第430話 魔物の国の片隅にて

□鉱山都市ウーレアー郊外

エルダーへ協力を仰いだ結果、錬金スラスターはあっという間に完成した。と言うのも、魔術無効化ディスペルを発動する空間を発動体から離すだけで、耐久力の問題を解決できたからだ。魔導コンロで加熱の発動位置を弄るとかさんざんやって居たのだから気づけ、という話。頭が硬くなっているとダメだね。


作成したアイテムがギリギリ形になった所で、クトニオスへ歩みを進めていたメンバーからそろそろ目的地に到着するとの連絡が入った。


アマノハラから南下すること一週間以上。

クトニオスに巣食う魔物たちの拠点の一つ、鉱山都市ウーレアー。クトニオスのある3つの拠点の一つを山の向こうに見据えていた。


「クトニオスには邪教徒や奴隷が集まっている拠点が3つあります。一つが目の前に見えている鉱山都市ウーレアー。そしてここより南西部の平原にある大農地テラ・マテル。最後の一つがさらに西の海岸線に位置する海洋首都ネプトゥーヌスです」


非常におおざっぱな地図を示しながら、亡者の主要メンバーに状況を説明する。


「他にも小さな村や街は幾つかありますが、そちらは閉鎖的で役割も限定されています。我々はこの3都市の情報を集めてウェインを探さなければいけないわけです」


「……探すったってな。だいぶ広いぞ?」


ダラセドさんがぼやく。

東大陸の西側、死の大地と人の領域を分ける山脈から海岸線まで広がるクトニオスは、クーロンほどではないがそれでもかなりの広さがある。鉱山都市ウーレアーと海洋首都ネプトゥーヌスの距離は300キロ以上離れていて、大農地テラ・マテルはその中間あたり。ただ、通れるルートは限られるので、徒歩で移動するとなるとその倍くらいの距離は見積もった方が良いだろう。


「ええ。とは言え実は辺りはついて居ます。と、言うのものですね魔物たちの動きは規格化されていますし、ウェイン……ハオラン・リー達が狙われた理由を考えると、ある程度予測がつくんですよ」


クーロンの密偵であったハオラン・リー達は、出奔した現皇帝の兄と、その血を引く可能性のある人物を探していた。

クロノスで種族的な特徴からウェインに目星をつけたハオランは、犯罪組織ミラージュを使ってウェインの誘拐を画策した。どこの国でも、未成年を国外に連れ出すのは違法なため、リスクのある手段を取るしか無かったわけだ。


「推測も交じりますが、邪教徒アヴァランチがハオラン達を襲った理由は、ウェインがクーロン皇帝の血族である可能性があったことが濃厚です。タリアが盗み見した情報から推測するに、襲ったくせに単なる奴隷として扱われていた様子がありません。少なくとも良好な関係を気づきたいともくろんだのでしょう」


場合によっては、自発的に動く邪教徒や魔人にしようと考えたか。


「タイミング的には、クーロンで本格的な戦いが始まる直前くらい。今は北部と西部でそれぞれ一進一退の攻防が続いているはずですが……もし皇帝の血筋の奴隷が手に入ったら、クーロンでの価値はどれほどになるでしょうね」


ハオラン達の目的は、ウェインを傀儡の宰相に祭り上げる事だったが、素質によっては皇帝の椅子に座らせることもできる。王や皇帝のスキルは国の守りの要だ。そこに魔物の息がかかった者が座れば、どうなるかは火を見るより明らか。

邪教徒から見たウェインの価値は高いし、クーロンから見ても当初の思惑を考えれば、そこらの少年とは比べ物にならない。


「つまり、魔物たちはウェイン少年をクーロン攻略の為、魔物の核とする可能性がある、という事であるな」


コゴロウの返しにうなづく。


「ウェインがその……皇帝?の血筋だって確定したわけじゃないんだろ?それでいいのかよ?」


「そこは気になる所だけど、身体的特徴からすると龍人の可能性があるんだよね。つまり、最低でも皇族の結婚相手として血を濃くするのには使えるって考えだろうさ」


牡鹿の角と縦に割れた瞳孔を持つ金の瞳は、龍人の血が混ざっている可能性を示している。

鹿獣人とリザードマン系のアルビノハーフの可能性もあるけど、そっちは龍人よりレアだしな。


「んで、ウェインを魔物化しようと考えた場合、彼が価値を持つのはクーロン国内って事になる」


ザースのプリンセス疑惑のあるタリアのように、国際協定で守られた立場では無いので、クロノスや他の国では、単なる未成年の少年。場合によってはトラブルの種にしかならない。

それがクーロンでなら、皇帝や宰相として担ぎ上げる御旗になるわけだ。


「魔物は土地によって核の影響を受けて能力を変えるけど、普通の奴隷なら1万G級、それが推定10万G級から、場合によっては100万G級ミリオンズに上がるとなると話は別。増大した能力のコントロールがうまく行かない可能性が大きい」


魔物の能力は、基礎ステータス、使えるスキルや術、知能、そして顕現してからの経験によって決まる。そして知識が得られるのは誕生のタイミングのみで、これはダンジョンの悪霊王ワイトキングとのやり取りで確定だ。


「経験は人間と同じく時間でしか積めない、さらに価値増減の際にスキルや術の変動はほぼ無いようなので、基礎ステータスのみです」


共食いなどで大きくリソースが増えた場合には新たなスキルや術を取得できるようだが、移動によって徐々に価値が増えていく場合、ほとんどが基礎ステータスに割り当てられるらしい。悪霊王ワイトキングからの情報からの類推だが、逆の判例がある。死の大地など人が居ないエリアにおいて、価値が下がった魔物が術やスキルは失わないが、ステータスが一様に落ちる。つまり場所による価値の変動は基礎ステータスに影響を与えるという事だ。


「なるほど。クーロン以外で生まれても、クーロンに移動して上昇するのはステータスだけだと。それだと脅威は小さいですね」


「うん、そう言う事」


バーバラさんの言う通り、ステータスだけが高い魔物は3次職になればあまり脅威じゃない。

魔物も物理限界の影響を受けるし、初級、中級のスキルや魔術は上級の術で封殺できる。


標準的な1万G級の魔物と言えば、ウォールで戦ったディアボロス、カマソッツあたりだろう。二体とも踏み出す者アドバンスになっていない3次職とタイマンで互角か少し劣る程度。

取得していたスキルは中級程度まで。カマソッツが上級魔術を使っていたが、連発できない様だったし、INTが高いとはいえ初級のウォールで防ぎきっている事を考えると、不完全と言えるだろう。

そこからステータスを強化したとしても、プリニウスの様な2次職、3次職まじり数百人と戦える魔物に変わる事は無い。


「つまりですね、召喚の儀式はクーロンで行う可能性が高いです。そして、クーロンで大規模な召喚儀式が行える場所を考えた場合、つい先日陥落したばかりのホクサンか……本島西部になります」


クーロンの発祥は、東大陸の南海に浮かぶ島である。島と言っても東西に1000キロ以上、南北にも細い所で200キロ以上あるので、本州よりデカい。そして現在はその西側、三分の一ほどが魔物に占領されている。


「基本的に大陸側は属国のような扱いで帰属意識が薄いです。帝も公式には本島から出たことがありませんし……ホクサンなんか60年ほど前に開拓された鉱山都市ですからね。つまり、ウェインの特性を生かすなら、クーロンが取り返したくて仕方ない本島西部で召喚するのが一番です。そしてその場合、ネプトゥーヌスからの海路となります」


クトニオスより南にも魔物の支配地域は広がっている。ただ、そこは本島から大陸へ進出した旧クーロン領で有り、クトニオス崩壊後にクーロン軍が焦土戦を仕掛けた所為に壊滅している。邪教徒が復旧に努めてはいるが、範囲は広大、人員は足らず、大規模な拠点や港湾都市を作るには至っていない。


「あの状況でプルートと名乗ったあの邪教徒が、あの状況で嘘をつくとは思えません。ついでに言えば、言葉通りこっちが追いかけると思ってもいないでしょう。拠点放棄の代わりに、逃げ切ったわけですからね。つまり、魔物どもは定番の動きをする。そこにウェインの特性を当てはめれば」


「ネプトゥーヌスに居るか、少なくともクーロンに向かうためネプトゥーヌスに移動させられる、であるな。サラサ姫も一緒であろうか?」


「おそらくは。まぁ、予測でしかないので、後は現地調査必須ですが」


「調査ったってな……魔物の国じゃ自由に動くのも困難だぞ?」


ダラセドさんが空を見上げると、ウーレアーを発ったワイバーンが、北へ向かって飛び立って行った。

……破壊されたヨモツ城塞の修復に資材を運搬しているのだろうか。


「野良魔物は倒しても大丈夫って話だったが、一応なりとも軍属の魔物は厄介だろ。いくら相手の頭がパーな奴らが多くても、都市に侵入したらバレるだろうしよ」


「ええ。この国で人類が自由に歩き回って居たら怪しい事この上ないです。邪教徒だって移動を制限されているんですからね」


魔物が邪教徒を管理しているかと言えばそう言うわけでもないのだが、生産が出来ない魔物にとって人類は貴重な労働力だ。能力のある幹部級以外は基本的に街に付いて居て自由に動けない。


「一応、身分証は偽装しましたが、一般用のやつです」


魔物側が諜報戦に弱いことは邪教徒も理解していて、自由に動ける幹部クラスの身分証は毎年ベースデザインが変わる。集合知の情報じゃ、今年のデザインが分からない。


「幹部級の身分証1つあれば、後は随伴員ということで片付きます」


「て―ことは」


「はい。都市外に居る幹部を襲撃して、身分証を分捕りましょう」


行き当たりばったり略奪作戦である。


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クトニオスを都市名では無く国名にしちゃったのはうっかりです。


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