第447話 行き当たりばったりを添えて
『攫われてきた者たちというのは、今ここで働かされている奴隷ですよね』
トニーさんの進言に、俺は最初にそう返した。
『はい、そうです。昨日、リターナー殿と別れた後に荷下ろしを舌先で、奴隷の印が刻まれた者たちを見ました。そこで少し話を聞いたところ、他の国で魔物に捕らえられたものが奴隷として働かされている事がわかりました』
うん、ウーレアーで鉱山で仕事をさせられている者たちと同じだろう。
『……彼らに力を貸す……平たく言うと救出し、人類の領域まで連れ帰る。先ほどの問いは、そう言う目標設定で良いですよね』
捕らえられた人類は、魔物から見れば価値ある資産だ。核にするにせよ、労働力として使うにせよ、最低限の安全は確保されている。強制労働はあるにせよ、今すぐ身の危険があるわけでない。助けるなら必然的に脱出を促すことに成る。
『はい、そうです』
『救出すると言っても、問題点がいくつもあります。……まず前提として、テラ・マテルとその周辺で働かされている奴隷たちは万単位に上ります。彼らを全員収容するだけのキャパシティは
受送陣は受信先か送信先のどちらかが空いていないと使えない。
陣に乗り込み起動、送られた後に陣から飛び出て次の人を待つ。その工程を考えれば慣れた身でも一送信に10秒は良い所だろう。
『これはあらかじめ受送陣の説明をして熟知した場合で、そうでない場合はさらに時間がかかるでしょう。それだけ時間がかかれば確実にばれます。現実的に、皆を受送陣で転送することは今の俺達では不可能です』
連続して使えばその分だけ魔素の動きに異常が出る。受送陣を使ってバレないで居られるのは、精々数回だろう。それ以上になると受送陣が知られるだろうし、生産職を強要されていて能力の低い奴隷が戦闘に巻き込まれるリスクも上がる。
『そうすると、基本的には受送陣を使わずに逃亡を手助けするか、もしくはテラ・マテルを制圧するか、という話になります。もちろん、後半はまず無理です』
奴隷より邪教徒の方が多いし、そこに魔物が加わる。こちらの総戦力は50人足らず。まともな征服は出来るわけがない。
……まともじゃ無ければ出来る可能性がある。俺が踊って、タリアが神降ろしを使い、自分たち以外を滅ぼすつもりで破壊工作を行えば都市のひとつくらいは滅ぼせると思う。攻撃を始めた時点で出て来る実力者も、非戦闘地域であるここに居る戦力なら、アーニャたちと亡者で対処できるだろう。
そして奴隷か邪教徒かの判断をしている余裕は無いので、死が救いになってしまう。
『受送陣を使わない、もちろん、全く使わないわけでは無くて、それ以外の方法で大部分をテラ・マテルから脱出させる方法を考えると、まぁ、無理ですよね。奴隷となっている冒険者を戦力に数えても、武器を準備できるのはおそらく100人、200人くらいがいい所でしょう』
試作武器の作成は暇があればしているから、ダブついている武器なんかを渡して支援する事は可能。ただ、防具は準備できないし、戦闘に成れば同数以上の知能の高い魔物と邪教徒に追われる。自衛ですら怪しい。
『その人数ですら、食料を準備するのが厳しい。そう考えると、助けられるのは数十人が良い所ですかね。全てを助けるのにはだいぶ無理がある。そして、そうやって一部だけを救助した場合、残された者たちの立場が悪くなる可能性は高いです。締め付けがきつくなり、反逆のリスクが高い奴隷は処分、なんてことも考えられます』
王子たちの救出でもリスクはあるが、そっちはターゲットが少なく、またほかの奴隷と隔離された状態にあるから切り分けがしやすい。
『それからもう一つ、これは俺が気にしているだけの話ですが……大規模な戦闘を仕掛ければ非戦闘員の民も巻き込まれます。彼らは邪教徒と呼ばれていますが、多くはこの土地で生まれ育ち、生まれた時から魔物に管理されるのが当たり前だった住人たちです。各国の法と比較しても、問答無用で殺されるほどの罪は有りませんし、悪党というわけでもありません』
魔物への価値あるモノの提供は何処の国でも咎められるが、野良魔物の強制レベルアップよりは罪が軽い。とばりの杖は色々な法律に引っかかりそうだし、比較すれば俺の方が重罪人と判断される可能性高い。
『ここまで考えた時、秘密裏に、数人から十数人程度で有れば、王子たちの救助の混乱に紛れてバレずに救助する事は可能です。……選別可能ですか?』
その問いかけに、トニーさん達が息をのむのが分かる。
『難しいですよね。運よく自分だけが助かると分かった時、相手がそれを良しとするかもわからない。心情的に助けたいのは、それを良しとしない相手でしょうしね』
ウーレアーには強制労働させられている奴隷たちが多数いた。それに手を出さなかったのは、自分たちの限界がそこにあるからだ。
魔物は合理的で、働かされている奴隷たちがすぐに危機的状況にあるわけじゃない。準備が不十分なこの状況で、手出しをする分けには……。
『わかりました。選別しましょう』
『いや、そんな力強い解凍求めてないよ!?』
思いのほか強い口調で帰ってきたので、思わずツッコミを入れてしまった。
『かつて……あらがって死ぬことも、逃げて希望を探すことも選ばず、奴隷としてダンジョンにささげられたのが俺です。あなたに助けられて、流れ着いた先は楽園でした。ですが、それは与えられただけの物です。自らの力で手に入れた、奪われることの無い居場所ではない……あそこで学ぶうちに、そう思うようになりました。だからこそ俺は、この仕事に志願しました』
……そんな思い詰めて挙手してくれてたのか。
『リターナーさんに比べれば思慮が足らないのは理解しています。それでも、必要があるなら選びましょう。命の選別をした非道の誹りは甘んじて受ける所存です!トメザブロウ、アリッサ、それでよいな!』
『ああ!』『はい!』
いや良くない。
『わかった、覚悟は良く分かったからちょい待ち。現実的な作戦を考えんと』
思わず訛っちゃうよ。
ええっと、テラ・マテルで働かされているのは……二十代後半以上で男性の1次職の農民や元冒険者か。余り戦闘が得意でなく、若さにも陰りが見え始めた頃あいで、地に根を張って農地を耕す年頃と。
隷属紋を刻んで核にしても微妙なレベルと判断された者たちのようだ。世知辛いねぇ。
一家で捕らえられた場合、別々の所で働かされる場合が多く実質人質がいる。独身の者は定期的にお見合いがあり、結婚して家庭を持つ場合もある。その場合は子供が邪教徒になる場合が多い。
ん~……邪教徒の勢力は削ぎたいが、長期的観点でそれをやるのは俺の仕事じゃないな。魔物の支配体制に疑問を持つ物も、クーロンを始めとした外の国家の内政状況を見て、魔物の支配を受け入れる場合が多い。はみ出し者を許さないクトニオスの方が、基本的な治安は良いし教育などが行き届いている。
『破壊工作はこちらからだけにして、とにかく街から離れてもらいましょうか。逃げる先はネプトゥーヌス側。王子たちはウーレアー側に逃がすつもりで陣取っているから、それで追手を混乱させることが出来るはずです』
クーロンの時はドロップ品に成っていた奴隷たちを武装させたが、今回はそれもやめておこう。クトニオス内で盗賊になられてもうれしくない。
『信じてくれるでしょうか?』
『無鉄砲な輩なら。家族が居たり、ここが長い者は難しいかも知れませんね。ただ、奴隷が減れば価値が上がるので、残された者に悪影響が出るリスクは減ります』
そう言う無鉄砲な奴の方が価値が低いし。魔物は人類を皆殺しには出来ないから、何かあった時に残すのは、守る者があってそれゆえに慎重な者たちだ。
魔物が課す労働は経済活動じゃないから、減った人手を過重労働で解消しよう、なんて発想は無い。人手が減って苦しむリスクは低いはずだし、子供が核にされるリスクも減らせるはず。
……まぁ、問題は危なっかしいのばかり助けてどうするんだ、という話なのだが。
『逃げた先で受送陣を使って、住人の居ない
一度迷宮の呪いにかかれば、解除するのは不可能だ。情報が漏れることはほぼなくなるはず。
『それなら王子たちも同じで良いじゃないですか』
話を聞いて居たバーバラさんから念話が飛ぶ。
『そっちは記憶に異常が出ると、洗脳系の魔術が使われてないか念入りに調べられる可能性があるからまずいのよ。それに
エルダーたちは、権力者が迷宮攻略に乗り出すのは乗り気ではない。彼らが仲間として迎えたいのは能力のある個人であって、集団としての人類ではないようだからな。
『トニーさん達が接触した奴隷ってどれくらいの人数でしたか?』
『俺が行った先で話が聞けたのは五人、元冒険者と兵士が一人づつと、小さな子供を連れた一家族でした』
『私が話をしたのは、40代くらいの夫婦です。別々ほかに所から連れて来られた村人が3人と元冒険者が一人いると聞いています』
『オラが話を聞けたのは兵士の親子だ。一緒に働いているのは村人は4人だと聞いてる』
『……まだ半日立ってませんよね?』
『案内された作業場に奴隷が居ることに気づいて、朝から調べていました。名前を聞きましたから、念話で連絡は尽きます』
無駄に手際が良い。
『それじゃあ、三人は
『だいぶ行き当たりばったりだけど、ほんとに大丈夫なのか?』
『わかってるから言わないで』
アーニャの懐疑的な問いに、こめかみをほぐしながらこっそり返事をする。
さすがに無理があるとは思うけど、三人がやる気を出しているんだからそれを否定する理由は無い。
王子たちの救出を決行すると、おそらくテラ・マテル周辺で身動きが取れなくなるから、彼らの意をくむなら、即日決行は必須。
それに大規模な作戦なら、ネプトゥーヌスに仕掛ける前の目くらましになってくれるかもしれない。
ダンジョン組三人は夕方まで仕事をこなし、帰りがけに示し合わせたように裏路地へと消えた。
俺もネクロスとして街を出る。そして変装を解いて街中に戻ると、何食わぬ顔で商店を巡りながら準備を進めた。
そして日没より3時間。
最初の火の手は、北から上がるのだった。
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今回は難産で遅くなりました。名づける予定の無かったダンジョン組3人がネームドに格上げされて、勝手に無茶を囁いて来ます。
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