第48話 思い殺りゲーム開始
青い空に雲がゆっくりと流れていた。
都市を囲む砂漠から、熱く乾いた風が吹き込んでくる。
乾燥した空気は少し砂っぽい。
砂漠と都市の中央にある石造りのホテルは、裏庭を囲むように建てられていた。
ペンギンの計らいで人払いがされており、建物を挟んだ大通りからは、人がうごめく声が聞こえてくる。
万里の第一印象は知的系のお姉さんであったが、星運を蹴り飛ばすその姿は狂気的なサディストのような様相へ変貌していた。
芋虫のように地面を這いながら万里の蹴りから必死にディフェンスしていた星運が、こちらへ転がってくると、不意に土下座をし、命乞いをしてきた。
「聖女様。俺は本当に『盗魔の鎖』の事を知らなかったんです。信じて下さい。無限回廊墜ちは何とかなりませんか。俺にチャンスを下さい!」
盗魔の鎖とは水落の心臓の巻かれていた鎖のこと。
星運の奴隷として出していた成果が全て万里のものへなる代物だ。
星運が知らないことはないだろうし、この男には処刑の神託が既に降りてきている。
そう。星運へ生き残るためのチャンスなるものを与えることなどない。
ジャッジメントにて無限回廊墜ちの審判が下った星運は、なりふり構わずといった感じで、土下座の体勢をキープしたまま、四十九に体を支えられている水落へ、自身をフォローするようにお願いをしてきた。
「水落。お前からも聖女様に懇願してくれないか。一生に一度のお願いだ。頼む!」
「絶対に嫌!」
涙腺が崩壊していた水落が、顔を真っ赤にして星運を睨みつけた。
性奴隷を強要していた女の子に対して、俺を助けるように助力を頼むのか。
さすが、外道の中の外道だな。
外道という意味でいえば、万里も同類なのだろう。
――――――――そう。万里は、このまま無限回廊送りにするのは惜しい存在。
信仰心を稼ぐ視点でいうならば、まさに逸材中の逸材だ。
私の信仰心を上げるために、ここは万里の処刑の神託が降りてくるように策を練るところだろう。
皆に聞こえるように、足元にいるペンギンへ質問をしてみた。
「ペンギンさん。質問があるのですが、よろしいでしょうか。」
こちらを見上げてきたペンギンは、私の不穏な思考を感じ取ったようで、顔を歪めて『駄目な事を言いそうだな』みたいな視線を送ってきた。
さすが最古のAIだ。
よく私のことが分かっている。
仕方がない感じで頷いてきたペンギンへ、皆に聞こえる声で質問を開始した。
「『ジャッチメント』にて出された審判と、これから私がくだす裁定とが、相違していた場合の話しです。」
「三華月様。公正な判断を行う『ジャッジメント』が、星運と万里を無限回路送りにするという裁定を下しました。もしやと思いますが、それを覆すおつもりなのですか?」
「はい。ご推察されたとおりです。」
「何を聞きたいのかまぁだいたいは分かりますが、一応話しを伺います。」
「私の下す裁定は、ジャッジメントよりも当然優先されると思っております。その点について相違ないのかを確認させて下さい。」
私の言葉を聞いた星運と万里の瞳がキラリと光った。
ペンギンについては『訳の分からない事を言い始めたぞ』みたいな顔をしている。
泣き崩れていた水落は少し落ち着きをとり戻し、四十九は様子を静観していた。
これから提案する『思いやりゲーム』へ気持ちよく参加してもらうため、ジャッジメントの無限回廊堕ちが確定したはずの審判に関し、私が覆せるという事実を外道2人に教えようとしているのだ。
そしてペンギンは予測どおりの返事をしてきた。
「もちろんです。この地上世界において、何よりも三華月様の言葉が重く、ジャッチメントの審判より優先されることで間違いありません。」
私の思考を読みとっている様子のペンギンは、やれやれのポーズをしている。
四十九と水落については、状況が呑み込めていないようだ。
万里はこれ以上ないくらい目を見開いた。
興味を持っていると言えばようなのだろうが、あきらかに私を警戒している。
そして星運はというと、土下座にて額を地面に打ち付けてきた。
「聖女様。助けて頂き、有難うございます!」
命を懸けたなかなか良い土下座だ。
お礼を言われてしまったが、まだ助けるとは言っていない。
といいますか、助けるつもりなんて無い。
私の目的は信仰心を上げること。
このまま、万里を無限回廊堕ちにしてしまうのが惜しいだけ。
「それでは無限回廊送りが確定してしまった星運と万里の二人には、恩赦を受けるチャンスをあげようかと思います。」
星運が地面に頭突きを繰り返しながらお礼の言葉を連呼している。
万里の方はというと、眉間にしわを寄せてこちらを怪しんでいた。
だが、私からの提案に食いついてくるしか選択肢が残されていない。
そして、宣言した。
「星運と万里の2人には、『思いやりゲーム』をしてもらいます。その名のとおり、互いを思いやる事ができるか試させてもらうゲームです。」
ルールは簡単だ。
2人に白紙用紙とペンを渡し、カウントダウン開始から10秒以内に、星運か万里かどちらかの名前を記入する。
同じ名前が書かれていたら者は無罪となるのだ。
相手のことを思いやることが出来るならば、確実に1人は無罪放免となるルール。
相手を思いやれなかった場合。つまり失敗した場合はペナルティが存在する。
もし用紙に同じ名前が書かれていなければ、私が運命の矢で死なない程度に体を撃ち抜くのだ。
ルール説明が終わると、星運が地面を両手で叩きつけながら叫んだ。
「なんだよ、それ。万里が俺の名前を書かなければ、俺が無罪にならないじゃないか!」
さすがだな。
もうこの『思いやりゲーム』の核心を把握したようだ。
万里の瞳にも怒りが籠っている。
なんだ。
せっかく無罪放免になるチャンスなのに、『思いやりゲーム』をやらないのか。
「それでは、『思いやりゲーム』はやめておきますか。」
「俺はやります。俺は万里には自由に生きてほしいと思っていました。俺は万里の名前を書きます。」
「私もやります。1人だけ生き残れるなら、私は星運様の名前を書かせてもらいます。」
「さすがです。しかし、二人が互いの名前を書いてしまったら、失敗になってしまいますよ。」
「万里。お前には本当に悪いと思っていた。だから俺は万里の名前を書く事にするよ。」
「私は星運様の名前を書きます。1人しか助からないのです。星運様は生きてください。」
2人共、ノリノリなのだな。
星運が万里へ土下座をし、万里は星運を真っ直ぐ見つめながら正座をしている。
お互いを思いやる言葉が心に染みてくる。
正論を振りかざし論破してくる者に、人を動かすことは出来ない。
相手を理解し、相手のために考えて行動する気持ちこそが思いやりなのだ。
そろそろ頃あいかしら。
「それでは、カウントダウンを開始してもよいですか?」
星運と万里が頷いた。
ペンギンは死んだ魚のような目をしており、とても和やかなこの雰囲気が受け入れられないようだ。
この素敵な人間ドラマが、AIには理解できないのか。
まったくもって、残念な生物だ。
四十九に星運と万里に白紙用紙と鉛筆を配ってもらい、同時にカウントダウンを表示する電光掲示板が頭上に姿を現した。
「カウントダウンを開始します。」
宣言をすると、星運と万里は迷いなく用紙にペンを走らせた。
この10秒間はドキドキするというよりも、ワクワクする。
そしてカウントダウンがゼロとなり、四十九がそれぞれ用紙を回収した。
――――――――結果は、星運1、万里1。
うん、私を絶対に裏切らない結果だな。
だが、その結果を聞いた星運が吠えた。
「なんだそりゃぁ。万里、お前、俺の名前を書くって言っていたじゃねぇか!」
怒号を響かせる星運を、万里が腰に刀の鞘で星運をぶん殴った。
星運はガードをするものの、あまりの痛さに地面にのたうち回っている。
本当に和気あいあいといった和やかな光景だ。
万里が、芋虫のように地面を転がっている星運を蹴りながら罵声を浴びせている。
「
互いを罵り合う姿を見るのはいいものだ。
和やかな会話を交わしている2人に水を差すようになるが、『思いやりゲーム』が失敗した場合、2人にはペナルティを与えなければならない。
私は運命の弓をスナイパーモードで召喚します。
白銀に輝く3m以上の弓が姿を現すと、怒号を交わしていた2人が静まりかえった。
「『思いやりゲーム』が失敗したペナルティとして、2人の体を撃ち抜きます。」
2人の顔が青ざめていく中、運命の矢を召喚し、弓をギリギリと引き絞った。
――――――――――TWIN_SHOOT
超音速で走っていく矢が、星運と万里の左手を撃ち抜いた。
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