第443話 すれ違う敵と集う仲間

「順を追って整理しましょう。我々が侵入者の痕跡を見つけたのが四日前。このウーレアー周辺に奴らの手先が潜伏しているのを見つけたのが一昨日。1日かけてウーレアー内を調べ、内部で亡者と会っているモノが居ない事を確認し終えたのが今日の昼です」


 ウーレアーに戻ったプルートは、飛竜出発の準備を進めながら状況を整理していた。


「確実性のある情報は、侵入したのがワタル・リターナー率いる少数部隊であること。仮初の命リ・ボーンを施した亡者を情報収集に使っている事。拠点構築とは別の目的がある事。この三つくらいでしょうか」


 アマノハラからの撤退戦で、最後まで残って居たのがワタル・リターナーの部隊であったことは確実。そしてウーレアー周辺に潜む亡者を見つけたことで、侵入者がワタル・リターナー率いる部隊であることもほぼ確定した。

 そして術師が近くに居ない事から、屍体操作コープス・マニュピレイトではなく、人格再填リ・ロード仮初の命リ・ボーンの組み合わせであることもわかる。必然的にワタルが死霊術師の50レベルを達成しており、魔剣士と合わせて最低でも2つの2次職を修めている事が類推された。


「泳がせていた亡者たちが探って居たのは、西に行く街道でした。先はテラ・マテルかネプトゥーヌスです。この動きから、目的は拠点構築ではない事までは分かります。となると、目的は要人救助とみるのが妥当でしょう」


「そこまでは理解できる」


 プルートの予測に、ソウゲツがうなづく。

 その予測を立てたからこそ、彼らは周辺都市に手配書を回していた。


「ウーレアーの内部に居ない事は確認できました。生命探査ライフ・サーチを常時避け続けるのは困難です。となると、奴らは別の場所に潜んでいることになります」


 クトニオスでは住人も奴隷も完全に管理されている。侵入者が居る前提で調査すれば、異分子を把握するのは容易だった。


「こちら側で潜んでいた亡者の一団が消えた。ヴァイスァヴァルト殿が影渡しシャドウ・デリヴァーのようなスキルの痕跡を見つけられなかったのでどうしたか不明ですが、おそらく撤収したのでしょう。そして我々の監視状態から推測すると、撤収の要因を作ったのは彼らではない事になります」


 確実では無いものの、魔術と精霊の二重監視。これをすり抜けて何かを出来るようなら、自分達では手も足も出ないと語る。


「では撤収の要因は何か。考えられるのは2つで、自分たちのたくらみが露見したことに気づいたか、目標を発見または確保したかですね。露見したことに気づいて撤収、なら楽で良いです。そのまま出て行ってもらえれば、我々の仕事はひとまず終わりですから」


 プルート達に押し付けられたのはワタルへの対処だったが、確実な捕縛や抹殺を命じられているわけではない。ワタルが自由に動けず、魔物側のたくらみの障害にならなければそれで十分であった。


 当面の目標はクーロン攻略の達成。犯罪集団からの情報で捕らえた少年ウェインは、推定だがクーロン攻略の手立てになる程の価値を有していた。そこで当初の目的であった大陸南北分断から、クーロン本島攻撃へと舵を切り、戦線を広げて本島からの戦力引きはがしを狙っていた。

 この作戦には多くの魔物が関わっている。本来はクロノス王国で騒ぎを起こして動きを封じるはずの魔将が駆り出されていて、アマノハラ侵攻を妨害する事が出来ないほどだ。さらに支配地安定化の為攻め込んだホクレンでは、対集団を得意とするはずのプリニウスも敗北している。これ以上ワタルたちに好き勝手動かれてはたまらない、というのがルサールカを始めとした、この作戦の参謀たち共通の認識である。


「問題は後半の可能性。目標を発見・確保したかも知れないこと。彼らが探す可能性があって、一番まずいのは……」


「……なるほど。あのガキか」


「はい。なので戻るのです。自由に動けて事情に通じている死霊術師は私だけです。まず手遅れでない事を確認しなければ成りません」


 ワタル達の予想通り、ウェインはネプトゥーヌスに匿われていた。

 本人から聞いた成人の前にはクーロン本島へ移送。誕生日を待って召喚の義を行う手はずとなっていた。これを妨害されるのが、彼らにとっては一番痛い。


「他に目的があった場合どうすんだ?」


「侵入が分かって居るのですから、現地の警備担当に任せますよ。次点でウーレアーやテラ・マテルが襲撃を受け崩壊しても、現状では陸の孤島です。数と時間で勝る我々が結局は勝ちます」


 他の都市と交流の無いエリアを奪還しても、すぐに物資不足に陥るだけである。それは周辺に巣食う魔物の強化に他ならない。人類側が領地を取り返すには、奪取した領地に十分な補給が可能な体制が必要不可欠だった。


「こちらが感づいたことに気着いた可能性は無いのでしょうか」


「あります。名指しで手配書をバラまいたので、近隣村や、最悪テラ・マテル辺りで手配書を目にしたというのは捨てきれません。ですが、それも現地の警備隊に任せればよい。大陸分断線の極東拠点を失って、我々に任せられたのが本島攻略なのですから」


 プルートはそう言って飛竜に乗り込むと、『出来るだけ低く飛んでください』と注文を付けた。飛竜の飛行ルートは陸路からは外れているが、念のため探査を続けながらネプトゥーヌスを目指す算段だ。


 プルート達が乗り込むと、魔物遣いの手によって飛竜が空へと飛びあがる。

 彼らの航路はテラ・マテルからはわずかに外れており、ワタル達とは互いに気づくことなく、決戦の地へと帰還するのだった。


 ………………


 …………


 ……


 □大農地 テラ・マテル□


『……従者共感サーヴァント・エンパシーを使うのである』


 俺の迷いを断ち切る様に、コゴロウはそう背中を押した。

 ……分かっている。それが一番確実であると。


 従者共感サーヴァント・エンパシー、正確に言えば人造獣使いキメラマイスターのスキル群。無節操に使役のクリスタルをバラまき、従者共感サーヴァント・エンパシー生体使役バイオロジー・コントロールで情報を集めれば、俺達のリスクを抑えて多くの情報を得ることが出来るだろう。


 けれどそれは、同時に望ましくない手法でもある。


 そもそも倫理的にどうかという点が一つ。黙って他人の身体を弄り、その生活を盗み見ることになるのは、普通に行って使ってよい所業ではない。


『相手は邪教徒である。奴らが魔物に協力するが故、魔物は普段人の居らぬ地でも力を維持し、人々を苦しめる。ここが平和に見えた所で、それは魔物におびえ、奴隷として働かされる民の上に成り立つ虚構に過ぎないのである』


 コゴロウの言い分も最もで、生まれにせよ、自分の意思にせよ、魔物にいいように利用され、核にもならずのうのうと生きている。それがこの世界の一般的な見解だろう。


 ……だけど、それだけじゃない。


『何も個人的な倫理観だけで使用躊躇ってるわけじゃないんですよ』


 例え邪教徒であったとしても、従者共感サーヴァント・エンパシーで相手の人生に潜り込むのは俺の精神的負荷が大きい。従者共感サーヴァント・エンパシーは観測では無く共感なのだ。相手の感覚が、感情の機微がこちらにフィードバックされてしまう。


 また、本人に気づかれないよう生体使役バイオロジー・コントロールで情報を集めさせたり、行動を制御したりも可能であるが、これも従者共感サーヴァント・エンパシー時の負荷となる。当人の意にそぐわない命令は拒否されるが、そうでない、そうと分からない命令もストレスに成りえた。


 従者共感サーヴァント・エンパシーは従者側の感覚が起点となる為、俺がいくらステータスが高く、耐性を持っていても意味がない。喜びも、悲しみも、ダイレクトに共感してしまう。はっきり言ってむっちゃ疲れる。


 それに何より……。


『他人の心に触れるのは、しんどいんですよ』


 人造獣使いキメラマイスターのスキルを使いこなせば、おのずと理解する。共感が、同化がこのスキルの鍵なのだと。おそらく使役する対象との一体化が、この職が行く先なのだろう。


 それはこの世界に根差す行為だ。

 それは渇きを自らの埋め、他者の渇きを呼び込む代償行為だ。深みにはまらない自信がない。たとえ邪教徒であろうと、他人事と切って捨てるだけの自信がない。

 そしてその分だけ、俺の渇望が減っていく気がするのだ。


 勿論、共感を使わずハオランやガリレイ犯罪者の男にしたような使い方も出来る。ただ、それはあくまで例外。特にウーレアーで人に使ってみてから、そんな気がしてならない。


『日常の中でよぎる記憶、思い出。そう言った物に引っ張られる。俺が邪教徒に共感したって、いいこと無いでしょう?』


『う……むぅ。そういうものであるか』


 ただでさえ集合知からの精神干渉があるのだ。あまり自分があやふやになりそうなスキルに頼るのはいただけない。


『……まぁ、全く使わないのも難しいんですが』


 姿替えの魔道具シェイプシフターとステータス偽装でネクロスとして情報を聞き出すとして、それだけだとおそらく足らない。


『邪教徒側がどこまでこちらの事を知っているか、調べる必要があります。ネクロスとしてもう一度役所に潜り込んで、あっちに来ている情報を探る為の従者と、モーリス殿下たちが収容された施設でひと騒ぎ起こすための従者を一人づつは作りましょう。増やすかは状況次第で』


 あちらの情報が分かれば、打てる手が増える。

 俺達がウェイン奪還を目指している事に気づいているなら居場所を気取られないほうが良いし、かまをかけているだけなら、目くらましに派手に暴れて、殿下を救出するのも視野に入る。

 ぶっちゃけ後者の方が気が楽だ。


『俺とコゴロウで役所の方を。アーニャ、ちょっと難しいかも知れないけど、トニーさん達と合流してコクーンへ送還してもらえる?その後は街を出て姿を眩ませてくれ。追跡される様なら、自壊陣を使ってコクーンへ戻っても構わないから』


 そっちはそっちでリスクが高いが、どこでボロが出るか分からないのだから、彼らをこのままにしても置けない。


『……ああ、わかったけど……方針は変えてもいいんじゃないかな』


 そう言って一枚のカードを差し出してくる。


『うん?』


『タリア姉さん、コクーンに戻ったって』


 朗報はいいタイミングでやってくるものだった。


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