第440話 追いかける者たち

 □城塞都市アマノハラ


 ワタル達がネクロス・ホワイト一行を襲撃する少し前、遥か南西のネプトゥーヌスから1匹の飛竜がアマノハラに降り立った。

 それは複数人が同乗可能な、輸送用の魔物の中でも比較的大きなもの。背部には籠が取り付けられ、乗員が下りたのちには、詰め込まれていた物資運び出されていく。


「しかし手ひどくやられたものですね」


 そんな飛竜が着陸した高台から、破壊されたアマノハラの街を見下ろして、男はため息をついた。


「何とかしろと言われてきてみたものの、相手は既に撤収済み。被害は甚大。特に城壁が酷く、今だ君主のスキルは効果を半減と。魔物も多数が撃破され、召喚の魔力は足らず、野良どもが勝手に発生する始末。死人が少ないのも私的にはうれしくない」


 わざわざ長旅をしてきて、見物だけになりそうだと、男は二度目のため息をついた。


「プルート殿、セロ様がお呼びです」


「ああ、はい。そうですね。挨拶くらいはしていきましょう」


 死霊術師・プルート。

 フォレス皇国でハオラン・リー達の商隊を襲撃し、アーニャの弟であるウェインを拉致。拠点を襲撃され失うも、ウェインやフォレスの帝の孫であるサラサを連れてクトニオスに帰還した、アヴァランチ幹部の一人である。


 彼はクトニオスに帰還後、クロノス四魔将の一つ、ルサールカの命を受けて、ワタル達の動向を探っていた。

 そしてクロノス王国騎士団の遠征にワタルたちが参加するとの情報を掴み、飛竜を使って駆けつけてみれば、戦いは終わった後だった。

 

「人類が開発した装軌車両であったか、アレの性能を見誤っていた」


 ヨモツ城塞の司令官でもある魔物・セロと応接間で挨拶をかわし、戦いの経緯を聞くと、帰ってきたのはため息だった。


「死の大地のど真ん中を、陸竜を引っ張って渡ってきたと聞きました。それで南ルートを封鎖していた軍勢を素通りされたと聞いていますよ」


「事前情報から、ほぼ戦闘員しかいない部隊構成というのは分かって居たのだがな。それで100人越えの部隊が、補給拠点の無い死の大地を瞬く間に進行して来た。積んだ兵糧だけで往復できるとなると、防衛方法を見直さねばならん」


 元々個人の能力が大きい世界であり、数人規模のパーティーであれば死の大地を強行軍で渡る事は可能だと理解していた。その上で、少人数であれば可能なのは精々嫌がらせ程度。持ち帰れるドロップ品の価値もたかが知れており、脅威にはならないと判断していたが……。


「死の大地の魔獣を避けながら装軌車両で富を回収されると、こちらとしても少々痛い。人が増えれば力が強まるとは言えな。頭が弱いのも多いし、教団員に陣地の再構築を頼まねばならん」


「大変そうですが、残念ながら力に慣れそうにありませんね。何せ死体がほとんどない」


 一戦交えた後だというのに、アマノハラにも、ヨモツ城塞後にも死体は全く残っていなかった。教団側アヴァランチが被害を受けていないのは良い事だが、敵側に被害をほとんど与えられていないのは気にかかる。


あの男死霊術師が居たなら、死体が無いのも頷けるのですが……その当人が魔剣士の最高レベルを景気良く更新していたはずで、そこらの死体なんかもう活用の余地も無いと思うんですがねぇ……」


「ボガードを打ち取ったのもその男だそうだ」


「ゴブリンの王をですか。大人しくして居ればよいものを……」


「撤退の際の殿しんがりを務め、見事に逃げおおせた。煮え湯を飲まされるとはまさにこのことよ」


「間に合わなくて良かったかも知れませんねぇ。それで、足取りはつかめているのですか?」


「……いや、今の所報告は上がっていない」


「……影も形もですか?」


「ああ。死の大地全域に偵察の魔物を放ったが、見つけることが出来たのは先に撤退した騎士団の方だけだ。合流した様子は無く、装軌車両特有の走行痕すら見つかっていない」


「それは……そんな忽然と消えられるのでしょうか?」


「わからぬ。逃げたと見せかけて、この辺りに潜んでいるのかもしれん。そう思って後から周辺や街道も偵察の範囲に含め、何かあれば報告させるようにしたが、何も上がらん。殿を務めていたのは少なく見積もっても30人から40人。忽然と消えられる人数では無いのだがな」


「痕跡を残さずにひそめる人数では無いですね」


 プルートはそう呟いて思考をめぐらす。

 相手は自分と同じ死霊術師だった男だ。殿の中には死者が含まれていると考えてよいだろう。仲間に上級魔術まで覚えた重力の魔術師、それに武装商人辺りが居れば、10数人ぶんくらいの死体を持ち歩くことは可能。

 実動員は恐らく半分以下。10人前後であれば、影渡しシャドウ・デリヴァーなどの長距離移動が可能な転移スキルで逃走が可能に成る。


「可能性としては……いや、まさかねぇ」


 ワタル・リターナーという人物について、分かっている事は思いのほか少ない。

 出身不明、クロノス王国アインス領で、オーク将軍エリュマントスを打倒し、人類初の極めし者マスターとなる。


「たしか……収納空間インベントリによるエリュマントスからの武器の強奪。そうか、死霊術師として死体の持ち運びを当人が可能と……そうなると殿を務めたのは実は数人か?」


 そして現在クロノスで猛威を振るっている封魔弾、封魔矢を考案。王都で商会を立ち上げる。しかし立ち上げた商会は人に任せ、去年の冬の初めに南下。移動には装軌車両を使っているという報告がある。ウォールでの小競り合いで、彼の仲間と思われる精霊魔術士が極めし者マスターになっている事から、この戦いに参戦していたのは間違いないだろう。


「そこから我々と衝突したフォレス……ルートを辿ると、ルサールカ様の言う通り、ウェインを追いかけてきた?」


 損得以外で動くめんどくさい人間。それがルサールカ様の見立てだった。

 商会の売り上げで王都スラム街の改善を進めたり、闘技場の建設で国民のレベル底上げを図っているらしい。


「そのリターナーという男、クーロンの方でも我らの邪魔をしていたな」


「そうですね。プリニウスを倒したメンツに含まれていたはず。そしてボガード……そう言えば爺さんブギーマンともやり合ったとか」


「たった1年ほどで恐るべき戦歴だな。狂戦士の類か?」


「魔物に強烈な恨みを持つ人物、というわけでも無さそうなんですよね」


 ルサールカの部下が何度か接触しているが、話が出来ない相手ではないらしい。

 むろんこちらに寝返る事は無いだろう、との見立てだが……。


「こちらで手がかりがないなら、ルサールカ様の言葉を信じてみましょう」


「どういうことだ?」


「奴らはクトニオスに侵入している、と仮定して動きます」


 プルートはフォレスからの撤退の際、売り言葉に買い言葉でクトニオスに来いと挑発した。まさか本当に目指してくるとは思っていなかったが、ルサールカは『そう言うのは面倒事の種にしかならない』とぼやいていた。


 奴らワタル達が撤退に見せかけて近隣に潜み、転移を駆使して南下したのだと仮定すると、死の大地を優先的に追跡した索敵網には引っかからない。

 敵陣に補給の当てなく潜む行為だが、ウェイン明確な目的があるなら、可能性としてはあり得る。


 低い可能性ではあるが、クロノス側の調査ならルサールカの部下もやっている。あちらの方が人材は豊富なのだ。わざわざ自分たちが行く必要は無い。

 なら低い可能性を探り、何も見つからなければ、何事も無かったと報告すればいいだけだ。


「近隣の村には警戒するよう伝えてください。私は周辺を調査しながら、飛竜でウーレアーに向かいます」


 ウェインがどこにいるかは知らないだろうから、探すとしたら大きな街からにするだろう。こちらの内情を何処まで把握しているか未知数だが、クーロンの戦いに参戦したのが、あっちの巫女を頼る為なら、3都市くらいは把握していても驚かない。


「飛竜が空き次第立ちますが、何か伝達などありますか?」


「ああ、それだが……伝達ではないが、頼みたい事がある。試練を受けて行かぬか?」


「……私がですか?」


 試練。

 それは邪教徒が魔物と戦い、経験値を得るための儀式である。

 一定の成果を上げた者が高位の魔物と戦い、打ち勝つことでレベルを稼ぐ。邪教徒達はそうしてお己の価値を高めていた。


「うむ。馬鹿どもに不始末の責任を取らせねばならん」


 先の戦いの際、多くのドロップ品はその場に残された。それらは回収され、新たな魔物の核として利用されるのだが、それをちょろまかして自らの能力を強化した魔物たちが幾体か存在した。

 防衛拠点であるアマノハラは、価値あるモノを生み出す能力は低い。一定以上の知能を持った魔物を、それなりの数集めなければならないここでは、そう言った行為は御法度だった。


「今回は丁度良い功労者が居らぬからな。レベルを考えると、貴殿らが来てくれたのは都合が良い。……まぁ、貴殿に都合が良いかは分からぬが」


 試練と言うが、命がけの戦いだ。運が悪ければ死ぬこともある。

 今回挑戦される魔物はいわば犯罪者だが、ちょろまかした価値以上の能力を示せれば無罪放免、より高位の魔物への昇進も見込める。苛烈な戦いになるだろう。


「……そうですね。少し経験値が欲しかったところですし、やりましょう」


「相手の内容も利かずに、良いのか?」


「ええ。扱いに困るって事は、10000G級オーバーサウザンツでしょう?」


「うむ」


「なら、問題ありません」


 プルートは特に意に介せず、さっさと終わらせて調査に戻りますよ、とのたまった。

 今回派遣されたプルート達幹部級の邪教徒は3人。セロは三人ともなかなかの手練れと聞いていたが、危険度を考えれば快諾されるとは思っていなかった。


「面倒なので、全員一度で相手にしましょう」


 プルートがそう言った時には、狂ったかと思ったほどだ。


 戦いが始まったその30秒後には、5体の10000G級オーバーサウザンツが切り刻まれて灰塵に帰した。それを見て自らが狂ったかと頭を抱えた。何が起こったのか、10万G級準ミリオンズである自らの知覚をもってしても、理解が追い付かなかったからだ。


「では、我々はこれで失礼しますよ」


 そう言うと彼らは飛竜の籠に乗り南の空へと舞い上がった。

 侵入者が南下したと思しき痕跡を見つけた。その情報がアマノハラにもたらされたのは、それから数日後のことだった。


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いらん仕事が増えて執筆がペースダウンしていました。

今週ようやく復調してきたので、このまま進めるよう頑張ります。


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