第427話 秘密兵器を見直してみた③

 ひとつ、錬金窯の能力を確認しておこう。

 『錬金術師のスキルを窯の中で適用すると、その効果を10倍まで高めてくれる』というのがもっとも有名な効果であるが、実の所それだけではない。

 錬金窯の重要な効果の二つ目は、錬金窯の中に向けて使ったスキルの出力維持と継続である。


 例えば加熱ヒート

 このスキルは名前通り熱を加え対象の温度を上げていく魔術になる。INT1につき最高温度1度上昇。普通に使った場合、INTと同値の摂氏温度まで徐々に加温されていく。

 しかしこのスキルには最高温度以下の一定温度に保つ、という効果は無い。特に試験空間ドラフトチャンバー下に置いては熱や光が逃げにくい関係で、比較的容易く最高温度に達してしまう。


 温度を一定に保つには、術者がコントロールしてやる必要がある。つまり一定の出力になるよう、魔力を操作する必要があるのだが、術者がコントロールできる術は一部の例外を除けば一種類だけなのだ。

 この世界の魔術やスキルは、基本『発動したら後は放置で所定の時間まで一定の効果を発揮する』というものが殆ど。旋風系の術など発動後に任意の方向に動かすことが出来るが、その間は別のスキルが使えない。念動力などで動く対象を抱えながら別のスキルを使うのも出来ない。


 例外の代表は人形遣いの多重処理マルチタスクだが、アレは人形操作ドール・マニュピレイトと人形を依り代とするので、形としては複数人で別々の術を使っているのと同じである。


 では、『80度の状態』で『鍋の中を撹拌したい』とか『均一化をかけたい』とかの場合どうするか。基本は二人や3人で作業をするか、一度加熱を止め、撹拌チャーン均一化ホモジナシズを使い、温度が下がる前にまた加熱を使う、という工程が必要になる。


 これをサポートしてくれるのが、錬金窯の出力維持と継続能力。

 例えば加熱で80度の温度を維持したい場合、術を発動してその温度までコントロールしておけば、後は別のスキルを使ってもその状態を維持してくれる。これは付与魔術エンチャントで言うところの出力調整機能と同様の物だ。

 この能力があるおかげで、錬金術師は錬金窯の中なら複数の術を適切な強度で行使する事が出来る。


「標準的な錬金窯の術維持数は3つ」


「はい。どの窯もそこまでは出来ました。規定サイズの物は術維持数が4つの物、それから耐熱温度が8000度相当と思われる物までは作れるようになりました。今はそこが限界です」


「十分凄いと思うよ」


 標準的な窯だと4~5000度くらいまでしか耐えない。そこまで上げるにはINT500、つまり2次職後半のステータスが必要で、普通の錬金術師じゃ届かない過剰性能なのだ。

 俺が今本気でやると2万度を超える計算だが、さて、ほんとにそこまで行くのかな。ビットの操作が一定数以上できなかったのと同じで、無理そうな気がするんだよな。


「おちょこサイズでも3つの維持が可能なら、それで試すことが出来るね」


 一番小さな錬金窯の一つを手に取る。合わせて使うのは対物ライフルの砲身だ。


「錬金窯に試験空間ドラフトチャンバーを発動。これで内部から熱や光、気体が漏れ出すのを防げる。それから中に圧縮を発動。発動時の条件で流入する空気は抑制しないようにしたから、空気が圧縮され続ける」


 今回は空気の移動を許可しているから、圧縮を解くと外から入った空気はあふれ出てしまう。


「圧縮すると必然的に窯の中の温度が高くなっていく。試験空間ドラフトチャンバーで熱と光は逃げないから、中のエネルギー量は変わらないはず。えっと、エネルギー量は圧力×体積だっけ?」


 想起リメンバーを起動しながら物理の知識を思い出していく。


 一番小さなこの窯内部の体積を3センチ×3センチ×3センチで27立方センチメートルとして……エネルギーの単位は立方メートルだから……10万気圧まで高めて2.7ジュール?

 ……ほんとか?10万気圧って1平方センチメートルに100トンの力がかかるんだぞ?

 2.7ジュールって270グラムの物質を1メートル持ち上げるだけのエネルギーよな?体積が小さいからって、いくら何でもエネルギー量少なすぎない?


 ……きっとどっか間違ってるな。

 そもそもいくらINTが高くても10万気圧まで高め……られるのか?圧縮の効率ってINT1当たり1気圧じゃないよな?……ダメだ、詳細な倍率の情報が集合知に無い。物質によって違うから定式化を諦めたな、畜生め。


「ワタルさんっ!詰め過ぎです!熱が!」


「うわっ、えっと、圧縮を止めて減圧!」


 熱可視化サーモグラフィーで見た錬金窯の中は真っ白になっていた。


「……こんなもんで良いかな」


 熱の問題がありそうなので、とりあえず200度にならないくらいの所まで減圧する。

 バーバラさんの造ったこのおちょこ型錬金窯の耐熱性能が分からないから、あんまり高温は怖い。圧を解放する際には圧縮も試験空間ドラフトチャンバーも解除する。解放された熱と圧力で窯が吹き飛ぶリスクは避けたい。


「砲身を重ねるから、固定をお願い」


「はい。変成トランスミュートで包みます」


 錬金窯が砲身の根元に来るように重ね、変成トランスミュートでとつなげた錬金窯を包み込む。使うのはチタン合金。なんちゃって組成だが、これが一番強度が高いはず。

 錬金窯本体に対しては変成トランスミュートがかけられないので、包み込むようにしてもらう。一時付与インスタントで耐久力強化も掛けておこう。


「弾を籠めますよ」


 砲身の先端から弾丸を淹れる。砲身の中の空気を押し出しながら、銃弾がそこまで落ちて音を立てる。

 根元は少し細くなっているので、錬金窯の手前で止まったはずだ。


土人形クレイドール……人形の腹に埋め込んで……壁の方を向けるね。前に立たない様に」


「はい。的はどうしましょう?」


「……念動力で浮かべた水を2倍圧縮して、その奥に盾を張ろう。念動力で水を浮かべるから、圧縮をお願い」


「わかりました」


 バーバラさんと協力して、砲身の正面に30センチ角、奥行き1メートルの水壁を生成する。盾は……人形経由で張るか。


「準備OK?」


「はい、こちらも大丈夫です」


「んじゃ、タイミングを合わせて解放するよ。3,2、1、Go!」


 解放すると、ぽしゅっと気の抜けた音と共に弾が飛び出し、ぽちゃんと水の中に飛び込んだ。


「……思いのほか弱いですね」


「……ちょっと待って計算しなおす」


 水壁と人形を解体してから、紙とペンを引っ張り出して想起リメンバーを使う。

 多分、求めるべきは気体のエネルギーじゃなくて、弾を押し出す仕事量。ええっと……仕事量は圧力と体積の変化量? 想起リメンバーも集合知も便利だけど、答えを教えてくれるわけじゃないんだよな。


「……ん~……おちょこだと体積が多分足りない」


 小型の標準錬金窯を使ってもう一度。

 温度で圧力を併せて試すと、さっきよりは速度が出た。ただ、思ったほどではない。


「ん~……ああ、体積が増えても砲身が伸びないから頭打ちなのか。弾が重いからキツイ? 後は圧力を上げるしかないか。この計算式だと圧力が倍になって仕事量が倍、それで初速は……ルートがかかるのか。……よし、油を足そう」


 気圧と仕事の計算は面倒すぎる。砲身の長さが仕事量に利いて来ちゃうし、そもそも質量が小さいから仕事量が少ない。

 おちょこサイズの錬金窯に戻して、その中にオリーブオイルと空気を増せて圧縮。加熱で温度を上げて、撹拌で空気と混ぜ続ける……。


「これで多分解放と同時に油が燃焼して、弾を押し出してくれるはず」


「……大丈夫でしょうか?」


「5気圧位だと思うから平気だと思うけど……まぁ、何事も実験」


「一応防音を使っておきましょう」


 バーバラさんが防御魔術を展開して準備完了。

 念話を使って合図を送る。


『3,2,1……Go!』


 解放した瞬間、光と音と熱と共に弾丸が飛び出し、水壁を貫いて盾に衝突する。

 ……うへぇ。


「途端に威力が上がりましたね」


「やっぱり燃焼は凄いな。空気だと加熱してもここまでは行かない。砲身と窯を確認してみよう」


 土人形を解体して、砲身を取り出す。

 熱を帯びてはいるが、砲身自体は問題なさそうだ。窯を包んでいたチタン合金も形状を保っている。


「……錬金窯はダメですね。熱と衝撃で術式が吹き飛んでいます」


 錬金窯は衝撃耐性を重視していないからなぁ。


「耐えられなかったか。直せる?」


「材料に戻して新しく作り直さないとダメですね」


 むぅ……錬金窯を作るのはそれなりに時間がかかるはず。一発でおじゃかにしていては意味がないな。


試験空間ドラフトチャンバーを維持したままなら耐えられると思うのですが」


「それだと解放出来ないからなぁ」


 オリーブオイルの燃焼でも圧縮と加熱で銃の再現は出来るけど、窯の耐久力を越えてしまって難ありと。

 それでも一つ進んだか。もう少し錬金スキルを調べてみよう。


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高校物理は難しいですね。描写するか迷いましたが、せっかく書いたのでそのままです。

魔力の作用として『どこかからエネルギーを持ってくる』事は可能ですが、熱力の第一~第三法則を始めとする物理法則は成立します。これら科学式は錬金術師系の上位職である物理学者や化学者の『知識』で科学式が共有されていますが、戦力としては魔術・スキルの方が簡単かつ有用なため、あまり研究されていないという経緯があります。


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