第6話 家族会議

 和琴の妊娠が発覚して両親は頭を抱えた。

皇国の成人年齢は18歳。和琴は成人していない。

皇国の法では婚姻を結べるのは18歳以上となっており、まだ、籍も入れられない。


 霞澄は、和琴から妊娠の報を聞いて直ぐ南家を訪れ、和琴を妻に迎えたいと正式に申し入れた。南家として断る理由は無い。有るとすれば早すぎる事ぐらいだ。だか、霞澄の年齢を鑑みると若干遅いともいえる為、なんとも微妙な状況で、結局文句も言えず「和琴を宜しくお願いします。」以外の言葉が出なかった。


美琴の事もある。馬鹿な事をしでかすくらいには霞澄に恋をしていた。双子の片割れが思い人の子を孕んだのだ。一樹も菜摘も考え倦ねていた。


「貴方達親なんだから、そんなの、正直に伝えればいいじゃない。和琴にはおめでとうって、美琴には心の痛みに向き合うよって。あの時、噛んで含むように、丁寧に教えて諭していればよかったものを、腫物に触るみたいに甘やかすから、今になって伝える事も出来ないんでしょう。親の責任大だからね。」

「ちょ、大ママ酷くない?」

一樹は抗議した。

「酷いも何も本当の事じゃない?それに、美琴がしっかりしたお婿さんもらってくれないと…。この家…、誰が継ぐのよ。」

「それが…」

「んっ?」

「大ママ…あの 相談が…。」


一樹の相談事を聞いて、澄麗は、家族回議が必要…と心の中でつぶやいた。


「大ママ…、ほら、僕達夫婦って、まだ若いじゃない?」

「ん?若いといえば若いかな…で?」

「で、でね…、その…、なんていうか…菜摘もね、次の子を…」

「もー、この、意気地なし!充も一樹もイザとなると意気地なし!ハッキリ言いなさいよ!で、欲しがってるとか?」

「い、いや…出来たっていうか…その…」

「まさか!菜摘ちゃん妊娠してるの!!」

聞けば、検査で男の子だと確定していると…。

一樹も菜摘も、美琴では家が衰退するのが目に見えるようだから継がす事はせず、嫁に出そうと、幸いにも懐妊して良かったと話し合ったのだと言った。


「今、不安定な時期で、美琴に向き合うのが若干困難しいっていうか…」

「充達には話したの?」

「いや…話し逸れて…」

「ちょっと読んでくるわ。」

澄麗が席を立つ。

一樹も菜摘に声を掛ける。


「お義父さん、お義母さん、お話するのが遅れてしまい申し訳ありませんでした。」

菜摘の一言で大人達の家族会議が始まった。


「いつ分かったの?」

安曇が聞く

「和琴の妊娠が発覚する直前です。まさか和琴が他家に嫁ぐなんて思ってもみなくて、私達、ただ2人共嬉しいだけで、土曜日か日曜日、皆揃ってる時に話そうって言ってたんです。」

菜摘が話す。

「和琴が思いの外優秀で、植物の事も理解してるし、僕の会社は和琴が継いでも大丈夫そうだから、次の子はノンビリ育てられるかな?くらいの考えでいて…。

和琴の妊娠が分かって日が浅くて。でも、2人で話し合って…、この子を後継ぎにしようって…」

一樹が2人で考えていた事を口にする。

「で、話す間もなく今に至ってしまった訳ね…。」

安曇さんが、フゥーッ…、と、ため息をつく。

「確かにね、時間が無かったわよね。」

「で、お腹の子に南家を継がせるのか?」

充が聞く。

「ああ。美琴には可哀想な事になって、親としても申し訳ないと思ってる。けど、あの子には、それだけの能力が無い。我家がハイクラスだからBランクで留まれるけど、Cランクなんだ、だから…。」

「えっ!」

安曇さんが眼を見張る。

「安曇、能力的な事は判ってただろう。今更驚かなくても…。」

「だって…それは性格とか、就労能力とかの事でしょう?」

「お義母さん、お義父さん、今にして思えば、あの子は、霞澄さんに執着する事以外何も興味が無かったみたいで…。皇国の制度は甘くないって、大学に進学できるレベルは維持してって何度も伝えました。でも、何処か他人事で理解してくれなくて…色々と不足している感じはしてたんです…」

菜摘が目を伏せる。

「あの、美琴は自然妊娠するのよね…?」

安曇が聞く。

「それが…」

「あ、あの子、その、遺伝子検査を、のりで、その…再度した…みたいな…」

菜摘がシドロモドロに説明すると、

「人工授精して、着床させてからも管理すれば出産可能…だそうです。」

一樹が淡々と後を引き受ける。

「「なっ…!」」

安曇と澄麗が声を上げる。

一樹の言葉は、まさにCランク者で有ることを意味していた。


「美琴は知ってるの?」

澄麗が聞く。

「いえ…。私が胎児管理課に確定検査に行った時に母が来てて、一緒に美琴が来てたんですけど…」

「えっ?涼さん?」

安曇が聞く

「はい。母は、実は普通に妊娠出来る体で…研究所の方で定期検査が有ったとかで…」

「ああ、そういう事か。」

「充さん?お義母さんも、涼さんの事知ってたんですか!?」

「話し逸れるから、その話は後にして!」

澄麗が話を戻す

「今になって自分の子が欲しいって…、結構いい歳なのに頑張ったみたいで…」

「涼さんも妊娠中?」

「はい。かなりな高齢出産だから父が心配して研究所に通わせてて…。で、美琴は付いてきてて。検査面白そうとか言って、遺伝子検査を一緒に受けたとかで…。あまりの結果に研究所が配慮して、親である私達に結果を届けて…つい先日発覚して…。」


安曇の顔が見る間に蒼白になる。

充が肩を抱き締めて「大丈夫だから!」と宥めている。

「私のせい…」

安曇さんがポツリと言う。

「安曇、違うよ。僕のせいだ。黙っててゴメンな。僕は知ってたんだよ。あの子達が産まれた時から…。」

「お父さん…?」

「すまない。まさか、こんな形で表に出るとは…」

充が皆に向かって深々と頭を下げた。


「ハイクラスの家に子が産まれた時、遺伝子検査の結果は、家長に真っ先に報告されることになってる。これは、強制性行為法が廃止された頃に出来た、公にされていない法律だ。我が家は私が勤めているので私が聞いた。」

「知らなかったわ…。」

澄麗がつぶやく

「で、あの時、私は安曇の事を慮るばかりに、隠しきれないだろう和琴の事のみ家族に知らせるように手配した…。」

「充さん?」

「強制性行為法の妊娠で、遺伝情報がおかしくなった女性が結構いてね、皇国も研究所も結果を追いかけざるを得なかった。そして、影響は当人ではなく、子や孫の代で強く出ることも解ってきてた。あの時解らなかったのは、和琴が自然妊娠するのかどうかくらいだ。美琴のことは最初から解ってたんだよ。」

「そんな…、そんな大事な事、どうして教えてくれなかったんですか!」

安曇さんの頬をボロボロと涙がつたう。

一樹と菜摘に向かって力無く頭を下げ

「ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい」

と、謝罪を繰り返す

「安曇、しっかりしなさい。君はあの時、2つも抱えたら壊れただろう…」

充は腕に力を込めて肩を抱き締め直し、

「安曇!私を見なさい!」

「安曇ッ!」

充は安曇の頬を両掌で優しくはさみ、涙を拭い、目を合わせ、焦点を確認して、頭を抱え込むように抱き締めて言った。

「安曇、ごめん。私は君を失いたくなかったんだ。

君は責任を感じて壊れてしまうかもしれない…。

そう思うと…、僕は恐かったんだよ。

遺伝情報なんて自分ではどうにも出来ないだろう…でも君はきっと抱え込む…。

黙ってた責任は私に有る。安曇は何も悪くない…。」

「充さん… うぅっ うぅぅっ…」


「お義母さん、私、事実を知ったのが今で良かったと思ってます。出産直後だったら、私も抱え切れなかったと思うんです。何より、美琴を育てて、受け入れられる事も多いんです。それに、あの法律は異常だし、巻き込まれた私達は謂わば被害者です!お義母さん、責任なんて感じないで下さい。」

菜摘が言葉を掛ける。

「お母さん、お母さんは皇国の為に頑張っただけでしょ。お父さんだって、ただお母さんが大事だっただけ。僕がお父さんの立場だったら、同じ事をしたと思うし、僕達夫婦は大丈夫だから心配しないで。美琴の事は今以上に気に掛けていくから…。

でも、お父さん、せめて僕には伝えてくれてもよかったんじゃないかな。」

「そうだな…判断を誤った。すまなかった。こんなに早く、こんな形で、事が明るみに出るとは思ってもみなかったんだ。」

「そうね そうよね…、私の事は仕方ないけど、一樹には 話したほうがよかった よね 私のせいで… ごめんなさい…」

安曇は涙を拭いながら頷いた。


「充、これから、和琴や美琴みたいな子が増えていくの?」

澄麗が小さな声で問いかけた。

「ん…増えてく。それに、女性が減っていくよ。」

「どうにもならないの?」

「まず無理だろうね。女性性の遺伝情報が受け継がれない事例が多発してる。人工授精で女性性に調整して子宮に戻しても、着床しないんだ。和琴みたいな男性が増えていって、将来的に女性が希少種になるか消滅すると思われてる。」

「美琴達は第一世代って所なのね。和琴の事もそうだけど、しばらく皇国内は混乱状態になるわね。」

「いや、全て、世界中全てが、だよ。

それに、このままだとDEクラスは消滅するだろうしね…。彼らは管理されながら年齢を重ねて消えていくだけの人達だから…。」

重い課題をサラッと話されて、皆しばし黙り込んだ。


沈黙を破ったのは澄麗だった。

「で、美琴の事だけど、本人には、まだ伏せておいた方がいいと思うんだけど。正直に涼さんに話して、もう少し任せてみるのはどう?もう少し大人になるまで…。一樹も菜摘ちゃんも、今、あの子に伝えられる?早すぎると思わない?」

澄麗が言う。

「え、お義母さん?何故涼さんなんですか?菜摘さんの母親だけど、血は繋がってないし、そんな迷惑な事出来ませんよ…。」

安曇が驚いて咄嗟に口にする

「あの、お義母さん、母は受けてくれると思いますよ。私達には分からない苦労もしてきてますし…。なにより、母はDランク者として育てられた事の有るBランク者ですから。」

菜摘の説明に、安曇が問う

「菜摘ちゃん、涼さんは美琴の能力的な面も理解した上で対応出来るって事?」

「はい。シェルター暮らしでDEランクの人とも交流があった人ですし、難しい子育てには燃える性格です。妊娠、出産、子育てがどれほど大変か、母から教えてもらうほうが、美琴も素直に受け入れられると思うんです。それと、血は繋がってますよ。母は南の血を継いでいます。」

「「えっ!!」」

安曇と一樹が驚いて声を上げる。


「あ〜、またややこしい事を〜。」

澄麗と充が、はぁ〜と、ため息をつく。


「父さん、どういう事?」

「ふぅ、しょうがない…か。僕から話すけどいい?」

充が澄麗に聞く。

澄麗が、ん、と頷いたのを受けて話し出す。

「涼と僕は40歳くらい離れてるけど兄弟なんだよ。いわゆる異母兄弟っていうやつだね。

父が60歳くらいで授かったのかな、父を看取ったのが涼の母親。戸籍上の父親だよ。」

「「えっ…」」

一樹も安曇も、充の父親の事は多くを知らない

「父が亡くなって、連絡が来て、体を引き取りに行った時に初めて会った。傍で泣いてた。あの頃10歳くらいだったのかな。体が小さくて、もっと下だと思ってたんだけどね。

父は、僕が幼い頃に家を出てしまっていてね、家族中、方方手を尽くして捜して…、でも見つからなかった。

顔を見たけど、記憶も薄くなってたから実感わかなかったな〜。


涼の母親はね、恋人だった研究者に、子宮を定着させる治験に参加させられてね、でも子供を孕めなくて捨てられて…。生活能力が低かったみたいでね、途方に暮れて自殺しようとしたんだって。そこを父に助けられたって。小説みたいだろう?

父は世捨人みたいだったらしいけど、涼の母親が縋って、見捨てる事が出来なくて一緒に暮らし始めて…情が移ったんだろうね、しばらくして涼が産まれた。でね、涼が産まれてから、3人はシェルターに移って暮らしたんだって。父は別世帯にして、親子である事は隠して。とても可愛がってもらったって言ってたよ。父の埋葬が終わって、しばらくして母親が連絡してきたんだ。このままだと涼を不幸にしてしまうってね。涼は父親と同じくらい能力は有るから、ここから出してやってくれって頼み込まれた。僕と母さんで涼を引き取ろうとしたけど本人が遠慮してね、で、全寮制の学校に入れた。兄弟であることも公にしないで欲しいと言われたから一部の人間しか知らない。」

「菜摘は知ってたの?」

一樹が菜摘に問う

「菜摘ちゃんには涼が話したんだろう?」

「はい。お父さんとお母さん、お見合いで結婚したにしては最初から仲が良かったので。歳も離れてるのに不思議に思って尋ねてみたんです。」

「なんて言ってた?」

「ほぼ、今と同じ事を…。あと、お義父さんと何度か親戚内の食事会に一緒に行って、その時父が話掛けてくれたから、気持ちの距離が近くなったのかなって。普通なら、手なんか差し伸べて貰えない立場だったのに、南の人って情が厚いのよって。血が繋がって無ければ、お義父さんに嫁ぎたかったかもって。」 

「あらやだ!下手したらライバルだったの?私と涼さん。兄弟で良かったわ。勝てる気がしない…。」

「フフフッ!だから私、安心して南家の、一樹さんの奥さんになれたんです。」


「何か今日、情報量多くない?」

一樹がボソッっとつぶやく。

「美琴の事だけでも大変なのに、涼さんやお義父さんの事まで…、知らない事だらけで驚いたわ。」

安曇が応じる。

「まだまだ謎が有るのかな我が家…。」

「一樹、私もうお腹一杯よ。」

「母さん、俺も。でも、もう一つ聞きたいこともあるんだよね…。」


充が皆に声を掛ける。

「とりあえず、美琴の事は他家へは漏らさないように。で、後日、私と安曇で北家を訪ねて、涼にお願いしてくる。それでいいかな。」

一樹が続ける

「すみません、父さん、母さん。我が子の事なのに…。あと和琴も不安定な状態だから…、大ママ、申し訳ないけどお願いします。」

これで終わりかと思った矢先に、一樹が澄麗に疑問を投げ掛けた

「ところでさ、霞澄君と和琴の事、ずっと見守ってきたの大ママと東さん、だよね…。」

ヒュッと、澄麗が息を飲んだ。


「一樹さん、どういうこと?」

「そのままの意味。」

「ずっとって?」

「多分、そうとう前から…。」


「充さん、気付いてた?」

「気付いては、いたかな。」

「親子なのね…。」

「親子、だからね…。」


「聞きたいの?」

「「「「はい!」」」」

「そう…。」


「随分前、充が急に仕事に行く事になった土曜日、和琴と美琴を連れ出す許可を取ったの覚えてる?

その時、マー君が経営するカフェに行ったの。

その時、霞澄君と出会った。

霞澄君が17歳、和琴が5歳の時よ。」

「なっ!そんなに前!!」

一樹が声を上げる。

「霞澄君は、その時から和琴一筋よ。」

「いや、でも、歳の差とか性別とか…。」

「マー君も言ったそうよ同じ事。でも、どちらも自分には関係ないって一蹴されたって。その後は和琴が私に、カフェに連れてけって度々強請るようになったの。根負けして、定期的にカフェに連れて行った。」

「でも、それって大ママちゃんも常に一緒だよね。それが、どうして妊娠するような状況に繋がるの?」

「美琴のせいよ。写真騒動…。」

「あの時、東さんが記者の質問に答えて…」

「その前ね。」

「あっ、お義母さん一泊旅行に連れ出しませんでしたっけ?和琴のこと…」

安曇が思い出す。

「そう。美琴のやり口が余りにも汚くて、我慢出来なかったの。和琴は心に傷を追ってボロボロだし、何も知らない霞澄君は、和琴を大切にしすぎて罠に嵌まりそうだし。で、マー君に相談して、一計を案じたの。」

「それって、未成年の和琴を霞澄君に…」

「そうよ。」

「母さん!いくらなんでもそれは…」

「外野はマー君の一言で片付くわよ。でもね、和琴は?霞澄くんは?あの2人が、どれだけお互いを思ってきたか、知ってた私とマー君の気持ちは?どこに収めればよかったの?」

「いや、それでもそれは成らんでしょう…」

その一言に

「充の言いたい事も分かる。でもね、あのままじゃ和琴はおかしくなってた。皆美琴に振り回されて!美琴がいつ霞澄君と会ってた?そんな機会なんて無かったでしょう?誰も、和琴の状態に気付きもしなかったでしょう?

あの日、私とマー君が2人に言ったのは、真実は何なのか、きちんと話し合いなさいって事だけよ。それと、思いが通じたら、絶対にお互いを離すなって事。それだけよ!」

澄麗は一気に捲し立てた。


「大ママ、落ち着いて…。今更責めないよ。」

「母さん、僕も怒ってないよ。確かに、和琴が男の子だから油断してたし。」

「大ママ、和琴の、あんな幸せそうな顔を見てしまった僕達に何が言える?霞澄君だって、相当な覚悟だったと思うし、後は2人の幸せを願うばかりだよ。それにね、ただ聞きたかったんだ。大ママが見守ってきた年月を…。でね、ありがとうって伝えたかった。和琴の事、任せっきりにしてたなって思ってさ。」

「あっ、捲し立てて…ゴメンナサイ ね…」

安曇と菜摘がホッと目配せした。


「お茶でも入れてきますね。」

「いただき物のお菓子でも出しましょうか。」

安曇と菜摘が2人してキッチンに向かう。 

これにて、会議は終了した。









































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