第424話 修理した鎧を受け取った

 翌日も湖で試作品を試していると、昼過ぎごろに鍛冶師のムネヨシ氏がやってきた。


「またけったいな事をしてるな」


 水しぶきを上げながら人形が湖に墜落しているのを見て、あきれ顔を浮かべている。


「何事も試行錯誤ですよ」


 昨日と違って人形は木製、俺の体重と体積を考慮した者になっている。

 さらに言えば、墜落させないアイデアは見つけており、落ちているのは自在に動こうとした結果である。

 それを証拠に、人工島を回るレースをしていたアーニャとバーバラさんが、水面を切る様に疾走しながらこっちに戻って来る。二人が跨るのは端的に言えばバイクのような代物だ。ただしタイヤは無いし、浮いているし、似ているのは流線型のフォルムくらいだろうか。


「これ楽しいな!」


「髪がぼさぼさになりますけど、風が気持ちいいですね」


 うん。好評なのは良い事だ。


 試作したのはフローティングバイクと呼ぶべき物。バーバラさんが作ってくれたスラスターを推進力に、俺が永続付与した浮遊フロートで地面や水面から10センチほど浮いて装甲する魔道具だ。


 浮遊フロートは機動に60、1分間にも60のMPを消費する燃費の悪い魔術。

 パッシブスキル『MP消費削減Ⅰ』『MP消費削減Ⅱ』のおかげで、それぞれの消費コストは43.2まで減っているが、それでも消費は重い。そして何より浮くだけだ。


 強風ラフ・ウィンドをベースに作ったスラスターは、俺が使うとおおむね3分で1。面積を絞って効果時間を延ばし、アーニャが解析した術式をベースにバーバラさんが出力調整を行って風速を上げてあり、少ない魔力で大きな効果が得られるよう元魔術を改造してある。吸気、排気機構が間に合わせなので、まだまだ改善の余地もある。

 ただ、コントロールが難しくこれで飛ぼうとするとえらいことになる。


 そこで2つの合わせ技で作ってみたのが、丸太切り出しのフローティングバイク。

 車体を浮遊フロートで浮かせ、強風ラフ・ウィンドスラスターで推進力を得る。車体にはMP300分のタンクを装備し、およそ5分半の浮遊走行が可能。スラスターは手動制御する必要があるので搭乗者の魔力で進む。地面の抵抗が無く、強風ラフ・ウィンドの風速が上がっているので結構な速度で走ってくれる。縮爆風バースト・エアの急加速でも砕けないおまけつきだ。


 二人は浜にバイクを止めると、MPタンクである魔結晶を入れ替えて再び走り始めた。

 今度は障害物があるコースに行くようだ。


「あれも、玩具としては良いんですけどね。実際戦闘に使うとなると色物過ぎて」


 浮いているとは言え、余り悪路には強くない。急減速が苦手なので、地形か魔物にぶつかって砕ける未来しか見えない。

 それにタンクを使ってもMP消費が馬鹿にならない。最低ラインとして30分の戦闘で俺の最大魔力の1割、300程度の消費に抑えたい。維持コストだけなら5秒でMP1消費。浮遊フロートを使うと3倍以上なのでお話にならない。


 浮く、と言う手法は不整地には強いのだが、踏ん張りが効かなくなる分デメリットもある。敵も味方も反応速度が人間を超える以上、生半可な物では無駄コストになるだけだ。


「なるほど。ってーことはアレはその改良版か?」


「ええ。浮遊や飛行を使わずに飛ぼうとしているのですが、これがなかなか」


 浮き上がった人形が、水中からはじけるように飛び出だす。その姿は機械的な羽の生えた人だ。


 今操作している人形には、バーバラさん作の縮爆風バースト・エアスラスターを改良した加速装置、強風ラフ・ウィンドスラスター、それに錬金術の圧縮を使って作った使い捨てボンベを装備している。

 直接縮爆風バースト・エアを受けると人体が耐えられないので、鎧を模した金属板を身体の前面に設け、そこに縮爆風バースト・エアをぶつけて鎧全体を引っ張る形で加速する。ヨットやパラグライダーみたいな構造だが、鎧とボディの間の空間はおよそ二ミリほどであり邪魔にはならない。背面まで回した外骨格機構によって身体全体で加速することで加速の衝撃を軽減する形になっている。


「さらにですね、背中に見える翼のような機構は、ジャイロを使って常に一定の角度を保つように調整してあります。羽根の間にはスラスターが6問設置されていて、脚部と合わせて計8問のスラスターで飛びます。追加で腰部に使い捨て圧縮推進装置が積んでありますが……」


 ジャイロのおかげで若干安定はしたが、重量と余分な抵抗が増えた所為で加速が今一。さらにジャイロの所為で小回りが利かず、縮爆風バースト・エアの加速ですぐにバランスを崩して墜落する。

 電子機器では無いので湖面に落ちて濡れても問題は無いが、生身で試してみようという気にはならない。


「ビットにスラスターを付けたのは正解だったんですけどね」


 サイズと速度を絞ったスラスターを付けることによって、マルチコプタータイプのビットは立体的な機動性能が向上した。また、ウィングビットも最高速、加速力を上げることが出来ている。ただ、その分MPの消費が大きくなっていて、現実的に使えるかどうかは微妙。

 コスト度外視の試作品って所かな。


「自在飛翔と同程度には飛び回りたいんですけどねぇ」


 空中で一回転させようとしてバランスを崩し水面に落ちる。

 スラスターの出力が5段階しかないから細かい出力調整が出来ないし、ジャイロで安定性を高めたから小回りが利かない。速度は出るがあれじゃ飛ぶ的だ。


「ところで、何かあったんですか?」


「ん、ああ、そうそう、鎧の修理が終わった。そいつを言いに来たんだが、うっかり忘れる所だった。」


「ありがとうございます。今から取りに伺っても?」


「ああ、問題無いぞ」


 墜落した人形を浮上させ、その足でムネヨシ氏の工房へ向かう。

 頭上を飛びまわるそれがどうも注目を集めていたようで、工房に着くころには取り巻きが出来ていた。


「好きに見てていいですけど、そんなに珍しいですかね?」


「そもそも飛行フライがあるのに、それ以外で飛ぼうって発想が無かったからな。みてみ」


 そう言ってムネヨシ氏が上を指さす。

 白く輝く天井付近に、小さな黒い点のような影が見えた。


「お前さんが気球と呼んでた浮遊機械だ。最近の流行だぞ。外に持って行けないから、仕方なく中で飛ばしてる」


「あれ、人乗ってるんですか?天井ぶつかりません?それにまぶしそう」


「まぶしいのが一番の問題だな。天井は問題無い。斥力が発生して止まるから、ぶつかる程近づけん」


 コクーンの天井は魔術で時間に応じて輝いているが、一定より上には行けないらしい。

 かなり巨大で複雑な魔導回路が書かれているとか。龍脈を通じて対流する魔素を収集していて、個人の能力ではどうにかするのは不可能だと言われた。壁も同じように強化されているのだが、天井は特にその強化が強固なのだそうだ。おかげで崩れることが無い。


「それで、ほれ、パートナーがお待ちかねだ」


 そう言って指さされて鎧掛けには、フルフェイスのヘルメットがぽつんと置かれていた。


「……鎧は?」


『ついに身体全部を収納できるようになりました!』


『おお……それで頭だけ残したの?』


 それだと俺、顔だけは常に隠してる変な人なんだけど。ハシビロコウじゃないだけましだけどさ。


『まだ頭をしまうと外が見えないんですぅ』


 なるほど。もともと付喪神に目は無いが、鎧という形式を取ってるせいで人の感覚に縛られているのだろう。


「調子はどうだ?」


『はい、バッチリ万全です!』


「いいみたいですね」


 弥生たちはまだ他の人類と会話が出来ない。

 こればっかりはゆっくり経験を積んでいくしかないらしい。


「そいつは良かった。思いのほか成長が早いから、今回の修理にはルチル魔鉱アダマンタイトをメインに、魔導純金ヒヒイロカネ魔導白金オリハルコンわずかにだが添加した。これまでより魔力の通りが良くなっているはずだ」


『はい!身体が軽いです!』


「身体が軽いって言ってますが、効果は反応速度の向上とかですか?」


「そうだ。転じて、盾なんかの密度を高めることが出来るはずだ。それで防御力も向上する」


「ほほう……手ひどくやられたボガードの剣も防げますかね?」


『頑張ります!』


「……模造品とは言え、選定の剣とやり合ってあの程度の損傷ですんだのが驚きなんだがな。そこまでは期待せんでくれ。3次職相当の術や武具は極力当たらない事に努めるべきだ」


 ゴブリンの王剣と奴が呼んでいた武器は相当強力な物だったらしい。

 2次職用の装備で対抗できるものではないし、付喪神化して居なかったらヤバかっただろうと指摘された。睦月と如月が切り結べたのが奇跡らしい。


「わかりました。ありがとうございます。……ところでお代は?」


 ルチル魔鉱アダマンタイト魔導純金ヒヒイロカネ魔導白金オリハルコンは超希少と言われる魔導素材。

 名前通りチタン、金、プラチナの魔素同位体なのだが、基本的に鉱石に含有される希少金属の内の数パーセントという感じで、元の金属からわずかにしか算出しない。

 チタン自体は多量にある素材なのだが、アダマンタイトなぜかルチルクォーツの中にしか生成されず、そのせいで魔導銀ミスリルより希少性がヤバい。


 希少性が高くてあまり研究は進んでいないのだが、魔導銀ミスリルより魔術回路の適性が高いって事で、飛空艇なんかに使われている。冒険者や騎士の武具にも一部使われることはあるが、おおむねは運よく自ら入手した場合に限る。


「そうだな……あれでいい。どうせ鎧に持たせるんだろう?」


 そう言って庭に立たせてある人形の方を見る。


「未完成品ですよ?」


「発想が面白い。ゴーレムの新たな機構にするのもよさそうだ」


 ああ、なるほど。

 確かに発想的には鎧というよりもロボットというか、モビルスーツがベースだし、そっちの方が向いているか。


「構造が分かれば改良も出来る。それより、鎧の具合を確かめてやれ」


 ムネヨシ氏に促されて、弥生のヘルムを手に取る。

 頭を淹れる部分が自動的に大きく開いて、俺が被るのを待っている。


 ヘルムを被ると、自動的に収縮してぴったりとフィットした。……昔、こういうヒーローが居たな。


『それじゃあ身体ボディも出します!』


 弥生がそう言うとほぼ同時に、身体に軽い重みがかかる。

 ギュッと引っ張られる感じ出して、ほぼすべての鎧が装着された。変身ヒーローになった気分だが……。


『靴の部分が』


『そこはジャンプしてくれないと出せないですぅ』


『……変身ポーズでも取るか』


 軽くジャンプすると、瞬時にグリーブの靴に入れ替わる。

 出し入れの反応速度が上がっている気がするな。


「ありがとうございます、良さそうです」


「何よりだ。だが、さっきも言ったが気を付けろ。鎧は最後の砦、次に同じようなダメージを受けて、自分の体の方が無事だとは限らんぞ」


「……分かっています」


 これから先、楽な戦いは無いだろう。

 クトニオスでは邪教徒共と本格的に相まみえることになる。まともな人類を相手にするのは、魔物以上に危険が大きい。

 それに中央大陸の奥地ではボガードの様な10万G準ミリオンズ級の力を持った魔物が数多く出てくるだろう。

 3次職になったからと言って楽な戦いではない。


 レベル以上に力を付ける方法を考えなきゃならない。


『これまで以上に頑張りますぅ!』


 俺の考えを読み取ったかのように、弥生がそう宣言したのだった。

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 タイトルがマジてきとう。毎回つけるのに悩みます。


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