第41話 気を遣えない女

移動都市グラングランから降りたった白い砂浜は弓なりに遠くまで伸びていた。

少し生温かい潮風が吹き、波の心地よい音が聞こえてきてくる。

太陽の光が海上から射し始めると、海面は濃い紺色から散り敷くよう金色の波に変化していく。

一緒に砂浜から海を見つめていたペンギンは、50m上空を浮かんでいる移動都市グラングランが少しずつ離れていく姿を見送っていた。

陸地からは星運を追いかける移動手段として、ペンギンが呼び寄せたバスがこちらへ向かってくる姿が見えており、ペンギンもバスの存在に気が付いたようで、海洋へ去っていく陸地に背を向けて、向かって来るバスの方向へ歩き始めた。

ゆっくり音も無く進んできたバスが目の前で停車し扉が開いたのであるが、誰も降りてくる気配がない。

勝手に乗り込んでもいいのかしら。

バスへ入いろうとすると、背後にいたペンギンが太ももの裏をペタペタと叩き始めてきていた。



「ペンギンさん、どうかされたのですか。」



振り向くとペンギンがため息をつき、残念なものを見るような視線を私に送ってきている。

嫌な予感がする。

何かをしたわけではないと思うのだけど。

ペンギンが、首を振りながら私へのダメ出しが始まった。



「バスに乗り込むためには、約35cmある段差を昇る必要があるわけですが、私のこの足を見て何か感じるものはありませんか。」

「つまりペンギンさんのその足の長さでは、自力にてバスへ乗車することが出来ないのですね。それでは、抱っこして差し上げましょう。」


「三華月様。言われてからやるのは雑用で、言われる前にやるのが気配りです。どれだけ姿が綺麗でも、気の使えない女はアウトですよ。そもそも聖女とは周りの者の気持ちを汲み取りながら行動し、皆のお手本にならなければなりません。」

「なるほど。だがしかし、理想と現実は違うものです。男達は可愛い女の子にお金を貢ぐ習性があります。私くらい可愛い女だと男に気など遣う必要なんてないでしょう。」


「やれやれ。統計的に可愛いだけのつまらない女は、簡単に捨てられてしまいますので、どうぞご注意ください。」



はい、はい、そうですか。

気が遣えない女で結構です。

私は自分に正直にこれからも生きてやるぜ。

不毛な議論はこれくらいにして、やれやれと呟いているペンギンを両手で抱きかかえてバスに乗り込むと、運転手と山茶花バスガイドは仮眠中であった。

寝ていても自動運転だから何ら問題なしだ。

そして、これで運転手という存在が不要であることが決定的になってしまったな。

無人の運転席を覗き込むとAIである北冬辺が挨拶をしてきた。



「三華月様。事情はペンギン様から聞いております。これより高速道路を利用して、星運様が向かったと思われる砂漠の都市へ向かいます。」

「よろしくお願いします。」

「うむ。北冬辺、急ぐ旅ではあるが充分時間はある。我が主である三華月様の身に何かあっては困る。法的速度内を超えないように安全運転で頼むぞ。」

「ペンギン様。承知しました。」



同じAIであっても、ペンギンと北冬辺には上下関係があるようだ。

姿を現した高速道路をバスは時速200kmの速度で走り始めると、まもなく砂漠の都市が見えてきた。

まだ星が見えていた空も今は真っ青に変わり、太陽の赤外線が冷め切ってしまった砂を暖め始めている。

目を覚ました山茶花バスガイドに抱きかかえられていたペンギンが北冬辺へ、砂漠の都市へ進入する際の注文を入れてきた。



「北冬辺。砂漠の都市へは誰にも気が付かれないように侵入したい。バスに『光学迷彩』を施すことが出来るか。」

「承知しました。お任せ下さい。」



ペンギンと北冬辺が会話をしていると、気持ち良さそうに寝続けていた運転手が、突然目を覚ました。

何か、戸惑っている表情をしている。

そして『光学迷彩』という言葉に対して、大きな声で質問をしてきた。



「高額明細って、どういう事や!」



光学迷彩が高額明細と聞こえたのか。

聞き間違いではないけど、運転手は安定の無視でいいだろう。

ペンギンも北冬辺も相手にしていない。

誰からも何の反応がない状況に、運転手は額に青筋を浮かべて「だから、高額明細とは何や!」と何度も怒鳴っており、山茶花バスガイドになだめられていた。

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