第49話 思いやりゲーム②

ここはコの字型の建物に囲まれているホテルの裏庭。

砂漠の地平線から昇った太陽からの光は、建物で遮断され一面が影になっていた。

近くからは、多くの人がうごめく生活音が聞こえてくる。


思いやりゲームの結果が失敗し、そのペナルティとして今しがた、星運と万里の手のひらを運命の矢で貫いたところだ。

2人は、自身の手のひらに穴が空いている事を視認すると、これから襲われるであろう激痛への恐怖に悲鳴をあげ始めた。



「痛ぇぇぇ!」

「嫌ぁぁぁ!」



大量の血液が流れ出始めているその左手では、箸を手に取り食事をすることはもう出来無いだろう。

痛みが襲ってきたその目は見開き、玉の汗が噴き出し悶絶している。

四十九と水落は成り行きを見守り、ペンギンは冷やかな視線を送ってきていた。



「三華月様。早く処置しないと、2人は出血多量で死んでしまいますよ。」



処刑の神託が降りている星運は見殺しにしても問題ないだろうし、社会のゴミのような万里がどうなろうと、信仰心には影響はない。

だが、私には2人がこの状況下では死なれてしまうと困る事情がある。

そう。万里を処刑する神託をおろしたいのだ。

早く止血をしなければ出血多量で死んでしまう。

止血用の包帯とガーゼが必要だ。



「ペンギンさん。あの2人を止血しなければならないのですが、包帯とガーゼ、それから痛み止め薬、お水を用意してもらえないでしょうか。」

「何ですか、そのわがままなお願いは。私は24時間営業をしているチェーン店でもなければ、何でもアイテムが出てくる4次元ポケットを持っているわけでもありませんよ。」



ブツブツと文句を言いながらも、希望した品をどこからともなく出してきてくれた。

何気に便利なペンギンだ。

用意してもらったガーゼと包帯等をペンギンから受け取り、四十九には万里の止血をお願いした。



「四十九は万里の止血をお願いします。私は星運の方を止血してきます。」

「承知、です。」



星運の方へ近づいていくと、血が落ちないように左手首を押さえ、大粒の汗をかきながら号泣している。

あなたには生きて頑張ってもらわなければならない。

きっと、私の期待に応えてくれるはず。

そう。私はクソ外道という生き物の思考パターンをよく理解しているのだ。

ここで星運には、物語を盛り上げてもらうために餌をまかせてもらいます。

血が滴り落ちる左手へ包帯を巻き続けながら、万里に聞こえないように星運へ『思いやりゲーム』の『攻略方法のヒント』について囁き始めた。



「特別サービスです。星運あなたには思いやりゲームの『攻略法のヒント』を教えてあげましょう。」



号泣していた星運の動きが一瞬止まり、ギロリと私を睨んできた。

その瞳を見ると、まだ闘争心が消えていないと分かる。

この男はヘタレではあるが根っからの悪党だ。

悪党は敵よりも有利になれば異常なほど元気になっていく生き物。

星運はまいた餌に食いついてきたのだ。

星運は激痛に顔を歪めながらも、私からの言葉を集中して聞こうとしている姿勢が見受けられる。

星運の左手から血が止まるまで包帯をグルグル巻きにしながら、攻略法のヒントを囁き始めた。



「名前を書き間違えてしまうこともあるでしょう。そんな時は、その名前に『取り消し線』を引き、そして正しい名前を書き直して下さい。」



私からの言葉を聞き、苦痛に顔を歪めていた男の目が見開いた。

無言で話しの続きを催促しているようだ。

これ以上のことは言えません。

種を明かしてしまっては元も子もないからな。

この『ヒント』は『思いやりゲーム』を行ううえで、最も重要な要素となる。

念押しをすることにより、悪党の才能に長けている星運なら私からのクリティカルパスを本能で理解するはず。



「もう一度言います。名前を書き間違えてしまったら『取り消し線』をひいて、訂正出来るということを忘れないで下さい。このヒントは、必ず星運あなたの役にたつはずです。」



星運の瞳は猜疑心で満ちているようだが、私からのパスは通ったはずだ。

万里の方を見ると、四十九も止血が完了し痛み止めの薬を飲み終わっていた。

激痛に耐えながら集中力を高めている星運に比べると、万里の目は既に死んでいるように見える。

善は急げと言いますし、再度『思いやりゲーム』を行う意思があるかを確かめさせていただきましょう。

問いかけにまず反応してきたのは万里であった。



「確認です。2人が望むなら、『思いやり』ゲームの第2回戦を行います。いかがされますか。」

「やるわけ無いだろ。1回戦が終わりもう分かっただろ。星運は私の名前を絶対に書かない。もちろん私も星運の名は書かない。つまり同じ名前が揃う事はない。」



万里が痛みのせいか怒りからくるものなのか、体をプルプルと震わせている。

その反応は至極当然で真っ当なものだ。

星運はというと私が与えた『攻略法のヒント』について考えているようで、再チャレンジするか判断をし兼ねている様子である。

この状況は、思いやりゲームを続ける後押しが必要だ。

予定通りの展開です。

ここで『必勝法』が存在する話しをさせてもらいましょう。



「いいことを教えてあげましょう。この『思いやりゲーム』には、必勝法が存在します。」

「必勝法だと!」



私の言葉に万里は目を見開き、星運については顔を歪めた。

星運にだけは先ほど教えたものは、『攻略法のヒント』である。

今、提示したのは『必勝法』だ。

2人は、怒りと戸惑いと不信感が入り混じった顔をしている。

前向きな姿勢に変わっている万里が必勝法について聞いてきた。



「それでは、その『必勝法』とやらを教えてもらおうか。」

「はい。『必勝法』は二人のどちらかにとって有利な内容になっています。つまり、今はどちらに有利なのかは言えません。『必勝法』を教えるのは、2人が『思いやりゲーム』の2回戦をやると宣言した後とします。」



この『必勝法』はどちらかに有利となっているということは、上手くいけばどちらかが助かることを意味する。

万里が舌打ちをし、星運は「まあそうだろうな。」と言いながらニヤリとしている。

2人の内どちらかが有利な必勝法であると言ったが、星運は『絶対に俺だな』と思っているようだ。

おめでたい男だ。

足元にいたペンギンが様子を眺めながらボソリと呟いた。



「三華月様。思いやりゲームに『必勝法』があるのなら星運と万里のどちらか一方が助かるということは二人とも理解したはずです。だが、また失敗してしまうと体を撃ち抜かれるという恐怖心があるのも事実かと思います。再チャレンジをしたくても、なかなか踏み切れない心境になるのが自然ではないでしょうか。」



この『思いやりゲーム』にはペナルティが存在する。

2人に白紙用紙とペンを渡し、カウントダウン開始から10秒以内に、星運か万里かどちらかの名前を記入し、同じ名前が書かれていたら者は無罪となる。

相手のことを思いやることが出来るならば、確実に1人は無罪放免となるのだ。

もし用紙に同じ名前が書かれていなければ、私が運命の矢で死なない程度に体を撃ち抜くのである。


まったくもってペンギンの言う通りだ。

2人が即答しない理由は、ペナルティを恐れているからなのだろう。

適格な指摘を頂き有難うございます。

早速、その問題点について対応させてもらいます。

抱いている恐怖を取り除く提案をして差し上げましょう。



「皆様。2回戦はルールを一部変更します。2回戦はゲームに失敗しても、ペナルティは無しにします。」



二人の顔付きが明らかに変化した。

前のめりになってきている。

人は『無料』であるとか『ノーリスク』という言葉に弱い。

これは、人を陥れる際に最も有効なワードなのだ。

追い込まれている状況下にいる星運と万里には、疑っているにしろ、この話しに乗ってくるしかない。



「もう一度言います。2回戦はノーリスクで『思いやりゲーム』を行うことにします。もう弓矢で体を撃ち抜くようなルールはありません。安心して下さい。」

「聖女様。ノーリスクって、本当なのですか。」

「はい。約束します。」

「聖女様。有難うございます。ノーリスクなら、俺はやります!」

「万里はどうされますか?」

「いいわ。その条件なら私もやるわ。」



私の言葉に星運が反応し、続けて万里が答えた。

二人共に覚悟を決めたようだ。

ペンギンが駄目な者を見るような視線を私へ送ってきている。

鬼可愛い聖女であるが、何故かよくそういう目で見られるので免疫がある。

気がつくと、星運と万里の目から圧が送られてきていた。

早く『必勝法』を教えろと無言で訴えているようだ。



「それでは約束通り、思いやりゲームの『必勝法』を説明しましょう。カウントダウンが開始されましたら、10秒以内に用紙に自分か相手の名前を書かないとなりませんが、そのカウントダウンは2人が合意してから開始します。カウントダウン開始前を含めて、相手に交渉するのも自由です。それまでは、私は一切の関与を行いません。」



星運は不思議そうにしているが、万里の瞳がキラリと輝いた。

万里には私の言葉が届いたようだ。

さすがだな。星運と比べて機転が利くことは分かっていた。

その万里が小さく手を上げて、確認のために質問をしてきた。



「用紙に名前を書き始めるまで。つまりカウントダウンを開始するまでは、私は何をしても自由というのだな。」

「はい。そう思って頂いて結構です。」

「どういう事だ。俺に分かるように説明しろ!」



万里からの今の質問は、『必勝法』をほぼ理解し出てきたものだ。

その様子を見ていた星運はというと、置いてきぼりをくらっているような感覚になっていたのだろう。

会話に入り込んできたのだが、万里は気にしない様子で更に具体的に質問を続けてきた。



「カウントダウン中。私が星運を殺してしまっても、ペナルティはないということで間違いないのだな?」

「はい。結構です。カウントダウンがゼロになるまででしたら、相手を殺してもらっても結構です。」



万里の表情が、サディスティックなものに変わっていく。

勝利を確信したようだ。

そして星運の方はというと、まだ要領を得ていない。

その星運に対して、万里が分かるように説明を開始した。



「つまり星運様は、私へ『俺の名前を書かなければ、今すぐ殺してやるぞ』と脅し、私に星運様の名前を強制的に書かしたら良いのですよ。」

「なるほど。万里を脅して、俺の名前を書かしたらいいんだな。それって、万里より弱い俺に出来る訳がねぇだろ!俺の方が殺されてしまうじゃねぇか。どちらか一方に有利な必勝法って、万里の方かよ!三華月、お前、俺を騙しやがったな!」



星運が顔を真っ赤にして叫んできた。

『思いやりゲーム』の必勝法とは、戦闘力が高い方が100%有利なのだ。

万里が使えない左手をだらりとさせながら、右手でゆっくりと抜刀を開始した。

ただならぬ殺気を放ちながらにじり寄ってくる万里に、星運は一歩二歩と後ずさりをしていく。



「畜生。万里の名前を書かないと殺されるし、書いたら『無限回廊送り』になってしまう!」

「私は星運おまえをこの手で殺してやりたいと思っていました。」



万里の声からは演技のようなものは感じられない。

いい感じで『思い殺りゲーム』になってきているようだ。

そして私は天を見上げた。

万里が外道の星運を殺そうとしているにも関わらず、『神託』が降りてくる気配が無い。

―――――――――うんこ同士で、同族殺しをさせて『神託』を降そうと試みたが、しょせん『うんこはうんこ』だったと言う事か。

策を練りましたが失敗に終わってしまったようだ。

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