機していた部下100名が俺に注目している。

ふりむいた女の歳は40歳くらい。

街にゴロゴロいるようなただの『オバハン』だ。

ここは戦場だぞ。

そこにヒドラ型がいるんだぞ。

馬に跨ったただのオバハンがここにいるっておかしいだろ!

極限状態である俺の前へ、ただのオバハンが何気に現れるとは。

俺を舐めてんのか!

ブチ切れ状態になった俺は限界突破をして更にブチ切れた。



「おい、オバハン、俺を舐めてんのか!」



俺の手が腰の大剣を握った瞬間、副官の一人が必死な形相で「駄目です、大佐!」と叫びながら俺を静止するために抱きついてきた。

だが、俺はブチ切れた上にブチ切れている。

自制ができる状態ではないんだよ!



「俺を止めてんじゃねぇ!」

「大佐、落ち着いて下さい。大佐、死にたいのですか!」



何、俺が死にたいだと?

どういう理屈で、俺が死にたいと言っているんだ。

気がつくと俺は10人くらいの部下達に羽交締めにされていた。

なんで俺が羽交締めにされているんだよ!



「大佐、馬、馬、あの馬!」

「あのお方が乗っている馬!」

「あれは機械人形オートマターですよ!」



あん、機械人形だと?

確かに、ただのオバハンが馬型の機械人形にまたがっている。

いやいや。

上位種の機械人形に人がまたがれるはずがないだろ。



「なんで、ただのオバハンがオートマターにまたがっているんだ?」



俺の言葉を聞いた部下達が、慌てた様子でオバハンへ平謝りを始めていた。

俺は間違った事は言っていないはず。

馬にまたがっているオバハンが俺を睨んでいるが、どこからどう見てもただのオバハンだ。

素直に思っている疑問が口から出てきた。



「お前達、なんで普通のオバハンに謝ってるんだ?」



―――――――次の瞬間、俺の意識が一瞬飛んでいた。

何が起きたんだ。

頭がクラクラする。

オバハンが、いつの間にか抜いていた木刀で俺の脳天に一撃を入れていたのだ。

頭の中に星が浮かんでいる中、そのオバハンから屈辱的な言葉が聞こえてきた。



「もう枯れ果てて男の役目を終えているあなたからすると、私はオバハンではありませんよ。」



カチィーン。

誰が男の役目を終えただと!

オバハンの言い放った言葉に、怒りが全身を駆け巡っていく。

部下達に羽交い締めにされたまま、怒りのままに叫んだ。



「俺は、まだバリバリの現役なんだよ。それに女は鮮度が命だろ。世間では30歳以上の女はみんなオバハンなんだよ!」



部下達が、俺の声をかき消すように声で、再びオバハンへ平謝りを再開し始めた。

更に他の部下は、俺の許可なく、オバハンへ俺達が王国から命じられている作戦を説明している姿がある。

勝手に作戦を話すなと怒鳴ろうとした時、部下達がオバハンの名前を言っている声が聞こえてきた。



「私達の部隊は、あのヒドラ型を雷撃トールハンマーの射程範囲へ誘導しなければならないのです。」

「三条烈華様、どうか力をお貸しください。」



三条烈華だと。

武神とか、戦姫と呼ばれている女だ。

人類最強の血族である三条家の純血種と言われており、帝国の最強戦力と言われている拳聖・三条猛の一人娘だったな。

そこにいるただのオバハンが、三条烈華なのか。

その三条烈華が、部下達に対して、クソ舐めた返事をしている声が聞こえてきた。



「はいはい。あのヒドラ型を向こうに吹っ飛ばしたら良いのですね。」

「できるのでしょうか!」

「よろしくお願いします。」



部下達が最敬礼をしている。

というか、武神の純血種か何だか知らないけれど、ただのオバハンごときにヒドラ型がなんとか出来るわけがないだろ。

ヒドラ型が侵攻して来ている危機にS王国は帝国へ援軍を求めていた。

その援軍がこのただのオバハンかよ。



「おい、オバハン。何で帝国は拳帝の三条猛を援軍に出して来ないんだよ。」

「父の三条猛では、あのヒドラ型を相手にするのは厳しいので、私がここに出向いてきたのですよ。」



何だと。

帝国最強の拳帝ではヒドラ型の相手をするのが厳しいので、帝国はその辺りにいるただのオバハンを援軍に寄こしたのかよ。

怒りのままに怒鳴りちらそうとした時、ただのオバハンである三条烈華が俺に木刀の先をビッと刺してきた。



「もう一つ。次にオバハンと言ったらあなたをブチ殺しますので。」



な、何を調子に乗っていやがる。

最強血族の純血種といえども、この俺がオバハンごときに負けるはずがないだろ!

でもちょっとだけビビってしまったけどな。

さすが三条家の血族だ、迫力だけはエゲツねえな。

オバハンが面倒くさそうに「やれやれですね。」と言いながら間近に接近してきているヒドラ型へ体の向きを変え、持っていた木刀を構えながらゆっくり息を吸い始めた。

―――――――――――――そして、オバハンが木刀を一閃した。


俺達から南に距離500m程度のところを通りぬけようとしていたヒドラ型が何かにぶん殴られたように、草原を凄い速度で転がっていく。

同時にとてつもない衝撃音が聞こえてきた。

除夜の鐘みたいな音がしたぞ。

事態が把握できないが、ヒドラ型が『雷撃』の射程内に入っているではないか!

通信班から声が聞こえてきた。



<大佐がヒドラ型の誘導に成功。>

<トールハンマーを発射します。全員、衝撃波に備えろ!>



次の瞬間、稲妻の光が走り、遅れて空を突き刺すような轟音で空気が揺れた。

雷により草原に立ち篭った煙のせいで、ヒドラ型を仕留めたのか視認出来ない。

通信班からの声が聞こえてきた。



<ヒドラ型へトールハンマーの直撃を確認しました。>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る