第61話 俺の遊郭、俺の嫁達

要塞都市エインヘリヤルにある遊郭は、地上階から道幅5mのスロープを下っていった地下ダンジョンの1階にあり、『十戒』という者が支配していた。

世界から奴隷堕ちした女子達は、性奴隷を強いられており、十戒が張っているという『結界』から出るためには、誰かにお金を払ってもらい身請けをしてもらう以外に手段がない。

――――――――――その『結界』が私の侵入を拒んでいたのである。

『結界』を挟んで向こう側にいる遊び人風の着物を着たひょろりとした男が、余裕綽々な表情を浮かべならが自己紹介をしてきた。



「俺が遊郭の支配者『十戒』だ。遊郭を焼け野原にする話を聞いたからには、俺の権限で聖女さんは遊郭への侵入は不可にさせてもらった。言っておくが、この『結界』は帝国が誇る武神といえども破ることは出来ない古代文明の技術でつくられているものだ。俺の話しを理解したのなら、とっとと帰えるんだな。ここは高貴な聖女さんなんかが来るところじゃないんだぜ。」



私と十戒と名乗る男の周りには、お酒のにおいをさせている野次馬達の人だかりが出来ており、楽しそうにことの成り行きを見守っている。

呑気に花見でもしているような感じだ。

その人だかりに混じってオロオロしている勇者と強斥候には、避難の誘導をお願いしたのだけど、まぁこの雰囲気では避難誘導は出来なくても仕方がないだろう。

さて十戒が張ったという『結界』であるが、気になることがある。

この『結界』は、戦闘行為による被害が出ないようにダンジョン内で張られているものと同じ『障壁』であり、つまりそれはこの遊郭がダンジョンの一部であるという事を指し示している。

もし、その仮説がただしければ…

――――――――――着物を着て遊び人ふうの格好をしている十戒は、人の姿をしているが、実際は魔物であり、ダンジョンマスターなのではなかろうか。

だが、そこは重要ではない。

私の侵入を拒んでいる『結界』を崩すことが何よりも優先される。

空を見上げると、青空に雲が流れている時間帯ではあるが、白い月が見えている。

今の私にとって、『結界』を破壊することなど容易いことなのだ。



手を伸ばし指先が『結界』に触れると、風船が割れるようにポンと弾け飛んでしまった。





「どうか、俺の遊郭を破壊するのは勘弁してください。」



目の前で十戒が土下座をしている姿がある。

指先で『結界』を破壊してしまった私との力の差を認識し、降伏したのだ。

そして十戒の喋った言葉であるが、俺の遊郭って、平気で言うこいつは馬鹿なのではなかろうかと思ってしまう。

この十戒という生物は駄目な男のエキスを濃縮したような生物のようだ。

私は自身の使命を果たす事にしましょう。



「駄目なものは駄目です。勘弁など出来るはずがありません。」

「絶対に嫌だ。俺の嫁達は絶対に解放しないぞ。」



十戒は頭を地面に擦りつけたまま、どす黒い感情のこもった声を絞りだしてきた。

今度は俺の嫁達というのですか。

ハーレムをつくりたがる自己中心的な男で、女を物扱いしてしまう外道なのだな。

十戒がゆっくりと立ち上がるとその表情は怒りに満ちており、ギラリと私を睨み付けて饒舌的に言葉を続けてきた。



「俺は高い金を払って嫁を集めたんだ。俺は絶対に嫁を解放したくないのに、どうしてこんなことになるんだ!くそぉ、腹が立つぜ!俺はスキル『ダンジョンウォーク』を発動する!」



『ダンジョンウォーク』は、そのダンジョンを管理するマスターのみが使用できて、ダンジョン内に自由に通路をつくる事ができる固有スキルである。

宣言とともに足元の地面に穴が開くと、下の階のダンジョンへ十戒の体がその穴へ落ちていく。

十戒は人の姿をしているが、要塞都市の地下に広がるダンジョンマスターであり、この遊郭はダンジョン内の一部だと確定した瞬間だ。

勇者と強斥候が、ダンジョンウォークで開いた穴から下を覗きながら、十戒について話しをしている声が聞こえてきた。



「これって、『ダンジョンウォーク』に似ていないか。」

「そのスキルはダンジョンマスターの固有スキルのはずっすけど、なぜ十戒が使えたんすかね。」



遊郭で働いていた親父達も遊郭の支配者である十戒が『ダンジョンウォーク』を使用した事に戸惑っている。

通常、ダンジョンマスターは魔物であるが、十戒の言動からしても人間っぽいので、その事実を素直に受け入れられないのだろう。

辺りが騒然となっていると、十戒の声が遊郭の街中に鳴り響いてきた。



≪貧弱なバディではあるが、気の強い美人というところが俺のツボにハマったぜ。≫



十戒の言葉を聞いた周りの視線が、私に集まっているようだが、気の強い美人とは私のことを言っているのだろうか。

貧弱なバディという表現が引っ掛かるけどな。

というか、十戒に気に入ってもらっても全くうれしくない。

十戒の卑猥な宣言が続いてきている。



≪気が強くて高貴な聖女さんは、絶対に俺の下僕にして従服させてやる。高いお金を払って集めてきた嫁達を手放してしまうんだから、それくらいの代償は聖女さんに払ってもらわなければ困るぜ。これは当然の権利だんだ。それからこのまま、俺から逃げるのは無しだぞ!俺を放置していたら、また遊郭を復活させてしまうことになるからな。高貴で気の強い聖女さん、『ダンジョンウォーク』で開けた穴はそのままの状態にしておくから、そこからダンジョン内へ入ってこい。≫



ここで遊郭を解体したとしても、十戒を処刑しないと意味が無いということか。

いい感じで神託が降りてきそうな気配もある。

ダンジョン内にいる四十九と月姫も心配ですし、ここは十戒の挑発にのってダンジョン内に行かしてもらいましょう。

ダンジョンウォークで開いている穴を覗きこんでいる勇者と強斥候が十戒に触発されて、わけの分からない会話をしている声が聞こえてきた。



「高貴で可愛い聖女を従わせる行為は、男の野望の一つではあるわな。」

「見た目だけなら、三華月様以上の聖女はいないっすけど、性格があれっすからね。」

「そうそう。見た目だけは理想的なんだけどな。」

「人は見かけによらないと言うっすが、まさにこのことっすね。」



気がつくとと、穴の中を覗き込んでいる2人を、反射的に背中から蹴り落としていた。

続いて、汚い悲鳴と、私への恨みのような言葉が聞こえ、その声が遠のいていく。

人が間抜けな声を出しながら落ちていく姿を見るのって、やはり面白いものだな。

それでは、私もダンジョン内へ参りましょう。

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