第441話 魔物の支配する街

 悪趣味なランドセルを背負ったハオラン・リーをバーバラさんに見せた所、さすがにドン引きされた。

 ただ、背中の罪状を伝えた所、ノータイムで『殺しましょう』と拳を構えたので、こっちが止めることになった。ベクトルが違うだけで、物騒なのはそう変わらない。


 なんにせよ経過観察が必要ということで、ハオランを含めた数名の亡者はコクーンに残したまま、先にウェイン捜索を進める事に決め、ネクロスたちを襲撃してから5日。


「確かに、予定の物品は受け取りました。ネクロス・ホワイト様」


「ああ。沼のカエル共については後を頼む。街道はしばらく封鎖した方が良いだろう。私はネプトゥーヌスに向かわなければならないので、力になれないず申し訳ない」


 俺達は無事にテラ・マテルへの侵入を成功させていた。

 テラ・マテルの役人に運搬した荷物を引き渡し、道中の異常を報告して、俺は役所を後にした。


『思った以上にザルだな』


『真偽官が居ないですからね。警戒もしていないのでしょう』


 ダラセドさんからの念話に、苦笑い気味の返答を返す。


 皮肉なことに、魔物に管理されているこの街の方が治安が良い。

 長く外的脅威にさらされていない、穏やかな街。たから唯一の管理機能である邪教徒の証を正しく使えれば、門番や下級役人をだますのは比較的容易い。そして一度中に入ってしまえば、市民の警戒度は人類側の街とは比較にならない。

 この辺りは市民の居住区が近いので平和そのものだった。


『さっさと変装を解いて、運搬者キャリア―に化けた皆を回収しましょう。ついでに、ちょっと面倒な領主たちも』


『そこの角を右に。少し進むと、裏路地に入れるそうだ』


 俺達が立てた作戦はこうだ。

 まず、邪教徒の輸送部隊を襲撃し、幹部級の証を得る。

 次にその輸送隊になり替わり、都市に侵入。ウェインの行方を調査。

 テラ・マテルいなければ、幹部としてネプトゥーヌスを目指す。


 真偽官を始めとするや、巫女に代表されるは、魔物側に与すると加護を失い、能力を発揮できなくなる。

 必然的に邪教徒側には真偽官や、調査官と言った人類の偽装を看破する職が居ない。懐に入ってしまえば、雑な作戦でもどうにかなる。


 代わりに邪教徒の証の情報管理は厳重で、神の力に頼り切った人類側はそれを看破出来ていない。スキルや魔術は便利だが、それによって衰退・停滞している技術なども多い。

 魔物どもとの戦況を打開する事が出来ないのは、この停滞に一因がある。ただ、代わりに大きな価値の変動が起きないから、魔物側の強化を抑えられているともいえる。この辺りは一長一短だ。


 話がそれているな。


 さらに今回の作戦では、デルバイダンジョンで救出して進人類ネクスト見習いをやってる皆さんにも協力してもらい、運搬者キャリア―に転職して、輸送役の身代わりとなってもらった。

 これでネクロスの部隊の頭数はそろったことになる。


 後は湿地の奥に住む魔獣をおびき出して、襲撃で魔物たちは壊滅したことを装い、ついでに街道を封鎖させる。これで即座に輸送隊が再編されることも無い。

 領主たちにも、場所が分かるよう使役のクリスタルを持ってもらって、再度魔物の捕虜になってもらう。テラ・マテル到着後に行方不明という事になれば、ネクロスの部隊が疑われるリスクを最小にすることが出来るわけだ。


『オーケー、感知できる範囲に人の視線は無い』


小結界キャンプを張ります』


 これで感知できない魔物の視線も防ぐことが出来る。


『エルダー殿達の技術も凄いのである。どう見てもネクロスという男にしか見えない』


 今、俺の姿はエルダー謹製のマジックアイテムでネクロス・ホワイトの物に代わっている。


『自分じゃわかりませんけどね。解除キャンセル


 そしてキーワードに反応して、元の姿へと戻る。

 侵入したら行き当たりばったりのつもりだったが、そこにエルダーたちが少し力を貸してくれた。それがこの姿替えの魔道具シェイプシフターである。


 こいつは身につけた者の姿を、指定した別の者の姿に変えるマジックアイテムである。


『視覚的特徴を変える』という効果は、レベルアップで覚える魔術やスキルにはほぼ存在しない。魔物の多くは魔力によって人類かそれ以外かを判断するため、視覚情報の偽装だけでは大きな意味を持たないからだ。

 ただし、視覚偽装そう言う事が出来ないわけでは無く、エルダーの一人はそれを改良して魔導刻印として起こしていた。

 何に使うつもりで作ったのかは聞いていない。


 変装するに当たって、普段の装備も革製のランクの落ちる物にしてある。今の俺達3人は見た目には1次職後半くらい、それなりに功績を上げているフリー戦闘員くらいに見えているだろう。


『これを借り受けるために高圧洗浄機を完成させたんですから、役に立ってもらわないと』


 侵入作戦の話をしたら、エルダーの一人が売り込みに来たわけだが、当然借りるのに見返りを要求された。

 新作魔道具が無かったため、村で使おうと構想だけ練っていた高圧洗浄機を大急ぎで完成させのだ。清潔クリーンは汚れをその辺の地面にばらまくから、室内や公衆トイレの床掃除に使おうと思って設計だけしていた物である。魔術無効化ディスペルと錬金窯をうまく組み合わせられるようになったので、想定していたよりも高性能のモノを作ることが出来た。


 自分で使うのは当分先のことになりそうだけど。


『アーニャ、そっちはどう?』


『予想通りだ!壁が無いのすげぇ見晴らしが良いな!』


 魔物に襲撃される恐れが無いこの国では、街の周辺に外壁が無い。クロノスやクーロンはアニメでよく見る城塞都市が一般的だが、こっちは中心に都市があり、外へ向かうほど徐々に農地が広がっていく。人類にとっては珍しい構造の都市だろう。

 効率優先、防衛をあまり考えていない都市だから、鷹の目ホークアイでのぞき見も余裕である。


『了解。そのまま監視を頼むよ。こっちは予定通り宿を確保して、ギルドで情報を集めてから合流するよ』


 こちらもやるべきことをやってしまおう。


 集合知の情報から、輸送隊が使う比較的自由度の高い宿を何部屋か抑える。

 人類圏と違って、フリーの冒険者のほぼ居ないので使える施設は限られる。

 なるべく宿屋の主人のやる気が無いのが良い。多少不審な出入りがあっても、とスルーしてもらえる。


 魔物圏こちらでもギルドと呼ばれる、戦闘員の斡旋施設が存在する。

 主要な役割は勝手に生まれる野良魔物を捕獲・討伐する事、それに狩猟の範疇に収まらない魔獣などの討伐で、農民や周辺の村からの報告がここに集まる。

 それ以外に大規模な軍事作戦の際には、義勇兵ならぬ任意の参加者の募集も行われ、今回の調査もその情報を得るためだ。


『しかし不思議なモノであるな。こちらは魔物に支配された地獄と聞き及んでいたが、街の様子は平和で、浮浪者の一人もいない』


『だな。街中に魔物が多いのに、武器を持ち歩いている奴もほとんど見かけない。だが、住人にはおびえた様子も無い』


『管理が行き届いているせいですよ。人口統制がされていて、最低限の衣食住が管理されている』


 性別で居住区が分けられていて、無尽蔵に人口が増えることは無い。

 地球で言うところの共産主義に近く、軍事や警備は魔力以外の消費が無い魔物が担当しているので、人類は生産行為にほぼ注力出来ている。

 魔術と成人の時の奇跡で若年層の死亡率が低く、働けなくなった高齢者を処分することに躊躇が無いため労働人口が多い。

 それを一定量は分配し、それ以外は功労者に割り与えることで統制している。


 魔力という資源を、魔物化という形で無尽蔵に使う魔王の術があって初めて成立する社会だ。


『街にいる魔物は人型タイプで300G越えですが、知能にステータスを振っているモノばかりです。冒険者の相手だと心許ないくらいで、邪教徒なら脅威を感じないでしょう。人類圏から攫われた奴隷は別に隔離されてますし、平和に見えるのは当然です』


 平和である方が管理はしやすい。

 明日の衣食住に心配がなく、努力すればある程度認められ、不自由もあるが娯楽もある。住みやすいと言っても間違いではない。

 突然、自分の親や自分自身が処分される日が来ることを除けばであるが。


『さて、あれがギルド……だと思います』


 街の中心からは外れた場所。

 数件の家が取り囲む広場の片隅に、木造板張り2階建ての小さな建物が看板を掲げていた。一般邪教徒が点数稼ぎに使う、この街のギルド支部の一つ。

 人類側から見ると街の規模の割に小さすぎるが、逆にそれが重視されていない事への裏付けにもなる。


「じゃまするぜ」


 ダラセドさんを先頭にギルドに足を踏み入れる。

 中の造りは人類圏とほぼ変わらないが、建物の通りでちょっと狭い。カウンターと、パーティションで区切られた商談スペースが2つ。食事処は併設じゃないので、テーブルは無いが椅子がいくつか並んでいる。なんだか銀行の窓口の様な感じだな。


『カウンターに行けばよいで有るか?』


『まずは掲示を見ましょう。こっちは文字が読めない人間は少ないです。戦力募集の情報なら掲示板に張ってあるはず』


 受付のおばちゃんはちらりとこちらを見た後、自分の仕事に戻って行った。時間が悪いのか、他にフリーの邪教徒は居ない。調べるにはちょうどいい。


「ええっと……クーロン北部侵攻随伴員……同戦闘員……モーリス復興作業員……」


『ずいぶん堂々と張ってあんな』


『まぁ、あっちは隠す必要ないと思っている情報ですからね』


「ウーレアー臨時鉱山募集……あった。ネプトゥーヌス輸送員、護衛募集。これだ」


 啓示された情報の中でも、目につきやすい目線の高さ。他に比べて報酬量がわずかに高く、さらに人数の限定が無い。掲示期限は秋のはじめ、今からだとひと月ちょっと先だ。


『輸送と護衛の募集だぞ?』


『制限なくネプトゥーヌスに人を集めてるんですよ。向うで集めた人数に見合う仕事があるって事です』


 ネクロスたちから聞き出した、ネプトゥーヌスからクーロン攻めの裏付けが取れた。時期的にもウェインの誕生日にも合致する。ウェインが成人を迎えるのに合わせてクーロンに渡って魔物化させ、支配地域を一気に広げるつもりなのだろう。

 ウェインが龍人だった場合でも10万G級準ミリオンズ、皇帝の血族だった場合なら中央大陸にしかいないと言われる100万G級ミリオンズの力を持つだろう。それを破壊する事に特化させて振るえば、クーロン本島に致命的なダメージを与えることが可能となる。


『せっかくです、他の情報も調べていきましょう。俺の知識にない開拓村なんかもあるはずです』


 魔物圏では開拓は積極的に行われていないが、希少な魔獣素材を収集するために人里から離れた部分に小さな拠点をいくつも作る傾向がある。

 ここ2年で作られた拠点は集合知には無い。調べておいて損は無いはずだ。


 常設されている書類と地図に目を通し、少しだけカウンターで話を聞こうかと思ったころ、先ほどの受付のおばちゃんがこちらに向かってきた。


「あんたら見ない顔だね」


「今日着いたばかりでして。何かありましたか?」


「今さっき新しい仕事が届いてね。運がいいかも知れないよ。ほら」


 そう言うと、クリップで挟んだ植物紙を掲示板に張り付ける。


「……アマノハラ復旧ですか?」


 クロノスの侵攻で被害が出たアマノハラ・ヨモツ城塞の復旧人員募集。だいぶ離れた所まで募集がかかっているとなると、あっちは人手が足らないらしい。


「そっちじゃなくてこっちさ。見つけただけで昇進かも知れないって」


 そう言って示したもう一枚の掲示には……。


 国境越え侵入者の捜索・討伐、とデカデカ記されていた……。


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