第14話 猛獣みたいな扱いをされている

ここは地下第4階層。

そこには地下湖が広がり、湖畔沿いに土で固められた道が弧を描きながら延びていた。

迷宮内は昼間のように明るく、さざなみの音が聞こえ、歩く通路の脇には膝下まで雑草が生息している。

魔物の気配がしないのは、先行したパーティに狩られてしまったばかりだからだ。


進む道の先には、共闘の約束をしていた指揮者パーティの姿が見えていた。

5人が表情を硬くしこちらの様子を伺っている。

防御特化型パーティ単独では、私達より早くこの場所まで来ることは出来ないはず。

つまり、指揮者達は私達の敵である忍者達と合流してここまできたものだと予測できる。

そして10mくらいまでの距離まで接近したところで、強斥候が明るく声を掛け始めた。



「こんにちわ。皆さんとは、地下1階層で合流する約束をしていたように記憶していましたが、ええっと、第4階層の間違いでしたっけ?」



強斥候のとぼけた質問に、指揮者は頷いてきた。

表情はいぜん硬くしたままだ。

先日、指揮者達をオリオン攻略について打合せをしていた際、指揮者メンバーの一人である人形使いが、固有スキルを発動させていた事に強斥候が気づいていたのだ。

そのスキルは『COMMUNICATION』。

複数の人形を使用し、会話、連絡を行う効果がある。

指揮者と交わしていた声は、どこかにある別に人形まで届き、話しの内容が筒抜けになっていたのだ。

つまり、指揮者達と忍者達とは裏で繋がっていたのである。

強斥候が、質問に答えない指揮者を挑発するように、再度話しかけた。



「もしかして、忍者に命令されて、ここで僕達を待ち伏せしてしているんすか?」

「我々は、忍者こうたさんの副官を務めている重戦士に、『足手まといになるので最下層へは付いてこなくていい』と言われました。」

「つまり僕達の妨害をするつもりはないんすか。」

「もちろん妨害なんてしません。差し出がましいお願いなのですが、私達も一緒に最下層へ同行させてもらえないでしょうか。」



B級3位のパーティとも共闘していた忍者としては、4位の指揮者達と協力する利点を感じなかったのだろう。

実際、美人賢者側からしても、指揮者達については戦力としてみていなかった。

戦略的に共闘する利点があるとすれば、敵になり妨害工作をされるよりはいいくらいなものだ。

指揮者達はそれくらいの存在である。





最下層は天井・壁・地面が岩盤で出来ており、昼間のように明るい。

降り立った岩場は、天井が高いものの第4層までと比べると、極端に小さいエリアになっていた。

湿度はやや乾燥し臭気もなく、とても過ごしやすく感じる。

奥に行くほど岩場は下へ傾斜しており、魔物との戦闘が行われている音が比較的近い場所から聞こえてきていた。

先を行く勇者が断崖となっている場所から下を指さした。



「あそこで忍者達が、ミノタウロスと戦闘をしているぞ!」



高台になっている岩場から見下ろすと、体長が3m程度ありそうな筋肉隆々のミノタウロスの周りを忍者達とB級3位のメンバーが取り囲んでいた。

ミノタウロスは、自身の背丈程度ありそうな大斧を力任せに振り回している。

空を斬り裂く音がここまで聞こえてくる。

奴こそがA級迷宮の迷宮主で間違いない。


ミノタウロスからの攻撃を重戦士が最前線で受け止め、影に姿を潜ましている忍者がダメージを入れていく戦術のようだ。

魔導士は高火力を生み出す攻撃系スキルの詠唱を開始し、他の者は重戦士のサポートに徹している。

ノーダメージであるミノタウロスを見ると、今しがた戦闘が始まったものと推測できる。


ミノタウロスが力任せにぶん回した大斧を重戦士が受け止めると、凄まじい金属音がこだまし、遅れて重戦士が衝撃に耐えた時に漏れるうめき声が聞こえてくる。

重量で劣る重戦士はミノタウロスの一撃を盾でカードするものの、その勢いを止めきれず、弾き飛ばされるように後退をしていく。

大斧を振り切ったタイミングで、気配なく背後に現れた忍者が、ノタウロスの背中へ深く刀を斬りつけた。

攻撃力が劣る忍者では致命傷を与えることは出来ないものの、このスキームを繰り返していけば、リスクを負う事無く確実にダメージを積み重ねられる。

忍者に撃ち込んだ『SKILL_VIRUS』の効果により、崩壊が進んでいる『影使い』の機能性は確実に落ちているはず。

それでもA級相当の魔物を圧倒するとは、さすがとしか言いようがない。

ミノタウロス側からすると、打つ手無しの状態になっていく。

今しがた忍者が深い一撃を入れたようだ。

となりにいる勇者と強斥候も似たような感想を呟いていた。



「あのミノタウロス。さすがにもう駄目だろう。」

「A級相当の魔物を圧倒するって、奴等、相当にヤバいっすね。」



だが、ここまでの戦闘を見て違和感がある。

その正体が何なのかは分からない。

ダメージが蓄積されているはずなのであるが、ミノタウロスの動きが全く鈍っていないのは何故なのかしら。

再度、背後に現れた忍者が刀を深く突き刺していた。

勇者達も異変に気が付いている。



「これは殺ったか?」

「いや。ミノタウロスの奴、耐えきったようっす。」

「耐えきったというよりは、あいつ、まだまだ元気に動きまわっているぜ。」

「あのミノタウロス。本当にA級相当なんすか。」



2人が言うとおり、あの耐久力だならその実力はA級を超えている。

狂ったようにブン回す大斧が力強く、動きに衰えが見られない。

耐久力が高いのはもちろんだが、ミノタウロスへは回復・治癒効果がかけられているとしか思えない。

だが、ミノタウロス自身は回復出来ないし、支援を行う存在も見当たらない。

逆に、ふんだんに回復支援を受けている重戦士の動きが、悪くなっていた。

となりから重戦士を心配する声が聞こえてくる。



「重戦士の動きが悪くなっていないか。」

「息を切らしているというか、結構疲れているように見えるっす。」

「重戦士が崩れると、一気にやられる可能性があるぞ。」

「魔道士の演唱が終わったみたいですよ!」



魔導士の詠唱時間を考えると、その攻撃スキルは相当の威力があるものと推測でき、これが決まれば戦況を一変することが出来るだろう。

ミノタウロスも魔導士の詠唱には気が付いているようで、大斧を大きく振りかぶり『地走り』とういう大技を繰り出そうとする体勢に入っていた。

―――――――その時、重戦士の片膝がストンと地面へ落ちた。

理由は分からないが、体力の限界がきてしまったようだ。

影から姿を現した忍者が『地走り』をキャンセルさせるべく、ミノタウロスの足へ刀を突き立てたのであるが行動を止めきれていない。

やられる!

大斧を力の限り地面にたたきつけると、魔導士へ向かって地面に亀裂が走り、それを追いかけるように土煙が上がっていく。

魔導士の体が斬り裂かれた。

強烈な衝撃音が響き、余波で最下層の岩場全体が揺れている。



「魔導士の詠唱をキャンセルさせやがったぞ!」

「重戦士は、なんでミノタウロスの攻撃を止めなかったんだ。」

「あの大斧。なかり凄え一品だな。」



違和感の正体は、ミノタウロスが持っている大斧だ。

――――――――スキル『真眼』が発動した。

ミノタウロスが持つ大斧に『ライフドレイン』と『起死回生』の効果が付与されていた。

『ライフドレイン』とは言葉のとおり、体力を吸収する効果。

重戦士は、ミノタウロスの打撃を楯で受け止める度に、体力を吸収されていたのだ。

なるほど。

攻撃の軽い忍者を無視し、致命傷を与える可能性にある魔導士から先に仕留めたというわけか。

重戦士は完全に動きを停止している。

防衛線は崩壊し、後衛の部隊はなぶり殺しにあう状況だ。

忍者達の敗北が確定的だな。

―――――――――――その時、美人賢者が叫んだ。



「皆さん、忍者こうたパーティを助けに行きましょう!」



私としても忍者を見殺しにする行為は同族殺しと見なされ、放置してしまうと信仰心に影響が出る可能性がある。

美人賢者の意向を100%指示させてもらいます。

勇者と強斥候も武器に手をかけ、身を乗り出し前のめりになっている。



「しゃぁねぇ。行くか。」

「アメリアが言うなら仕方ないっすね。」

「聖女様。俺もよろしいでしょうか?」



私に視線を合わせてきた追跡者が美人賢者に呼応してきた。

だが、同行していた指揮者が異を唱えてきた。

忍者に共闘を申し入れ協力したにもの関わらず、実際は相手にされていない事に不満があったのだろう。



「アメリア様。オリオンの規則では、戦闘中の横取り行為は禁止されています。アメリア様の判断は素晴らしいものと思いますが、それでも彼等を助けるつもりですか。」



勇者と強斥候は、指揮者を駄目な者を見る目で見ていた。

珍しくまともな行動をとっている。

まだ何か言いそうな様子の指揮者をギロリと睨むと、私からかけられた圧に尻もちを付き喋ることが出来なくなった。

しばらくそこで静かにしていて下さい。

さてミノタウロス攻略についてであるが、B級相当の勇者達では無理だというのが現実だ。

『ライフドレイン』『起死回生』の効果が付与された大斧を持っているミノタウロスは、一撃で絶滅させなければならない。

そう。それが出来るのは私だけ。

忍者達を見殺しにしてしまうと信仰心に影響もあると思われますが、なによりここは美人賢者の心意気にお応えさせてもらいましょう。

前のめりになっていた勇者達に後ろへ下がるように手で制した。



「皆さんはさがって下さい。あのミノタウロスは私が仕留めさせて頂きます。」



皆の視線が私に集中する。

スナイパーモードで運命の弓を召喚し、リロードした運命の矢に『必殺』をシンクロさせ、再度『必殺』を重ね掛けする。

この一撃を食らってしまっては、ミノタウロスの原型は一切残ることがないだろう。

背筋を伸ばし、ゆっくり弓を引き絞りながら照準をつけていく。

スキル『ロックオン』を発動する。

引き絞った弓のエネルギーが臨界点に達した。

狙い撃たせてもらいます。

―――――――――――CRITICAL_SHOOT


音速の速さで突き抜けていく矢を追うように竜巻が生まれていた。

最大限ジャイロー回転をかけ破壊力を引き上げた矢が、ミノタウロスを貫通し、岩盤を突き破り、その衝撃波が大気を揺らす。

雷が落ちたような衝撃音と、地響きが遅れてやってきた。

ミノタウロスの姿は無くなっており、木っ端微塵に粉砕されてしまっていた。





規程により『オリオン』は忍者が勝利した。

忍者パーティが全滅する寸前に、私の一撃によりミノタウロスを木っ端みじんに粉砕したためだ。

瀕死の状態となっていた重戦士と『地走り』を受けた魔導士の二人は、神官達から回復スキルを受け続けているが、もう冒険者に復帰することは出来ないだろう。

忍者はというと『影使い』の不調に戸惑っているようだ。

ミノタウロスが使用していた『ライフドレイン』と『起死回生』の効果が付与されていた大斧については、B級3位の冒険者が「これは俺がもらう」と宣言していた。

あれが市場に出回ると危険な気がするが、まぁ私には関係が無い事だ。

その時突然、神託が降りてきた。

――――――――――神託の内容は、ミノタウロスの斧を破壊せよ。

YES_MAIN_GOD。

ここで信仰心が稼げるなんて、有難い。

ただ働きにならなくて喜ばしい限りだ。


B級3位の冒険者から大斧を譲ってもらわないといけなくなったのであるが、そのB級3位の冒険者に対して美人賢者が激怒している姿があった。

私達の妨害を失敗した追跡者へ、人格否定をするような罵声を浴びせていた姿を見ていた美人賢者が切れてしまったのだ。

その輪に勇者・強斥候も加わり、騒ぎが広がっている。

私が加わってしまうと、すぐに決着がついてしまうので、ここは観客に徹するべきところだ。

ミノタウロスの大斧さへ貰えれば、私はそれでいいのだ。



「喧嘩はそのまま続けてください。その大斧を私に譲っていただけませんか。」

「駄目に決まっているだろ。これは俺達パーティの獲物だぞ!」



なんだと。

今、私に喧嘩を売ってきたのかしら。

聖女に対して不敬な態度をする事は許されるものではない。

なにより、私へ喧嘩をうるとは言い度胸じゃないか。

命知らずという言葉には収まらない、馬鹿野郎がこの世に存在していたものだ。

大気が割れ、気温が一気に下がっていき、精神力の弱い者達は気を失いかけている。

怒り狂っていた美人賢者が、私に抱き着き必死になだめようとしているのは何故でしょう?



「三華月様。駄目です。STOP、STOPです!」

「アメリア。三華月から離れるんだ。巻き添えを食うぞ。」



私に抱き着き体を引きずられている美人賢者へ、勇者が遠くから叫ぶ声が聞こえていた。

猛獣みたいな扱いをされているのは気のせいでしょうか。

私の逆鱗に触れてしまい、動くことが出来なくなったB級3位の者達は、自ら大斧を差し出してくれた。

無事に大斧を破壊させて無事に信仰心を上げることができた。





迷宮主が消え、気持ち良い風が流れていた。

しばらく、この最下層に魔物が現れることはないだろう。

周囲をみると、既に人の姿はなくなっている。

美人賢者達は先に地上へ返し、私だけがここに残っていたのだ。

ミノタウロスが使用していた大斧は、誰が制作したのでしょうか。

地下6階層へ降りて行けば、その答えがあるかもしれない。

通常、A級迷宮は地下5階層が最下層である。

――――――――――そう。スキル『真眼』が無かったそこに、S級迷宮の証である地下6階層へ繋がる階段を発見していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る