第13話 馬鹿が馬鹿を呼ぶ・馬鹿達の共鳴

A級迷宮の地下2階層。

乾いた風が吹き、砂が舞い上がっていた。

天井に貼られている石板が光を放ち、迷宮内を昼間のように照らしている。

粒子の細かい砂地から、天井近くまで隆起している岩場が数多くそそり立ち、見通しの悪い地形になっていた。


地下3階層へ降りる階段が見える前にて、B級3位のパーティメンバーである追跡者が正座をし力無い様子でうつむいている。

怠惰を貪りつくした中間管理職のようなでっぷり体型をしており、全身を黒装束で覆っていた。

球体に近い体型を見ていると、斥候職をしても大丈夫なのかという疑問が自然にわいてくる。

丸々と太った顔はひきつり、大量の汗が砂地へ滴り落ちている。

勇者と強斥候が興味深そうな様子で、追跡者を間近から覗きこんでいた。



「こいつが追跡者はいばらか。さすがにちょっと運動不足じゃねぇのか。」

「貫禄があるというか、援助交際をやっていそうな親父のように見えるっすね。」



酷い言われようだ。

本当の事を言って何が悪いと開き直る者がいるが、何故その行為が悪いかというと、それはその者のために言っているわけではなく、攻撃して傷つけてやろうという悪意が働いているからだ。

この2人に注意してやりたいところではあるが、きっと馬の耳に念仏になってしまうだろう。

追跡者の処遇について、勇者と強斥候が話し合っている声が聞こえてきていた。



「追跡者をどうするよ。ここで開放してしまうと、また仕掛けてくる可能性もあるんじゃないか。」

「そうっすね。両手両足を拘束し、その辺に放置してもいいんじゃないっすか。」

「有りだな。飲まず食わずの状態が続けば、少しばかりダイエット出来るし、追跡者にとっても俺達にとってもwin-winの関係になりそうだな。」

「その前に魔物の餌になるんじゃないっすか。」

「どうだろう。脂濃そうだし、魔物が手を出すかだな。」



拘束して放置してしまうと、魔物に襲われて殺される可能性がありそれは同族殺しに該当するため、私からすると問題外だ。

迷宮内において冒険者同士のKILL行為は禁止事項であるし、勇者達も本気では言っていないのだろう。

ふと気が付くと、となりにいる美人賢者と視線が重なった。

追跡者の処遇について、どうしたものか判断に困っているようだ。



「結論から言いますと、追跡者はこのまま解放しても問題ありません。既に『ロックオン』で補足済みなので、どこからでもこの男を狙い撃つことが可能です。」



美人賢者に向けて説明をしたつもりであったが、真っ先に反応したのは追跡者であった。

中年親父の体型をした男はB級相当の実力を持っているが、私に遠くおよばないことを実感し認識している。

私の能力の一端を垣間見たものの、余裕残しであったことも理解していた。

追跡者は既に悪い顔色が更に悪くなり、したたり落ちる汗が砂地に吸い込まれていく。



「聖女様。俺を捕捉しているその射程圏内って、どれくらいの距離なのでしょうか。」

「射程距離ですか。『月の加護』がある夜でしたら、地上世界全般となります。」

「地上世界全般が射程範囲だなんて。それって、俺をどこからでも狙撃出来るって事なのでしょうか。」

「そうです。私の気分次第でいつでもどこからでもあなたを仕留めることが可能です。」



追跡者のブクブクした体が小刻みに震えだした。

嫌だなぁ。過剰に怯えないで下さいよ。

誰かがこの状況を見てしまうと、言葉責めをして楽しんでいるS系の女だと誤解されてしまうではないですか。

追跡者とのやり取りを聞いていた勇者と強斥候が呟く声が聞こえてくる。



「いつでもどこでもってリズムよく言われると、聞こえのいいCMのキャッチフレーズみたいに聞こえてくるな。」

「三華月様が言うと、CMじゃなく、SMを楽しんでいる女王様に見えてくるっす。」

「あるあるだが、追跡者の奴も、三華月がただの可愛いらしい聖女だと誤解してしまったんだろうな。」

「あるあるっね。鬼可愛い聖女を省略したら、鬼聖女になるっすからね。」



追跡者は本人からの申し入れで、『ロックオン』を外すまで、私達に同行する事になった。





地下3階層へ降りたそこは荒野が広がっていた。

20m程度の高さがある天井には嵌め込まれている石が、どんよりとした光を放っている。

大地は岩のように固く、ところどころに立っている木が強く吹く風に揺れていた。

恐怖心を駆り立てる不気味さを感じる。

それは、漂ってくる死臭のせいだ。

向こうの丘へ視線を移すと、銀色の装備品で全身を固めているアンデッドナイト達が、私達を見つめている。

その姿を視認した追跡者が恐怖で体を震わせていた。


単体のアンデッドナイトはB級相当に該当する。

機動力は高く防御力に特化した個体で、完全に無力化するまで動き続ける厄介な相手だ。

物理攻撃を得意とする者からすると、特に相性の悪い相手である。

アンデッドナイトがゾロゾロと姿を現してきている。

20騎ほどいそうだ。

顔色が悪くなっている追跡者の背中を、余裕の表情を浮かべている勇者と強斥候が、ポンポンと叩いていた。



「おい。どおした。顔色が悪いな。調子でも悪いのか?」

「もしかして、アンデッドナイト達にビビッているんすか。」

「当たり前だろ。あれは単体ではB級相当だが、20騎もいたらA級者パーティでも討伐が難しい奴等なんだぞ。」



追跡者の言葉は正しい。

通常のB級相当の魔物なら20個体いたとしてもB級冒険者5人でも攻略可能たが、アンデッドナイトの場合はそうもいかない。

機動力、防御力が高く、完全破壊するまで動き続ける個体が規律ある集団行動をとってくるためA級メンバーでも攻略は難しいとされていた。

青ざめた様子の追跡者へ、勇者はドヤ顔で「チ、チ、チ、チ、」と舌打ちをしながら、指を振っていた。



「アンデッドと言えば聖属性である聖女の出番だろ。」

「聖属性と言えば勇者もそうっすよ。」

「そういえば俺も聖属性だったぜ。」

「「ガハハハハハ」」

「無敵の鬼聖女が聖属性って、アンデッドからしたら地獄モードだろ。」

「僕達で出来る事と言ったら、アンデッドナイト達が成仏できるように南無阿弥陀仏と唱える事くらいっすよ。」

「だな。」

「「ガハハハハハ」」



私はアンデッドを攻撃する事に対して抵抗を持っている。

死んでしまった者を攻撃する行為が、本能的に受け入れられないからだ。

とはいうものの、必要があれば攻撃する事もやぶさかではない。

アンデッドナイトが隊列を組み始めている。

だが、信仰心が高い聖女へは攻撃してこないことを知っている。

私の思いをよそに、勇者が威勢よく攻撃命令みたいなことを言ってきた。



「よし、三華月。アンデッドナイト軍団を殺戮してくれ!」

「アンデットはもう死んでいるので、殺戮は出来ないっすよ。」

「違ぇねぇな。」

「「ガハハハハ」」


「私はアンデッドを狩らない事にしております。」



和気あいあいとしていた緩い空気が一変した。

騒がしかった2人はフリーズし、見開いた瞳が私を見つめている。

オリオンが開始され、初めて緊張感がある顔になった。

戸惑った様子の2人が恐る恐る口を開き、真意を確認してきた。



「アンデッドを狩らないってどういう事だ?」

「そうっすよ。分かっていると思いますが、僕達は三華月様頼りなんすよ。」

「どういこ事って、それはアンデッドを狩りたくないからです。私頼みなのは理解しましかが、あなた達も冒険者ならたまに自分達だけで頑張ってみてはいかがでしょうか。」



空気が緊張したものに変わっていく。

勇者と強斥候の額に青筋が浮かだ。

2人から強い怒りを感じるが、何故か美人賢者の背後へ後退していく。

そして、火山が噴火するように2人の猛抗議が開始された。



「おい。嫌だからやりたくないって、認められるはずがないだろ!」

「私抜きってどういうことですか。話しが全然違ってないっすか。僕達を騙したんすか!」

「お前、聖女だろ。俺達を見捨てたら駄目だろ!」

「信仰心が下がっちゃってもいいですか!」


「嫌なものは嫌なのです。それから、私は褒められて伸びるタイプなので、そういう抗議をされるとやる気が急降下します。」


「そうか。そうか。褒めたらいいんだな!」

「三華月様。可愛い。最高!」

「性格はあれだが、強斥候の言うとおりだ。見た目だめなら相当な美人だろ!」


「あなた達には褒められても嬉しくありません。」


「おい。こら。どういう事だ!」

「わがままが過ぎると、いくら僕達でもマジで切れますよ!」



ギロリと睨むと、美人賢者の背後に隠れていた2人が体を小さく丸めた。

いちいち相手をするのは面倒ではあるが、制裁鉄拳を入れる価値もない。

追跡者はその様子を見て呆れている。

そして美人賢者が『パシリ』と手で音を鳴らし、よく通る声で2人をたしなめ始めた。



「三華月様に頼りっぱなしなのは、いかがなものでしょう。私達は仮にもA級冒険者を目指している者達ではありませんか!」



凛とした言葉を聞いた勇者と強斥候の表情から毒が抜け、鬼の形相をしていた二人の瞳に光が宿っていく。

この世界でもっとも尊敬されている聖女である私からの言葉には耳を貸さない2人が、何故だか美人賢者に対しては素直である。

美人賢者より私の方が可愛いはずなのだが、やはり乳の大きさのせいなのかしら。



「確かに俺達だけでB級相当のアンデッドナイト20騎くらい、なんとかしないといけないよな。」

「そうっすね。僕達なら出来るはずっすね。」

勇者ガリアン強斥候ふぶきつき、私達3人でアンデットナイトを蹴散らしますよ!」



気合の入った掛け声を上げると、勇者が美人賢者をアンデッドナイト達から隠すように前へ出ながら背負っていた大剣を抜き、大楯を構えた。

その脇には強斥候がナイフを持ち、前かがみに戦闘体勢を整えている。

アンデッドナイトの方は、紡錘陣形を完成させていた。

あれは攻撃力が高く一転突破を図る時に用いる捨て身の戦術だ。

おそらく要となる美人賢者を狙っているのだろう。

状況を把握した勇者が指揮を執り始めた。



強斥候ふぶきつき、左にまわりこんで囮になってくれ。」

「了解っす。」

「俺は、向きを変えたあいつ等の側面から突撃する。三華月。美人賢者アメリアのことを頼めるか?」

「承知しました。」

美人賢者アメリア、『身体強化』を俺達に掛けてくれ。」

「分かりました。」



勇者の号令とともに強斥候が飛びだし、その行動に釣られたアンデッドナイト達が進路を変えたところに側面から勇者が強撃を仕掛けていく。

聖属性である勇者はアンデッドを相手に有利に戦闘を進められるはず。

それでも囲まれてしまったら戦況は不利になるだろう。

この戦いは、短時間でアンデッドナイト達を殲滅させなければならない条件がついている。

初見であるが、勇者達の戦闘を見ていると機動力が優れる相手に短期殲滅は難しいようだ。

そう。勇者達には1枚カードが足りないのた。

何も考えて無い様子で戦況を眺めていた追跡者の尻をと蹴り飛ばしてみた。



「気を抜いているんじゃないわよ!」



軽く蹴ったつもりが、思っていたより岩地を転がっていく。

力の加減を間違えてようだ。

さすが追跡者だ。不意をつかれても、うまく受け身をとりながら転がっている。

体が球体に近いせいで、よく回転してしまっているのかしら。

そして、向こうに隆起していた岩場へ衝突をすると、動きを止め流血しながら立ち上がってきた。

その瞳からは怒りが感じられる。



「何ですか、いきなり。殺す気ですか。勘弁して下さいよ!」

追跡者あなたも手伝いなさい。」

「何を手伝うのですか?」

「あなたもアンデッドナイトの迎撃を手伝いなさいと言っているのですよ。頑張ったら『ロックオン』を外してあげてもいいですよ。」

「まじですか。命を懸けて頑張ります!」





時間がかかりながらもアンデッドナイト達を無事に攻略した勇者、強斥候、追跡者の3名が意気投合をしていた。

『類は友を呼ぶ』という言葉があるが、この場合は『馬鹿が馬鹿を呼ぶ』といった感じでしょうか。



「お前達の連携、見事だったぞ。」

「お前の方こそ、なかなかやるじゃないか。」

追跡者はいばらさんがいてくれて助かったっす。」



強斥候が扇動を行いながら注意を引きつつ、勇者が各個撃破できるように追跡者がバランスをとり、美人賢者が遠距離から、補助系のスキルを重ね掛けし続けていた。

美人賢者も遠距離攻撃が出来るのだが、機動力の優れた相手になると命中率が大きく下がるため、補助系を使用する方が確実なのだ。

何故かドヤ顔をつくっている3人が、私に詰め寄ってきていた。



「三華月。ここから先は働いてくれるんだろうな。」

「働かざるもの食うべからずということわざがあるのを知っているっすか!」

「俺の事を、結構できる男だと思っただろ!」

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