第439話 努力の方向
亡者の姿はハリボテであり、その肉体はより集めた依り代に過ぎない。身体は時間と共に腐敗し、
それでもハオランの心臓は鼓動を再開し、身体は赤みが差し、熱を取り戻した。
「脳の機能が回復しているか分からないので、心臓を動かしている神経は背中の奴の頭から引いています。違和感はありませんか?」
「……鼓動がやけに大きく聞こえます。肌の色も、戻っているように思います。……私は……生き返ったのでしょうか?」
正直なところ、よくわからない。確かに肉体は生者のそれに置き換えられ、幾つかの臓器はその機能を回復させるところまで来た。
ただ、これが背中に付いた邪教徒のコピーでない保証はない。邪教徒の身体と結合した部位を回復魔術で直している。果たして再生された部位はハオランの一部と言っていいのだろうか?
……テセウスの船かな。
そもそも一度死に、
この世界に魂があるかも不明。脳が再生治癒で癒せるとして、遺伝子に記録されていないはずの記憶や人格が再生できるかもわからない。考えるだけ無駄な話だ。
「ステータスは、片利共生キメラになっていますね。そして亡者から憑依体に変わっています」
分かる情報はステータスの表示位だ。
元々のステータスでは知らない情報は表示されないが、死霊術師の
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名前:ガリレイ&ハオラン・リー
状態:片利共生キメラ・瀕死・憑依体
職業:偵察兵,武装商人
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憑依体……名前から言って、
東方系の2次職に、死者の身体の一部を依り代にして、土人形や生者の身体に死者を降霊させる職があるはずだ。
今のハオランは、何とか生体と言えるようになった身体に、そう言ったスキルで降りているのと同等の状態なのだろう。
「そろそろMPも辛くなってきました。一度休みましょう」
実際の所MPはどうにかなるが、思考が鈍っている感じがするのだ。精神的に疲れているのだろう。
ハオランのMPはタンクと
「……それなら、チェンとワンの二人を呼んでいただけますか?」
「……スコットさんとタツロウさんですか?」
かつて……というべきか分からないが、ハオランの仲間だった二人。
スコットさんは家族の下へ還すことを、タツロウはハオランに施した施術とは別の方法で生者へ戻る事を目指し、亡者として協力してくれている。
「彼らがどこまで忠義を抱いているかは私もわかりかねます。死んでしまっては意味はないと、そう言うかもしれません。しかし、私の忠義は死してなお健在です。この先、この実験が原因で私が私でなくなってしまったとしたら、私の使命を託せるのは、今は彼らしかおりません」
「……やっておいてなんですが、そいつ背中に背負ってるのを見せても平気なんで?」
「彼らがどう思うか、もうはや考えるだけ無駄なのです。死して、腐る身体を野獣の血肉で補ってここまで来たのです。私の覚悟が彼らに届くなら、何を恐れる事がありましょうか」
補ってるのは主に鶏肉と豚肉が多いんだけど……まぁ、そう言う話じゃないんだよな。
「わかりました、呼んでおきます。今はこの場で身体を休めてください」
体調に異変を感じたら外の者に連絡を。そう伝えて部屋を後にする。
「ワタルさんっ!」
桟橋まで飛んでからぼーっと村の中を歩いていると、背後から声がかかった。
「バーバラさん、お疲れ様。そうか、もう交代したんですね」
亡者だけだと退魔魔術に対する相性が悪すぎるため、クトニオスで移動しているグループには必ず一人は同行している。
俺が実験を始めたタイミングではバーバラさんが担当だったはずだが、結構な時間が経っている。交代したのだろう。
「はい。今はコゴロウさんが。アーニャはダンジョンです。……大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
「……まぁ、平気ですよ。ちょっと悪い行いをしてきただけです」
「実験……ですか?もしかして、亡者の?」
……アイデアは伝えてないんだけどな。
バーバラさんと連れ立って、迷宮からデルバイに出る。最近はエルダーが使う認識・知覚阻害の魔道具を借りている。人目を気にしなくていいのはありがたい。
「ワタルさんから人造獣使いの能力を聞いた時、その方法は思いつきました」
俺の取った手法を、バーバラさんは予想可能なものだという。
「首を切り落とした後、再生治癒で頭を生やしたら本人を蘇生できるか? そう言う問いかけはずっとされています。実際に再生治癒が有効な間に出来たという話は聞きませんが、罪人を使って実験した例もあると。やっている事はそう大きく違わないですよね」
「そりゃあ……ね。ただ、他人の身体を使ってやろうとはそうそう思わないだろ」
かつてこの方法を試したものが居たか、集合知には記憶されていない。
人造獣使いは3次職だし、転職ルートは死霊術師からだけではない。死霊術師、人造獣使いの双方が直接戦闘能力に欠ける事を考慮すれば、試した者がいなくても不思議ではない。
ましてや、実際に死者の方をまともに扱えるようになるのは30レベルを過ぎてからだ。
だがそれ以前に、思いついてもやってしまう人間がそう多くは居ないのだ。
「……ここの夏は暑いですね。ヒンメルとは比べ物になりません」
唐突に、バーバラさんは空を見上げた。
もうすぐ夕方だが、気温は30度を超えているだろうか。公園を兼ねた緑地の中。木陰があり、湿度は高めだが日本の夏程暑くは感じない。それでも北国生まれの彼女には日差しがまぶしいのだろう。
服に掛けた魔術のおかげで、不快感を感じる事は無いはずなのだが……。
「ワタルさんと出会ってもうすぐ一年。ヒンメルからウォールへ、東群島で繭を見つけ、クーロンへ渡り、死の大地を超えてクトニオスに至りました。たった一年でこれだけ旅をした者はそう居ないでしょう」
「多くの場所を巡り、たくさんの人に出会い、数多の物を得てここまで来ました。もしワタルさんに出会わなければ、私はまだ騎士見習いのままだったかもしれません」
「バーバラさんは勤勉で優秀だから、俺と出会わなくてもすぐに騎士になったと思いますよ?」
「……どうでしょう?当時の立場も恵まれていたとは思いますが、今を越えるとは思っていません。……ですが」
バーバラさんは一つ区切り。
「今ほど思い悩むことも無かったとは思います」
そう微笑んだ。
「ワタルさんが付けた
「満たされませんか?」
「焦りばかりが募ります。何かに後悔しているわけでもないのに、もっとできるハズ、そう言う考えが、頭の片隅にずっと居ます」
「……まじめですね」
「半人前なだけかもしれません。他の職人たちは、そんな葛藤も飲み込んで仕事に精を出しているのかも知れません。もしくは、それを忘れるのも必要な能力の一つなのかも……。今できる最善を尽くしたなら、尽くさなかった時の事を思い悩んでも仕方のない事なのでしょう。同時に、今できないからと言って未来に投げ出しても良くはなりません。日々の積み重ねが結果に繋がるのですから」
「……非道な行いにも意味はあると?」
「ワタルさんが『よくわからない能力』と言っていた
能力の低下を無くす。
他者に感染する。
よく分かっていないステータスの乱丁を、バーバラさんはそう捉えたのか。
「私にとって邪教徒は殺すべき敵です。ましてや重犯罪者など、即座に首を撥ねてしかるべきです。ですが、ワタルさんにはそうでは無いのでしょう?わざわざ嫌な方に『努力をする』必要は、私は無いと思っています。好きにすればいいんです」
「……それは」
「殺したくなければ、殺さなくてもいいです。
バーバラさんの言葉に、鼓動が大きくなる。
「
「単なる言葉遊びですよ。実際の所はわかりません。ですが、ワタルさんはこれまでも、これからも、一人では成せない事を成そうとしている。ウォールやホクサンでの戦いもそうでしたし、
「もっと私たちを頼っても大丈夫ですよ。少なくとも、一緒に悩むくらいは出来ます。ダメそうだったら止めることも出来るかも知れません。特に、私はワタルさんより一応年上のようですから、そんな遠慮することはありません」
「……すいません。……いや、ありがとうございます、かな」
生者のキメラとして亡者に再度命を与える方法を思いつたとき、その悪辣さに相談する事を諦めた。たとえうまく行ったとしても、人を犠牲にして、人体実験紛いの手法を、仲間たちに知られることを、そして背負わせる事を躊躇った。
それは自分が、やりたくなかったからに他ならない。
それでも実行したのは、
「少なくとも、こうして二人でいる時くらい肩の力を抜いてください」
いつの間にか、バーバラさんが目の前に立っていた。
「そうですね。ありが……いや、ちょっと近くないですか?」
後なんで俺の肩に手を置くん?
「ワタルさんは息の抜き方を知らなすぎます。どうせまた夢でうなされますよ。レベルが上がって耐性がついても、根の部分はそう変わらないんですから。大丈夫です、息の抜き方は私も聞き及んでいますから」
「いやなに、むぐ!?」
物理限界を突破出来ていない人造獣使いの俺では、純粋な力くらべでバーバラさんに勝つのは結構至難の業なわけで。
一瞬、別の記憶が頭をよぎったが、次に続いたのは柔らかな感触だった。
「もう少し屈んでもらわないと、態勢がよろしくありませんね。でも、撫でがいのある頭です」
甘い香りが頭の奥をしびれさせる。バーバラさんの手が、優しく髪を梳く。
抱える様に抱きしめられているのだと、遅れて気づいた。
「私の任務の一つは、何とかしてワタルさんを篭絡する事でしたが、今からするのもやぶさかではありません」
「そうひぐふことひまひふ?」
「あん♪あまりしゃべらないでください。息がくすぐったいです」
「ふぐぅ!」
全力で振りほどくわけにもいかないと理由を付けて、俺は身体の力を抜いた。
「……進むのを止めるつもりは無いでしょう。そして、私もそれを望みません。でも、休憩に立ち止まったり、少し後ろを振り返って装いを正してもいいのではないでしょうか。あまり速く走っていると、大事なものも見落としてしまいます」
時間にすれば数十秒ほどだっただろうか。
耳元で響く甘い囁きは唐突に終わり、解放された後には名残惜しさだけが残った。
「これが利くと教わったのですが、効果はありましたか?」
「……誰に教わったかは聞かないでおきます」
効果はありました。はい。
そもそもそんな気負うつもりは無かったのだけれど、我ながら単純なものだ。
「それじゃあ、次はお腹を満たしましょう。ちょっと早いですが、たまには外で食べるのも良いでしょう」
「……そうですね」
ここ最近はタリアが大量に作り置きした食事をローテーションしていたが、たまには気分を変えるのもいいだろう。
「聞かせてください。ワタルさんの口から。今度は、私が相談に乗る方で」
そう言った彼女に背を押され、俺は背筋を正して一歩を踏み出した。
「たまには魚料理が良いですね」
ハオラン・リーからの伝言は、帰るまですっかり忘れ去られることになった。
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