第4話 一樹と菜摘
皇期40年
皇国主導の強制性行為法が廃止された。
施行当時、男女間の性行為で出生率を上げれば、妊娠可能な体を持つ女性が増えるはずだと皇国政府は考えていた。が、そんな目論見は外れ、出生率は上がらなかった。それでも、ABランクの維持拡大には貢献した。皇国政府は、この結果に、ある程度の成果は有ったと評価した。別の問題には目を瞑って。
元々ABランク者は夫婦間で普通に子を持てた。妊娠可能な女子数×10人で、能力維持者を増やした結果とはなったが、晩婚化が進んだ。この制度のせいで、恋愛は苦しむだけの戯言と言われるようになった。10年間子を産み続けた女性と、家格の釣り合いのみで結ばれた夫婦は仮面夫婦化が進んだ。
夜の店に行けば、子を孕む危険性のないDランク者を、好きなだけ、好きな趣向で相手に出来るのだから。当然といえば当然だ。
こういった店は政府機関が経営し、店に落とされる利益は皇国の収益となった。
30年ほど前に、みなしで婚姻していた男性同士の結婚が合法化された。遺伝子治療で子宮が定着した男性数が増え、それと比例して、人工授精で子を持てる夫婦が増えた。産まれるのはCランクの男の子に限らたが、なんの因果か、こちらは恋愛結婚が多数をしめた。
不思議な事に、孕む能力を失った女性は何をやっても孕めなかった。受精卵が着床する絨毛が育たないよう遺伝子が変化しており、治療しても遺伝情報の書き換えは起こらず、治療そのものを断念した。当たり前だが、女性の高齢化が進み、その数は減少の一途をたどる運命だろう。
僕は25歳になっていた。
母は10人の子を国に提供した後に父に嫁いだ。
少なくとも、この40年間は子を孕めれば、その能力を皇国に提供するのが当たり前の世界だった。
だから、僕には顔も知らない異父兄弟が10人もいることになる。
僕の家は、いわゆる高ランク家族だ。
父はA、母はB、何不自由なく成長してきたし、僕の兄弟達も同じだろう。
そもそも強制性行為の相手は高位ランク者だけなのだから。
母は父に出会って、背中を押されて勉強した。
学びたい事が学べる。
喜びを追求していたら教授になっていたのだとか。
後見人となって、結婚が決まるまで母を支え続け、その間、指一本触れることもしなかった父については「それが決め手の一つだったのよ。」って、笑ってた。僕から言わせれば意気地なし!って感じなんだけど。夫婦って不思議だ。
とても温厚な父を、女手一つで育てたのは大ママだ。毎日を楽しそうに過ごす素敵な女性だ。
両親も僕も帝国大学の教授であり、尚且僕は会社を経営している。
でも、僕は思うんだ。これは大ママの力が大きく働いた結果なんじゃないかって。
大ママの知識は膨大だ。
父は、大ママから聞いた古代の話が好きで、夢中になってたら教授になってたと言っていた。
僕だってそうだ。
大ママの畑が面白すぎて、気が付いたら農学博士になっていた。
いつだったか、大ママって凄いねって言ったら、「私はしがない高卒よ。ただの農家の嫁よ。」
なんて言葉が返ってきた。
でもね、違うよ大ママ!
少なくともぼくたち親子は貴方に敵わない。
大ママは偉大だよ!!
僕の会社は、大ママの幼馴染み、東さんの会社と多くを提携している。
東さんは凄い実業家だ。学生時代に今の世界を予測して、会社を大きく発展させた。
東さんは時折ボロボロのノートを眺めている。成功の秘訣が書いてあるのだとか。表紙に少し赤黒いシミがあるノートだ。
その表紙はそのままにしておくんですか?それ、染み抜きしないんですか?って聞いた時、
「何よりも、俺にとってはこのシミが大事なんだ!」と言って、目を細めて見つめていた。
自分を突き動かす大切なものなんだと。
成功する人っていうのは、何かを求めてやまない人なんだろうか。
ちなみに、大ママと東さんは不自然な程に見た目が若い。エネルギッシュな人は年を取らない?のかもしれない。
大ママの実家には僕より5歳下の菜摘ちゃんがいる。大ママの家系なのに、綺麗系じゃなくて可愛い系。ゆるゆるふんわりな感じの子。子供の頃から気になってて、でも父さん達には言い出せなくて…。
あ、僕も意気地なしなのか、父さんと一緒だね…。
ある日、東さんが
「どんな子好きなの?」
と、聞いてきた。
「ゆるふわな子。」
「年下?」
「5歳くらい下がいい…かな。」
「ん〜、って、菜摘ちゃんか?」
「えっ!」
顔に出た!
バレないだろうと思ってた。
甘かった。
そーだよ。
東さんは大ママの幼馴染みだったよ!
菜摘ちゃんと出会ったのは7歳。
父の従弟、つまり、大ママの弟の子供の結婚式。
会場は東さん経営の『レストラン永遠』
家と畑の往復以外、余り外出しない大ママも参加することになり、僕一人では留守番出来なくて、必然的に参加することになった。
大ママは多分、会場が『レストラン永遠』だから参加したのだろう。自分の畑で採れた野菜がどんな料理になるのか、興味津々で目を輝かせていたから。
2度目の結婚とかで、こじんまりした式だった。
最初の奥さんは、跡取り息子を出産した後、子供好きな旦那さんの為に更に二人の子を産んだ。貴重な女の子を産んでから体調を壊して儚くなった。その子はまだ2歳で、育てるには母親が必要だろうと、この結婚になった。と、周りの大人達が話していた。
お嫁さんは小柄で華奢。かなり年下。とても綺麗な男の人でCランク。家事が得意で子煩悩なのだそうだ。名前は涼、すずかなんて見た目に違わず綺麗な名だなと思った。
式が始まる前に席を離れていた大ママが、戻ってきた。小さな女の子の手を引いてテーブルに着いた。緩やかにウェーブの掛かったフワフワした髪。
うわーっ、フワッフワッ!柔らかそうー!触ってみたいな…。
まあ、子供の持つ第一印象なんて興味先走りだよね!
体中柔らかそうな、可愛い女の子。まだ、足元が危なっかしいけれど。
「一樹、この子は菜摘ちゃん。パパとママが忙しいから連れてきちゃった。相手して上げてね。」
「こんにちは菜摘ちゃん。僕は一樹といいます!」
ちょっと張り切ったら、声が大きくなってしまった。
ギュッ!
菜摘ちゃんが、大ママの袖を掴む。
しまった!怖がらせたかも!
「菜摘ちゃん、驚かせちゃったかな?僕、怖い人じゃないよ。」
ギュッ!
「大丈夫だから…。」
「あ〜あ、一樹ったら、女の子には優しく丁寧に接しなきゃ〜。」
でも、お母さん、僕の周りに、こんなフワッフワッな女の子いないよ!そんなの分らないよ。
「ん?でも安曇ちゃん、僕は一樹の気持ちがなんとなく分かるよ。」
「父子そろって…。」
母よ、それって…。
はぁ〜…。
「一樹、人との付き合いは器用だから良いってものじゃない。相手には自分がをどんなふうに見えているのか、自分は自分がされたら嫌な事を相手にしていないか、一呼吸おいて考えて行動するんだよ。それを繰り返せれば、大抵は上手くいく。ま、頑張りなさい。」
大ママ、ちょっと難しいけど、僕頑張る。
「菜摘ちゃん、一樹は菜摘ちゃんが可愛いいから、きっとビックリしたんだよ。」
「オバチャン、ナツミ、カワイイ?」
「可愛いよ。絵本のお姫様みたいだよ。」
「ナツミ、オヒメサマ?オドロイタ?」
「そうだよ。大きな声は許してあげてね。」
「うん!」
「イツキちゃん。ナツミデス。」
「うん。菜摘ちゃん、仲良くしてね!」
大ママ、ありがとう。
そして、式の間、僕は菜摘ちゃんが飽きてしまわないように、無い知恵を絞って頑張った!
その後は、親戚が集まると聞くと父に付いて行った。菜摘ちゃんと顔を合わせ、僕を好きになってくれるように心掛けた。
僕は飛び級を繰り返した。早く大人になって、菜摘ちゃんが初潮を迎える前に、父母や叔父さんたちに申し出て結婚してしまおう。籍を入れて、高校に行かせなければ強制性行為法から逃れられる。そう考えた。この法律の抜け道に気付き、それを利用しようと思っていた。
でも失敗した。
何より、僕は誰にも自分の思いを伝えられなかった。独りで考え、独りで悦に入っていただけだった。心は学問の習得とは関係なく、大人に成り切れていなかった。
菜摘ちゃんは、普通に高校に行き、強制性行為法の対象となった。法律廃止までの2年間、子を1人提供した。
法律が廃止され、菜摘ちゃんは、家事大好き人間、涼さんの勧めもあって帝大家政学部に編入した。母の教え子になった。
年末、大ママと庭で焼き芋を焼いた。いい歳した大人が焚き火で騒ぐ姿は結構笑えたと思う。
母が父より先に帰宅した。
菜摘ちゃんを伴って。
どうやら焼き芋パーティーをやると話したらしい。面白そうだからと付いてきたとか。
「お久し振りです。お邪魔します。」
「菜摘ちゃん!ホント久し振り。オバチャンは寂しかったよー。」
「ここ2年位?余り動けなかったから。でも、2年で済みました。」
「良かったね。菜摘ちゃん、余り丈夫とは言えないから心配してた。」
「ご心配お掛けしました。」
「お義母さん?私は、私の時は?」
「安曇さんのことは充から聞いてただけだったから〜。聞いてる限りは丈夫そうだったし〜。強そうな印象だったし〜。」
「酷い〜。」
「心配されたかった?」
「フフフ。充さんが心配してくれてましたから…。」
「惚気かーっ!」
「プッ、クククッ!」
「「うわ〜、菜摘ちゃん、可愛すぎ〜〜。」」
キャーキャー騒ぐ女性達。
男の僕は、完全に蚊帳の外に追い出された。
「ただいま!」
「父さん!」
「一樹?どうした、浮かない顔して。」
「僕、仲間外れ!」
「女同士、分かり合える事もあるんだよ。僕らはあっちでお茶でも入れてこよう。」
「父さん、菜摘ちゃんって縁談とか来てるのかな?知ってる?」
「ん?」
「ほら、家格で考えたら高物件でしょ。家政学部なんて、まんま花嫁修業してます、みたいな…さ。」
「ああ。でも涼さん、まだ手放したく無いんじゃないないかな。彼、家事とか風習とか教えたい、みたいな事を前に言ってたからな。」
「そーなんだ…。」
「ダメ元で、縁談申込んでみるか?母さんの実家だし、一樹も高物件だしな。いいかもしれないぞ。」
「…。」
お茶をテーブルに運ぶ。
大ママ達に声を掛けて、焼き芋パーティー開始!
知らなかった!焼き芋って、女性を狂わすの?
食べる食べる!!
何本食べるんだ?
最初はそのまま、2本目はバターを付けて。3本目はホイップクリーム…。蜂蜜やアイスクリームまで持ち出した!!!
ホラー映画を見ているようだった。
「父さん、僕気持ち悪くなってきた…。」
「我々は隣の部屋にでも行こうか…。」
その後、どんな話しで盛り上がったのか、お開きは深夜。先に菜摘ちゃんの家に連絡を入れといたとかで、父さんと母さんとで送って行った。
往復時間考えても、帰ってくるの遅かったな〜?
母から時々菜摘ちゃんの話が耳に入った。
どうやら見た目と同じで、性格もフワッっとしているらしい。
「居るだけで場が和むのよ〜。笑顔なんて、周りがとろけちゃうーっ。」
羨ましいぞ、母さん。
でも、縁談云々の話は出ないんだよね。それこそ引く手数多なはずだけど。
菜摘ちゃんが4回生になって、僕に鬱々とした日々がやってきた。
就職するとも進学するとも、薄っすらした噂話すら入って来なくなった。
もしかして嫁ぐ先が決まって、多分気付いてる父さん辺りが気を使って…。
近いといえば近い存在で、ABクラスは恋愛結婚なんてあり得ないし、好きだなんて口にすれば、皆が不幸に成りかねないし…。
でも、もっとハッキリ父さんに伝えとけばよかったのかな…。
鬱々、鬱々…。
「一樹〜、畑付き合ってー。」
「ん、大ママ?」
「憂さ晴らし!」
凄く久々に、大ママの畑に向かう。
あれ?東さん。
「よっ!来たかー。」
「何で東さんがここに?」
「スーちゃんに呼ばれたから。」
僕は畑を見る。
「あー、ブルーベリーの収穫ー!」
「俺の店でも使うし、結構広いからさ。手があった方が良いだろ。」
「ごめーん。男手で始めててねー、お願いねー。」
え、大ママが離脱?
「今回は物々交換にしたからさ。スーちゃんは店から、パイに使う材料を持って来るんだよ。」
「そうかー、ブルーベリーパイかー。お茶が楽しみになってきた。」
「じゃ、始めるか。」
作業開始。
「一樹、この頃うっとおしい顔してるんだってなー。」ポィッ、と1つブルーベリーを口に入れて、モグモグしながら東さんが話しかける。
「大ママ情報ですか?」
ポィッ、モグモグ。
あー、木の実系収穫の醍醐味だよね、摘み食い。
「アハハ、スーちゃんに敵うと思うなよ。俺だって無理だし。」
ポィッ。モグモグ。
「はぁー。」
僕の食べる手が止まる。
「菜摘ちゃんの事バレバレだと思うよ。ま、ヒントもやったしな。」ポィッ。
「な、なんてことを…。」
「大丈夫だよ。アイツは自分以外のことでヘマはやらない。」ポィッ。
頭を抱えたくなった。暗躍してるぞ絶対!
「戻ったよー!」
「スーちゃんお帰り。沢山採れたぞ。」
「マー君、ありがとう。それにこれ、本当、いい素材で助かる。お持たせにできるわ。」
「大ママ?何か凄い品質の材料持ってきてない?」
「絶対、美味しいの焼けそうでしょ。」
「?」
パイに使う分のブルーベリーをより分け、残りを東さんに渡した大ママは
「マー君の分、お店に持っていくね。」
と、声を掛ける。
「ん。了解!」
「じゃ、また後でね〜。」
この二人何なんだろう?仲はすこぶる良いのに、間に透明な膜があるみたいな…。普通はお茶に誘わないかな…?
「一樹、帰るよ。パイ5個位焼くから手伝って!」
「何個だって?」
「だから、5個位。」
さっき、フト過ぎった事が頭から抜ける。
「ケーキ屋でも開くつもり…?」
「ま、いいじゃないの、ウフフフ。」
「…。」
帰ってからは地獄だった。
パイの事しか考えられない状況に陥った。とにかくテキパキ動かないと作業が滞り、大ママの激が飛んできた。
楽しみにしていたパイを食したのは、夕飯後のデザートタイムだった…。
明朝、父さんから、お昼ご飯は外食だからと話があった。服装はスーツ指定。どこに行くんだろ?
向かった先は『レストラン永遠』
昼食に、こんな値の張るところ?と訝しく思っていると個室に通された。
しばらくして、「お連れ様がいらっしゃいました。」と声が掛かる。
連れ?
「失礼します。」店員さんがドアを開ける
「みっちゃん、待たせたか?」
「いや、大丈夫。今着たところだよ。」
叔父さん?
「「こんにちは。」」
叔母さん?と、菜摘ちゃん??
「その固まり方は、聞いてないんだね〜。アハハ」
「そう。教えてない。で、菜摘ちゃんも〜、アハハ」
「教えてない。家同士の事だからさ、こんなの普通だし。驚かせようと思って!」
「人が悪い。」
「お互い様だよ。」
と、母さんが
「もう、いい加減話してあげたら。ご飯が喉通らないじゃない。勿体ないわよ。」
「確かにそうですよね安曇さん。僕達も気が気じゃない無いです。」
と、涼さん。
「父さん、これって…。」
「ああ、顔合わせ。結納前の!」
「「ヤッパリ!」」
声が重なって、二人で真っ赤になった。
嬉しかった。
でも、菜摘ちゃんは?
「菜摘ちゃん、一樹君で良いのよね?お義母さんね、まだ手放したくは無いんだけれど、誰かに取られる前に手は打たないと。後で貴方が泣く姿なんか見たくないから。」
「はい、お母さん。良く知ってる一樹さんなら安心して嫁げます。」
「ヤッター!!!」
「「「わっ!」」」
「ス、スミマセン。つい…。」
でも結局、昼食の味どころか、何が出たのかも覚えていない。大ママのブルーベリーパイが食後に供された事以外…。
東さんとの後日の会話
「だから言っただろう、スーちゃんには敵わないんだって!」
「身を持って体験すると、心臓飛び出そうでした。とんでもなかったです!味分からなかったし、勿体ない事したな〜って…。」
「俺の身が細るの分かった?」
「いえ、細ってない、ですよねぇ…。」
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