第2話充と安曇

皇国元年

今から45年前

人口減少に歯止めをかけるために、高校生以上の男女に生殖機能検査が始まり、皇国による強制性行が始まった。


あの頃


女の子達があまりに可哀想で(男の子ゴメン)人工授精でもいいのでは?と、充に聞いたことがあった。

答えは酷いものだった。

「研究の為に普通性行為のサンプルが必要なんだよ。生殖研究者は見てるんだよね、一部始終をさ。膣内を泳ぐ精子の状態とかさ、受精に至る経緯、その瞬間、諸々、諸々。もちろんAIも参加してる。」

返す言葉が浮ばなかった。


「初めての子やさ、気持ちの弱い子が泣き叫んだりさ、声が聞こえてくる事があってさ、可哀想でさ、やりきれなくなりそうな時もあるよ。」


10年。

私の若い頃なら、1番輝いていると言われた年頃。

楽しかったり、甘酢っぱかったり、沢山の思い出をつくる大切な時期。

それが今では子産みのご奉仕って…。


 ある日の夕食後、お茶を飲みながら充が話しだした。いや、言葉を吐き出した。

「今日、研究棟からの帰りにさ、別棟に資料を持って行かなくちゃならなくて、仕方なく足を運んだんだ。そしたらさ、姿が見えちゃって…。」

「うん…。それで?」

「覗いたんじゃないんだ。ドアが開いてて、横向いたら目に飛び込んできたんだ。」

「うん。」

「女の子がさ、拳で床を殴り付けながら、ボロボロ涙流して、声を殺して泣いててさ…。でね、いきなりこっち振り向いた。目が合っちゃってさ…。もの凄く強い視線だった。脳裏にこびり着いて離れそうにないんだよ…。」

「忘れてあげれば…。」

「そうしてあげたい、けど、多分無理そう。」


心の内から、吐き出さずにはいられなかったのだろう。たとえ、母親にであっても。

静かに、とても静かに、充は話した。

難儀な職場だ。

奥手のあんたには特に。

経験無さそーだよな我が子よ。疑問は言葉にはしなかった。


 制度導入時、充は40代半ばに差し掛かっていた。

考古学と氷期を專門とする大学の教授であり、皇国に駆り出された、皇国機関の研究者でもあった。

ちょっと太めの体型と、身長の低さと、好きな事にのめり込む性格と、控え目な所が災いして、異性とは縁遠かった。


 我が家は家系的に薬で副作用を起こしやすく、病気に掛かると医者ではなく、布団の世話になった。

大抵は昔ながらのお婆ちゃんの知恵と、暖かい布団で乗り切れた。

そういう意味では何事もなく、生殖機能も何ら問題無く、皇国機関の研究者に収まれた。


因みに、我が家は農家だ。

私は高校の卒業式のその日に、この家に来た。

夫とは同じ高校の同級生だった。

その夫は70歳の声を聞かずに儚くなった。

私の知らない男性と、その男性との間に授かったという小さな男の子に看取られて。

突然の電話で呼び出され、遺体を引き取りに行った。場所は、とあるシェルター内だった。

埋葬が終わって、ふと疑問が浮かんだ。

なぜシェルターに子供が居たんだろう?

シェルターはDEランク者、いわゆる生殖能力が無いと認定された人しか居ない筈ではないのかと。

それに、子供の年齢が…、何かおかしいな。

そんな疑問も深く追求することなく、日々は過ぎていった。


 充は父親をどのくらい覚えているのだろう。


まだ小さかった充と私の前から突然居なくなった夫。家出というよりも蒸発だった。

探した。義父母と共に必死に探した。だが、生きている姿を見ることは叶わなかった。

まさか、遺体との対面となるとは。

義父母は既に儚くなっているので、もう、悲しむ姿に胸が痛むことはない。

それが救いだったと思う。


 夫不在の中、私は私なりに、必死に農作業に打ち込んだ。

父親の代わりにはなれないけれど、充には知っている限りの全ての話を聞かせようと頑張った。

学生時代、本の虫だったのが幸いしたのか、頭のなかから捻り出しては、知りうる限りの知識を語って聞かせた。

目をキラキラさせて聞いていた充は、気が付けば学者になっていた。


☆☆☆☆☆


「南君、君んとこ農家だよね。跡取りは必要だよね。必要でしょ。喜んで、君、強制性交参加者になったから。」

突然、満面の笑みを浮かべた上司から声がかかった。

「えっ!いえ、自分は、その…。」

断ろうとした。

「な〜に言ってるの〜。欲しいでしょ自分の子供。私も産んでもらったけど、本当に可愛いよー。嫁さんなんか居なくて正解。子供居るだけで家の中が天国だよ〜。正に天使!でね、来週、入れといたからスケジュール。皇国職員は優先順位高いから、よかったね~。」

「えっ!な、…。」

言葉が一歩遅かった…。

これだから僕は…。


 まだ、二十歳にならない女性との組み合わせと聞いた。

既に3人産んでいるそうだ。

体調を気遣ってあげたい。

身の上話なんかを聞いてあげたい。

夢があったら叶えられるように、手を貸してあげたい。

そう思うだけでも傲慢なのかな僕は。

そう思った。


 一週間後、その時は来た。


ドアをノックする。

ガチャッと音がしてドアが開く。

目があった…。二人して、その場で固まった。

あ、あの時の…、お互いに気付いた瞬間だった。


床を殴りつけていた、あの女の子だった。

そう、出会い方としては最悪に近いケース。

これが、僕の奥さん、安曇との出会いだった。


 「ご、ごめんね。中に入らないとまずいんでしょ。」

「あっ!」

彼女は一歩退いた。


「ごめんね、あの時。見られたくなかったよね。ごめんね。忘れてあげられなくて。ごめん。」

気弱さが出てしまった。隠してもいないけれど…。

そういう所だよ、そういう所!よく同僚に言われる。


空気読めなくてごめんね。


「あの、南さん。」

彼女に話しかけられる。

「へっ!」

間の抜けた声がでた。

「あ、ネームプレート外し忘れてるから。」

自分の胸元を見る。

「あ、あれっ、ごめん。」

慌てて外すと 

「そんなに謝らなくても…。」

クスッ。

あー、笑われちゃったよ。


「さっ、とっとと始めちゃって下さい。」

彼女の発した言葉のトーンは、随分とアッサリしたものだった。


 僕は彼女と性行為をするつもりはない。

話をしたいんだ。

だから、多分、少ししたら、次の相手と交代させられるだろう。


「話をしないかい?君は、君を、何て呼べばいい?名前を聞いてもいい?」

「安曇です。でも、なんでですか?話しただけじや、子供は出来ないでしょ。」

「いいんだ。僕は別に。母一人子一人。家は農家だけど、跡取りがいなくても。農地は親戚にゆずればいいし。」

「でも、皇国機関の人でしょ。コネ使って、順番早めたんでしょ。」

「あぁ、確かに働いてる場所は当ってる。けれど、それ以外はハズレ!」

 

 初日は2時間ほど滞在した。

不信感酷かった。

説明に手間取った自分に、思わず苦笑した。

1ヶ月、そんな事を続けた。

多分、今日で、この部屋に来るのは最後だろう。


「こんにちは安曇ちゃん。多分ね、もう交代させられると思うんだ。だからさ、今日は、安曇ちゃんの夢とか、将来成りたい人物像とか聞かせてくれないかな?」

僕は、チョットだけは打ち解けたと思う安曇ちゃんに話しかけた。


「南さん、南さんに話たからって叶うわけじゃないでしょ!学校行けないし。時間の無駄!」

安曇ちゃんが口を尖らせた。

「えっ!希望すれば学べるよ。聞いてないのかい?誰も教えてくれなかったの?」

「し、知らない、そんな…。」

絶句した安曇ちゃんは、しばらくの間、俯いたままだった。

その後、話してくれた内容は、僕の考えが及ばない事柄だった。


「実は私、親に捨てられたんだ、検査の後。私が強制性行為対象者だって判ったから。手垢の付いた子なんて気持ち悪いって。寮に入れって。十年後も帰って来るなって。検査結果が出て、すぐに寮に入れられて。引き籠もったの。聞いてない説明もあったのかもしれない。」

僕は驚いた。こんな現実も生んでいるのだと。


 対象者は希望すれば寮に入れる。

3食昼寝付き。体調管理もしてくれる。

勿論、出産前後はきめ細かくフォローしてくれるし、全てが支給対象だから、『スメコ』は全額好きに使える。

10年後の為に貯蓄してもいい。

だから、見逃されたのかもしれない。


 「安曇ちゃん。勉強したいのなら、僕が後見人になってあげられるよ。」

安曇ちゃんが考え込む。

「南さんが後見人になったら、また会える?また話せる?」

安曇ちゃんは僕に顔を向け、俯き加減に、不安を隠そうともせず言葉を重ねる。

世の父親って、こんな気持ちになるのかな?

ハグしたい。抱きしめて、頭を撫でてあげたいよ。

そんな気持ちの変化を感じつつ

「勿論、勉強の事なら力になれるし、話もできるよ。」

と、返事をする。


「あの、私、本当は勉強したいの。家政学を学びたい。」

はっ?

家政学だって?

これはまた古風な!

今時家政学なんて!!


僕は興味をもった。

「なぜ、家政学なの?」


「あ、そ、それは、あの、あのね、これから子宮の、子宮のある男の子も産まれてくるって聞いたから。そうなったら、普通の家で、男の子に家政を教えるのって難しいじゃない。慣れてないでしょ。私、力になれないかなって。小さい頃から、お母さんの手伝いや、家事が大好きだったの。家にいた頃は料理もしたのよ。だから、そっち方面なら、私でも出来る事があるんじゃないかなって、そう思って…。」

「それにね、DEランクって、家事用AIは買えないの。高すぎるの。手が出せないから。その人達の力にもなれるかなって。」


ああ、この子は強いな〜。

まだ、あどけなさが残ってる、僕から見たら子供だ。なのに、こんなに辛い状況下で、他者の事を考えられる。

家政学か。確か学部があったな。問い合わせてみよう。


「そうか。きちんとした理由があるんだね。分かった。力になるよ。」

「ひどーい!口から出任せとか思ってたー!」

「ごめんごめん。少し驚いたから。家政学なんて、AIのある今、学んでどうするのかなって。」

「もうっ!でも、本当に力を貸してくれるの?」

「袖振り合うも多生の縁。知ってるよね、この言葉。僕達は1ヶ月も、こうして一緒の時間を過ごしたんだ。結構な縁じゃないかな。一つだけ、約束してくれるかな。」

「何?」

「決して、途中で投げ出さないでくれないかい。」

「分かった。絶対投げ出さない。頑張る。でも、辛い時には話をしにいってもいい?」

「いつでも来なさい。僕も、頑張る君を投げ出さないよ。」


その後、僕は予定通り、性行為対象者から外れた。


そして、安曇ちゃんが正規ルートから学べるように、家政学部への入学手続きを進めた。


 彼女は凄かった。

大きなお腹を抱えた時期も必死に勉強した。

飛び級もして、凄い勢いで最高学府の階段を駆け上がった。

医学の進歩もさることながら、元々丈夫だったのだろうか。大学院を卒業する頃には、キッチリ10人の子を提供し終えていた。

そして、政策から自由になった時には、大学講師の座を射止めていた。

なんて女性だ!!

知り合えた事に感謝したいくらいだ。

彼女の旦那さんは確実に尻に敷かれるな。


まさか、その旦那さんが自分だとは思ってもみなかったけど…。


 彼女は、自由になって半月程したある日、僕の研究室に顔を出した。

「南さん、こんにちは。ねえ、今更だけど、不躾な事を聞くね。南さん、結婚は?」

「いやー僕なんか、ハハハ。」

思わず、お茶を濁した。

「ふ〜ん。あっ、そうっ。」

そう言って帰っていった。

何だったのだろう?


それからしばらく経って、帰宅した僕は驚いた。

安曇ちゃんが家に居る!

母さんと笑いながら話してる。

何故?


「おかえりなさい。」

「あ、安曇ちゃん?なんで家にいるの?て、いうか、なんで家知ってるの?」

「ん?調べたよ。何度も来てるし。お母さんとも仲良しだし。」

「えっ?」

意味ががわからない。


「充、早く着替えてきて、ご飯冷めちゃう。」

母さん?えっ??


取り敢えず着替えようと自室に向かう。

廊下や階段の荷物は何だろう?

誰の?


ちょんちょん、ん、背中を突くのは誰かな?

振り向くと、

「えへへー、押しかけ女房でーす、えへっ!」 

安曇ちゃん?

今なんて言った???


「寮出なくちやいけないの。帰る家もないし。私、南さん大好きだし。誰にも取られたくないから、家探し出して、お母さんから攻めて、押しかけてきたのよ。」


開いた口が塞がらなかった。

母さん!何してくれるんだ!!

あんたは時々、恐ろしく突拍子もない事をやらかすよ。こんな若い子どーすんだよ!!!


「チョット待った安曇ちゃん。僕はもう50過ぎだよ。安曇ちゃんは若い。他に貰ってくれる人いくらだっているだろう?」 

本当は嬉しかった。

羽を広げた彼女を見て、手放したくないと痛烈に思った。

だから、なのに、出てきた言葉はこれ。いくつになってもダメだな、僕は。


いつの間にか母さんが傍に居た。

「この意気地無しが!充、諦めなさいな。この子は強い。あんたの敵う相手じゃないよ。ご愁傷様。詰んだね。」


か、かあさん…。


僕の結婚が決まった瞬間だった。


出会って8年。

指も触れたことはない。

どうするんだよ僕!

経験値0だよ…。


「南さん。いえ、充さん。任せてね、経験値は高いと思うのよ私!」

安曇ちゃん、その自信、今は要らない。

今夜、どーしよー!!










 


 








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