第58話 たまねぎ
礼拝堂内には神聖な空気が流れている。
使い魔達が掃除してくれているおかげで室内には汚れや埃がなく、隅々までクリアに見えていた。
4人掛けの長椅子が2列に並び、80名が座れる席がある。
正面には造りこまれた十字架があり、側面に嵌め込まれているステンドガラスから明かりが入ってきていた。
木製の祭壇横の台座には、適正JOBを見定めることができる大きなクリスタルが鎮座しており、四十九を鑑定したところ『女忍者』と表示された。
星運の『覚醒』の効果によりS級スキル『影使い』が目覚めていたことより、適正JOBは斥候系であると予測していたが、その通りの結果だ。
入れ替わりに眼鏡女子である月姫がクリスタルの前に進み、適正JOBを鑑定してくれているイケメン親父へ頭を下げていた。
「司祭様。よろしくお願いします。」
「承知しました。月姫さん、こちらのクリスタル石へ手を乗せて下さい。」
眼鏡女子である月姫の容姿から適正JOBを素直に予測するならば、学級委員長であるとか、学者あたりがしっくりくる。
黒龍討伐後、満員状態の酒場を1人で切り盛りしていたことを考えると、カリスマ店員なんかも有りなのかもしれない。
黒龍討伐のため、ダンジョン最下層まで信じられないような危ない道を何事もなくクリアした実績を考慮すると、特殊工作員の線もある。
見た目とは裏腹に、たぐい稀なレベルで器用な女子なのではなかろうか。
月姫は顔を真っ赤にしながらクリスタルの上に手のひらを乗せると、その結果を見たイケメン神父が苦々しい表情を浮かべた。
「月姫さんの適正JOBが『無色透明』であると出ました。」
『無色透明』は、全ステータス値が平均的で突き出た能力がなく、何事においても未熟であり最弱のJOBと言われているが、能力値を上げていけば多領域に才能を発揮し、全領域のスキルが獲得できる。
一般的にはハズレとされているものの、獲得条件は極めて難しく、最強無双となる可能性を秘めているJOBだ。
結果を聞いた月姫が残念そうな表情を浮かべて深くため息をついた。
「空気みたいと言うか、存在感の無い私らしいJOBですね。」
「月姫。諦めるな。こちらには、何でも出来る、超反逆者、いる。」
月姫と四十九の視線がこちらの方へ移ってきた。
その超反逆者という表現方法は、やめてもらいたい。
見たまんま、普通にウルトラ可愛い聖女と言えばいいではないですか。
私に期待しているようたが、何をさせようとしているのかしら。
嫌な予感がする。
既に私が対応する事を前提に、四十九が注文を出してきた。
「無色透明。JOBの名、可愛さ、ゼロ。改名、希望。」
四十九がグイっと詰め寄ってきた。
眼鏡女子も、何故が期待している表情だ。
世界の記憶『アーカイブ』を使用すればJOBの名前を変える事が可能ではあるが、聖女という者は利己的な行為を決してしないのが世間の鉄則。
でもまぁ、私はそれを平気でやってしまう聖女なのだけどな。
世界の記憶『アーカイブ』を改ざんする行為は面倒くさいが、四十九からの要望を無視する方が、更に面倒な事になる気がする。
「承知しました。『無色透明』のJOB名を、相応しい名前へ変更させてもらいます。」
「おおお。さすが、神。天才。」
「三華月様は本当に可愛さも実力も神です!」
四十九は抑揚のない歓声を上げながら拍手をしている。
超反逆者から神になってしまった。
だが可愛さだけでいえば神レベルということは否定出来ないが、おちょくってきているように思える。
でもまぁ、いいでしょう。
「それでは、私は世界の記憶『アーカイブ』を展開します。」
宣言と共に、目の前に無限とも思えるほどの羅列された文字の立体フォログラム映像が浮かび上がってきた。
まずは、この文字の中からJOB名『無色透明』の項目を引っ張り出します。
世界の記憶『アーカイブ』は私にしか見えていないため、四十九と月姫は、私が行っている作業については全く理解出来ていない。
『無色透明』の説明に、『あらゆる武器と防具の装備が可能で、近接攻撃から遠隔攻撃にいたるまで全てをこなせる最強のJOB』という内容と記録されている。
無限の可能性を秘めている月姫にぴったりなJOBだ。
「無色透明のJOBの名前を『たまねぎ』に変更する事にします。」
「え?」
「たまねぎ?」
展開されている『アーカイブ』を、サラサラさらさらと書き換えると、地上世界から『無色透明』のJOBは消え、『たまねぎ』という名前に生まれ変わっていた。
さすが、私だ。
安定の自画自賛である。
私の宣言を聞いていた四十九と月姫であるが、反応が薄いというか、微妙な表情を浮かべていた。
「古代文明の記録によると、『オニオンシリーズ』という圧倒的な性能を有している装備品が存在するそうです。それを装備すると、チート級の強さを手に入れる事ができるというJOB名にちなんで、可愛い名前に変えてみました。」
「三華月様。芸術センス、皆無、失念。ワタシ、反省。」
「私は、少しだけ可愛い名前だと思います。大丈夫ですよ。」
少しだけなのなのかよ…。
そして大丈夫って、残念感が満載ではないか。
◇
空が青色から藍色へ変わり始めていた。
太陽が沈みかけ、星が輝き始めている。
機械人形が引く馬車は、草原地帯に延びる一本道を進んでいた。
背後にある廃墟の姿はもう見えない。
四十九を魔界へ帰すために、イケメン親父の神官がいる地下礼拝堂から出て、
手綱を持つ私の横に四十九が座り、四十九を背後から月姫が抱き着きながら座っている。
「まったくやれやれです。地下礼拝堂へ立ち寄りましたが、意味の無いものに終わってしまいましたね。」
喜んでもらえるかと思って行ったJOB名の変更も、不発に終わってしまった。
無駄骨を折るとはまさにこのことだ。
返事がない隣に座っている2人の少女を見ると、何故か睨みつけられていた。
嫌な予感がする。
案の定、2人から猛抗議が始まった。
「立ち寄った意味。凄く、ある。」
「はい。素敵な出会いがありました。」
「そうですか。それは良かったですね。」
「アタシと月姫。旦那のため、城塞都市で一攫千金、当てる。」
「私と四十九と司祭様の3人で、あの教会の建物を再建して、街づくりをしようと思っています。」
「
「肯定。親が心配。」
「私も四十九の両親に挨拶をしたいと思っています。」
「魔界に行くのなら、旦那のために一攫千金を当てる必要は無いではないですか。」
「月姫と一生、旦那、支える。」
「はい。四十九の両親に無事である事を伝えたら、私達は地上世界へ戻ってくるつもりです。」
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