第434話 邪教徒強襲

 テラ・マテルからの返答が戻り、従者共感サーヴァント・エンパシーで情報をもたらしてくれた運搬者キャリア―を伴った一団が、ウーレアーを出発してから3日。

 俺達はその一団に先行する形で、テラ・マテルへの街道を進んでいた。


『やっこさんたちは?』


『昼食を終えて動き出しましたよ。あと5キロほどですね』


 街道から離れた茂みの中で息をひそめて、彼らが通り過ぎるのを待つ。

 使役の魔道具を埋め込んだ対象をサーチする従者探知サーヴァント・サーチの範囲はINT値の5倍。ここからでも動きは手に取るようにわかった。


 狙いの集団は25名。運搬者キャリア―が三人、戦闘員が七人、一般職の雑用四人、捕虜二人、残りは人型魔物だ。荷馬車は2台で、テイマー系の2名が業者を務めている。荷馬車に乗っているのは捕虜のみ。幹部も含めて、他は全員が歩きだ。


 一度従者共感サーヴァント・エンパシーを使ってメンバーを確認した所、相手の最大戦力で重要幹部と思われるのは二十代前後の人間族、聖騎士パラディンネクロス。聖騎士は神聖魔術師と騎士を納めた者が転職可能に成る前衛職だ。剣、槍、盾に関するスキル、回復やバフ魔術、それに一部の対魔魔術も扱えるタンク職。話を聞く限りは30伝説級レベルスキルは使未満えないと思うが厄介な相手に違いは無い。他にも2次職確定が二人、怪しいのが二人いる。

 幸いなのは斥候職が1次職なことか。おかげで稚拙な先行追跡でもバレることも無い。


『気づかれてはいないんだよな?』


『おそらく。ただ、違和感は持たれていますね』


 術を使えば周辺の魔力が揺らぐ。魔力感知のレベルがある程度あれば違和感は感じるだろう。

 ただ、それが人によるものなのか、魔物の動きによるものなのかは中々判断つかないだろう。休息が少なくて良い魔物を護衛に付けるメリットは大きいが、存在だけで周囲の魔力を乱す。感知のレベルが上がればそれを知覚してしまう。あちらの隊列には魔物が居て、それが枷になっている事に気づいていない。


『聞いていた通り、周りに人里は無い様だが……逆に野良魔物の強さでこっちが気取られないか心配だな』


『そのリスクを踏まえて俺しかこっちに来ていないですから』


 人類側と違って、魔物側は住みずらいエリアにわざわざ中継拠点を作ってない。

 ウーレアーから南西に3日。申し訳程度に切り開かれた街道の前後数十キロに村は無く、しかもこの先は湿地を縫うように進むルート。野良の魔物は少なく、行き交う人類の影響が如実に表れる。

 なので、気休め程度だがアーニャたち3人はコクーンで待機し、俺とダラセドさんをはじめ数人の亡者のみで先行している。


 ちなみにグレミーさん達数人には、ウーレアー周辺に待機してもらっている。受送陣を所持しているので、状況に応じて合流する事が可能だ。


『後は通り過ぎるのを待って強襲。人数もレベルもこっちが上なので、逃げを防げばこちらの勝ちです』


 一番厄介なのは相手を取り逃がす事。

 一団を一人でも逃がせば、せっかく手に入れた身分証も無用の品になるだけだろう。


 後は向こうのメンバーに居る捕虜二名か。得られた情報が正しければ、モーリスの王子とホクサンの領主らしい。

 モーリスはシガルダ連邦に属していた都市国家の一つ。去年の秋口に魔物の進行によって崩壊し、ウォールに難民が流れる原因となった国だ。

 ホクサンはクーロンの鉱山都市で、今年に入ってから魔物に攻め落とされている。


 二人とも重要人物だ。さすがに『知りませんでした』と亡者に仲間入りさせるのはまずい。


『捕虜ごとぶち殺すわけにはいかないから、ちょっと手間だな』


『邪教徒も出来るだけ殺さずにお願いしますね。どこでどんな影響が出るか分かりませんから』


 捕縛しておけば邪教徒の内通者を作るための人質に出来るかもしれないし、可能であれば尋問もしたい。集合知がざわつかないので、メンバーの中に人間相手の重犯罪者がいるかは不明。どの程度の魔王信奉者かもわからないから、捕らえてみない事にはどうにもならない。


『手加減できるほどの戦力差があるとは言えないと思うが……高速移動を封じて、魔物を仕留めて囲んだら何とかなるか?』


『状態異常を使って何とか。指示は出します。最悪、狙いを捕虜か聖騎士の奴にしてわざと逃がすもアリですね。戦線が広くなるとリスクもありますが、人数で上回っているのでなんとか』


『状況見ながらだな。だが同数で先制して、後は前後で待機にしよう。ステータスでは多少上回ってるだろう』


 そう言って離れた所に待機する他のメンバーにも念話を飛ばす。


 魔物側で踏み出す者アドバンス極めし者マスターがどの程度出ているか不明だが、かかるコストとを考えればそうこっちを上回ってはいないはず。自由経済じゃない魔物側の領域では核の価値が下がりやすくなるのは確認済み。俺達の様なダンジョン無限沸きでのレベル上げは出来ないはずだ。


『……そろそろ近いな。息をひそめるぞ』


 話している間に一団がダラセドさんの索敵範囲に入ったようだ。思ったより早いな。


『了解です。……臭いでバレない事を祈りましょう』


『……におうか?』


『……残念ながら多少は』


 標高が下がって、湿地が近いためかだいぶ蒸し暑い。

 付与魔術で除湿などはしているが、ずっと出ている亡者の皆さんはどうしても……腐臭がね。


首領リーダー、なんか対策を考えてくれ』


『消臭は斥候系のスキルでしょう。……まぁ、考えますけどね』


 何はともあれ、今は目の前の襲撃に集中だ。


 ………………


 …………


 ……


「……またか」


 幾度目か、魔力の流れに小さな違和感を感じて聖騎士ネクロスは眉をひそめた。


「いかがされましたか?」


 その様子を気にして声をかけたのは、2次職になって以降2年、付き人を兼ねたポーターを務めている男。ネクロスと共に、モーリス、ホクサンと転戦を続けてきた仲間であり、運搬者キャリア―48レベルと堅実に仕事をこなす同胞である。


「魔力の動きにな、違和感を感じる。レベルが上がった所為かと思っていたが、これまでより頻度が多いのが気になってな」


 ホクサンでの功績を認められて、レベルアップに必要な1万G級との決闘に挑み、勝利。最初の固有スキルを覚える10レベルを超える所まで魔物との決闘を続け、ステータスが上昇した。増えたスキルと合わせて感覚は研ぎ澄まされたが、大幅に上がった能力は過敏と言えるほどの情報を与えて来る。

 大分慣れたと思っていたが、ウーレアーを出てから継続的に違和感が続いていた。


 大事を取って斥候に確認するが、異常は感じられないという。

 野良の魔物が共食いでもしているのだろうか。護衛のリザードマンに聞いてみるが、斥候と同じく分からないとのことだった。

 飛べる魔物くらい用意するべきだったか……。国内の移動だからと斥候は最低限にしたが、輸送している捕虜を考えればもう一段警戒レベルを上げてもよかったかもしれない。


「でも、ここまで野良の魔物にも襲われていないじゃないですか。気にしすぎでは」


「むしろその方が気になるが……この辺りは人里も遠く、野良の魔物も発生しづらいはずだからな。判断がつかん」


「そうでしたね」


「だが、湿地は未開だ。代わりに魔獣が生息域を広げている可能性はある。野生動物でも狼や虎、猪などが活動している時期だ。気を抜くなよ」


「そう言われましても、運搬者キャリア―に出来る事なんてたかが知れてますし」


 そう言う男に、ネクロスは心の中でため息をつく。

 この少し年上の男は、山越えを始めとした過酷な行程をこなす胆力があるにもかかわらず、今一やる気がない。もう野心的であれば、2次職に達する程度の功績は上げられるだろうに。


 邪教徒なんて呼ばれているが、積極に魔王を信奉し、人類攻めにかかわっているのは一部だ。

 殆どはこの男のように、言われた事を淡々とこなしながら、少しの贅沢で満足している。

 それが悪いとは言わない。自ら手を下した養父たちのように、人を食い物にして自らの功績としていた奴らよりマシだろう。だが、いずれ息詰まるのは目に見えている。


 そんな事を思いながらも、口に出してやる義理は無いなと足を進める。

 違和感は無くならなかったが、野良魔物にも魔獣にも襲われる事無く湿地のほとりまで到着した。


 ここから先は湿地のヘリに沿うように街道が続く。

 水辺を求める魔獣や野生動物、それらを狙う大型の水棲動物も集まって来る。宿営地はもう少し先だ。気を付けなければならいエリアと聞いているが……。


 皆に注意を促す為、一声かけようと周りを見回したその時……。


 周囲の魔力が大きく揺らいだ。


「っ!!」


 予想しなかった事態に、邪教徒達の動きは止り、スキル一回分の僅かな時間を無駄にした。

 反応できたのは9体の魔物のみ。その内有効な対処法を有していたのは4体。効果があったのは3体。

 降り注いだ石礫と魔弾の雨に、魔物の半分と戦闘員の内、斥候を含めた二人が吹き飛ばされて脱落した。


 逸れて地面に着弾した魔術が爆ぜ、轟音を立てる。


「敵襲っ!」


 ネクロスが叫ぶように襲撃を告げたのは、何処からか転移して来た集団が、自分たちを取り囲むように展開している事に気づくのと同時だった。

 クトニオスを舞台に繰り広げられる邪教徒との闘争は、こうして最初の火ぶたが切られたのだった。


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仕事が立て込んでだいぶ更新が伸びてしまいました。

6月末から7月頭にかけては同じ感じで忙しい日が続きそうです。


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