第450話 テラ・マテル襲撃戦3
身体の痛みをこらえて見上げると、俺が居たはずの建物の2階から上が無くなっていた。被害が酷い。巻き込まれた者がいないと良いが。
さっさと殿下たちを救出して撤収しよう。そう思い立ち上がろうとして違和感を覚えた。
「……足が……足がないっ!」
左足のくるぶしから下が、綺麗になくなっていた。足が……俺の足が……。
出血はしていないし、痛みも引いているのは回復魔術のおかげだろう。無くなった脚先を動かそうとして、ふくらはぎに違和感を覚えた。ああ、健もないから動かないのか……。
「ワタルっ!」
「無事であるか!?」
崩れかけの建物から、アーニャとコゴロウが駆けて来るのを見て、ここが敵陣であったことを思い出す。そうだ、ちゃっちゃと助けて逃げないと。
『……ふぅ……手ひどくやられた。だけど結界は壊したし、守備兵のトップも倒したと思う。二人を助けて撤収しよう』
足先から目をそらし、二人を見上げて念話をひねり出す。
「っ!足がっ!」
俺の様子を見て、アーニャが驚きの叫びをあげた。それが逆に心を落ち着かせた。
『生きてるなら、後で生やせる』
そう、部位欠損くらいなら再生治癒で治るのだ。他人の腕切り落として、生やして治療するなんて荒業もやっている。それが自分の身になったからって、嘆くのは筋が通らない。
対物ライフルで撃たれた戦士もまだ生きている。他に何人か反応があるが、みんな動きが無い。
『地下に二人が居るはず。でも、魔物が数匹残っていて二重に妨害をかけてるみたいだ。行きましょう』
「……上の魔物はあらかた片づけた。肩を貸すのである」
「ありがとう。義足を作るから、少しだけ頼むよ」
……
崩れそうな中央棟の地下に降りると、そこは倉庫と牢獄が併設された空間だった。残っていた魔物は先行して飛び込んだアーニャが瞬殺する。1000Gほど。2匹は妨害特化型だったようだが、今の彼女なら何匹居ても敵ではない。
「おお、待ちわびたぞ!」
「すごい轟音がしましたが、大丈夫ですか?」
モーリス王子とワン領主は別々の独房に放り込まれていた。他にここに捕らえられている者はいないらしい。
「3人でここを襲撃したのですか?」
「ええ、他の者は街に陽動攻撃をかけています」
後は二人をバーバラさん達の下に送り届ければミッションコンプリートだ。
「ワタル!こっちの部屋、なんか怪しいぜ」
脱出しようと思った所で、他の部屋を調べていたアーニャから声がかかる。
「……少し調べていきましょう。魔物の情報は出来るだけ欲しい」
「警戒しておくのである」
コゴロウに階段を警戒してもらい、アーニャに呼ばれた部屋に向かう。そこは学校の教室ほどの部屋で、床には幾何学的な模様が描かれている。魔法陣的な何かに見えるが、魔術回路の一種だろうか?その円陣を囲う八カ所に小さなオブジェが置かれている。
『……生物を核にする為の召喚の間のようだね』
単なるモノなら比較的簡単に核にすることが出来るが、生き物を核にするにはそれなりの準備が必要だと分かって居る。ここはそのための施設だろう。
『これは……上に会ったオブジェと似たモノか?』
概念的には付与魔術っぽいのだが、分からない事が多い。魔物はモノを作れない、生産活動が出来ないという制約を考えれば、何かしらのスキルや魔術の類だと思うのだけど……。
『集合知に情報は無いのであるか?』
『製作には邪教徒も関わってないみたいなんですよね』
材料くらいは生成しているのだろうが、決定的な情報は無い。ダンジョンコアの様に、生産活動が出来ないという制約をごまかして、取り込んだ価値あるモノに能力を付与して価値を高める魔物も居る。そういった類のヤツが生み出した物だろうとは思うけど……。
「……オブジェは重いけど動かせそうですね。持って行きましょう。アーニャ、陣を細部までよく見ておいて。後で
もしかしたら、エルダーたちに見せれば何かわかるかも知れない。オブジェは
転移の為に外へ出る途中で何匹か魔物に遭遇したが、問題にはならない。中庭に出ると、昔ゲームで見たような蝙蝠の羽を生やした悪魔が何匹か襲ってきたが、これもアーニャとコゴロウで瞬殺する。
しかしこちらに向かってくる一団が居るな。さっさと転移してしまうのがよさそうだ。
「
宣言してから
そして
「……くそったれだな」
「ワタルっ!」
「ワタルさんっ!」
4回転送を発動して、タリア、バーバラさんと合流する。
「無茶し過ぎよ!」
「タリアから聞きました!身体は大丈夫なんですか!?」
タリアは天眼通で戦いの様子を見ていたのだろう。
「とりあえず命に別状はないから。二人を、予定通りに」
二人を送り届けない限り、
「……わかりました。こちらに」
雑木林の中の開けた広場。そこに楕円体の装置が鎮座していた。材質は木製で、上半分にはガラスのカバーがかかり、中には座席が見える。全長は5メートルを優に超え、後尾には4機の推進装置である錬金式ジェットブースターがついている。
「……なんだね、これは?」
「画期的な移動装置です。乗り込んでください」
「乗り込む?」
カバーを空けるとよくわかる。搭乗姿勢はスポーティーなバイクと似たような感じの前傾姿勢だ。
搭乗席に座っていただき、身体をベルトで固定する。とても不安そうな顔をされたが、まぁ、きっと大丈夫。多分。
「ほんとにやるんすか」
「あなたならやれるわよ。頑張って」
「任せてください!」
ベンさんが即落ち2コマのコントをやっている。水先案内人は必須である。
「MPタンクは満タンです。理論上はクロノスまで行けるはずですが、精度は……」
「ベンさんの
ベンさんが先頭のコックピットに乗り込み、強化ガラスで出来たカバーをかける。浮遊を発動できるカードリッチが仕込まれてるから、魔力切れ以外は問題無いはずだ。
「機首上げるぜ、皆、少し離れて」
アーニャが台座に付いたハンドルを回して機首を上げる。葉巻型のそれは乗り物というよりは兵器に見える。
『おい、なんだねこれは。一体何が始まるというのだ?』
『クロノス南部辺りに送り届けます。御武運を!』
『どういうっ!』
『それでは、行ってきます!』
ベンさんが無情にも発射の為の魔力を籠める。
浮遊が発動するとともに、ジェットブースターに魔力が回り圧縮された空気と熱を吐き出して、轟音と共に加速を始める。
『ぬぐっ!?』
『がっ!?』
ブースターから放たれた熱風がここまで押し寄せる。その船体は一気に速度を上げ、そのまま空の彼方へ消えていく。
加速にかかるのは1.5Gくらいだから、あの3人なら平気だろう。
錬金式ジェットブースターを使った使い捨て移動装置、流星くん1号。最高時速は500キロを超える、この世界でおそらく最速の移動手段。これを追いかけられる魔物は存在しない。ここからでも2時間ちょっとでクロノス上空まで到達するはずだ。
「たまやーであるな。着陸を考えないとは潔い」
目印の
流星くん1号はブースターとわずかに方向を操作するための羽を付けただけの、ロケットと言うべき装置だ。姿勢はジャイロで安定させているが、細かいコントロールは出来ずひたすら真っ直ぐ飛ぶだけである。
この世界だと空から目印になるようなものが無いから、コントロール出来たところで、街の側に着陸なんて器用な真似は出来ない。なので着陸はちょっと強引だ。
「考えてますよ。ただ、ちょっと強制脱出なだけです」
加速するために流線型の形状にしたが、浮遊で安全に着陸しようとすると減速できないという問題がある。そして安全に減速するための装置を作っている時間が無かった。
なので目的地近くまで行ったら搭乗席を分離させて、パイロットがスキルで空気抵抗を生み出し減速しつつ緩やかに墜落する形になる。座席には浮遊のカードリッチを組み込んであるので、地面まで落ちることは無い。ブースターはしばらく跳んだ後に爆発四散するので、証拠は何も残らない。
「早すぎて追いかけるのが大変だわ」
「タリアの道案内が頼りだから、頼むよ」
脱出のタイミングはタリアの天眼通が頼みだ。街の近くまで行ったら、小型受送陣を介してメッセージを送り、それに合わせてベンさんが脱出する。流星くん1号は小さいし、クロノス上空でもまだ夜だろうから、見しなわない為に
「陽動組の状況も気になります。撤収しましょう」
彼らは街から離れた所に突貫で作った人工洞窟に向かっているはず。ダンジョン組が上手く奴隷を救助できたなら、そこから
「ワタルさんは入院です!向こうで治療を受けてください!」
「そうしたいけど移動が……」
「マルコフさんが居ます!何かあったら連絡しますから、
「わかった。ほら、心配かけるから戻ろう」
「……うぃー」
三人に促されて、準備されていた受送陣に乗る。
「あ、待つである。ずっと気になって居たのであるが、こやつは何者であるか。どうすればよい?」
「あ……
打ち上げを見ていたら、拾ってきた狂乱戦士の事をすっかり忘れていた。
こいつは俺以上に死にかけだから、治療して隔離施設に放り込んでおこう。
そうして
数時間後にはダンジョン組の作戦が成功し、ベンさん達はクロノス中部の海沿いに無事墜落したとの報告が続いた。救出作戦はこれにてひと段落である。
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