第435話 邪教徒制圧

『ターゲットが目標地点に入りました!』


 やり過ごした一団が街道を進み、湿地帯の縁にある広場までたどり着いたのを鷹の目ホークアイで確認する。野生動物や魔獣の水場にもなっている場所。境界を明確にするため人の手が入って開けているが、水場が近すぎるので休憩地には成っていない。あいつらもすぐに動き出すだろう。


『こっちも確認した。準備できてる!』


『それじゃ、始めますよ!』


 多重詠唱マルチキャスト……穿通ライフリング石弾・ロックバレット

 2キロ先の集団に向けて、高速回転し破壊力を増した石礫が降り注ぐ。そして同時に別地点から放たれた長射魔弾ロングバレル・バレットと合わせて、敵戦力の3割と荷馬車を破壊した。思った以上に当たらないが、致し方なし。


『亡者隊ごー!バーバラさん!結界を!5秒後!』


『かかれ!』


 念話を送って影渡りシャドウ・トリップで飛ぶ。目の前には驚いて動きを止めた一団に、亡者たちが襲い掛かろうとしていた。


「敵襲っ!」


 相手の聖騎士が叫ぶ。しかし出来たのはそこまでだ。


『……3、2、1、限定結界リストラクション・フィールド!』


 バーバラさんの声と共に、薄い魔力膜が広がり周囲一帯を包み込む。


 限定結界リストラクション・フィールド……特定の魔術やスキル・系統を阻害する結界を発生させる上級魔術だ。付与魔術と同様細かく条件を設定できるタイプの術であり、今回のように高速移動系の系統を制限する場合、指定の術の発動時にバーバラさんのINT分だけ発動者のINTを下げる。規定INT未満になれば不発になり、発動できた場合でもその効果は制限される。

 バーバラさんは錬金術師の極めし者マスターになっているので、3次職同レベル帯なら封殺できる。


 そして何より、何を妨害されているか、相手は発動するまでわからない。

 これで逃亡の芽は摘んだ。


 近くの魔物に狙いを定めて魔投槍マナ・ジャベリンを発動。防御されたが能力差で吹き飛ばす。

 魔物相手は気が楽でいい。俺のステータスで人を狙うと、威力がありすぎて即死させてしまう可能性がある。威力を細かくコントロールしようとすると、どうしても反応が遅れる。


「うわぁぁぁ!助けてくれっ!」


 非戦闘員らしき者たちが湿地側の街道へ走り出す。荷馬車の馬は嘶いでいるが、初撃で車輪が破壊されているので身動きが取れない。後は魔物と戦闘員!


「貴様ら!なに者だ!」


 聖騎士の男が叫ぶ。答えてやるほど親切なメンバーはこっちには居ない。

 3人の亡者が躍りかかるが……。


「はっ!」


 掛け声一閃、あっさり吹き飛ばされた?

 いやいや、彼ら二次職だよ?んなバカな。


『あいつに近づいた瞬間身体の動きがっ!』


『防御スキルは効果発揮したがデバフがかかる!』


 っ!聖騎士にデバフスキルなんて情報ないぞ!?

 2次職後半の3人をいっぺんに弱体化って……もしかして相性か?


 スキル構成に考えを巡らせて、集合知から一つの可能性を引っ張り出す。

 亡者たちは死霊術によって身体を制御している。そして聖騎士、つまり神聖魔術の系統の魔術やスキルはアンデットに効果が大きい。

 アンデット系と呼ばれる魔物の中には、実際に生き物の死体に寄生して操るやつらが存在する。そいつらが使う術式が死霊術と同系統なら、神聖魔術は死霊術に対して何らかの優位性を持つ可能性がある。


『亡者隊は聖騎士以外を!アーニャ、コゴロウ、隙を見てサポートよろしく!』


『出番だな!』


『あいわかった!』


 原因は何かわからないが、目の前のターゲットはこっちで倒せば問題無い。

 初撃に加わってない二人にサポートの指示を出し、聖騎士ネクロスに向かって切り込んでいく。


「投降しろ!抵抗しても命までは取らない!!死ねぇっ!!!」


「言ってること無茶苦茶っ!!」


 横凪に放った一撃をバックステップで割けられた。む、あのタイミングなら盾か剣で受けると踏んで、睦月には生体以外を斬るように魔力を籠めていたのに。


「よく躱したな。それとも腰抜けか?」


「そんな禍々しい魔力を籠めておいて何を言うかっ!キサマら何者だ!」


「答える義理は無い」


 振り抜いた刃を正眼に構え直して距離を測る。

 ……睦月に込めた魔力、そんなに目立つか?

 エンチャント装備に比べれば魔力量は多く見えるが、アーニャやコゴロウの剣と大きな差は感じないし、魔物も特段警戒する雰囲気は無いんだが……。

 ステータスでは勝っているだろうけど、技量の方は分からない。守りを考えるなら如月を抜刀すべきだが、いまさらそんな隙を作るわけにもいかない。


「殺しはしないが、面倒だから戦闘不能HP0にはなってくれっ!」


「そうやすやすと!」


 横凪の飛翔斬にタイミングを合わせて縮地で飛び込む。秘儀、クロスストラッシュモドキ!


迫りくる壁スタンプ・ウォール!」


 しかし俺の斬撃は押し戻されて空を切る。単なる防御壁なら切り裂いてダメージを与えられただろう。

 敵の全身を押し戻すように発生する迫りくる壁スタンプ・ウォールを選ぶとは、戦いなれている!


「輝け!神聖斬波セイクリッド・リッパー!」


 聖騎士の叫びと共に、輪となった光刃が発生して迫る。


『盾です!』


 弥生の念話と同時に目の前にカイトシールドが出現。それを弾き飛ばした光刃を、左手の鎧だけで抜刀した如月で打ち払う。


『助かった!』


『任せてくださいっ!』


 浮かされた所為で縮地では避けられないタイミングだった。上級スキルの直撃は流石に避けたい。

 皆殺しにするのは目覚めが悪いので、出来ればこちらの手の内は見せたくないのだが、今のは仕方ない。


「っ!どこからっ!っ!?」


 追撃をかけようとするネクロスに、アーニャ、コゴロウの遠距離攻撃スキルが飛ぶ。

 惜しい、いいタイミングだったのに避けられ弾かれた。即死させないよう手加減しつつ正面から防御を抜くのは難しいか。こりゃ難儀だ。


「旦那様!押されてますぜっ!」


「固まれ!防御陣を!」


 俺が聖騎士とやり合っている間に魔物は倒し切り、残りは戦闘員5人と運搬者キャリア―一人、他は逃げた。こっちは……亡者が7人脱落。解呪されていないから無事だけど、肉体損傷を修復中と。

 報告では聖騎士の近くに近づくとデバフがかかったようになるらしい。最初にやられた3人と同じく、動きが悪くなった所をやられて退避したようだ。


 しかし運がいい。ネクロスが距離を取って近づいた男は、使役のクリスタルを埋め込んだ運搬者キャリア―だ!


『回りながら収納空間インベントリの中身を周囲にぶちまけろ』


 生体使役バイオロジー・コントロールを使って、男にそう命じる。

 生体使役バイオロジー・コントロールは本人の意思と大きくかけ離れた動作をさせることが出来ない。聖騎士を拘束とか、殴りかからせるなんてことは無理だが、毒にも薬にもならない命令なら……。


「なっ!?お前何して?」


「へい?」


 ぶちまけられた食料とインゴット。それに驚いて一瞬意識がそれる。


『バーバラさん、打ち消しヨロシク』


多重詠唱マルチキャスト魔素暴走マナ・バースト……束縛糸バインド!」


「なにっ!?」


 魔術を発動した瞬間、光の帯が足元から聖騎士の身体を包み込んで拘束する。

 束縛糸バインドは初級魔術だが、上級魔術の魔素暴走マナ・バーストで強化し、多重発動したその拘束力は従来とは比べ物にならない。

 聖騎士は光る帯によってミイラもかくや、といった具合に簀巻きにされた。


「ぐっ、この!術式光化ライト・コンバージョン!」


対抗呪文カウンタースペル!」


 そこへ駆けつけたばかりのバーバラさんの退魔魔術が飛ぶ。ナイスタイミング!


「おのっ!」


「おねんねしてなっ!」


 生体を斬らぬよう魔力を籠め、強打バッシュを乗せた斬撃が袈裟懸けに入る。

 呻き声を上げて倒れる聖騎士を踏みつけ、運搬者キャリア―の男に切っ先を突きつけ、右手から生命吸収ライフ・ドレインを発動。聖騎士のHPを吸いつくした。


「荷物を集めて地面に伏せな」


「へ、へい!」


 聖騎士が倒れたことで亡者の皆さんが動きを取り戻した。

 粘っていた二次職たちが地に伏していく。


『こちら逃亡者を制圧しました』


 湿地沿いに逃げた者たちも無事に捕縛できたようだ。

 魔物は殲滅完了。馬車は破壊したが馬は無事確保。邪教徒も全員捕縛。イレギュラーも無く、期待通りの戦果だな。


『捕縛した邪教徒を連れて順次街道から撤収します。残骸を残さないよう、錬金術師は戦闘痕の偽装も忘れずにお願いします』


「……これは……一体どういうことだ?」


 馬車から這い出てきた男の声が耳に届く。

 ああ、居たな。


 今回の作戦のイレギュラー。モーリスの王子らしき青年が顔を出したところだった。


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