第436話 捕虜たちの扱い

「我々は邪教徒ではありません。あまり目に触れたくありませんので、疑問に対する返答は後程でご容赦ください」


 城塞都市国家モーリスの王子、アントニオ・S・モーリス殿下はバードマンだったはずだ。

 猛禽類の様な瞳を持ち、外套のように見えるのは背中から生えた大きな翼でだろう。確か魔術や上昇気流を受けて滑空飛行を可能なタイプの鳥人だったはず。バードマンと言っても、飛ぶ事より高地、寒地態勢に生態を振ったタイプの鳥人だ。


「ふごっふ、ごふっ!」


 半壊した馬車の中からは他にも叫び声が聞こえる。

 これはホクサン領主の声かな? うるさいから食事の時以外は轡をかませると言っていたはずだ。


「それじゃあ移動しますよ。……影渡しシャドウ・デリヴァー!」


 湿地沿いの広場から離れる事数キロ。目的地である原生林内の広場にたどり着く。

 樹齢100年を優に超える大樹の陰であり、藪や下草が少なく空から身を隠すのにはちょうどいい。そこに人の手を入れて、ちょっとした野営地にしてある。

 亡者たちも錬金術師の極めし者マスターになっている者がいるため、任せきりだったが形になっているな。


「簡易天幕で申し訳ありませんが、こちらをお使いください」


 捕虜となっていた二人を広場ハズレの天幕に通す。布を棒で立てただけの簡易なものだが、小結界キャンプを付与した高級品だ。


「……君たちは一体何者なんだい?」


「最初にお話した通り、邪教徒ではありませんよ。それ以上はご容赦ください」


戯言たわごとを!」


「ワン殿、声を荒げてもどうなる物でもありませんよ」


「ここは魔物どもの支配地だぞ?!そこに百人隊長、千人隊長級の猛者が数十人……ありえぬだろう!邪教徒同士の抗争ならそう言えばよい!」


「そう言われましても、違う物は違うので」


「ならば属する組織を言うが良い!まさか野良の冒険者ではありはしまい!」


 ぶっちゃけそれが一番近いが。


「……では、なぜ我々を拉致したのですか?所属が述べられないなら、目的だけでも教えてはもらえませんか?」


「モーリス殿下、なにを弱腰なっ!」


「んん?……拉致した覚えはないのですが……ああ、そうか。部隊を襲撃した理由は、貴方たちの確保ではありませんよ?」


 この世界的に、王子や領主は貴重なスキル保持者だから、そう思うのも無理はないか。

 しかし、領地の無い領主も、家臣の居ない王子も、俺達にとってはあまり価値がない。


「ちょっと時間はかかるかも知れませんが、国へお送りします。モーリス殿下は、モーリスから発生した流民がウォールへ避難したのでそちらへ。ワン閣下はホクレンのさらに北、かつて石切り村だったところにホクサンの民が集落を構えているので、その辺りでいかがでしょう?」


 俺が問いかけると、二人は顔を見合わせた。


「それから、それぞれの職業が領主、王子では今は身を護るのも難しいでしょう。良ければこちらに祈りを捧げてください」


「これは……転職モニュメントのコピーか!」


 態々アマノハラ攻略をクロノス王国に進言した本当の目的。ダラセドさん達が頑張って作成した、転職モニュメントコピーの一つ。


 あの戦いで、俺達は最初からモニュメントの一つをちょろまかす算段を立てていた。

 俺と狂信兵団に割り当てられたコピー用の神像は二つ。それぞれジェイスンさん、ダラセドさんが持っていて、コピーに成功した。騎士団もコピーに成功したので、作成できた転職モニュメントコピーは3つ。

 俺達はその一つを持ち逃げする形で持ち出したのだ。


 これで記録にない新たな職の調査に加え、コクーンや拠点村で転職が出来ない問題を解決する事が出来る。


「お渡しする事は出来ませんが、付き添いに預けておきます。実戦経験がどれほどかは分かりかねますが、お二人とも何かしらの2次職中盤くらいまでは治めているのでしょう?そちらになっていただけると、今後の行動が早く成ってありがたいです」


 領主も、王子も、レベルは臣下からの評価で決まるため直接戦闘向きではない。

 だから当人の実力を高めるために、ほとんどの貴族は何かしら別の職に就いて実戦経験を積む。パワーレベリングをしている可能性が高いが、それでも今の状況よりは2次職の方がマシだろう。


 コゴロウに転職像を渡して天幕を後にする。彼なら上流階級とのやり取りにも慣れているし、上手くとりなしてくれるはずだ。

 そもそも、俺がやるべきことはこっちではない。


「お待ちしておりました、閣下」


 捕まえた邪教徒達を集めた天幕に向かうと、取り仕切っていたハオラン・リーが恭しく頭を下げた。


『……どったの突然?』


 別にこいつ、これまで俺の事を敬ってたこと無いんだけど。


『こういう時には形から入るのも重要なのです。一応、この集団のボスは貴方なのですから』


 流石、海千山千の商人兼密偵なだけある。発想が俺に近いだけに、なんかやだな。


『じゃあ、ボスらしく振舞いますか』


「ご苦労。これで全員か?」


「はい。全員HPを0とした上で武装を解除させ、命に別状ないよう簡単な治療を施しております」


 うー、うー、と呻きを上げる捕虜たちは、轡をされたうえで簀巻き状態で座らされている。

 治療はされているものの、腕や足を失ったままの者、ひどく顔がはれ上がっている者も見られる。


「……治し方が中途半端だな」


「邪教徒にはこれで十分でしょう?」


「……勘違いするなよ。我々はこいつらを断罪するためにここにいるわけではない」


 ハオラン・リーの言葉にうなづく亡者もいる。

 それを制して、顔がはれ上がった男に再生治癒をかける。手足を失っている者は後回しだな。今治療しても、栄養失調で命に係わる可能性が高い。


「さて、こいつらのリーダーはその男で合っているな」


「はい。目的の物もこちらに」


 ハオランが取り出したのは太陽と麦穂をモチーフにしたペンダントタイプのアミュレット。邪教徒達の紋章の一つである。

 邪教徒なんて呼ばれているが、こいつらの起源は魔王と魔物の支配の下にこそ飢えの無い平等な世界が訪れる、という信仰から来ているから、モチーフもそう言ったものが多い。


 紋章は一つでは無く、経歴とアミュレットの組み合わせが一致しないと身分証の意味を果たさない。

 その情報は魔物たちが生まれるときに持ち出せる記録領域アーカイブに蓄積されていて、全てを把握している人類はい無い様だ。

 そのせいで邪教徒を装うのは中々に難しい。特に幹部に成りすますのは、集合知が無ければ不可能だっただろう。


「うむ。だが、それだけでは足らないんでな」


「っ!?」


 簀巻きにされたネクロスを念動力で持ち上げる。

 調べると左足に模様の違うミサンガの様な紐が3つ結ばれていた。それをほどいて入手する。結ぶ順番と結び方にもルールがある。こいつと同じ結び方にしておかないと、魔物側に詳しく調べられたらバレるだろう。


「っ!」


 まさか隠していた身分証の方まで取られるとは思っていなかったのだろうな。

 その目からは驚きが読み取れる。


「さて、捕虜の諸君。具合はどうかな?まあ、悪くてもしゃべれないだろうが、死にはしない所までは治療されているはずだ。HPは0のまま、人によってはほぼ初めての瀕死だろう。身体が重いだろうが、心配する事は無い。安全なところで十分な休息を取れば回復するだろう。最も、そんな余裕は無いかも知れないけれどね」


 HPの回復には休息が必要不可欠。

 縛り上げて転がされた状態じゃ、回復はかなり遅れる事だろう。そしてこいつらをこのまま放置、というわけにもいかない。


「さて、キミたちの処遇は後々決めることになるが、その前に一応、これだけは問いかけておこう。改宗する気はあるかい?ああ、回答は要らないよ。どうせこのままここに転がしておくわけにはいかないんだ。後でゆっくり聞くさ。ただ、考えをまとめるためには情報が必要だろう。キミたちのリーダーに質問の機会をあげよう」


 ハオランに目配せをすると、やれやれと言った風にネクロスの猿ぐつわを外す。


「……お前たち……なに者だ!?なぜ同胞も知らぬ証の事を知っている!」


「2つ目の質問には答えかねるけど、1つ目は明確だね。人類側の、ただの冒険者一党だよ」


『事実ですがだいぶ無理があります』


『嘘ついてもしゃーないだろ』


 いちいち念話でツッコミを淹れなくていいんだよ。


「ここは我らが領土でも深部だぞ!ただの冒険者が侵入できる場所では無いはずだ」


「そんなこと言われてもね。領土って言っても、壁があるわけじゃないしな。人が暮らしてるエリアに対して、原野は広い。死の大地を越え、後は魔獣にさえ気を付ければ、あんたらに見つからずに活動するのはそれほど難しくはないさ」


 実際に所、ここまでの工程で脅威となるのは魔獣の方だった。

 死の大地のロックドラゴンを始めとした魔獣たちは、徒歩やラクダなどの移動手段を用いた場合十分に脅威だし、山を越えた先にも狼や熊、虎などの大型動物やその魔獣種が居る。


 魔獣が体外に持つ魔力層は索敵魔術の効果を弱めるから、いかにこれらに襲われず、早期に発見して逃げるかが重要になった。それをダラセドさん達は見事やり遂げ、ここまでたどり着くことが出来た。


「言ってしまうと、アマノハラへ攻撃を仕掛けたクーロン王国騎士団に相乗りしていた。攻撃後に撤収したふりをして南部の山脈に潜み、スキルで転移しながらウーレアーまで来たってわけだ」


「っ!こんな大所帯をそのような方法で……」


「あんたたちと違って、俺達は魔物を狩るのに制限がない。クロノスでは、直に二次職が一般的になる。これまでとは違った時代が来るさ」


 俺がこの世界に来た時、2次職に到達する冒険者は1割程度だった。踏み出す者アドバンス、そして極めし者マスターの発見、封魔弾の普及によって、レベルアップの需要と魔物狩りの安全性が上がり、それは予算のある王国騎士団から一般の冒険者へと波及して行っている。


「否応なく勢力図は変わる。モーリス、そしてホクサンの陥落が魔物側の最後の武勲になるかもな」


 実際の所はそう簡単ではないのだろう。2次職が増えれば、彼らの扱う装備の需要が増える。

 それにより希少な魔力の宿った資源の価値が上がる。それは魔物が強化されることに他ならない。


「俺達はどっかの国の兵でも、過激派連中でもないんでね。邪教徒だからってすぐに殺したりはしない。だが、ぶっちゃけ持て余すのも事実だからな。神の名の下に、魔王を討つと誓うなら、身の安全は保障しよう。もっとも、犯罪歴の無い者に限るがね」


 そう告げると意外なことに、ネクロスは驚いて目を泳がせた。

 ……幹部になるくらいだから敬虔な信者か、破壊衝動のある狂人くらいに考えていたが……どういう反応だろう。


「さて、それじゃあしばらくお休みいただこうか。目が覚めても考える時間は十分にある。ゆっくりする事だね。眠りの霧スリープ・ミスト


 耐性の無い今の状態で、俺の魔術にあらがう術はない。集められた邪教徒達は、倒れ込むとあっという間に夢の中へと旅立って行った。


「全員に目隠しを」


『使役のクリスタルを埋め込んだ後、受送陣でコクーンへ転送。罪状を洗ってから、使える者は使っていくぞ』


「かしこまりました」


 これで邪教徒の後始末はOK。

 隔離区画のコクーンなら逃げ出す心配はしなくていい。ダンジョン管理を手伝ってくれている元生け贄の者たちを除けば、あそこの住人は単なる3次職くらいなら無傷で制圧できる。

 真偽官の当てはないが、使役のクリスタルの効果で尋問も可能だ。魔物側の情報も利き出せるだろう。


「……問題は王子と領主の方だけど……まぁ、付き合ってもらうしかないか」


 身分証も手に入れたことだし、まずはテラ・マテル近郊目指して出発だ。


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