第25話 非常識だよな

森の中にひっそりと隠れるようにあるその邸宅は、50mほどの間口があり、その中央に両開きの玄関扉が全開されていた。

日中に暖められていた地表の熱が放射され、吹き込んでくる風が気持ちいい。

大邸宅に相応しく立派な大きさがある玄関ホールは吹抜けとなっており、大きなガラス窓からは白銀に輝く満月がよく見える。

背後には、今しがたまで機械兵に拘束されていた藍倫とアンデッド王が転移してきており、全開された両開き扉から外を見ると、5m級の黒鉄色の機械兵が激怒し雄叫びを上げてきた。



≪おい聖女! 鋼を踏み付けているその足を今すぐどけろ!≫



その迫力に空気が揺れ、黒鉄色の周りにいた機体達が後退りを開始している。

私は鋼色の小さな機械兵を踏み付けていたのだ。

召喚した運命の弓で片手は粉砕済で、ボディにも亀裂が走っている。

どうやら、それが原因で建物の外のいる黒鉄色の機械兵は激怒しているらしい。

機械兵の掃討は神託が降りてきてから実行しようと考えていたが、亜里亜に仕えていた5人の使用人を帝国へ戻すようにと、神託が降りてきたからには仕方がない。

ここで一掃させてもらいます。

踏み付けている鋼色の小さな機械兵がもがきながら、助けを求めて泣き叫び始めた。



≪お母さん、助けてぇぇ!!≫



黒鉄色と鋼色は親子だったのかよ。

どうりで黒鉄色の機体が激怒するわけだ。

―――――――――鋼色の声に応えるように、黒鉄色が突進してきた!

走るだけで、地面が揺れ恐怖心を煽られる。

5m級の機体に突撃されると、この建物は崩壊してしまう。

屋敷内には神託により帝都へ送り届けないといけない5人がいるため、突撃をやめさせなければならない。

背後からアンデッド王と一緒に転移してきた藍倫が、聖衣をクイクイと引っ張ってきた。



「三華月様。黒鉄色が突進して来ます。建物から逃げないとヤバくないですか。」

「藍倫。落ち着きなさい。私に策があります。」

「マジですか。さすが三華月様。鬼可愛くて最強で最高です!」



乗せようとしているのだろうが、鬼可愛くて最強で最高というのは否定できない。

目をキラキラさせている藍倫へ、親指を突き立てGOODサインをすると、お返しに片手を真上へ勢いよく突き上げてきた。

テンションをあげてきているな。

その藍倫が突進して来る黒鉄色の機体へ腕を伸ばしながら指さした。



「三華月様。黒鉄色をやっちゃって下さい!」

「承知しました。私の『未来視』が、子供機械兵を母親機械兵へ蹴り飛ばせと告げています。」

「え。子供機械兵と母親機械兵って、その2機は親子なんですか。」



何を今更。

会話を聞いていたら、黒鉄色と鋼色の2機が親子だと分かるじゃないですか。

その話しはさておき、今は黒鉄色の突進を止めるために、使えるものは利用させてもらいます。

床に転がっている鋼色の子供機械兵をつま先でチョンと少し前へ蹴り出すと、その鋼色の機体の真横へ踏み込んだ。

軸足へ荷重移動させながら、もう一方の足を鋭く振り抜いた。

――――――SHOOT!

足の甲に乗った鋼色の機体が、潰れる感触が伝わってくる。

サッカーボールキックをした鋼色の機体が蹴り飛ばされると、玄関ドアを抜けていく。

そして、突進してきた黒鉄色の母親と衝突すると、子供機械兵の両足が粉砕されてしまった。

そう。黒鉄色の機体が、鋼色の機体にタックルした形になったのだ。

黒鉄色の機体は蹴り出されて我が子を見て、急ストップしようとしたが間に合わない。

予測どおり、自身の子供に対しては、『絶対回避』の効果が対象外になっていたようだ。

『未来視』で見ていた展開と全く同じ流れになっている。

振り返ると、藍倫は不快な顔をしているが、どうしたのでしょうか。



「三華月様は、黒鉄色と鋼色が親子である事を知っているにも関わらず、親に子供をタックルさせるように、蹴り飛ばしたのでしょうか。」

「はい。親子の絆を利用させてもらいました。思惑どおり黒鉄色は突進をやめて、屋敷は無事だったわけです。何か引っかかることでもあるのですか。」

「人類の敵とは言え、親に子供を傷つけさせる行為を平気でする事ができる三華月様って、最低なんだなって思っただけですよ。」



勇者達にも、そういう目で見られることがあったかしら。

私という者は、信仰心に影響がなければ、躊躇いなく非道なことが出来る聖女なのだよ。

外からは、黒鉄色の機体から怒りの咆哮が聞こえてくる。

私への憎しみが最大級まで膨れ上がったようだ。

もちもん戦闘は避けされない。

黒鉄色の機体と決着をつけるべく、玄関ホールから外へ出るために歩き始めた。



「藍倫。これより黒鉄色の機体を処刑します。」

「三華月様。本当に『絶対回避』の効果が付与されているアダマンタイトを攻略できるのですか?」

「問題ありません。建物の外へ行きましょう。」

「うぃ。」



能力が神域に達している今夜の私なら問題なしだ。

玄関の外に出ると、月明りに照らされている庭園は機械兵達で埋め尽くされていた。

黒鉄色の機体は、喋る事が出来なくなっていた我が子を大事そうに抱きかかえている。

藍倫が念のためにみたいな感じで、付き添うように歩いていたアンデッド王へアダマンタイト攻略について意見を求めていた。



「黒マント。三華月様は『絶対回避』を攻略できると言うが、お前はどう思う?」

「はい。普通に考えて『絶対回避』の攻略は不可能ではないでしょうか。」

「なんだと。どういうことだ!」

「その名のとおり、絶対ですから。」



『千里眼』をもってしても『アダマンタイト』の攻略法は見つけられないのか。

私の最優先事項は、亜里亜に仕えていた5人を無事に救出することである。

そう。私にはここで逃げる選択は無い。

鋼色の子供機械兵を抱きかかえている黒鉄色の機体がこちらを睨みながら一喝してきた。



≪ぶっ殺してやる!≫

「やれやれです。そもそも黒鉄色あなたは藍倫を人質にしていたではありませんか。これは正当防衛であり、自業自得ってやつですよ。」



私の言葉に黒鉄色の母親が再び怒りの咆哮を上げた。

黒鉄色の機体から発せられるプレッシャーで大気が揺れている。

機械兵討伐の神託が降りてこないことは、重ね重ね残念だ。

背中に隠れている藍倫が抱えていた疑問について事を訪ねてきた。



「先ほどから不思議に思っていたのですが、もしかして三華月様は機械兵と話せるのですか。」

「もちろんです。藍倫は機械兵達の言葉が分からないのですか。」

「黒マント。お前、機械兵の言葉って理解できたりするのか。」

「出来ません。そもそも人が機械兵の言葉を理解出来るはずがありません。三華月様は非常識な存在ですから、何でも有りなのではないでしょうか。」

「非常識だよな。」

「はい、非常識です。」



衝撃的事実だ。

機械兵と会話が交わせないのかよ。

それに非常識な存在っていう言い方は、なんだか私が駄目な存在のように聞こえてくる。

視線を黒鉄色の母親へ移すと、抱きかかえている子供機械兵に衝撃を与えないように、一歩一歩丁寧にこちらへ前進を始めてきた。

至近距離から私を殴るつもりのようだ。

『絶対回避』の効果により、私からの攻撃が当たらないと思っているのだろう。

背中に隠れた藍倫が聖衣を引っ張っている。



「三華月様。黒鉄色が近づいてきていますよ。」



距離にして20m。

悠長にしている場合ではないか。

それでは黒鉄色の母親の処刑を開始します。

運命の矢をリロードします。

白銀に輝く月から落ちてきた光が、運命の弓から漏れ始めている。

その様子を見ていた藍倫が叫んだ。



「METEO_STRIKERSですね。早く、やっちゃって下さい!」



藍倫が口にしたMETEO_STRIKERSとは、17話で辺境都市へ侵攻してきた機械兵100個体を殲滅する際に発動させた『隕石堕とし』のことだ。

藍倫から『中二病』であると『喪女』だとディスられてしまい傷ついた記憶が蘇ってくる。

もうそれは封印してしまったのだ。



「ああ。METEO_STRIKERSですか。もうあれは封印しました。なので藍倫。それは記憶から無くして下さい。」

「なに訳の分からない事を言っているんですか。『流星群』を早くあいつに落として下さい。防御はうちの『セイグリットウォール』にお任せ下さい。」

「私は中二病患者ではありませんし、喪女でもありませんから、もうあれを使うのはどうかと思っておりまして。」

「はい。そうです。三華月様は中二病でも喪女でもありません。我儘を言っていないで、早く撃って下さいよ。」



藍倫のことは暫く無視することにしよう。

私が普通の矢で、黒鉄色の母親が武装している『絶対回避』の効果を攻略させてもらいます。

リロードした運命の矢を、歩いてくる黒鉄色の母親に向けて照準を絞った。

背筋を伸ばしギリギリと弓を引き絞っていく。

全身に刻み込まれた信仰心が月の光に呼応し、無限の力が溢れてくる。

黄金色に瞳は輝き『真眼』と『未来視』が発動していた。

全身から、月の輝きが漏れ始めていく。

約束された勝利が見えている。

それではスキル狙い撃たせてもらいます。

限界まで引き絞った弓の弦を解放した。



――――――USUALLY_SHOOT



超音速で放たれた矢が黒鉄色のマザーの横をすり抜け、天空へ突き抜けていく。

箒星が走るように、余韻となる綺麗な光の尾が引かれていた。

完璧だ。

遅れて藍倫からの悲鳴が聞こえてきた。



「ギャァァ、『絶対回避』の効果で矢が外れているじゃないですか!」

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