第26話 お前の話しは眠い
天空に白銀の満月が輝いていた。
草木や土壌から発する自然の香りが漂い、昼間は熱かった風が冷んやりしている。
背後にはふっくら体型の聖女が絶叫をし、全身を黒マントに覆い隠している死霊王が佇んでいた。
目の前へ視線を送ると、絶対回避の効果をもつアダマンタイト製の装甲にて堅められている黒鉄色の機械兵が、怒気をにじませながら、一歩一歩確かめるように間合いを詰めてきてくる。
その手には、既に喋ることが出来なくなった鋼色の我が子を大事そうに抱えていた。
黒鉄色の機体から発せられる圧力で、500個体程度いる機械兵達は距離をあけ、成り行きを見守っている。
発射した運命の矢が黒鉄色の横を擦り抜け夜空へ消えてしまうと、その様子を見た藍倫が悲鳴を上げながら怒りをぶちまけてきた。
「三華月様。『絶対回避』を攻略できると自信満々に言っておきながら、全然駄目じゃないですか。もう勘弁なりません。うちの言うことを聞いて、隕石堕としを発動してください。さぁ、早く!」
私のことを全く信用していない。
今の藍倫には何を言っても駄目そうだ。
ふっくら体型の聖女については無視をさせてもらうことにして、予定通り2撃目を撃たせてもらいましょう。
運命の矢をリーロドする。
黒鉄色の機体は恐れることなく真っ直ぐ歩みを進めてきている。
私の体中に満ちている月の輝きが、引き絞っていく弓に伝わり光の粒子が漏れていた。
それでは、2撃目を発射して差し上げましょう。
限界点に達していた弓のエネルギーを解放させた。
―――――――USUALLY SHOOT
撃ち放った矢が一本目に射た矢と同様に、超音速で黒鉄色の母親機械兵の真横を突き抜け、糸を引くように夜空へ消えていった。
飛行機雲のように、美しい光の線が夜空に流れていく。
完璧すぎる。
再び藍倫が悲鳴をあげながら、私の聖衣を強く引っ張ってきた。
「三華月様。どうして隕石堕としを撃たないのですか。『絶対回避』が攻略出来ないのなら、喪女とか気にする余裕は無いはずです。と言いますか、いくら優しいウチでも切れますよ!」
「いやいやいや。もう既に切れていませんか。」
藍倫が顔を真っ赤にさせながら、脇腹を下からえぐり上げるように急所を正確に突くパンチを入れてきた。
しっかり体重を軸足に乗せ、ブレのない回転から繰り出されたその一撃は、信仰心で身体強化していなければ、脇腹を失っていたかもしれないくらい強烈だ。
我に返った藍倫が、着実に一歩一歩迫ってきている黒鉄色の母親機械兵を指さした。
「三華月様。早く、早く。3本目を撃ってください!」
「承知しております。3本目については最大火力で撃たせて頂きます。」
「今さらですか。最初から、最大火力でやってくださいよ。当たらなかったら意味が無いってこと、分かっていますか!」
なんだか、駄目な子のような扱いをされているが、まぁ気にすることもないか。
それでは3本目は、天空へ向けて撃たせてもらいます。
リロードした運命の矢の照準を、夜空に輝く満月へ向けながら弓を引き絞っていき、照準を白銀に輝く月へ向けた。
満天の星空が広がっている。
天空から無限の力が降り、かつてないほど体が輝き、濃度の高い光の粒子が溢れて出ていた。
では、最強の一撃を撃たせてもらいます。
臨界点に達したエネルギーを、天空へ向け解き放った。
―――――――HEADING TO THE MOON
矢が走り抜けていく後ろを追うように光の渦が生まれていた。
真っすぐ純粋な一撃だ。
この一閃に耐えられる者は、地上世界はおろか神界にも存在しないだろう。
藍倫と『千里眼』を発動させていた死霊王の会話が聞こえてくる。
「うちのお願いしたとおり、ようやく『隕石堕とし』を撃ってくれたようだ。」
「藍倫様。私の見立てを申し上げますと、今の一撃は『隕石堕とし』ではないものと推察します。」
「なんだと。では三華月様が空にむけて撃った矢は何なんだ!」
「ふざけた存在である三華月様のやることは、私のような凡人には理解できるはずがありません。」
ついに私は、ふざけた存在にまでなってしまったのか。
黒鉄色の母親機械兵がゼロ距離まで詰め寄ってきていた。
見下ろしているその瞳には、怒気と憎しみが籠っている。
背後にいたはず藍倫については、屋敷内の玄関の離れた位置に移動し、遠くからこちらの様子を見ていた。
何故、離れたのかしら。
藍倫は私を見捨てたということか。
黒鉄色の母親機械兵が拳を振り上げながら吠えてきた。
≪潰してやるぅぅぅぅぅ!≫
スキル『未来視』で見えていった景色と同じ光景だ。
次の瞬間。
――――――――――黒鉄色の機体の片腕が消滅していた。
最初から私の勝利は約束されていたのだ。
死霊王が驚愕の声を上げ、藍倫は状況把握が出来ていないようだ。
黒鉄色の機械兵は、自身の腕が消滅していた事実を確認すると、そこでようやく悲鳴をあげ始めた。
「これで終わりではありません。もうまもなく、2本目がやって来ますよ。」
――――――――――気が付くと、黒鉄色の母親機械兵の残っていた腕が消滅していた。
大事に抱えていた瀕死状態の鋼色の子供機械兵が地面へ落ちて、転がっていく。
屋敷の玄関に隠れていた藍倫がいつの間にか背後に戻ってきており、ゲラゲラと笑いながらポンポンと私の背中を叩いてきていた。
「さすが三華月様。ウチは信じとったよ。それで三華月様は何をしたのですか?」
そう言えば、脇腹へ強烈なフックを入れてきていたし。
藍倫と同様に何食わぬ顔で戻ってきていた死霊王が、藍倫がしてきた質問に対して私の代わりに返事を始めている。
「藍倫様。三華月様が何をされたのか、私から説明をさせてもらいます。」
「黒マントよ。お前、うちと同じように何が起きたか分からないで、驚いていたではないか。かもしれないとかという中途半端な説明など、聞きたくないぞ。」
「中途半端で申し訳ありませんでした。」
「うむ。素直な事は良いと思うぞ。その素直さは、三華月様にも見習ってほしいものじゃ。」
「よろしけれは、中途半端な私ですが、説明をさせて頂きます。」
「黒マント。お前、しつこいな。さすが三華月様のストーカーじゃな。三華月様への恨みを果たしたい気持ちは理解出来るが、絶対に無理じゃ。三華月様は、だいぶんふざけた存在なんだぞ。」
「ストーキング行為をしているのは、恨みを晴らすためではありませんが、確かに三華月様は相当ふざけた存在ですよね。」
「うむ。理解したのならそれで良い。」
「それでは黒鉄色の機体の腕が消滅した原因について説明させて頂きます。三華月様が射た1本目と2本目の矢が黒鉄色を撃ち抜いたのです。」
「それくらいうちでも分かっとるわ!というか、勝手に説明を始めるんじゃない!」
「藍倫様。外れたはずの矢が、どうして黒鉄色の母親機械兵の腕を破壊したのか、そのカラクリが気になりませんか。」
「気にならんわ。黒マント、お前の話しは眠い。もうええわ!」
緊張感がない会話が聞こえてくる。
二人共。目の前にいる黒鉄色の機械兵は、両腕を失ってはいるものの、まだ健在なのだよ。
そう。完全に無力化をしていない。
実際に、5mある巨体から真下にいる私へ頭づきを落とそうとしている。
その頭づきをしてくる行動も『未来視』で見ていた光景と同じだ。
黒鉄色の機械兵が頭づきを落とそうとしてくるタイミングで、隣へ出てきた藍倫がアイコンタクトを送ってきた。
「ここから先は、ウチにお任せ下さい。」
「承知しました。何を任してくれと言われているのか分かりませんが、よろしくお願いします。」
「うぃ。」
手を伸ばして一歩下がるように伝えてきている藍倫からの指示に従い後ろへ下がると、藍倫は黒鉄色の機械兵へ向かって真っ直ぐ腕を伸ばし指さした。
なかなか洗練されたポーズだ。
そして、よく通る声で黒鉄色の機械兵へ宣言をした。
「既に最後の一撃は撃ち終わっている。
藍倫がチラリと私の方へ振り向くとアイコンタクトをしてきた。
3本目はまだなのか、と私に聞いているようだ。
はいはい。今、落ちて来ますよ。
次の瞬間だ。
――――――――――黒鉄色の機体兵が、跡形もなく消滅していた。
何か起こったのか理解していない様子の藍倫は一瞬動揺したものの、両手の拳を夜空に付き上げ絶叫した。
「よし!訳が分からんがトドメを刺したぞ!」
「藍倫様。中途半端な私ではありますが、何が起きたのか説明させてもらいます。三華月様の射た矢が月を周回し、光速を超える速さとなり黒鉄色の脳天を正確に貫いたと推測されます。」
「黒マントよ。今、なんか言うたか?」
「ちなみにですが、三華月様が先に射た1本目と2本目に撃ち放った矢は私達が住んでいる惑星を周回し、光速を超えた速さになった矢が『絶対回避』の効果を持っているアダマンタイトを撃ち抜いたようです。」
ゲラゲラと笑っている藍倫は死霊王の話しを全然聞いていないようだ。
全身を黒マントに覆い隠している骸骨はというと満足そうに話しを続けている。
亜里亜に仕える5人を救出する神託の完了を告げる知らせが降りてきた。
信仰心が僅かに上昇した。
流星群を堕とし辺境の都市に大被害を与えてしまったことを考えると、信仰心が下がらなかっただけでも御の字といったところかしら。
だが、これで終わりではない。
まだ私にはイベントは残っているのだ。
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