第61話 俺の遊郭、俺の嫁達
低い位置にある太陽からの光が、街を明るく照らしている。
私の周りには人だかりができ、お酒の匂いを漂わせている野次馬達が、騒ぎ立てながら楽しそうに見物を決め込んでいた。
呑気に花見でもしているような感じだ。
その野次馬の中に混じっている勇者と強斥候については、重大な問題を抱えているようで、のっぴきならない様相をしていた。
二人には、遊郭へ遊びに来たことを美人賢者へ告げ口しないかわりに、これからこの施設を焼け野原にする際にここにいる全ての者の避難誘導をお願いしていたのだ。
これは、同族殺しになると信仰心が下がるための対応策であり、責任重大な使命である。
正面には、城塞都市の地下1階にある遊郭への入口ゲートがあり、着物をきた遊び人風のひょろりとした男が、余裕綽々な表情を浮かべながらこちらを見ていた。
この遊郭を支配・管理している十戒という男だ。
敷地内へ進入し勇者達へ、『遊郭を焼け野原にする』と言い放った言葉を聞いていて、私を迎え撃つために現れたのだ。
まず十戒が、腕組をしながら落ち着いた様子で自己紹介をしてきた。
「俺が遊郭の支配者『十戒』だ。この施設を焼け野原にする話を聞いたからには、俺の権限で聖女さんは遊郭への入場は不可とさせてもらう。つまり、俺の張っている『結界』内への進入は出来ないようにした。俺の話しを理解したのなら、とっとと帰ってくれ。ここは高貴な聖女さんなんかが来るところじゃないんだぜ。」
手を伸ばせば届く距離に、薄いガラスのような壁が見えている。
これが遊郭内に張られている結界か。
性奴隷を強要されている女子達が出られないようにするためのもので、特定の者の侵入を弾く効果がある代物だ。
空を見上げると、青空に雲が流れている時間帯ではあるが、白い月が見えていた。
月の加護を受けている現状態にある私を阻むことなど、なんぴとたりとも出来はしない。
それでは、自慢の結界を指先で破壊して差し上げましょう。
手を伸ばし人差し指を『結界』に近づけていく。
――――――――そして指先がチョンと触れた瞬間。シャボン玉が割れるようにポンと結界が弾け飛んでしまった。
いかに強力な結界といえども、今の私の前には紙切れみたいなものなのだ。
今しがた破壊したのは、迷宮内にダンジョンマスターが張られている結界と同一のものだった。
もしかして、十戒の正体は…。
結界を破壊されてしまい、遊び人風の着物を着ていた男が、後退りをすると声を出せない様子で体を硬直させてしまった。
見物人からもどよめきが起きている。
一歩前に足を進めると、唖然としていた十戒が、電光石火の勢いで土下座をしてきた。
「どうか、俺の遊郭を破壊するのは勘弁してください。」
自慢の結界を指先で破壊されてしまった事実を目の当たりにして、私との力の差を認識し、降伏してきたのだ。
遊び人風の男が『俺の遊郭』と言っていたが、それはこの施設が個人的な所有物だという意味だ。
この十戒という生物は、駄目な男のエキスを濃縮したような存在らしい。
こんなクズの言葉など聞けるはずがない。
「駄目なものは駄目でしょう。勘弁することなどありません。この施設は破壊させてもらいます。」
「絶対に嫌だ。俺の嫁達は絶対に解放しないぞ。」
十戒は頭を地面に擦りつけたまま、どす黒い感情のこもった声を絞りだしてきた。
今度は俺の嫁達と言うのか。
ハーレムをつくりたがる自己中心的な男で、女を物扱いしてしまう外道といえるだろう。
十戒がゆっくりと立ち上がるとその表情は怒りに満ちており、ギラリと私を睨み付けて饒舌的に言葉を続けてきた。
「俺は高い金を払って嫁を集めたんだ。俺は絶対に嫁を解放したくないのに、どうしてこんなことになるんだ!くそぉ、腹が立つぜ!俺はスキル『ダンジョンウォーク』を発動する!」
ダンジョンウォーク。
それは迷宮内に通路を自由につくる事ができる効果がある。
そして迷宮を管理するダンジョンマスターのみが使用できる固有スキルのはず。
十戒の宣言とともに足元の地面に穴が開くと、下の階へ男の体がストンと落ちていく。
つまり男は逃走したのだ。
そして、固有スキルを発動させたことにより、十戒は人の姿をしているが、城塞都市の地下に広がる迷宮のダンジョンマスターだという事が確定した。
素早く寄ってきていた勇者と強斥候が、ダンジョンウォークで開いた穴から下を覗きこんでいた。
「これって、『ダンジョンウォーク』に似ていないか。」
「そのスキルは迷宮を管理しているダンジョンマスターの固有スキルのはずっす。なぜ十戒が使えたんすかね。」
遊郭で働いていた親父達も遊郭の支配者である十戒が『ダンジョンウォーク』を使用した事に戸惑っている。
通常、ダンジョンマスターは魔物であるが、十戒の姿を見ると人間っぽいので、その事実を素直に受け入れられないのだろう。
辺りが騒然となっていると、十戒の声が遊郭の街中に鳴り響いてきた。
≪貧弱なバディの聖女ではあるが、まぁいいだろう。何よりも気の強い美人というところが俺のツボにハマったぜ。≫
十戒の言葉を聞いた周りの視線が、私に集まっている。
気の強い美人とは私のことを言っているのだろうが、貧弱なバディという表現が引っ掛かる。
奴は人の姿をしているが実際は魔物だし、もうこれは死刑が確定したといえるだろう。
十戒の卑猥な宣言が続いていた。
≪気が強くて高貴な聖女は、絶対に俺の下僕にして従服させてやる。高いお金を払って集めてきた嫁達を手放してしまうんだから、それくらいの代償は聖女に払ってもらわないとマジで困る。これは当然の権利なんだ。それからこのまま、俺から逃げるのは無しだぞ。俺を放置していたら、また遊郭を復活させてしまうことになるからな。高貴で気の強い聖女、『ダンジョンウォーク』で開けた穴はそのままの状態にしておくから、そこから迷宮内へ入ってこいよ。≫
ここで遊郭を解体したとしても、十戒を処刑しないと意味が無いということか。
いい感じで神託が降りてきそうな気配もある。
迷宮内にいる四十九と月姫も心配だし、ここは十戒の挑発にのって迷宮内へ侵入するべきところかしら。
ダンジョンウォークで開いている穴を覗きこんでいる勇者と強斥候が十戒に触発されて、わけの分からない会話をしている声が聞こえてきた。
「気が強く高貴な聖女を無理矢理従服させる行為って、なんかいいよな。それって、全ての男に共通する野望の一つだな。」
「見た目だけなら、三華月様以上の女子はいないっすよ。でも、やはり性格が危ないというか、劇ヤバですからね。」
「そうそう。見た目だけは理想的なんだけどな。」
「人は見かけによらないと言うっすが、まさにこのことっすね。」
気がつくとと、穴の中を覗き込んでいる2人を、背中から蹴り落としていた。
続いて、汚い悲鳴と、私への恨みのような言葉が聞こえ、その声が遠のいていく。
人が間抜けな声を出しながら落ちていく姿を見るのって、やはり面白いものだな。
それでは、私も迷宮内へ参ることにしましょう。
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