第47話 もう一つの鎖について

無限回廊。それは、延々と道が続き、出口の無いと言われている迷宮。

無限回廊堕ちは、死罪を超える最も重い刑と位置付けられている。

一度、興味本位で入ってみたことがあるが、何の変哲もない通路であり簡単に出ることができた。

あの時の期待外れ感は今も覚えている。


熱い風が流れてきていた。

見上げると青空が広がっている。

裏庭を囲むように建てられていた石造りの建物が、地平線から昇った太陽からの白色光線を遮断していた。

今しがた、神託に従い、砂漠の都市の裏庭にて星運の処刑を開始したことろだ。


その辺りにいる青年に見える一級商人にして奴隷商人である星運が茫然とし立っていた。

ペンギンが発動させた『ジャッジメント』により、無限回廊堕ちが確定してしまったためだ。

同じく無限回廊堕ちが確定した万里は、表情を変えることなく佇んでいた。

知的なお姉さんで、星運の『覚醒』の効果により秘剣『燕返し』を体得した者だ。

2人に実施したジャッジメントの結果に、最も大きいリアクションをしたとは四十九に体を支えられていた水落だった。

激しい口調でペンギンへ詰め寄ってきている。



「どうして万里ちゃんだけが有罪になるのよ!私と同じように奴隷契約で星運に逆らうことが出来なかったんだよ!」



星運を呼び捨てにしている。

更に付け足すと、万里しかフォローをしていない。

星運が無限回廊墜ちの裁定が下ったことについては順当であると思っているのだろう。

問題は万里の方である。

水落は、自身と同じ境遇に置かれていたと信じているようだ。

『ジャッジメント』は公正名大。

公平で私心がなく、隠し事をできない。

そう。水落と万里は、同じ境遇ではないということがはっきりしたのだ。

ペンギンはこちらを一瞥すると、水落の方へ顔を向けた。



「うむ。万里に無限回廊墜ちの裁定が下った理由を知りたいのだな。それは、水落と異なり、犯した罪は他人から強要されたものでは無かったということだろ。」



―――――――――水落は、万里が奴隷では無いという事実を知らない。

正確に表現するなら、万里も元々は奴隷だったのだろう。

だが、既に対価を払い終えて奴隷契約を終了し、自由になっていたのだ。

この真実を知らなければ、水落は万里に対して『私だけ無罪になった』という罪悪感を持ちながら、これから生きていくことになってしまう。

水落は真実を知る必要がある。

ペンギンへ再度『ジャッジメント』を行うように詰め寄っている少女へ、真実を聞く用意があるか尋ねてみた。



「水落さん。何故万里に無限回路堕ちの裁決が下されたのか、あなたにその真実を聞く覚悟があるのなら、その理由を教えて上げましょう。」



思ってもいない言葉を聞いた水落が顔を強張らせた。

万里は顔を歪ませ、星運は素知らぬ感じだ。

しっくりこない様子の少女が、意を決したように顔を真っ青にしながら静かに頷いた。

46話で、水落の心臓に巻かれていた奴隷契約の鎖を破壊した際、それとは別に巻かれていたもう1本の鎖が原因である。

その鎖の名は『盗魔の鎖』。

星運の奴隷として水落が積み重ねてきた成果が、全て万里のものになる効果がある代物。

『奴隷契約の鎖』は、巻かれた際に設定された対価を完済すれば自由となれる。

だが、『盗魔の鎖』が心臓に巻かれている限り、水落は一生奴隷のままだ。

全ての話しを聞き終えた水落は崩れおち号泣し、無表情で話しを聞いていた万里へ真意の確認をするために叫んだ。



「万里ちゃん。私の稼いだ対価を盗んでいたって本当なの!」

「本当なのか万里!お前、水落になんて酷い事をしていたんだ!」



その言葉に反応したのはしゃがみ込み嗚咽を吐いていた星運であった。

万里は無表情のまま、一切の反応をしていない。

汚いものを見るような視線を一級商人の青年へ送っている。

その表情が少しずつ変わっていく。

口角を釣り上げながら今までになく卑猥な表情を浮かべてきた。



「星運様。それは無いでしょう。自分だけ良い人間であるアピールをして、罪を軽くしようとする魂胆ですか?」

「聖女様。俺を信じて下さい。俺は本当に知らなかったのです。俺も万里にいろいろ騙されていたんです!」



水落にではなく、私へ釈明をしてくるのか。

自分も騙されていた話しを延々と訴え始めた星運へ、万里か前触れなく腰にぶら下げている刀の鞘をフルスイングし、星運の体をしばいた。

不意を突かれ星運の体がくの字に曲がり、鈍い声を漏らしながら、地面に転がっていく。



「星運。お前、私達のステータスを繰り返し鑑定していたじゃないか。そのお前が、水落の心臓へ『盗魔の契約』が巻かれていたことを知らないはず無いだろ。」

「万里。てめぇ、許さなねぇぞ!」

「許さないのは私の台詞だ。」

「な、なんだと。」



星運は地面に転がりむせ返りながら、顔を真っ赤にさせた。

万里は、地面をのたうちまわっている星運を今度は力の限り蹴り上げると、星運は必死に両手でブロックした。

感情を曝け出したとても良い映像だ。

悪党とは互いの利益が一致すると高い相乗効果を発揮するが、利益が一致しないと分かった瞬間、簡単にもう一方を切り捨てようとする。

これは、あれだな。

2人には、もっと他人を思いやる気持ちが必要だな。

芋虫のように転がり無抵抗な星運をもう一撃蹴り飛ばした万里は、視線を水落に移してきた。



「水落のおかげで、私はすぐに奴隷契約を終了する事が出来ました。ブサ面の星運の性処理を全てしてくれた水落には感謝するしかありません。」



号泣する水落を見るその瞳は笑っていた。

何故かペンギンは私へ駄目な者を見るような視線を送ってきている。

所詮はAIだ。このヒューマンドラマの良さが分からないとみえる。

泣き崩れてもう喋れることができない状態の水落は四十九に体を支えられており、その代わりにといった感じでペンギンが万里に質問をしてきた。



「万里。奴隷契約が終了していたのにも関わらず、星運に従っていたのは何故なんだ?」

「金だ。お金に困らないからだ。それ以外にあんなブサメンに用はない。」

「つまり、星運からの命令に従えないふりをして、自身の意志で人を殺害してきた事を認めるのだな。」

「ふん。そんな事よりも私より星運の方が悪党だろ。どうして私が、地面に転がっているブサメンと同じ罪の重さになったんだ。この結果はおかし過ぎるだろ。」



うむ。星運と万里はなかなかどころかクソ外道の逸材のようである。

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