第431話 闇夜に紛れて
鉱山都市ウーレアーから伸びる街道は一つだけ。周辺は岩山なので見晴らしは良い。
なので日が暮れたのちに街道へ近づき、辺りが見渡せる岩山の一部を変性でくりぬいて仮の拠点を作る。小さな丸いのぞき窓を作り、そこに
「少々古い情報ですが、この位置ならおそらく魔物には気づかれないでしょう」
「どっからそう言う情報を持ってくるのかだけは、マジで謎なんだが」
ぼやくダラセドさんに『秘密です』と返す。
タリアが合流してくれれば天眼通や天耳通で周辺や街中を調べることが出来るのだが、居ない現在、魔物領域で頼りになるのは集合知の情報しかない。
おおざっぱな方向を決めて移動するだけなら、すでに死んでいる亡者の皆さんで何とかなるが、身を潜めて情報を集めるとなるとそうもいかない。亡者は魔物を狩らないと骸に戻ってしまう。周りは敵だらけなのに戦えないのはもどかしい。
「魔物どもは夜も動くのか?」
「交代制で動いているはずですが……邪教徒共が動かないので、ほぼ動きは無いでしょう」
魔物の活力となるのは、周囲から吸収した魔力である。
隷属紋を刻んでいない奴隷が逃げ出さないよう警戒はしているだろうが、昼間よりは動いている魔物は少ないはずだ。
「って事は日が出るまで待ちか。……ずっと見ているが、動きはほとんどない。出入りする人間や魔物は居るが、あの街の規模を考えれば少なすぎる。多いのは北へ飛んでいくワイバーンくらいだ。あの調子だと、どれだけ待つことになるか分からんぞ?」
「アマノハラでの戦闘で物入りで、ここからも北へ資材を運んでいるんでしょう。城塞も道も盛大に壊れましたからね。人手が足りないんだと思いますが……テラ・マテルとのやり取りは確実にあります。ウーレアーは住人全員の食料を内部で生産できませんから」
クトニオスの農産物生産、特に麦などの穀物やイモ類の生産は大農地と呼ばれるテラ・マテルに集約されている。野良魔物の脅威は小さいので、それを各地に配布することで効率的な生産を行っているのだ。
「とは言え、ただ待っているのも時間がもったいないですね。少し忍び込んでみます?」
街の様子が分からないが、
「感づかれないのであるか?」
それまで黙って話を聞いていたコゴロウが口を挟む。
「おそらく。領地内に魔物が居るので、邪教徒の領主の使っているスキルは限定的なはずです。防壁は張れないはずなので……そうですね。物理的な脱走は感知できるでしょうが、ワープ系の術は恐らく無理でしょう」
領主のスキルは自陣内に魔物が居ると制限が入る。
野良魔物が発生しない様に魔物化抑制は使っているはずだが、入出の阻害や検知は難しいはず。高レベルなら可能性はあるが、奴隷を含めた人口比が想定範囲内ならなら、ウーレアーの領主はそこまで高いレベルではないはずだ。
「二人が居ない今の内に、こっそり行ってこっそり帰って来るのはアリですね」
バーバラさんが居たら止めるだろうし、アーニャが居たらついて来るだろう。自由に動けるのは今だけだ。
思い立ったが吉日とばかりに、
どうせ見つかった所でこちらの目的に気づかれることはない。最悪はテラ・マテルあたりまで逃げればいい。
一緒に行動するのは開拓者のダラセドさんと、
大体ダラセドさんと一緒に行動しているので、グレミーさんとは一緒に戦う機会が少ない。記憶にあるのはダンジョンマスターと戦ったときか。あの時は強襲兵だったはずだ。
『感知された気配はない』
『こっちもだ』
転移したのは屋根の上。煙突の陰から周囲を探ってもらうが、どうやら気づかれてはいないらしい。
ウーレアーは鉱山都市だけあって石材が豊富で、典型的な石造りの街並みが広がっている。真夏と言っていい時期だが、標高が高めなのでかなり涼しい。
『ところで、転送される前に指摘すべきだったと思うが、全身甲冑はやめた方がいいと思うぞ』
『……弥生、ベルトのみに集約して』
『わかりましたー』
金属鎧はどうしても音がする。指摘の通りなので
装備を変える必要がない。
『しかし静かだな。これだけ大きな街なら、深夜でも多少は人の動きがあるもんだが』
『この辺は入り口に近いエリアで、かつ生産緑地と商店と住宅街が入り混じったはずれですから。あっちの方に少し明かりが見えるでしょう?24時間稼働させている鉱山と、そこで夜勤に充てられた奴隷の管理をする邪教徒向けの店が何軒かあるはずです』
集合知の情報から変わってなければ、鉱山は3交代制で動いているはずだ。
奴隷がいれば、管理するための魔物と邪教徒も必要。衣食住、それに開坑に必要な工具などは最低限の管理が必要で、そういった人を相手にするため、夜間に営業している店舗もある。
『あまり近づくと索敵スキルを使っている魔物に気づかれるかもしれませんね』
『なるほど、エリアを絞って人を管理してるってわけか。しかしだとすると、この辺の気配の密度が低いのはなんでだ?まとまってた方が魔物に取っちゃ管理が楽だろう』
『魔物の気配も、巡回しているであろう僅かな物しか感じない。半径100メートル以内で4体……6体?それくらいだな。2体一組で動いている……人型の様だ』
『ん~……アマノハラの件で応援に出たのかも知れませんね。邪教徒はあまり家を持ちません。幹部なんかは専属の
魔物領域で生産された資材は、必要に応じて再配布されるため私財という概念は薄い。
所有欲というものは認識されていて、“自分だけの物が欲しい”という欲求を満たす“価値”は理解されいるが、あまり重視されていない。娯楽品は開発されているが共用だ。
『ふむ。侵入は容易だが……この辺に居るのは邪教徒なのだな?攫うか?』
『ん~……行方不明者が出ると捜索隊が動いてこっちが動きづらくなりますし、ハズレだった場合扱いに困ります』
『邪教徒だろ?
『……俺が犯罪歴を知っているのは相当ろくでもない事をしてる奴だけですし、邪教徒と言われている者の中には、ここで生まれて魔物に管理されて生きるのが普通だと思っているだけの者もいます。無益な殺生はしたくないですね』
ウーレアーの固定人口は7~8万人くらいなハズ。その内3割が邪教徒で残りが奴隷。
邪教徒の中で積極的に魔人化を目指しているのは3割ほど、後の7割はなんとなくここで生きている者たちだ。奴隷から邪教徒になる者もいるから、かなり扱いが面倒くさい。
『……時たま、索敵魔術が使われているようだな。少し離れているが反応が見える。おそらく
『引っかからないように注意しましょう。さて……どうしたものかな』
『……よし。職業を活かしましょう。この周辺で、寝ている人間の気配は分かりますか?』
『また難しいことを』
『……そっち側の家だが、人の気配が薄い。おそらくだが寝ていると思われるな』
『追跡者すげぇな』
ダラセドさんの開拓者とグレミーさん追跡者では、同じ斥候系でも役割が違う。追跡者は人を相手にするのが得意で、開拓者は自然を相手にするのが得意だ。
『飛びます。少し良く調べてみましょう』
俺では家の中の気配までは分からないが、グレミーさんが言うには住んでいるのは一人で、壁一つ隔てた部屋で寝ているようだ。
『一応、安全策は取りますか』
その後、同じように
『ふむ。よく寝ているようですね』
30代くらいの男。人間種に近い様だが、種族は分からない。まぁ、この世界、だいたいの人類は混血だしあまり意味は無い。
『どうするんだ?』
『こっそり使役のクリスタルを埋め込みますよ』
眠らせたとはいえ、いつ気づかれるか分からない。さっさと済ませてしまおう。
被験者を念動力でゆっくり持ち上げ、頸椎より少し下の背中に使役のクリスタルを埋め込む。埋め込んだ瞬間身体がはねたが、意識を取り戻すことは無かった。
『これで一定範囲内なら、この男の見聞きした情報を得られます。さて、後何人か行きましょう』
魔物の索敵を避けながら、寝ている住人を狙ってクリスタルを埋め込んでいく。
なんか単身の男ばっかりだなと思っていたら、少し移動した先で若い女性の部屋に忍び込んで微妙な雰囲気になった。
『……多分ですけど、あっちが単身の男性区画、こっちが女性区画ですね。壁がありましたし』
『ワープスキルで忍び込むって、ぶっちゃけ結構重罪だよな』
『魔物の国だから治外法権って事で。皆にバレたら白い目で見られそうなので黙っていてくださいね』
『俺はこっちの方が良いけどな』
『どうせ立たないでしょう』
『心は立つんだよ』
『……バカな話をしている暇はないぞ』
そうでした。
結局男性用区画で3人、女性用区画で4人クリスタルの移植を行った。全員皮膚の下に埋めたから、ぱっと見では分からないはず。
これでスキルの効果範囲内に入れば感覚の共有が可能になる。都市の中の様子が確認できるはずだ。
ついでに保険として街中にいくつか安いエンチャントアイテムを隠しておく。魔物の発生は抑制されているだろうし、不要ならそのまま放置してもまぁ見つからないだろう。
それから、警戒を避けて少し離れた所から街を出る。見つかった様子は無いので大丈夫そう。
臨時拠点の穴倉に戻ったのは、空が白くなり始める頃合だった。
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運動と執筆の両立がなかなか辛いorz
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