第429話 邪教徒の日常
□鉱山都市ウーレアー□
魔物たちの支配地域であるザース、クトニオスであっても、そこで暮らす者は少なくない。
多くは邪教徒と呼ばれ、魔王を信奉し魔人となることを目指す者たち。そして各地で捕らえらえ、働かされている奴隷たちである。
彼らの役割は魔物の出来ない生産業を営むこと。
それは農業、畜産、林業、鍛冶や紡績、鉱山労働、そして各拠点のメンテナンスなど多岐にわたる。邪教徒の多くはそれらの仕事を熟しながら、報酬として魔物と戦い、レベルを上げて魔人となるに足る能力と功績を積むことを目指す。
さりとて、全ての邪教徒が魔人と成れるわけではない。
人類から見て高い能力、レベルは勿論、替えの訊かない技術を有し、隷属紋を刻んで思想にかかわらず価値のある物となって初めて魔人になるだけの力を持つ。
そして、それだけの価値を得られなかった者たちはどうなるのか。
まだ日の高い時間。早めに仕事の切り上げを命じられた十数名の男女が、街の講堂へ集められていた。
人間、獣人、ドワーフ、ハーフリング……集まった種族は違えど、みな人間族で言えば60代。レベルアップによる身体能力の向上のおかげでいまだ現役ではあるが、魔人として大成できるかはすでに微妙な年齢に達している者たちである。
「グナルガル様、ご機嫌麗しゅう。……今日はどう言ったご用件でしょうか?」
一人の男が、神官服姿のオークにそう問いかける。
その顔色は悪い。自分たちの立場が危うい物であることを理解しているからだ。
「……皆集まっているようだな。ご苦労」
オーク神官は手元の書類に目を落とし、集まった人々に漏れが無い事を確認する。
「諸君らの日頃の献身に、まずは感謝を述べよう。我々の同胞はクーロンで大きな成果を上げている。その最もたる功績は、ホクレンの制圧である。これも下支えする諸君の力あってのこと」
「……はあ」
男は首を傾げた。クーロンへの大規模攻勢をかけ始めたのは、もう半年以上前のこと。
北方の都市を陥落させた後、その後は膠着状態とのうわさを耳にしていた。確かに彼らが生産した物資は前線へと送られているが、わざわざ集めて感謝を述べられることでは無いはずだ。
「すでに理解していると思うが、諸君らの立場は厳しい。レベルも、技量も、他の者と比べて特段優れているわけでもなく、年齢を重ねている。皆、挑戦の為の功績を貯めていると思うが、命をとした賭けになる可能性が高いと感じている事だろう」
邪教徒がレベルを上げる方法は限られる。
低レベルであれば、自然発生した町周辺の魔物を駆除して経験値を稼げばよい。自我が薄く、高位の魔物からの命令を受け付けず、価値を人里へ運ぶためだけの100G程度の魔物は、軍勢としての価値も低く討伐の対象である。
しかしながらある程度能力の高い魔物、500G、1000Gと言った魔物は軍として十分な価値と能力があり、これらは魔王軍の指揮下にあるため勝手に倒すわけにはいかない。
そこで魔物と協力する邪教徒は、功績を積み重ね、それを代価として高い価値を有する魔物と戦う機会を買う。経験値は両者が真剣に戦ったほうが多く得られるとされている事から、挑まれた魔物も、挑んだ邪教徒も命をかけて戦う。それに勝利した者がレベルアップにより能力を高め、魔人へと近づくことになる。
ここに集まった者は皆よい年齢であった。
一発逆転のため3000Gを越える魔物に挑むだけの功績を貯めてはいるが、勝利できる見込みは低い。しかし挑戦を止めてしまえば、魔物は機械的に自分たちを処分するだろう。それを理解しているからこそ、挑戦権を
「しかし落胆する事は無い。先の闘いで大きな功績を上げた聖騎士、ネクロス・ホワイトが諸君らの身柄を所望した。そう、そこにいるダグラス、デボラの息子の一人だ。彼はホクサンの闘いで見事城門を解放させ、制圧のきっかけを作った偉大な勇士である。入られよ」
グナルガルが声をかけると、独りでに扉が開いて甲冑姿の男が入ってきた。
まだ若い……20代前半か、もしかしたら10代とも思える容姿。黒か濃紺かあいまいな短いくせっ毛が年齢を分からなくさせていた。顔立ちは整っており、体つきは戦士としては細身。銀に輝く磨き込まれた鎧に身を包み、腰には一振りの剣を携えている。
「……おお、ネクロス!お前がそのような功績を上げるとは!」
その姿を見て、ダグラスと呼ばれた初老の男は歓喜の声を上げた。
年齢を重ね能力が衰えた物であっても、功績を上げた子孫が進言さえしてくれれば見限られることは無い。人類は金銭的価値のみで生きるにあらず。故に力ある物に必要とされるなら、それもまた一つの価値となる。
「父上、母上、お久しぶりです。同志グナルガル、私の申し出を受け入れてくださったこと、この場を借りて御礼申し上げる」
「うむ」
グナルガルは頷くと、道を空ける様に一歩下がる。
ネクロスと呼ばれた男が歩み出ると、ダグラスとデボラは歓喜の声と共に彼を迎えた。自らが育てた自慢の息子が、功績を上げ、自分たちを救い出してくれた。血のつながりは無かったが、末弟に近い彼が他の兄弟たちより力を示したのは、自分の育て方が良かったからに違いない。そう信じて疑わなかった。
ただ、そのほかの面々は自分たちがなぜ選ばれたのか、理解しかねる様に首を傾げていた。
理由はすぐに判明したが。
「して、ネクロスよ。この者たちをどうする?」
「はい。もちろん……処分いたします」
ネクロスの抜いた剣がダグラスの腹を貫いた。急所は外してある。それは即座に殺さないためだ。
「あんた!」
「ぐっ……ネク、ロ、ス……なにを……」
「ようやくです父上。ようやくこの手でゴミを処分する機会が得られたのですよ。こんなにうれしい事は無い」
引き抜いかれた剣から鮮血が飛び散る。
「ネクロスっ!あんた、どういうつもりだい!育ててやった恩を忘れっ!」
彼の養母で合ったデボラは、その言葉を最後まで続けることが出来なかった。
振りぬかれたネクロスの剣が、彼女の首を飛ばしたからだ。鮮血が飛び散り、辺りを赤黒く染めていく。
「知識も技量もおとり、日々を食つなぐだけの者など不要です。特にあなたたちのように、誰からも必要とされなくなった者など、豚の餌がお似合いでしょう」
「ひっ、たすけてくれっ!」
その惨劇を目にした者たちが一世に逃げ出すが、十数メートル先の扉までたどり着く者すらいない。
「ぎゃっ!?」「ひっ!」「ふぐっ!?」
残されたものも瞬き数回の間に首をはねられ、辺りには血の海が広がった。
「血が勿体ないな」
あとで錬金術師に回収させよう、グナルガルはその惨劇を見ながらが、すでに後始末の方法を考えていた。
そうして動く者が二人だけとなった講堂で、ネクロスは最初に刺して倒れ伏した養父へと向き直る。
「お……のれ……この……出来……損ないが……」
「……もし、貴方たちがトマソンやメアリーが死んだとき、少しでも憂う気持ちがあれば、もう少しましな死に方が出来たでしょうね。他の役立たず共も、巻き込まれて死ぬことは無かったでしょう。……まぁ、誤差でしょうが」
ネクロスは養父であったダグラスを蹴飛ばすと、仰向けになったダグラスの眉間に切っ先を当てる。
「きさ……やめ……」
そしてそのまま、ゆっくりと剣を突き刺していった。
高位職ように作られた剣は、ケーキでも切る様にダグラスの頭へと挿入されていく。びくびくと痙攣し、眼球は裏返り、血をまき散らしながら男はもがき……そして力尽きた。
「……あまり感慨はありませんね……死体はいつも通り、豚にでも食わせてください」
「うむ。……さて、これで彼らが溜めていた功績は貴殿の物になるわけだが、どうする?」
それは魔人化への問い。
3次職、聖騎士としての能力に、邪教徒として自らの両親すら殺すことにためらいを持たぬ人間性。
隷属紋を刻めば、人格を維持したまま魔物に変わるのに十分な素養があった。
「……魔人になれば力は殆ど失われますよね。今の所、不老長寿に興味は無いです」
血で汚れた剣を襤褸切れで拭い、剣を鞘に納めながらネクロスは肩をすくめた。
「ならばネプトゥーヌスへ向かえ」
「首都ですか?」
「クーロン攻めの準備が進められている」
「……ホクサンは落としましたが、ホクレンの確保には失敗。プリニウス様が討たれ、北部、西部に戦力が集中させていると聞いていますが、そちらではなく?」
「敵の兵力が大陸に集中している間に本島を叩く。そのために、島の西部で召喚儀式の準備を進めている」
「それが出来るなら苦労は無いのでは……」
「クーロンでしか活動出来ぬが、強力な仲間を得る手筈が整ったと聞いている。今はネプトゥーヌスに居るはずだ。あそこは巫女の目も届かない。時期が来れば、海路でクーロンへ移送する。その護衛を集めよとの命が出ている。動いているのは貴殿らの同胞のはずだぞ」
「……幹部の誰かでしょうか。知っている方はクーロンに居るはずなので、まだ顔合わせをしたことが無い御方かもしれませんね」
「一足飛びでの昇進だ。顔を売っておいても損は無いだろう」
「わかりました。その任、謹んで拝命いたします」
「うむ。足を出すので準備が整い次第出立せよ。以上だ。……誰か、術師を呼べ!講堂がゴミで汚れている!」
話は終わったとばかりにグナルガルが人を呼び、亡骸の片づけを命じていく。
ネクロスは地面に転がった養父だった者を一瞥すると、すぐに興味を失い行動を後にした。
ヨモツ城塞半壊の知らせと共に物資供給の依頼がウーレアーに届いたのは、その日の夕方のことだった。
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毎回わりと勢いで書いているので、魔物側の体制をちゃんと整えて書くのに時間がかかりました。
新キャラ、邪教徒で聖騎士のネクロスさん、ちゃんと活躍してくれるでしょうか……。
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