第46話 2つの鎖
奴隷となった者は、『契約の鎖』が心臓に巻かれており、主人となる者の気分しだいでいつでも殺されてしまう。
奴隷が自由になるためには、奴隷契約を結ぶ際に奴隷商人が定めた債務を払い終えなければならない。
奴隷となった者は、主人のために働き続けて対価を完済することさえ出来れば、心臓に巻かれてしまった奴隷契約の鎖が消滅する仕組みになっているのである。
太陽の日が昇り始めている砂漠の都市は気温がグングンと上がり始め、砂漠から吹いてくる風はまだ熱いと感じる程度であるが、日中になると焼け焦げたように感じられる。
今、砂漠の都市の中心地にあるく最も規模が大きいホテルの裏庭で、星運の処刑を開始したところであった。
星運と奴隷契約を行い支配されていると思われる槍使いの水落の両手には、契約の鎖の効果を無効にすることが出来る黒金色の手錠であるプロテクトハートがはめられている。
水落は地面に崩れ落ちそうになるところを四十九に支えられながら、周りの視線を気にする事なく号泣している姿があった。
槍は地面に捨てており、もう戦闘を続行する意志はないようだ。
その様子を、万里は表情を変える事なく黙って見つめ、腰を抜かして立てないでいる星運は水落へ叫んだ。
「水落ぁ、大丈夫かぁ。絶対に助け出してやるからなぁ!」
星運は、何か思い違いをしている様だ。
プロテクトハートは他人が強制的につけることは出来ない代物である。
四十九が泣いていた水落の手首に黒金色の手錠を付けたのであるが、それは水落の意志に沿った行為なのだ。
水落が号泣している理由は、四十九の言葉に救われ安堵しているからだろう。
そもそも嫌がる水落へ、私と戦うように強要してきたのは
それでは次に、水落の心臓に巻かれている『奴隷契約の鎖』を破壊させて頂きます。
『SKILL VIRUS』を発動させる為、四十九に体を支えられている水落の胸へ手を当てると、違和感がある事に気がついた。
――――――――――心臓に奴隷契約の鎖と、もう一本、別の鎖が巻かれている。
この鎖の契約は………
SKILL VIRUSを発動する。
奴隷契約の鎖と、もう1本の心臓に巻かれた2本の鎖へ『SKILL VIRUS』を撃ち込んだ手応えがくる。
遅れて、水落の心臓から『ピキリ』という鎖の亀裂音がはっきりと聞こえ、同時に号泣していた水落が顔を上げ、その目は見開いた。
水落も心臓の鎖に亀裂が入ったことが分かったようだ。
その水落が、涙痕が残る顔を上げて歓喜の声を張り上げた。
「万里ちゃん。今、私の中にある『奴隷契約の鎖』に亀裂が入る音が聞こえてきたよ!」
「水落ぁぁ、どういう事だ!」
歓喜の声をあげた水落に対して、星運が怒声を張り上げてきたのだ。
万里はというと、無表情のまま水落の呼びかけに対して一切の反応をしていない。
星運の態度は想定通りのものだが、万里のその反応もやはりといった感じがする。
その様子を見ていたペンギンは、何故か満足そうに笑っていた。
「三華月様には、絶対というものが通用しない事を知るがよい。GAHAHAHAHA。」
「ペンギン。お前が、偉そうにするな。」
「何を言う。実際に私は偉いのだよ。」
「私、三華月様の加護、与えられた眷属。ペンギン、ただのペンギン。」
「ただのイエスマンである四十九と、最も忠誠心が高い私を一緒にするんじゃない。私は三華月様へ意見が言える最も信頼されている臣下なのだ。」
四十九とペンギンとが小競り合いを開始していた。
ペンギンは私の臣下ではないが、信頼はしているかもしれない。
いや。確か39話では、自身が助かりたいために、それまでに言っていた言葉を全て裏返してきた。
その経緯を考えると、状況しだいではこの先、簡単に態度を裏返し敵になるのかもしれないか。
ペンギンが決め顔をつくり、私の方へ再び頭を下げてきた。
「四十九よ、私がとても有能である姿を見せてやろう。三華月様。これから水落に『ジャッチメント』を使用し、罪の重さを推し量ろうと思うのですが、いかがなものでしょう。」
『ジャッジメント』とは、その者を犯した罪を公正正大に判断し刑を決定し、嘘偽りは絶対にまかり通らない効果がある。
ペンギンの言葉に対して、真っ先に反応したのは、水落からの声に一切の反応がなく、状況を静観していた万里であった。
「ペンギン。『ジャッチメント』で罪の重さを測るとはどういう事だ?」
「うむ。それは、犯してきた罪を公正明大に判断する効果があり、隠してきた犯罪も『ジャッチメント』の前では無意味となるのだ。」
水落は、私に2度ほど攻撃を仕掛けてきた。
2度目は迷いなく私の命を狙ったのもであったが、それが強要されたものだと判断されたら無罪となるだろう。
水落は星運からの命令で罪を重ねてきたように思えるが、『ジャジメント』には、どう判断されるのかしら。
不安そうにしている水落が震える声で自分の罪を告白してきた。
「私は星運様の命令で人をたくさん殺してきました。それって罪になるものなの?」
「『ジャッジメント』を発動させる私にもそれは分からぬ。」
同族殺しは大罪だ。
水落の同族殺しについて『ジャッチメント』はどう判断するのだろうか。
ペンギンへ『ジャジメント』を使用するように目配せすると、コクリと頷いてきた。
——————ペンギンが『ジャッジメント』を発動した。
「ペンギンさん。水落の罪の重さはいかがでした?」
「水落は無罪確定となりました。」
「嘘!万里ちゃん。私、無罪だって!自由になれるよ!」
やはり無実の裁定が下されたのか。
水落は歓喜の声をあげ万里へ駆け寄ろうとしたが、顔を強張らせ足を止めた。
無実の裁定が下されたにもかかわらず、万里に喜ぶ姿はなく無表情であったためだ。
その万里が水落に吐いた言葉は冷たく尖っていた。
「水落。お前は星運様を裏切るのか!」
万里の声には怒りが籠っている。
顔を強張らされている水落は、混乱している様子だ。
星運はようやく立ち上がり、水落の名前を連呼して泣き始めている。
その星運を完全に無視している水落は、恐る恐る万里へ言葉を返した。
「万里ちゃん。なんで怒っているの…」
「…。」
万里は水落の言葉に答えない。
水落は万里を慕っているようだが、何故、冷たい反応をとるのかは水落の心臓に巻かれていた2本目の鎖にその理由がある。
その理由は、『ジャッジメント』にて万里の罪の重さを推し量れば、はっきりするだろう。
足元にいるペンギンを見ると、コクリと頷いてきた。
「ペンギンさん、続けて星運と万里の二人へ『ジャッチメント』を発動させて、審判を行って下さい。」
「YES_MINE_MASTER!」
ペンギンが礼儀正しく頭を下げてきた。
そして星運の目がギラリと光っていた。
星運のその顔付きは、水落に『ジャッジメント』を行った際の様子と明らかに違う。
判決の結果を確信しており、物凄く悪い顔をしている。
万里の方は眉間にしわを寄せながら罪の重さを推し量る行為を拒む発言をし、その言葉を聞いていた星運が言葉を吐き捨ててきた。
「私に『ジャッジメント』をかける行為はやめてもらえませんか。水落が無罪なら、同じ立場である私も同じ結果になるはずです。」
「ふん。水落と
星運の言葉を聞いていた水落が困惑している。
万里から無言で鋭い視線を送られている星運は素知らぬ顔をしていた。
星運の言ったとおり水落と万里は同じ立場ではないのだが、水落はその事実を知らないのだ。
私から送られたアイコンタクトに頷いた足元にいるペンギンが頷いた。
「三華月様の命令だ。お前達に拒否権はない。2人には『ジャッジメント』の裁定を下さしてもらう。」
「チッ!」
「うぉぉぉ。俺を無罪にしてくれたら何でもします。だから神様、よろしくお願いします。」
万里が舌打ちをした。
星運は神に祈っているようだが、その神から処刑命令が出ている。
あなたが無罪になることはありませんよ。
—————————ペンギンが星運と万里へジャッジメントを発動させた。
静まり返り、誰も口を開かない。
水落は両手を合わせて、何かを祈っている。
ペンギンより結果が告げられた。
「有罪です。2人は大罪を犯しています。星運と万里は2人共『無限回廊堕ちの刑』であると判決が出ました。」
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