只帰る夜、歌う君に会う

御厨カイト

只帰る夜、歌う君に会う


彼女と会ったのは、いつも通り仕事にフルボッコにされた帰り道の事だった。

自炊する気は起きなかったため、駅前のコンビニで弁当とビールを買う。

そして、いざ帰ろうと歩き始めた時、近くでギターの音が聞こえた。


ここは駅前だから、そういう事をしていても特段珍しくない。

だから、いつも通り気にも留めず帰ろうと思ったのだが、今日は何故か見て行こうとという気持ちになった。


疲れていたのかもしれない。

気でも紛らわせようとでも思っていたのかもしれない。




ギターの音の方へ行ってみると、いた。

ギター1本、健気に、力強く弾いている1人の女の子が。

見た目的には多分大学生かな。



恥ずかしいので、少し離れたところで聴く。

歌っているのは何かのカバーでは無く、多分オリジナル曲だろう。

聴き馴染みの無いフレーズに、聴き馴染みの無い歌詞。



誰も彼女の歌声に足を止めない。

それでも、彼女はそれに抗うかのように必死に歌い続ける。

まるで、この先に待っている「夢」を必死に掴もうとしているかのように。



そんな事を考えながら、彼女の演奏をしばらく聴いていると、俺は泣いていた。


いつの間にか泣いていた。

気がついたら泣いていた。


多分、己の「夢」に対してひたむきに、目指している姿を見て、感動してしまったのだろう。



短大を卒業して、早数年。

自分の夢すらも何だったかと見失っている今、そんな彼女の姿を見て純粋に感動してしまった。

そんな色々な想いと涙をハンカチで拭う。


丁度その時には彼女の演奏が終わったらしく、彼女は周りを見渡し「はぁ……」とため息をついてギターを片付けようとしていた。


俺はその背中に声を掛ける。


「あ、あの、すいません。」


「はい?」


彼女は振り返る。


「あの、何でしょう?」


「……えっと、貴方の歌、凄く良かったです。」


「えっ!?聴いて下さっていたんですか!?」


「は、はい。」


「そ、そうですか。ありがとうございます!」


「あ、いえいえ、俺も貴方の歌で何か大切なものに再発見した気がするので、こちらこそありがとうございます。」


すると、彼女は泣き始める。


「……あ、す、すいません。あまりにも嬉しすぎて……涙が……、こんなつもりじゃ、なかったんですけど……」


「すいません」と言いながら、涙を拭う。


「本当にありがとうございます。私の歌を聴いて、そう感想を言ってくださったのはお兄さんが初めてです……。」


「あ、そうなんですか?」


「はい、……何だか今までの活動が報われた気分です。本当に、本当にありがとうございます。」


「そうなんですね。こちらこそ、そう言っていただけて嬉しいです。……また、聴きに来ますね。」


「あ、はい!多分、これからもここでやっていると思うので是非!」


笑顔でそう言う彼女。


「応援しています」と最後に声を掛け、俺はその場を後にする。



……また明日も聴きに来よう。














次の日









今日も仕事にボロボロにされながらも、昨日と同じ場所へと向かう。

すると、やっぱりあの音色が聴こえてくる。


彼女だ。

今日もギター1本で頑張っている。


またしても、少し離れた所で聴く。

すると、ふと演奏中の彼女と目が合った。

そして、安心したかのようにホッと微笑む。


その様子に俺は何だか嬉しくなった。

そんな訳で、俺も微笑む返す。





「今日も来て下さったんですね!」


歌い終わり、声を掛けようと近づいた俺に彼女はそう言う。


「はい、今日もとても良かったですよ。」


「あっ……、ありがとうございます!まさか本当に来て下さるとは思ってなくて、凄く嬉しいです!」


そう言う彼女の頬に、また涙がきらりと光る。


「あ、すいません、ま、また涙が……。すいません……。」


「アハハ、お気になさらず。またそこまで喜んでいただけて来た甲斐がありましたよ。」


「そうですよね、多分お仕事帰りというのにわざわざ来ていただいて、本当にありがとうございます。」


「いえいえ、本当にお気になさらず。貴方の歌をまた聴きたいと思ったので。」


「……そう言って頂けて、本当に、心の底から報われた気分です。この活動を続けて来て良かった……。」




そんな泣きながらも、嬉しそうに笑う彼女の姿を見て、俺はこれからもこの子を推していこうと思った。






俺はこの子の「ファン」になったのだ。















********






「……あっ、やっと見つけた!もう探したんだからね!」


「うん?あぁ、ごめんごめん。」


「これから大切な場面だって言うのに君って奴は……って、君何見てるの?」


「えっ?」


「いや、そんな熱心にスマホなんて見つめちゃって、ちょっと私にも見せてよ!」


「えっ、……そ、それはちょっと……。」


「えー、何でよ!そんなに隠されたら逆に気になるじゃん!みーせーてーよっ!」


「あ、ちょっと……」


彼女は俺のスマホを「隙アリ!」と言わんばかりに奪い取る。


「えーっと、一体何を見ていたのかな………って、こ、これって……私がデビューする前……いやまだ路上ライブをしていた頃の奴じゃん!い、いつの間にこんなの撮ってたの!?」


「だって、俺からしたらやっぱり大切な思い出だからさ。こういうのはちゃんと撮っておかなくちゃって思って。」


「た、大切な思い出か。……確かに、凄く大切だね。もう君が初めて声を掛けてくれた路上ライブから何年も経ったんだね。本当に大変だったね、ここに来るまで。」


「そうだね。本当に大変な事ばっかだった。」


「えへへ、マネジャーの君が言うと重みが凄いや。でも、そんなことを乗り越えて、今じゃこんな武道館という『夢』の舞台でライブが出来るようになって……。」


「……本当に夢みたいだな。」


「でも、その夢も君がいないと成し遂げなかったことだからね。」


「俺が?」


「うん。君があの時、声を掛けてくれてなかったら今の私は多分……いや絶対にいなかったよ。」


「……そうか、嬉しいよ。」


「本当に君には感謝してる。でも、そんな君も私のファン1号からマネジャー、……そして今じゃあ私の人生のパートナー。お互い大概だけど、漫画みたいな人生を送ってるね。」


「アハハ、確かにそうだな。誰がこんな人生を予想できただろうか。」


「誰も出来ないんじゃない?だって、本人さえも予想してなかったんだから。」


「それは言えてる。」


そう言い、お互いに微笑む。


「……よっし、そろそろ時間だ。準備しなきゃ。」


「おっ、もうそんな時間か。」


「君を探していたから、こんな時間になっちゃったよ。まったく。」


「それはすまんね。」


「まぁ、良いけど。それじゃ、そろそろ行ってくるね。」


「あぁ、行ってらっしゃい。失敗しないようにな。」


「一体誰に言ってるの?私だよ?」


「じゃあ、心配ないか。」


ニシシと彼女は笑う。


「そうだ、君にはあの時みたいに私の歌、一番近い場所で聴いてもらいたいの。」


「あぁ、勿論分かってるよ。ちゃんと聴いておく。」


その言葉に彼女は最高の笑顔をする。


「……行ってくるね。」


「おう、行ってこい。」



そうして、彼女は大きなステージへと向かっていく。




ここまで色々な推しがいたが、これほど最高の『推し活』は無いだろう。






そう俺は左手の指輪を撫でながら、彼女の勇姿を見届けるのだった。



















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