第18話 今日一でいい事をいった

見上げると枝葉の隙間から夜空に白銀に輝く満月が輝いていた。

暑苦しかった辺境都市内と比べると、いくぶんか空気が冷えている。

日中は地面に太陽の光りがあまり届いていないようで、足元の植物はあまり育っていない。

風に揺れる枝葉の音と、虫の声が聞こえてくる。

流星群にて、侵攻してきた機械兵100個体をOVER KILLしてしまった余波で、辺境都市を一部破壊してしまった。

同族殺しは当然であるが、理由なく生活環境を破壊する行為は信仰心のダウンに繋がる。

そう。このまま功績を積むことなく時間が経過したら、最悪の結果を迎えてしまうと思われる。


辺境都市にいると平静でいられなくなり、その場から逃げるように街を出て機械兵が目撃されていた森へやってきていた。

やらかしてしまった感が心の中を支配している。

向かいには、辺境都市から一緒に出てきた藍倫と黒マントで全身を覆い隠しているアンデッド王がこちらを見ていた。

これからについて、まずアンデッド王が口火を切ってきた。



「三華月様。この森に来たということは、機械兵達を討伐するつもりなのでしょうか。」



帝国に侵攻してくるという機械兵を討伐する依頼を帝国筆頭貴族である三条家から受け、辺境都市へやってきた。

私としては、機械兵の討伐は、神託が降りてきてから実行したい。

だが、このままでは信仰心が下がってしまう。

まさに、行くも地獄退くも地獄のような状態だ。

考えを巡らせていると、純白の聖衣を身にまとったふっくら体型の藍倫が、この森に建っている帝国貴族である葭ヶ谷家の屋敷へ行く提案をしてきた。



「三華月様。機械兵の討伐をする前に葭ヶ谷邸へ行きお茶でもしませんか。」



三条家から受けた依頼は、機械兵の討伐とは別にもう1つある。

それが、この森にある屋敷に住んでいる葭ヶ谷亜里亜の保護だ。

まだ森に入ってきたばかりなのに、もう休憩することを考えているのかしら。

質問をしてきたはずのぼっちゃり体型の聖女は、私からの返事を聞く時間を空けることなく喋り続けてきた。



「帝国から旅をして、辺境都市に到着したばかりじゃないですか。少しくらい休憩してもよくないですか?」



なるほど。藍倫がいうとおりかもしれない。

『自己再生』を獲得している私は常に万全の状態を保っており、骸骨については疲れるという概念が有るか怪しいところだ。

だが、藍倫は一般の者であり、疲れが蓄積していると言われたら、そうかもしれない。

だが、私には時間がない。

急いで功績を上げる必要があるこの状況では、お茶をする悠長な時間はないのだ。

すると、アンデッド王が藍倫からされた提案のフォローを入れてきた。



「三華月様。お茶をする話しはともかく、人命第一という観点からすると、葭ヶ谷亜里亜様の生存は確認しなければならないと考えます。」

「それだ、黒マント。おまえ、今日一番、良い事を言ったな。生死の確認は大切だよな。ついでにお茶をご馳走になるという算段だな。」



アンデッド王からの意見はもっともだ。

亜里亜の生存を確認する行為は、私の目的にも合致する。

目の前では、藍倫が黒マントの背中をポンポンと叩きねぎらい、アンデッド王は頭を下げている。

2人が主人と奴隷みたいな関係に見えてきた。

目を輝かしている藍倫へ、まず葭ヶ谷邸へ行く旨を告げることにした。



「承知しました。まず亜里亜様の生存を確認しましょう。ですが藍倫。煙草は禁止、お酒の催促は駄目ですよ。」

「チッ」



舌打ちした藍倫は私と目が合うと、視線をそらして口笛を吹き始めた。





スキル『千里眼』の効果にて葭ヶ谷家の屋敷がある位置を把握しているアンデッド王は、藍倫を肩車しながら地面を滑るように移動し、その背後をついて歩いていると、帝都から共に辺境都市へ移動していた女騎士の3人が、機械兵の1個体と戦闘をしていた。

17話で、地形的不利があったにも関わらずB級相当の黒色ワームを退けた実力者達で、今回も防御力の高い機械兵を相手に同様の戦術で戦局を優位に進めているように見える。

大楯の騎士が防御を引き受け、弓騎士が攻撃をし、線の細い女騎士がトリッキーな動きをしながら確実に貫通ダメージを稼いでいた。

洗練された連携だ。

その戦闘を一緒に見ていた藍倫とアンデッド王とが交わしている緩い会話が聞こえてくる。



「うちの見立てでは、女騎士の勝利が確実だな。」

「私の見立てでは帝国騎士の皆さんは、全滅すると思いますよ。」



私の瞳が黄金色に輝き発動されているスキル『真眼』が、アンデッド王が予測したとおり、女騎士達が全滅する未来が見えていた。

肩車から地面の上に降りていた藍倫に視線を移すと、邪悪な笑みを浮かべている。

何か良からぬ事を考えているようだ。



「ほぉう。うちと意見が分かれたな。黒マントとはここで賭けをする運命だったようだな。」

「賭けというのは、女騎士達が勝利したら藍倫様の勝ち。全滅したら私の勝ちという事ですね。それで何を賭けるのですか?」

「うむ。この後、葭ヶ谷邸で出てくる予定のお菓子を賭けることにするぞ。」

「なるほど。葭ヶ谷邸でお菓子が出てくることが前提の賭けですね。」



2人は何の話しをしているのかしら。

条件反射的に藍倫へ『ゴン』と鉄拳制裁をしてしまっていた。

足元に広がっているコケの上を藍倫が悶絶しながら転がり、回復系スキルを自身に使用している。

ミルミル藍倫が回復していくと、ゆらりと立ち上がり、マジ切れしてきた。



「その鉄拳を入れてくるのは、マジでやめてもらえませんか。痛いという次元を通り越した痛さなんですよ!」



話しを聞いていると藍倫は一つ思い違いをしているようだ。

そう。私に切れてくるは筋違いだ。

何故なら私は藍倫を助けたのである。

ブチ切れている藍倫へ、私の行為が正当である意思を伝えてみた。



「何か誤解があるようですが、藍倫を助けて差し上げたのにブチ切れられるのは心外です。」

「ほぉう。何を言っているか分かりませんが、うちを三華月様が知らないうちに助けてくれたというわけですか。」

「はい。ご説明させてもらいます。」

「いやいや。説明してくれる前に三華月様へお礼を言っておきます。うちを助けてもらい、有難うございました。それで、いつ何を助けてもらったのでしょうか。納得できる答えが貰えなかったら、どうしてくれるのですか。その時は三華月様の誠意とやらを拝見させてもらいます!」



反社会的勢力みたいな言葉を吐く聖女だな。

藍倫は腕組みをして、再び邪悪な笑みを浮かべている。

納得できる答えだと思うのだけど、少し心配になってきた。

むこうを見ると、女騎士達と機械兵との戦闘がクライマックスをむかえようとしている。

その戦闘を指さして藍倫に見るように促した。



「あの機械兵は、女騎士達からの攻撃を受けて後退を強いられているように見えますが、実はそうではありません。」

「どういう事ですか。分かるように説明して下さい。」

「女騎士達は機械兵がはっている罠へ引き摺り込まれているのです。つまりあの機械兵は囮なのです。既に女騎士達3人は、地中に潜んでいる機械兵5個体に包囲をされているのですよ。」

「その話しは本当ですか?」



藍倫が驚いた声を上げたタイミングで、女騎士達を包囲するように地中に潜んでいた機械兵達が姿を現した。

指摘したとおりのことが起きている。

この後は、女騎士達は全方位からタコ殴りをされてしまうだろう。



「藍倫がアンデッド王としようとしていた賭けを、制裁鉄拳にて止めて差し上げたのです。つまり私のおかげで、藍倫は葭ヶ谷邸で出てくるかもしれないお菓子が食べられるわけです。」

「何、アホみたいな話を悠長に喋っているのですか。女騎士さん達を助けないと全滅してしまうではないですか!」



絶体絶命のピンチに陥っている女騎士達の元へ藍倫が走っていく。

そして、機械兵達が攻撃を仕掛けてくる寸前に最強結界系の一つであるA級スキル『セイグリットウォール』を使用した。

コカトリスの石化光線からも守る優れものの結界だ

事態が飲み込めず、動揺をしていた女騎士達の周囲に張られた結界を、全方向から機械兵達がタコ殴りを開始し、不規則な連打音が聞こえてくる。

藍倫が張った結界は一切の攻撃を通さない優れものであるが、この状況が続くと藍倫の体力が切れ、結界は突破されてしまうだろう。

ここは私が手を貸して差し上げましょう。

この後、機械兵5個体を召喚した運命の弓で瞬殺をした。

そのあと女騎士達には、辺境都市へ戻ってもらうことにした。





そして私達はスキル『隠密』を発動させながら、眼下に建っている屋敷を眺めていた。

葭ヶ谷邸だ。

間口が広い年期の入った2階建ての屋敷で、大きな庭園が広がっている。

その庭園が機械兵達に埋め尽くされていた。

そう。葭ヶ谷邸が機械兵達の本拠地になっていたのだ。

機械兵の中に、1個体、黒鉄色の大型個体が見える。

その黒鉄色の装甲ついて、金色に輝く瞳が教えてくれていた。

―――――――あれはこの世界に存在しない物質『アダマンタタイト』だ。

付属効果は『絶対回避』。

あんな物騒な個体が存在していたのか。

藍倫が、その黒鉄色の機械兵について質問をしてきた。



「三華月様。馬鹿でかい個体が1機いるようです。」

「あの黒鉄色の装甲は、『絶対回避』の効果が付与されている『アダマンタイト』という金属です。」

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