第437話 罪人と生命合成
「人を殺したことは有るか?」
「そりゃもちろん。あるに決まっている」
「女を無理矢理犯した事は?」
「あるぜ。たしなみだろう?」
「私欲のために金品を強奪したことは?」
「あるさ。むしろしてないように見えるか?」
「……ふむ。では魔王への信仰を捨て、改修する気はあるか?」
「……無いぜ。神なんか糞くらえだ」
亡者に尋問される邪教徒は、軽い口調で答えていく。
『……順調ですね』
『だなぁ。予想以上にうまく行っている』
小さな格子窓で区切られた隣の部屋で、俺はハオラン・リーとその様子に耳を傾けていた。
『しかしぺらぺらとよくしゃべりますね』
『元が真面目で寡黙なんだろうね』
使役のクリスタルを埋め込んだ邪教徒に出した命令は2つ。一つは『質問に必ず嘘で答える事』。そしてもう一つは『普段とは真逆な性格を演じる事』。この条件のおかげで、尋問は順調に進んでいた。
『
命令は本人が自覚している必要は無い。今話している邪教徒も、命令されて嘘をついているとは気づいていないだろう。
『真偽官が居れば、こんなまどろっこしい真似はしなくていいんだがな』
素質が無くなる特性上、亡者は真偽官などの
『いえ、このスキルは真偽官以上に有用でしょう。尋問官としては稚拙なチェンでも形になっているのですから』
うちのメンバーは基本冒険者、というか戦うことがメインの者が殆どだ。検察官的な立ち位置だったコゴロウを除くと、こういう仕事が出来るのはハオラン一派の3人しかいない。
ハオランは元締め、元方士のタツロウはスコットさんより経験が不足している。ということで尋問はスコットさんが担当。ハオランが名字で呼ぶから変な感じだなぁ。
『他の死体も回収してもらえばよかったですね』
『思いもよらなかったよ。まぁ、どの道混ぜられてて怪しかっただろうけどさ』
邪教徒共の隠れ里の闘いで、あっちの死霊術師――名前は何だったか――は死体を混ぜて複数スキルを使える亡者を操っていた。フォレスの兵たちが吹き飛ばしてしまったので、ハオランの同胞は回収できていない。
『これからの事を考えれば、今居る人間で進めていくしか無い。まだ3人目だし、先は長いなぁ』
地上の人類からすれば
邪教徒は彼らにとっても不穏分子だ。邪教徒の存在自体は神に許されているが、だからと言って簡単に受け入れられるものでもない。犯罪者であればなおの事。安全に使える場所がないから間借りしているが、注意を払いつつ、さっさと終わらせないと。
俺が捕虜の取り扱いについて思いをはせている間にも、尋問は進んでいく。
たまに使役の命令と性格が一致しない者に対しては、命令の懸け直しをして情報を引き出す。
全員の尋問を一通り終えるのに丸一日を要し、犯罪歴、思想の洗い出しを行う。
結果として、犯罪歴が無く信用できそうな者が3人、判断保留が5人、思想に問題ありが4人、思想に問題があり擁護できない犯罪歴ありが2人となった。
……
殺している人数は二桁に上るが、私怨のようで無差別殺人者でも快楽殺人者でもない様だった。魔物側の体制の問題点も自覚していて、多少投げやりな部分は見られるがまともな部類。隷属紋を刻めば、魔人や
「んで、どうにもならないクズがこの二人と」
目の前に転がっているのは、30代の男。戦闘員の邪教徒で、強盗殺人、強姦殺人の重犯罪者。一人は集合知にも名前がある神の敵でもある。思い出すのも嫌になる相手だ。
「
「曲がりなりにも生活用水として使っている湖だぞ。ゴミを捨てるにしても、ふさわしい場所って物があるさ」
こういう輩を前にすると、どうしても集合知の影響が言動に出る。悲劇の記憶に引きずられず、冷静に行動するには強い意志の力が必要だ。ただの日本人であった俺にそれがあるかと言われれば疑問で、即座に首を撥ねないのは、それよりももっと酷い所業を思いついているからに他ならない。
「さて、それじゃあ秘密の実験を始めようか」
「実験ですか?」
わざわざハオランだけを呼んで重犯罪者を拾ってこさせたのには理由がある。
これからやる実験は、あまり他のメンバーには見せたくない。アーニャの情操教育に悪そうだし、亡者を受け入れてくれているバーバラさんやコゴロウだって顔をしかめるかもしれない。
……邪教徒に人権などないって言われたら、それはそれで嫌だな。
「とりあえず、上だけ脱いでもらおうか」
「ひっ!?そんな趣味が!」
「あるわけねぇだろ」
馬鹿話をしているほど暇じゃないんだよ。
「ネズミに手羽先を移植した時、手羽先には血が通い、ネズミの身体の一部になった。傷つければ出血するし、
手羽先が手羽先だった時、その傷は
「
「3次職、30レベル。そこまで上げれば、伝説級と呼ばれるスキルが使えるようになる。人造獣使いが最初に覚える伝説級のスキルは
アマノハラへの進行、そしてボガードとの戦いで、ようやくその域まで手が届いた。
「さて、亡者の身体に生き物を合成した場合、果たして亡者は亡者と言えるんでしょうかね?」
横たわる男を軽く蹴飛ばすと、呻き声を上げて目を覚ます。
されど轡をされ、目隠しをされ、手足を縛られたこいつに出来ることは呻き声を上げる事だけだ。
「なぜ、私なのでしょう?」
「そりゃ、失敗しても罪悪感が無いからですね」
「……酷い話じゃありませんか?」
「あんたらが犯罪者どもをそそのかしてウェインを連れ出さなけりゃ、アーニャは危険な魔物や邪教徒達との戦いに身を投じる必要は無かったんですよ」
「クロノスの孤児院で暮らすより、今の方がよっぽど幸せだと思いますがね」
「それを決めるのは俺達じゃないですし、全てはこの戦いが上手く運んだ後でしか分からないでしょう。止めますか?」
「……次があるとは限りませんからね。失敗して私がどうにかなっても、約束は守ってくださいよ」
「ええ、どうせ白黒つけないとクーロンの連中がうっとおしですからね」
念動力を使って男を摘まみ上げる。もがくが、HPの無い状態じゃ俺の念動力からは逃れられない。何より、自分の意思で動かせない髪を掴めば関係ない。
「……邪魔だから腕と足は落としておくか」
「ううっ!?」
男は痛みに呻くが、血は流れない。これは切ったと同時に
「……まさか自分があまちゃんだったと思う事になるとは、思いもよりませんでした」
「面白いこと言いますね。俺は駄駄甘だと思いますよ?」
そう返すと、ハオラン・リーは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
テーブルの上にうつぶせに横たえた犯罪者の上に、中年のおっさんが背中を預ける。……美しくねぇな。バタバタと犯罪者が暴れるが、それでどうにかなる者でもない。
「さて……
予約語唱えターゲットを選ぶと、眼前には3D表示のように二人分の人体ヴィジョンが浮かび上がる。
インターフェイスが
二人が大人しくなった所で、施術の設計を加えていく。
背中の皮膚を結合。邪教徒の大動脈と、ハオランの大動脈を結合。逆流防止に弁を形成。静脈も接続して血液を戻す。消化器官は不要。リンパは……つなげておくか。
ハオラン側は……神経系はぐちゃぐちゃだな。死体、しかも
筋肉や健は問題なさそうだが、内臓系も怪しい。この辺は再生治癒で癒すしかないか。脳は……わからんな。知識もない。とりあえず血流を改善させて、その後だな。
「こんなもんで……
人造獣使いは集合知にもあまり情報が無い。既定INTは分からないし、各スキルの消費MPも曖昧だ。この消費が固定なら、通常なら作れるキメラは1日2~3体がいい所か。
「さてさて……
上級スキルで患者の状態を確認する。血液もちゃんと循環しているな。各種数値は……うん、異常。
そう思った所で、邪教徒の方の身体が痙攣を始めた。腐敗した血液が流れ込んで、異常をきたしたか。HPが0の所為で、俺のスキルの影響下でも耐性が無さ過ぎる。
「
慌てない、あわてない。
詠唱でしか使えない再生治癒を繰り返し、ビットの
暫くすると状態が落ち、呼吸が安定する。生体反応が回復しているのはまだ背中回りだけの様だけど……さて?
「ハオラン、意識はあるか?」
亡者の彼には麻酔が麻酔効果は薄いはず。そう思って声をかけると、閉じていた眼をゆっくり開けたのだった。
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どこかで書いたかもしれませんが、嘘を見破れる真偽官などが生まれた結果、犯罪者に対する取りしらべの技術が失われ、同時に非人道的な拷問などの技術・知識も消失しています。代わりに黙秘している者も含めて悪・即・斬です。
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