第12話 土下座をしているが、実は…

建物内から外を見ると抜けるような青空に雲が緩やかに流れている。

まだ太陽の位置は低い位置にあり空気が少し冷たく感じるが、日中は30度を超えてくるだろう。

オリオンが開始される時刻が迫ってきており、柵の向こう見える広場にいる群衆達がこちらに目一杯に体を動かし手を振っている。

夏のうるさい虫達の鳴き声をかき消すような声援が送られてきていた。

帝都の賭博場では大々的にオリオンの『賭け』が行われており、2番人気である私達を応援している者達が外の広場に集まってきているのだ。


私は何故ここいるのだろうか。

忍者へ復讐をするために美人賢者パーティに加わったわけであるが、そのことはもうどうでもいい。

そう。オリオンに参加する動機無くなってしまい、まったくやる気が出ないのだ。

テンションをあげている3名とは異なり、私だけ消化試合のような感覚に陥っていた。

今さらパーティから抜けるわけにもいかないため、美人賢者達へ付き合っているだけのことである。


帝都に地下には100万km2規模の迷宮が広がっており、地下1階層へ降りる階段が帝都内のところどころに設置されている。

オリオンに参加するB級4位までの者達は、離れた位置から地下へ降りる規則となっており、その階段が管理されている建物に待機していた。

部屋の中を見渡すと、オリオンの管理局の者が時計を見ている。

美人賢者は静かに目を閉じ椅子に腰かけ、勇者は落ち着きなく部屋の中を歩きまわっていた。

そして強斥候は、開始30分前に渡された『オリオン』の舞台となるA級迷宮の座標が記されているMAPを真剣に記憶しようとしている。

舞台となる迷宮は直前になるまで知らされない規則になっていた。

通常A級迷宮は5層目まであり、最下層まで行くルートはいくつも存在する。

どのルートの選択するのも自由。

斥候の判断がオリオンの勝敗を大きく左右する。

外の広場から開始10秒前となるカウントダウンの大合唱が聞こえてきた。

―――――――そしてキルド職員が時計を見て『オリオン』が始まった事を告げてきた。



「『オリオン』開始の時間になりました。気を付けていってください。」

「待ち疲れたぜ!」



目がギンギンになっている様子の勇者が声を上げながら強斥候と視線を合わせると、同時に地下迷宮へ通じる階段を降り始めていく。

先頭は強斥候で、最後尾が勇者の隊列を組む約束をしていたが、忘れてしまったのかしら。

美人賢者に続いて階段口から降り始めると、奥から2人の声が聞こえてくる。



強斥侯ふぶきつき、最短ルートで頼むぜ。」

「お任せ下さい。MAPは完璧に頭へ叩きこみました。」

「敵パーティからの妨害工作にも気をつけてくれよ。」



オリオン攻略の鍵となるのが、『共闘』と『妨害工作』だ。

パーティ同士が共闘すれば多くの利点が発生する。

1人にかかる迷宮攻略の負担も軽くなることはもちろんであるが、余った斥候が他パーティの妨害工作をしてくる場合がある。

対人攻撃は禁止されているが、妨害工作はグレーゾーンとされていた。


指揮者からの申し出で共闘の打ち合わせをし、地下1階層で落ち合うポイントをあらかじめ決めていた。

だが、オリオンが開始される1時間前。

美人賢者と勇者の2人へ、指揮者達と合流することなく単独で最下層を目指す旨の話しをしていた。

そう。指揮者からの申し出を一方的に破棄したのだ。


目の前には広い森林地帯が広がっていた。

澄んだ空気が流れ、地上階層の環境となんら変わりない。

この地下1階層には無数の迷宮が有り、その迷宮ごとに迷宮主が存在する。

古代人が何の目的で帝都の地下へ迷宮を創ったのか、世界の記憶である『アーカイブ』の所有者である私にもその理由は分かりえない。

第1層に出てくる魔物はF級相当がほとんどで、下層へ降りていくにつれて難易度があがっていく。

隊列の先頭を行き、地下1階層へ降りていた勇者がふざけた言葉を口走ってきた。



「最速で最下層まで突っ切るぜ。おっと訂正だ。三華月。最速で最下層まで突っ切ってくれ。背後は俺達に任せてくれ。頼んだぜ。」



後ろに付いて行くということを、背後を任せろと言い換えているようだ。

勇者の背後で美人賢者が申し訳なさそうに頭を下げている。

うんこ勇者をしばくのは、また今度にさせてもらいましょう。





地下2階層は砂漠地帯が広がっていた。

砂地の中から天井近くまで隆起している岩場がところどころにあり、見通しが悪い地形となっている。

高い天井に貼られた石板から落ちてくる光が、昼間にように迷宮内を明るくしていた。

乾いた風が流れており、時折砂塵も舞い上がっている。

運命の弓を連射モードで召喚し、魔物が砂地から姿を現した瞬間に撃ち抜いていた。

私にとっては難しい相手ではないが、D級クラスの魔物とはいえ砂塵内に隠れている個体は勇者達にとっては難敵だ。

その状況に見て勇者がまともな事を言ってきた。



「ここは密集陣形で美人賢者アメリアを守りつつ、警戒しながら前に進むぜ。」



ごく稀に、B級冒険者らしい発言をする時がある。

今、それが起きてしまったようだ。

――――――――その時、突然、陣形の1列目を歩いていた強斥侯が足を止めた。

そして静かに手を上げなから、全員に警戒するように注意を促してきた。

緊張感が伝わってくる。

強斥候の様子を見ると、近くの砂地に魔物が潜んでいるものとは違うようだ。



「空気の流れが少し乱れています。この感覚は何者かに尾行されているかもしれないっす。」

「尾行ですか。」

「妨害工策員が接近しているものと考え、ここは対応するべきところっす。」



オリオンが始まる前、妨害工作活動を高確率で行なってくるのではないかと予測をしていた。

おそらく仕掛けてくるとしたらB級3位のパーティにいる『追跡者』のJOBで榛原はいばらという者だ。

その名のとおり追跡に長けており、更に戦闘力が高い。

パーティ同士の戦闘は禁止されているが、過去の事例をみると突発的な衝突については黙認されていた。

要するに程度は不明であるが、多少のパーティ同士の戦闘なら有りという事だ。



「予定どおり私が出向いて対応させてもらいます。皆さんはここで待機していて下さい。」



妨害工作の兆候、追跡等が認められた場合、私が対応する約束事としていた。

強斥候は戦闘力に劣る。

機動力が低い勇者と美人賢者については論外だ。

消去法で私が対応するしかない。

本来、岩場が多く見通しが悪い地形は弓系のJOBにとって不向きだが、暗殺系のスキルを多く獲得している私にとっては最も得意なフィールドなのだ。

勇者と強斥候が何故かゲラゲラと笑っていた。



「狩人なのに、見通しの悪い地形が大好物だなんて。三華月ってだいたい裏の裏を行くよな。」

「なんすか。それ。裏の裏だと表になり、元に戻っているじゃないですか。」

「本当だな。」

「「ゲラゲラゲラ」」



まったくもって緊張感のない奴等だ。

強斥候から尾行されているその個体が予測される潜んでいる場所を聞き、そそり立っている岩場へ『跳躍』を繰り返し、移動を開始した。

まわりの景色に姿が溶け込むスキル『隠密』を発動させながら、見通しの良い岩場の上から尾行をしている個体を探しているのであるが、その存在を見つけることができない。

予測されたことではあるが、追跡者も『隠密』を使用しているのだろう。

索敵系のスキルを獲得していない私であるが、工夫をすれば気配を消している個体を発見する手段が無いわけでもない。

『隠密』を発動させながらでも砂地にはその足跡は残るはず。

―――――――――そして今まさに、あそこの砂地に足跡が刻まれていた。

魔物ではなく、人で間違いない。

その歩調より20歳前後の年齢だ。

身長は160~170cm。

聞いていた追跡者の情報に合致する。

昇っていた岩場から、砂地へ飛び降りた。





20m先に『隠密』を解除した黒装束の男が、腰を落として刀を構えていた。

顔を含めて前進を黒装束でおおっているが、身長は低めで、顔も体型も太めである事が見て分かる。

聞いていた情報のとおり、追跡者の榛原で間違いない。

こうやって見ると、闇の者というよりお笑い関係の者みたいな雰囲気がする。



「あなたは追跡者の榛原ですね。私達を尾行されているようですが、何か御用でもあるのでしょうか。」

「お前が三華月という聖女だな。近くで見ると、結構可愛いな。」



物凄く可愛いのではなく、結構なのか。

美的感覚は人それぞれだしな。

それはいいとして、黒装束の中年親父みたいな体型をした男は、私の問いに応えるつもりはないようだ。

いや。もしかしたら、会話が通じていない可能性もあるか。

念のために、言い方を変えて再度警告してみようかしら。



「もう一度、伺います。私達を尾行されているようですが、御用があるようでしたら伺います。」

「俺は刀を抜いているんだぞ。何故、お前は武器を構えないのだ。」



質問に対し質問で返されてしまった。

やはり私の質問に答えるつもりがないのかしら。

それとも、質問されていることが理解できていないのだろうか。

なんとなくだが後者の方な気がする。

嫌だけど、もう1度くらいは対応してあげましょう。



「私が構えないのは、私にとって追跡者あなたが雑魚だからです。」

「過剰な自信や余裕は隙となり、足元をすくう事になるぞ。」

「『足元』ではなく『足下』ですよ。もう一つ付け加えますと、『足下をすくう』とは相手の隙につけ入った行動で失敗をしてしまう意味です。私は追跡者あなたの隙を突いていないので、その言葉の使い方が間違っています。」

「ふん。なんだそれ。言っている意味が分からないというか、難しいな。お前、あれだろ。屁理屈ばかり言って実戦的な事は何も出来ない奴っているよな。聖女がそれだな。」



わざと噛み合わない会話をしているのではなく、やはりただの馬鹿であると認識した。

同族殺しを行うと信仰心に影響がある。

正当防衛による反撃は問題ないが、過剰防衛はまずい。

ここは半殺しにしてやるくらいがちょうど良いでしょうか。



追跡者あなた、相当お馬鹿なようですね。私はお馬鹿な人とは会話をしない主義なのですが、それでも頑張った方だと思います。そんなお馬鹿な追跡者あなたからすると、どう思われますか。」

「俺を舐めるなよ。」



中年親父体型の男は怒りを滲ませていた。

俺を舐めるなって、お馬鹿が口にする定型語だぞ。

うむ。もうこれは、追跡者はお馬鹿に認定させて頂きます。

その追跡者の体重が前足へ移動し始めていた。

前がかりの姿勢をとり踏み込もうとしているようだ。

そして再びよく聞く定型語を被せてきた。



「俺の実力を見せてやるぜ。」



腰を沈め距離を縮めてくる。

洗練した動きではあるが、私からすると遅すぎる。

その時である。

――――――――正面から駆けてくる追跡者の姿がブレ始めていた。

これは『分身の術』というスキルかしら。

面白い大道芸を見せてくれるじゃないですか。


だが、既に追跡者にはスキル『ロックオン』を発動し補足済である。

その『分身の術』とやらで運命の矢を凌いでみて下さい。

追跡者との間合いをあけるように後方へジャンプをし、標的に向けて召喚していた弓を引き絞り始めた。

ここで運命の矢をリロードする。

『ロックオン』が本体を捕捉している。

それでは狙い撃たせてもらいます。

弓のエネルギーを解放させた。

——————―――SHOOT


音速で走る矢が、追跡者の本体を捕らえた瞬間、その体が『丸太』へ変化した。

ほぉう。今度は『身代わりの術』という大道芸ですか。

本体に攻撃が加えられる際に自動で発動するのかしら。

面白い大道芸をたくさん持っていそうだ。

だが、追跡者への『ロックオン』は外れていない。

次は連射をしてみるので、愉快な術で凌いでみてください。


追跡者は、『分身の術』と『身代わりの術』を繰り出しながら、必死に間合いを詰めてこようとするのだが、その速度では『跳躍』と『瞬足』を駆使する私には遠くおよばない。

つまり、追跡者は永遠に私へ辿り着くことなく、なぶり殺しにされる運命が確定している。

その状況に気が付いた追跡者が、運命の矢を連続リロードした瞬間、慌てて降参をしてきた。



「待って。待って。殺さないでください!」





私の目の前では、中年太りの体型をした黒装束の男である追跡者が全身全霊の土下座をしていた。

この定型は知っている。

油断させて、隙をつき斬りかかってくるつもりだな。

WELCOME。歓迎します。

追跡者が必至の演技で、降参をアピールしてきていた。



「降参です。すいませんでした。聖女様。命だけは助けて下さい。」

「遠慮なさらずに、どうぞ。どうぞ。」

「えっ。遠慮なんかしておりません。言っている意味が分からないのですが。」

「私の方は斬られてもいい心の準備が出来ております。どうぞ、遠慮なさらずに私へ斬りかかってきて下さい。」

「えっ、どういう事ですか?」

「とぼける必要はありません。分かっていますよ。油断させておいて斬りかかるつもりなのでしょ。はい。ちゃんとお付き合いささてもらいます。さぁ。さぁ。片手くらいなら差し上げますよ。」



卑怯な手段で私を傷つけてくれたら、|追跡者を処刑せよと『神託』が降りて来るかもしれない。

なんとなく、もうひと頑張りで神託が来る予感がするのだ。

信仰心を上げるためなら痛いおもいをしても我慢できるしな。

追跡者の顔色がどんどん悪くなり、大量に汗をかき始め、ヤバイ者を見るような目で私を見ている。



「本当にすいませんでした。聖女様がこんなに危ない人だとは知りませんでした。」

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