第44話 迷惑な加護
空は深い藍色から青色へ変化し、高い位置に真白な雲が風に流されている。
人の気配が無い路地は、石造りの建物に囲まれ影になり、地平線から差し込む太陽光に暖められた空気が入り込んできていた。
一本隣りにある道路からは、多くの人が活動している気配が感じられる。
目の前には、足元に立っているペンギンから渡された黒金色の手錠を、自身の手首へ嵌めた少女が立っていた。
その少女の名は四十九。
異界の神を信仰する信者が転移の技法により、魔界から呼び寄せた少女で、現在は星運と奴隷契約を交わしている者だ。
四十九の心臓に巻かれていた『奴隷の鎖』を、今しがた『SKILL_VIRUS』で破壊したところであり、7日後、少女は星運の奴隷から解放される。
そこでようやく黒金色の手錠『プロテクトハート』を外すことが出来るのだ。
少女にはもう一つ問題がある。
地上世界を支配する神からの加護を受けられない魔界の住人は、太陽や月の元では生きることが許されていない。
そう。四十九は全身を覆い隠していなければ、地上世界では生きられないのだ。
ペンギンが少女を魔界へ帰す約束をしてしまった。
はいはい。乗り掛かった舟だし、私が魔界へ連れて行ってあげます。
だがまずは、太陽や月の元でも生きられるようにして差し上げましょう。
「四十九。あなたには続けて『私の加護』を付与して差し上げましょう。」
自身の『加護』を与えることが出来るのは、高位の聖女とビーストテイマーだけ。
ビーストテイマーについては魔物へ『加護』を与えることにより支配下におくことができ、魔物は地上世界で活動が可能となる。
足元にいるペンギンが、四十九へ教えるように、『加護』を付与した場合の効果について質問してきた。
「三華月様。加護を付与する効果について確認させてもらいたいのですが、これで四十九は黒装束を付けることなく地上世界で生活が出来るようになると考えてよいのでしょうか。」
「はい。そのとおりです。これで地上世界でも不自由なく生きられるはずです。」
「さすがでございます。地上世界の神に代わって、同等の加護を与えられるのは、三華月様以外に出来ることではありません。」
ペンギンが忠誠を誓う騎士のように深く頭を下げてきた。
指摘のとおり、加護に与える影響はその者の神格や性格によって異なってくる。
参賢者の一角ということもあり、それくらいの知識はあるのだろう。
ペンギンは、これまでの表情を一転させ、何か怪しいものを見るような視線を送ってきた。
「確か私の記憶では、加護を与えると副作用のようなものがあるはず。ありていに言えば、三華月様の加護を与えても四十九は大丈夫なのでしょうか。」
副作用とは、加護を付与した者の性格が、色濃く反映される。
ペンギンはそのことを言っているのだろう。
そして、よからね副作用が付与されているのではないかと疑っているように見受けられる。
演算能力がどれだけ高いのか知らないが、人を色眼鏡をかけて見るのは感心出来ない。
ペンギンからの質問をスルーしていると、更に言葉を続けてきた。
「三華月様。私の質問にお答え下さい。」
「副作用の件ですか。大丈夫。それほど問題ないかと思います。」
「それほど問題ないですか。つまり、少なからず悪い影響があるわけですね。」
「一般的に言えば、そうかもしれません。」
「私は、四十九が無神経体質とか、非常識体質とかになるのではと危惧しております。三華月様。やはくゲロして下さい。」
取調室で尋問されている容疑者みたいな扱いをされている気がする。
聖女の中の聖女である私のことを、どんな存在だと思っているのかしら。
そう。そこまでは酷くはない。
私の加護を付与されても、もう少しマシなはず。
その時である。黒装束で全身を隠している四十九が、そのペンギンの頭をぶっ叩いた。
「何をする!」
「ペンギンの分際で、三華月様に失礼。プロテクトハート、外れたら、影に沈める!」
頭をしばかれ激怒したペンギンへ、四十九が言葉を鋭く叩きつけてきた。
四十九は、ペンギンを見下しているように見える。
その怪しい生命体は、最古のAIにして参賢者の一角なのだよ。
ペンギンが私をギロリと睨んできた。
はいはい。副作用について返事をさせてもらいます。
「結論だけ言いいます。私の加護が刻まれると、少なからずトラブルを引き寄せるようになります。」
「トラブルを引き寄せる…。」
「はい。私には世界を浄化する使命があります。」
「三華月様は、本物のトラブルメーカだったのか。」
「いや。私がトラブルを引き起こしているのではなく、引き寄せているのです。トラブルメイクはしておりません」
「なんて迷惑な加護なんだ!」
ペンギンは唖然としながら一歩二歩と後退りをしていく。
相変わらず、失礼なペンギンだ。
私には、信仰心を稼ぎ世界を浄化する使命がある。
結果として、トラブルを引き寄せるようになっただけのことであり、信仰心を稼ぐためにはとても有り難いのだ。
そう。トラブルをつくっているわけではない。
四十九が、歯を食いしばるように言葉を絞り出してきた。
「アタシの方が不幸。三華月様。元気出す。」
やれやれ。私を不幸な聖女と勘違いしているのかしら。
一般的には、トラブルを引き寄せてしまう加護は迷惑なのだろう。
だが、私にとってはとても有難い。
全然可哀想でないし、大満足をして生きている。
気を遣ってもらう必要はありません。
四十九の黒装束に覆われている頭に手を乗せて加護を与える用意をすると、ペンギンが私の足を『ペシペシ』と叩いてきた。
「三華月様。もっとまともな加護を四十九に付与出来ないのでしょうか。」
もっとまともな加護って、そこまで言うのかよ。
これご、ものを言う家臣という位置付けなのかしら。
黒装束で全身を覆い隠している四十九がフードの中から私を見上げて、震えた声ではあるが覚悟の籠った言葉を告げてきた。
「ペンギン。余計な事、言うな。三華月様。アタシ、覚悟、出来ている。トラブルを引き寄せる加護を貰っても、必ず乗り越えてみせる。」
「魔界へ帰す時には『私の加護』を消してあげますので、安心して下さい。」
「アタシ、安堵。」
「そうでした。いらなくなったら、捨てれば良いのですね。」
四十九とペンギンから大きく息を吐く音が聞こえてきた。
ゴミを捨てるみたいな言い方はやめて下さい。
もっとましな表現方法があるだろうに。
何かすっきりしない気持ちであるが、少女が地上世界で活動するためには加護を付与しないわけにもいかない。
四十九の胸に手を押し当てた。
―――――――GIVE_BLESSING
黒装束から現れた四十九は、真っ白の肌をしたとても可愛い15才程度に見える少女であった。
魔界の住人といっても、染色体の数は私達と同じ数であり、その辺りの女の子と変わりない。
地上世界と同じ人間なのである。
私と四十九に違いがあるとしたら、支配している神くらいのものだ。
それでは星運の処刑を実行させてもらうことにしましょう。
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