第17話 METEO_STRIKERS

太陽が沈もうとしている時間帯、帝国領の最南端にある辺境都市の酒場内にいた。

20席あるほどのテーブルは既に埋まっており、宵の口にもかかわらず、お酒のにおいが充満し、酔っ払い達で盛り上がっていた。

白い塗壁に嵌めこまれた窓から都市の中央大通りを見ると、冒険者や行商人、ここに暮らしている者達がひっきりなしに歩き、壁越しにも街の活気が伝わってくる。


灰色の石が敷きつめられた床では、純白の聖衣をきた少し肥満体型の聖女が声にならない嗚咽をあげなら、両手で頭をおさえて石張りの床を転がっていた。

帝国第5位に位置する聖女の藍倫である。

無謀にも私に勝負を挑んでしまった結果、制裁鉄拳の餌食になってしまったのだ。

満席状態だった酒場内は、床を転がる聖女を見て騒然としている。

それにしてもだが、器用に回復スキルを自身にかけるものだ。

さすがA級相当の実力といえるだろう。

見ていて、みるみると藍倫が元気になっていくのが分かる。

藍倫へ撃ち込んだ鉄拳制裁の威力は、勇者と強斥候のうんこ達へ入れていたものと同等程度の威力であるはずだが、藍倫の痛がる様子を見ていると、常人では耐えることが出来ないくらいダメージを与えてしまうようだ。

うんこ達はみどころのないB級冒険者だと思っていたが、危機回避能力だけは特化していたのかもしれない。

藍倫が鉄拳制裁のダメージから復活してくると、「ず、び、ば、ぜ、ん、で、じ、だ。」と言いながら立ち上がってきた。

そして、騒然としていた雰囲気が元に戻り始めていた頃である。

酒場の外から機械兵が辺境都市へ侵攻してきたことを知らせる声が聞こえてきた。



機械兵ゴーレムがこちらにやって来るぞぉ!」



私達がここに来た目的の一つは機械兵の討伐だ。

まだ被害となる報告は受けていないが、機械兵達が帝国へ侵攻するという占いが出たため、ここへ来たのだ。

やはりというべきか、占いどおりの事態になってしまった。

反射的に酒場から外に飛び出すと、繁華街を歩いているほとんどの者達の顔は緊張感に欠け、どこか楽しげだ。

避難している様子の者はない。

何事もなく歓楽街を楽しんでいる者の姿や、衛兵達の戦闘を見学するために機械兵が侵攻してくる方向へ走っていく者達が見える。

鉄拳制裁から完全復活してきた藍倫が、面倒くさそうな様子で、機械兵について話し始めてきた。



「神の加護を持たない魔物は、通常、地上では生きることが出来ないはず。ですが、どういうわけか機械兵は迷宮の外へ出てこれるようなんです。機械兵が森から出てくることは稀にあることらしいし、その都度衛兵が追っ払い、森へ帰しているらしいですよ。」



藍倫の言うとおり、加護を受けない魔物は地上世界では生きられない。

先日、ショートカットした砂漠はその砂漠全体が迷宮となっており、黒色ワームも砂地から出てくることはあるが、砂漠の外へ出ることは出来ないのだ。

機械兵については魔物ではなく、異界の生き物であり、地上世界で活動することを許したのは私だったりするのだが、その事実を知りえる者はいない。

街全体がお祭り騒ぎをしているようにテンションが上がっていく中、背後に控えていた全身を黒マントで覆い隠していた死霊王が、最前線にいる衛兵達が大混乱に陥っていることを告げてきた。



「藍倫様。最前線の様子をお伝えしますと、『侵攻の意思』を明確に持っている機械兵が大規模にてこの辺境都市へ侵攻してきているようです。」



私達がいるこの場所からは街の建物が邪魔して前線の様子を視認できないが、死霊王は遠く離れた見えないものを感知することが出来るスキル『千里眼』を獲得している。

さすが超災害級のアンデッドで、地上世界では私に次ぐ戦闘力の持ち主であるといったところかしら。

黒マントで全身を覆い隠している存在からの言葉に藍倫が強い口調で反応をしてきた。

肥満体型の聖女は死霊王が『千里眼』の持ち主であることを知らないのだ。



「おい黒マント。機械兵が侵攻してきているって、どういうことだ。その情報は確かなのか。適当なことを言っていたら、ぶっ飛ばすぞ!」



ここからだと前線の様子が見えないため、藍倫が死霊王を怒鳴りつけるその反応は、間違ったものではない。

だが、S級の枠には収まりきらないくらいの危ないその黒マントと呼んでいる存在へ、上から目線な感じで言葉を叩きつけるのは、いかがなものかしら。

とはいうものの、辺境都市までの移動中、黒マントは藍倫に何度もゴンゴンと殴られてその度に謝っていたし、このまま放置していても問題ないだろう。


雲一つない夜空を見上げると、白銀色の『満月』が輝いている。

満月の輝きが降り注ぐ夜は、私の能力が神域にまで達し、スキル『真眼』さえも使いこなすことが出来るのだ。

そう。私の瞳が黄金色に輝き、『真眼』は発動していた。

死霊王からの情報のとおり、100個体ほどの機械兵が辺境都市へ侵攻してくる姿が見えている。

辺境都市に駐留する衛兵達が戦闘モードにはいっている機械兵を対応出来るその数は、せいぜい3個体程度まで。

このまま侵攻を見過ごすわけにもいかないし、ここは私が対応するしかない。

このあたりでは、酒場の屋根が1番高そうだ。

あそこから狙い撃たせてもらいましょう。



「藍倫。その黒マントが言っているとおりのようです。」

「三華月様にもそれが見えているのですか?」

「はい。機械兵100個体が辺境都市へ侵攻してきている姿が見えています。」

「マジですか。それが本当だとしたら、辺境都市に駐留している帝国兵では対処てきなくないですか。」

「はい。ここは私にて対処させてもらいます。」

「おおお。三華月様。ついにあれを出しちゃうのですか。ここから運命の弓で機械兵達を一掃するのですか!」

「はい。この酒場の屋根から機械兵達を狙い撃たせてもらいます。」

「さすが最強聖女。三華月様。格好いいです。」



藍倫から私を乗せようとしている意思が伝わってくる。

さっさと機械兵を討伐して、食べ歩きに行こうと画策でもするつもりなのかしら。

スキル『跳躍』にて屋根に飛び乗ると、街の建物の屋根が連なって見えていた。

その向こう。街の外の草原地帯まで見通しがきく。

熱い風に髪がなびいている。

死霊王が藍倫を抱え、私を追うように音もなく屋根に登ってきていた。


距離にして6km程度先に機械兵達の大群が侵攻してくる姿を明確に視認した。

ここから狙い撃たせてもらいます。

運命の弓をスナイパーモードで召喚し、運命の矢をリロードする。

3mを超える運命の弓が白銀に光る月の明かりに照らされ煌々と輝いている。

藍倫とアンデッド王が交わしている会話が聞こえてきた。



「黒マント。あれがアルテミス神から贈られたという運命の弓だ。これで機械兵達の運命は終わりだな。」

「藍倫様。もしや三華月様は、『全攻スキル』にてここから6km先にいる機械兵を殲滅するとでも言うのでしょうか。」

「だろうな。三華月様は最強だ。機械兵を全攻スキルで殲滅するくらい簡単なことよ。黒マント。これから起きる奇跡を刮目しておけ!」

「承知しました。刮目させてもらいます。」



藍倫が私の戦闘を見るのは初めてのはず。

まぁそこはどうでもいい。

そう持ち上げられてしまうと、少し本気を出さなければならない雰囲気になってくる。

満月の今夜に限っては、火力を無限大に上げることは出来るしな。

せっかくなので、リクエストに応えて『全攻スキル』を披露させてもらいましょう。



「それでは天空スキル『METEO_STRIKERS』を、皆さんに披露させてもらいましょう。」

「おお、なんすか、それ。無茶苦茶格好いい名前じゃないですか。さすが最強美少女です。」



鬼可愛い聖女というのは、何をやっても格好よく見えるのかしら。

藍倫もうまく気分を上げてくれる。

矢の先を天空に向けると、満天の星が光輝いている。

熱い風が吹いてくる中、息を吐きながら運命の弓を引き絞り始めた。

体に刻みこんでいる信仰心が輝き、天空へ向けた矢先へ月の加護が注がれるていくと幻想的な光が漏れ始めている。

最高点まで引き絞っていた弓のエネルギーが臨界点に達した。

狙い撃たせてもらいます。

―――――――――SHOOT

音速で走る矢が、糸をひくように天空へ消えていく。

拍手喝采を期待していたわけではないが、藍倫を見ると目を丸くして口を開き、間抜けな顔をしていた。

どうしたのでしょう、記憶喪失になり言葉を忘れてしまったのかしら。



「藍倫。間抜けな顔をされているようですが、どうかしたのでしょうか。」

「空に向けて矢を1本だけしか撃たなかったように見えたのですが、それって、うちの見間違いなのでしょうか。」

「見間違いではありません。1本だけしか、撃っていませんよ。」

「あのですねぇ。1本の矢でどうやって100個体を殲滅するのですか。もしもし。算数の計算は大丈夫ですか。」

「はい大丈夫です。」

「いやいや。全然大丈夫ではないでしょう。それに撃ち放った矢の質量を考えると、防御力が高い機械兵を倒せるとは思えません。と言いますか、『METEO_STRIKERS』って何ですか。三華月様は厨二病なのですか。」



どさくさ紛れに私をディスってきている。

大きくため息を吐きながら「凄ぇ期待外れだわ。」と聞こえるように言葉を続けているし。

そして「喪女はこれだから。」とやれやれのポーズまで決めている。

ここぞとばかりに、たたみ掛けてくるじゃないか。

そろそろ月が輝く夜空へ放った矢が、『流星群』となって戻ってくるはず。

私につられて夜空を見上げた藍倫が、驚愕の声を上げた。



「な、な、なんじゃ、あれは!!!」



夜空に走る流星群がこちらに向かってくる。

なんとも幻想的で綺麗だ。

辺境都市内の住民達も空に走っている流星群に気が付いたようで、ところどころから歓声が沸き始めている。

これが神々の戦いに使用されたという『天空スキル』の隕石落としだ。

藍倫の声が驚愕のものから、恐怖の声へ変化していく。



「こ、こ、こっちに堕ちてくるぞ。これって、逃げなければやばくないですか。」



確かにそうですね。

あの流星群が堕ちてきたら、この辺境都市にも結構な被害が出てしまうだろう。

今更ながらに、まずい事態に陥っていることを認識しました。

藍倫の悲鳴が聞こえてくる。

―――――――――流星群が機械兵達100個体がいるその地に着弾した。

襲ってくる爆風に備え、藍倫を掴み屋根から飛び降りると、凄まじい重低音の衝撃派に空気が揺れる。

遅れて、地面から立っていられないほどの衝撃が伝わって来ると、辺境都市の町中から悲鳴が聞こえてきた。

あちらこちらの屋根瓦が落ちていき、ガラスが割れているが、着弾地点が6kmほど離れていることもあり、それほど街に被害が出ていないようだ。

地面の揺れが収まってきたころ、隕石群が着弾した地面から舞い上がった土砂が、この辺境都市へ雨のように落ち始めてきた。

酒場の屋根から一緒に降りてきていた死霊王の呟く声が聞こえてくる。



「機械兵100個体がそのまま侵攻してくれた方が、都市の被害が少なかったかもしれませんね。」



いやいやいや。そんなこと、あるはずがないじゃないですか。

と言いますか、ここは私を励ますところだぞ。

時間の経過と共に、被害の大きさに絶望する街の声が大きくなっていく。

駄目だ。ここにいたら私のメンタルが持たない。

機械兵の討伐。それと亜里亜の救出をするために早く森に行くべきだな。

限界まで目と口を開き、フリーズして固まっている藍倫の手を引っ張り、森に向かうことにした。

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