第428話 錬金スラスター試作1号

 錬金術スキル、とりわけ圧縮をメインに検証を進めると、集合知になかった特性が見えてきた。


「やはりスキルを発動した後、効果が目に見えるまでには少し時間がかかるようですね」


「ある意味予想通りだけど、これでさらに難しくなったなぁ」


 検証方法はこうだ。

 圧縮を発動した錬金釜に対して即座に蓋をして、空気の流入を止める。その後圧縮を解除して、どの程度中の気圧が上昇していたかをチェックする。その時の蓋をする時間差と圧力変化で、発動の瞬間から一定の出力が出ているのか、それとも指数関数的な出力の上昇があるのかを確認する。


 もちろん人の反射神経でやるのは無理があるので専用の機械を使う。

 使ったのは魔導銀ミスリルを使って構成した魔導回路。0.05秒単位で術の機動タイミングを遅延させることのできるそれを使って計測した所、圧縮の出力はINT量に応じて3秒ほどで最大出力に近づくが、その出力上昇量はINTに比例せず、さらに0.1秒強はほどんど影響がないことが分かった。


「圧縮を使ったジェットエンジンは難しいな」


 試作しようとしたのは、圧縮を使った噴出装置。

 空気を圧縮を使って錬金釜シリンダー取り込みへ、リボルバーのように回転させて、後方の噴出口が開いたタイミングで開放して推進力へする方式。圧縮による集気のエネルギーでファンを回しシリンダーを回転させれば、圧縮のON、OFFだけでエンジンが出来るかと思ったが……錬金スキルのレスポンスの悪さに阻まれた。


「錬金釜のスキル強化が強力だから、最大出力で使えれば強風の比じゃないんだけど……ん~……圧縮の出力を維持したまま、空気だけを解放する方法は無いか」


 解放の方向を制限できればなお良いのだけれど、そこまで便利ではない。

 試験空間ドラフトチャンバーも空間全方位に同じ条件しか設定できないから、入り口から入って出口から出ていくような構造は作れない。

 錬金釜は底が抜けていても効果を発揮するから、出入りの方向を制限するだけでも推進力を得られるのだが……難しいな。強風ラフ・ウィンドの出力を上げる検証の方がましかもしれない。


「……ワタルさん、この術はどういう原理で圧縮しているのでしょう?」


「……うん?……質問の意味が分からないんだけど」


「物体を圧縮する方法は2種類思いつきます。一つは外から圧縮する方法。例えば……この水球に、全方位から圧力をかけてやれば圧縮されますよね」


 バーバラさんが念動力で砂の粒を浮かせる。


「この方法だと、圧縮したい物体の周りに膜の様なものがあって、内部の物体が圧縮されるとその膜が縮むと考え垂れます。ただこの理論で行くと『膜』、つまり効果境界は縮小するので、空気を圧縮した場合にどんどん圧縮される空気が増えていくことには成りません。つまり、圧縮は外から力を加えているなら、境界は動かず圧縮されて下がった気圧分、外気が流入していると考えられます」


 複数の砂球が、中央の砂球が縮むのに合わせて吸い寄せられ、1つにまとまっていく。

 念動力の力場に濃淡をつけて複数の物体をコントロールするとは、中々に起用だ。


「二つ目の方法は重力属性の魔術のように、ある点に向かって周囲の物体を引き寄せる方法です。引く力が大きければ大きいほど圧縮されます。体積が縮んだ分、外からの空気が流入することになります。点を中心に発生する力が、点との距離によって変わるか否かで密度に不均衡が生まれますが……そう言う話は聞いた事が無いので、この場合、点に向かってかかる力は効果範囲内では一定なのでしょう」


 中央に行くほど砂の密度が上がるか、圧縮された範囲内では一定の密度を保つか。

 なるほど……集合知では後者だと言われているな。


「重力属性タイプの問題点は、術が異常に難しい点です。作用点が物質の中に存在するような魔術は非常に高度であり、現実的ではありません。治癒師ヒーラー系統の魔術同様、人類には再現出来ないという線もありますが……錬金術の設計でそんなめんどくさい手法を使っているでしょうか?」


 神々の性格を見透かしたような発言だが、まさしくその通りだね。


「圧縮は外圧タイプ。対象を取るタイプの起動条件で、空気など境界があいまいな対象は一片がINTミリメートルくらいの体積が効果範囲になるみたい」


「圧縮されている物体の内部には力場の影響はないのでしょうか?」


「えっと……外部から対象物が供給さえる場合、その供給が途切れるまで効果範囲は一定で、供給されない場合は対象の体積によって縮小する。力がかかっているのはあくまで外側だけっぽい」


 魔術による力場は観測出来ないから把握が難しいな。


「……例えば、中が空洞のパイプの先端周辺に圧縮を発動させた場合、パイプ内部の空気は対象になるのでしょうか?」


「それは……なるね。対象物が密閉されていなければ対象を取れる。パイプの先を閉じた状態で圧縮を発動しても中の空気には影響がないけど、先を切り落として解放すると後からでも対象になる感じ」


「……それなら……例えば、このパイプの中に魔術無効化ディスペルを発動させた場合、パイプ内の境界面だけを打ち消して流れに指向性を持たせることは出来ないでしょうか」


「!」


 魔術無効化ディスペル……それは使えるかも!


魔術無効化ディスペルはINT量によって打ち消す範囲が決まるから、高いINTの術者が放った術を完全に打ち消す事は出来ない。つまり、打ち消す範囲を絞ることが出来るか。試してみよう」


 形成で作ったストロー上のパイプの中心に、魔術無効化ディスペルを出力を絞って付与した針を通して固定する。それを錬金釜に立てて固定する。釜の内部で圧縮を発動、この時点では魔術無効化ディスペルが発動していないので、パイプからも吸気されている状態だ。


「この状態でパイプ内部の魔術無効化ディスペルを発動」


 その瞬間、部屋の中に響く音が変わる。


「……成功です。パイプからは排気されています。パイプの周囲は……吸気側に流れているようですね」


 バーバラさんが鳥の羽をかざして空気の流れを確認してくれる。


「圧縮は発動したまま……出力もまだ上げられるな」


「今でも結構な風量があるようですよ。それに少し暑……っ!?」


 そう言った瞬間、出口にかざしていた鳥の羽が燃え上がった。


「っ!停止停止!」


「驚きました……排気がかなり高温になっているようですね」


「圧縮熱だね。解放した時点で平衡化?されるはずだけど……もつかな……」


 錬金釜は基本陶器だから耐熱性は高いけど……試験空間ドラフトチャンバーで熱を閉じ込める事は出来るけど、内部温度が際限なく上がっていく気がする。どこかでスキルの限界が来るだろうけど、怖いので使いたくないな。


「どちらにせよ、室内で試すモノでは無いですね。外に行きましょう」


「それはそうね」


 素材を持っていつものように湖畔へ移動する。

 チタン合金と魔鉄をベースにしてフレームを組み立て、その中心に標準小型の錬金窯をセット。変成トランスミュートで外殻を形成する。


「芯は魔術無効化ディスペルだけか。他に掛けられる部分には断熱着インスレィション・ウェア耐久力強化ドゥラヴィリティ・アップをかけて……」


「吸入口は4、釜の固定は支柱6でよいでしょうか?」


「まずはそれで。固定はゴーレムを使うとして、吹き飛ぶと怖いから前には壁を用意しよう」


 1時間ほどかけて周囲の環境を整える。

 20メートルほど離れた所に退避用の塹壕を掘り、周囲に実験中を示す壁を作って準備完了。どの程度推進力が得られているかは、巻き上がる水しぶきと抱えた人形の反応で分かるだろう。


「錬金スラスター試作1号、始動5秒前……3、2,1、圧縮開始!」


 土人形クレイドール経由で圧縮を発動。全力で加圧していく。

 人形操作ドール・マニュピレイトは便利だね。遠隔操作用の配線をしなくてもこういうことが出来る。


「圧縮出力安定、続いて魔術無効化ディスペル封印解除レリーズ


 その瞬間、轟音を轟かせて湖面に水柱が上がる。ゴーレムの身体にかかる衝撃もかなりの大きさ。体重をかけて抑えていなければ抱えていられなかったかもしれない。


『いい感じですね!』


 轟音の中、バーバラさんから念話が飛ぶ。


『うん!このままさらに圧縮の効果を高めて……』


 そう言った矢先、ぶすっと音がして空気の出力が止まる。それと同時に推進力が消えた。


「……おや?……とりあえず、圧縮停止。減圧……なにが起こったのか確認しよう」


 ゴーレムを操作して外観を確認。噴出口が黒ずんでいるが……それ以外におかしなところは無いな。


「解体してみよう」


「変成でばらしますか?」


「いや、斬るよ。錬金釜が使えなくなるけど、どんな影響が出てるか分からないから断面を確認したい」


 今回使った釜は標準品だからお金を出せば買える。


「睦月、よろしく」


『久々のお仕事やな!』


 特に手加減する必要は無い。ゴーレムに持たせたスラスターを盾に割る。

 ……相変わらず凄い切れ味だな。8割能力で金属のスラスターが真っ二つだ。


「内部が酷く焦げていますね。それに……これは……魔術無効化ディスペルを付与した芯が誘拐したようです」


 噴出した空気を受け止めて推進力に替えるおわんの底に、溶けた鉄針がこびりついている。


「……魔術無効化ディスペルが発動した周囲は強化が出来ないから……素材の耐久度が持たなかったか」


 使っているのは単なる魔鉄だ。鉄の融点は1500度ほどだが、高温になると強度が保てなくなる。

 数百度に上がった時点で支柱ともども崩壊したようだ。


「まさかここに来て素材の問題が出るとは……冷却クールで空気の温度を下げるか……出力が下がるし、MPの無駄なだな」


「魔鉄より熱に強い素材を使うのはいかがでしょう?」


「チタン……アダマンタイト合金でもそこまで変わらないし……タングステン?……手持ちの素材には無いな。またムネヨシ氏、タテマル氏に相談してみよう。……この試作品を出汁に」


「模型だけ作っていきましょう。その方が反応が良いです」


 その後、『前のスラスターの検証も終わっとらんのにまた新作か』とムネヨシ氏にはあきれられたが、予想通りに協力を取り付けることに成功したのだった。


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大分わき道にそれていましたが、そろそろクトニオス攻略戦が始まります。


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