第45話 失敗とチッパイについて

太陽が昇り始め、冷めきっていた砂漠が熱を帯び始めていた。

冷たい空気に砂漠から流れてくる乾いた風が入り混じっている。

砂漠の都市の裏路地に現れた四十九は、異界の神を信仰する教徒が地上世界を混乱させるために呼び寄せた魔界の住人であった。

星運からの支配から逃れるために少女の心臓に巻かれていた奴隷契約の鎖に『SKILL_VIRUS』を撃ち込み、ペンギンが用意した黒金色の手錠『プロテクトハート』を手首に巻いた。


そして今、『隠密』を発動させて背後に四十九を従えながら、両手に抱きかかえているペンギンのナビゲーションによる誘導で、石造りの建物が並ぶ隙間に不規則な蛇行を繰り返していた路地を歩いている。

目的地は、星運が滞在しているというホテルだ。

そのホテルは都市の中央になる店舗が軒を連ねている中央通り沿いにあった。

間口が広く白い石造りの建物が中庭を囲むように建てられており、砂漠の都市で最も大きく格式の高いホテルである。

裏路地から敷地内に侵入すると、私に命を狙われている事を自覚している一級商人の星運と、万里と水落の3人が庭で荷づくりをしている姿を視認した。

他に人の姿が無いのは好都合であるが不自然な感じがする。

抱きかかえていたペンギンがその違和感の正体について説明をしてきた。



「街に潜んでいるAI達に接触をとり、事前に星運達の周りから人払いをさせておきました。」



最古のAIにして参賢者の一角というだけの事はあり、なにげに優秀な奴だ。

その辺りのどこにでもいそうな特徴のない青年が、万里と水落が動いている様子を椅子に座って眺めている。

星運だ。

命を狙われていると自覚していると聞いていただが、全く緊張感がないように見える。

それでは、神託に従い星運の処刑を開始させてもらいましょう。

発動させていた『隠密』を解除し、私の姿を視認した水落がこちらを指さして大きな声をあげた。



「万里ちゃん。聖女さんが来たよ!」



水落が慌てて置いていた槍を手に取り、万里も腰の刀に手を掛けているが、二人とも腰は引けて顔は青ざめている。

星運は腰を抜かし地面へ尻餅を付き、声を出せずにガクガク震え始めていた。

可愛いらしい聖女なのに、魔王が現れたみたいな態度をとらないでくださいよ。

少し演出をしてあげようかしら。



「呼ばれてないのに、ジャジャジャジャーン」

「「「…」」」



変な空気になってしまったな。

この状況に合わせた言葉だと思ったのだが、違ったのだろうか。

まぁ、そういう時もあるだろう。

先ほど地面に降ろし、背後にいたペンギンから大きなため息を吐きながら呟く声と、背後にいた四十九がその呟きに呼応する声が聞こえてきた。



「美的感覚だけでなくお笑いセンスも壊滅的なのだな。」

「三華月様、ちっぱい。」



――――――――――『失敗』でなく『ちっぱい』だと!

後ろを振り向くとペンギンが駄目な者を見る眼をしながら頭を下げている。



「三華月様。この場は私にお任せ下さい。」

「そんな事より今、四十九が言った言葉が『失敗』だったのか、『ちっぱい』だったのかをハッキリさせたいのだけど。」

「『失敗』も、『ちっぱい』も、どちらも正解じゃないですか。それに三華月様よりも四十九の方が確実に笑いのセンスがあるといえるでしょう。」



四十九が黒マントから手錠をつけた手を出し、さりげなくVサインをつくっている。

いや、いや、いや。

四十九もチッパイでしょうが。

————突然、星運が四十九の存在に気がついたようで怒声をあげてきた。



「四十九。何をしている。俺がご主人様だぞ。俺を守るんだ!」

「残念。お前、アタシのご主人様で無い。ここで、のたれ死ね。」



そこでようやく星運はプロテクトハートの効果により、奴隷契約の鎖の効果が抑えられている事に気がついた。

この状況に今度は、万里がペンギンに対して怒声を響かせた。



「おい、ペンギン。奴隷商人のお前が何故聖女の味方をしているんだ!」



ちなみにだが、思考性のあるAIは地上世界において人よりも遥かに上位種である。

そのペンギンの目が『カァッ』と見開き、額に青筋を浮かべた。

その行動、いつものお約束なのだな。

ペンギンは万里の問いに答える事なく、大きな声をあげた。



「そこの腐れ女。MAIN_MASTERの名を呼び捨てにするんじゃない!」



さすがキレキャラだ。

汚い言葉遣いをしてくるとは相当キレているようだ。

万里と水落の2人は、私との圧倒的戦力差が離れていることを認識しており、攻撃してくる様子は見えないが、それでも星運は戦うように命令をしてきた。



「水落、蜻蛉切りだ。行くんだ!」



星運の命令に水落は、槍を構えたまま目を見開き固まっている。

流れる汗が地面へ滴り落ちていた。

進むも地獄退くも地獄といった心境かしら。

そして出していた前足に体重を乗せ始めた。

星運への恐怖が私との戦闘を選択したようである。

躊躇っている姿を見た星運が再び怒鳴ってきた。



「水落!」



星運の怒声に反応するように、水落が踏み込んでくる。

前回の一撃に比べて踏み込みが鋭い。

『奴隷契約の鎖』により死を覚悟した攻撃を私に仕掛けてきたのかしら。

酷いことをするものだ。

奥義『蜻蛉切り』により透明化された槍が振り落とされてくるのだが、その軌道を読みとり片手で受け止めた。

やはり軽い。

水落の声が震えながら声を絞り出してきた。



「殺さないで下さい。」



星運の命令に逆らうことは出来ない水落は、私へ槍を振り下ろしてきたものの、歯が立たないことをよく認識している。

私に攻撃をしてくることは自殺行為なのだ。

槍を握ったまま、背後に控えていたペンギンへ目配せをした。



「ペンギンさん、水落をお願いできませんか。」

「承知しました。ここから先は私にお任せ下さい。」



私からの意図を汲み取ったペンギンが短い手を上げると、黒金色の手錠『プロテクトハート』が水落の前に姿を現した。

水落は動揺しているというか、どうしていいか混乱しているようだ。

尻餅を付いている星運からの無神経な言葉と、ペンギンの声が入り混じって聞こえてくる。



「水落、頑張れ!」

「水落、助かりたければその手錠をつけるのだ。」

「私は、どうしたらいいの…」



星運の言葉とは裏腹に、槍を握る水落の両手から力が抜けていく。

そして、泣きながら呟く声が聞こえてくる。

――――――――――その時、真っ白な肌をした四十九が、水落の前に現れた黒金色の手錠プロテクトハートを手に取った。



「三華月様。アタシを救ってくれた。」

「私、死にたくない…」

「三華月様、信じる。ペンギン、信じなくてもいい。」



泣き崩れてそうになっている水落の両手首に、四十九がプロテクトハートをカチャリとはめた。

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