第422話 渇望者たちの行方

□死の大地・西部□


アマノハラでの工房から数時間後、ヨモツ城塞から東に十と数キロの地点。

アマノハラで転職モニュメントのコピーに成功したクロノス王国騎士団、アース狂信兵団の混成部隊は、ワタルたち渇望者たちクレヴィンガーズを殿としての撤退に成功し、待機中の部隊と合流を果たしていた。

騎士団が息つく間もなく撤収作業を進める中、第三王子であるミハイルのために用意された天幕の中で、彼は狂信兵団団長であるジェイスンを通じて、殿を務めたワタルたちからの言伝を受け取っていた。


「……合流しないとは……どういう事ですか」


それは彼らにとって、予想だにしていなかった話である。


「言葉通りの意味です。渇望者たちクレヴィンガーズとワタル・リターナーが使役する亡者たちは、アマノハラから出撃する魔物たちを引き付けたのち、こちらとは合流せず敵の撹乱を行うとのことです。彼らを待つ必要はありません」


「4人でですか!?」


「亡者もおりますよ」


「ワタルさんのMP次第でしょう?いくらなんでも無謀です!ヨモツ、アマノハラの敵勢力が少なくても、南に居た敵の本体は既にこちらに戻ってきているのですよ。我々と戦うために準備を整えた1万を優に超える魔物の群れです!……無事に済むとは思えません」


「もちろん、正面切って戦うつもりは無いと聞いています。ただ別ルートで脱出するから心配しなくていいと。負傷者を抱えた我々がここで待機していても、敵の本体が戻って来ればやられるだけです。目的であったコピーは2つ、無事に作成する事が出来ました。我らが首領の言葉を信じて、速やかな撤退を進言いたします」


「っ!」


「殿下、彼らの言う通りです。ゴールドスタイン卿が倒れた今、戦力は半減、追われる側になった我々は攻める側の利点を生かすことも出来ませぬ。彼らが合流するつもりが無いのであれば、速やかに引くべきです」


「……アリッサ!」


「……申し訳ありません。見失いました」


天眼通を用いて周辺を監視していたアリッサに声をかけるが、すでにワタルたちを見失った後であった。もとより影渡りシャドウ・トリップなどで広範囲の移動をされてしまえば捕捉は難しく、それでなくとも魔物たちとカトプレパスを同時監視している状態で、練度の低いアリッサが追い続けるのは無理があった。


「……わかった。撤退準備が整い次第出発だ。……あなた達は残るとは言いませよね?」


「殿下たちを護衛し、成果を王国へ持ち帰るよう頼まれておりますので」


クロノス王国第三王子・ミハイル・G・クロノスが指揮した旧ザース王国領の聖地奪還作戦は、二器複製品入手と、ゴブリンの王ボガード討伐という結果で幕を閉じた。アマノハラの攻防にて十数人の死者を出したものの、200人足らずの新生騎士団が上げた戦果としては破格であり、ミハイルの思惑とは裏腹に、クロノスでは封魔弾とコロッセオパワーレベリングによる戦力強化が進められていくことになる。

更に複製モニュメントによって、これまで明らかになっていなかったいくつかの2次職、3次職が発見され、中央遠征に向けた動きは一層加速していくのだった……。


………………。


…………。


……。


□ヨモツ城塞□


「……一体どうなっている」


半壊したヨモツ城塞を見上げて、3面6腕の鬼神はその顔をしかめた。

2万の戦力をまとめ、南回りを取るであろう王国騎士団を迎え撃つため布陣をしていたところ、背後の城塞を保険のカトプレパスに強襲され、騎士団に突破されたと一報があったのが二日前。

急ぎ戻ってみれば、前方を瓦礫の山と化したヨモツ城塞は、後方を瓦解した土石流に飲み込まれ、一帯は有様を大きく変えていた。


「城塞に残っていた同胞はほぼ壊滅、後詰めに派遣されていたボガードも死に、残ったお前だけと」


「はい。アマノハラの方も魔物は半減、復旧をさせるにも人類が足りません」


アスラと呼ばれる鬼神に報告をしていたのは、老齢に見えるゴブリンの術師。歳を取らない魔物は、しかして年を重ねたことを装うことで、その知恵と力を増加させる。そうして彼は10000万G級オーバーサウザンツに至り、唯一ヨモツ城塞に残りカトプレパスの対処に当たった生き残り出会った。


「敵は?」


「アマノハラ強襲後、数時間で撤退。3日ほど前に地鳴りを観測しております。おそらく東に向けて遁走したものと思われます。カトプレパスが一瞬気にするそぶりを見せましたが、今は寝床に戻っております」


「……逃げたと言えば聞こえはいいが、目的は果たしたのだろうな。追跡は出さなかったのか?」


「アマノハラからこちらに向かう道が崩落しておりますので……下るだけなら出来るものも居ますが、人手が足りませんでした」


今からでも追いかけるべきか。一瞬頭に浮かんだその考えを、アスラは首を振って否定する。

人類の少ない荒野に打って出るのは得策ではない。人の生活圏から離れたエリアを進めば、ほとんどの魔物は力を失って烏合の衆と化すだけだろう。


「それに……騎士団が撤退を始めてしばらくのの間、アマノハラからこちらへ下る坂の手前で足止めをした者たちが居りました」


「……なに?」


「人数は50名ほどでしょうか。生者では無い者が多く混ざっておりましたが……ボガード様を倒した奴もその中に居りました。そ奴らに追撃部隊が阻まれ、即座に追いかけることは出来なかったのです」


「本体を逃がすための決死隊か?……いや、ボガードのやつを倒せるほどなら、そんな使い方をするとも思えんが……そいつらはどうした。捕まえたか、それとも始末したか?」


「それが……逃げられました」


「………………ここには無能しか残らなかったのか?」


3本の腕がそれぞれの眉間をもむ。

本隊に逃げ切られたのはともかく、消耗した足止め部隊すら満足に相手に出来なかったのは予想から逸脱していた。


「否定はできませぬ。索敵網は半径1キロ以上の範囲で展開しておりました。それでも足取りがつかめておりませぬ」


「術師か。足跡がつかめないとなると影渡りシャドウ・トリップか」


高速移動スキルの中には広範囲を移動する術が、転送先が全く追えないとなると思い当たるのは一つだけだった。


「3次職の術師……場合によっては4次職か。ボガードの死に様は分かるか?」


「王の剣で切り結んでいるさなか、太刀で袈裟懸けに両断されました」


「……術師では無いのか?」


「複合職でしょう。山道を崩したのも、ボガードを倒した二刀使いの様でしたので、おそらく魔術師の50レベルを突破し、魔剣士から上がった3次職に上がった者かと思われます」


踏み出す者アドバンスというやつか。相手の名は分かっていないのか?」


「残念ながら。全身甲冑で、タコの足のようにうねる長いアームや、鎌きりの前足を模したと思われる鋭い刃のついた足を用いて八方から襲い掛かる同胞をちぎっては投げしておりましたが……」


「……ほんとに人類か?」


「ゴーレムなどではなく、中身が居たのは間違いありませぬ。しかし、あのような戦い方をするものは記憶にございません」


「ふむ。……しかし戦い方を考えれば、影渡りシャドウ・トリップを使える職ではなさそうだな。そうなると4次職相当のINTの持ち主がもう一人いることになる。王国に居る四次職は把握済み。となると最近踏み出す者アドバンスとなった者と思われるが……」


「一次職でそこまで能力が上がるものなのでしょうか」


「わからん。だが想定外の戦力で足止めをくい、そいつらに逃げられたという事実は変わらん。ところで生者では無い者とは?」


「おそらく死霊術かと思われます。脱出に携わった術者そやつかと」


「死霊術か……昨年、クーロン侵攻直後にウォールを攻めた部隊が敗北したな。その時、ルサールカの部下が死霊術師と相まみえたと聞く。確か……ワタル・リターナー。最初の踏み出す者アドバンスだ。確か極めし者マスターと呼ばれていたか」


「不可侵と指示が出ていた冒険者ですな。なるほど……可能性はあると思います」


「そうなるとボガードを倒したのもその仲間……いや待て、先日プリニウスの奴が敗れた時、踏み出す者アドバンスになった者の中にワタル・リターナーがあったはずだ。確か魔剣士……」


「それは……確かなのでしょうか?」


「記録は残しているのだろう。信者共に確認させろ。もし事実だとしたら……」


「ボガード様を倒したのも、アマノハラからの追跡部隊を足止めし、忽然と姿を消したのもそ奴、という事でしょうか」


「全部一人でなどありえぬとは思うが……踏み出す者アドバンス極めし者マスターの力がどれほどの物か分かっておらぬ。本国へ報告資料を優先することにしよう。坂の復旧はその後だ」


「帰還した兵はどうしますか?」


「飛べるものは索敵をさせろ。再度強襲されて信者に死人でも出たら、復旧が著しく遅れる。敵の足取りがつかめるまで、半径100キロ以内は昼夜を問わず重点的にだ。それから、アマノハラから倒された魔物の核を輸送させよ。顕現して長いモノに取り込ませたのち、7割ほど南回りでクーロンに送る。残りはしばらく待機。2割は北回りでクロノスへ送り、ボガード倒れた穴埋めをさせる。残りが個々の警備兵力だ」


アスラは部下たちに指示を飛ばす。

実際にほとんどの仕事をこなすのは、信者と呼ばれる邪教徒たちだ。簡単な物の輸送くらいならともかく、報告書面の作成や土木作業などは生産作業の制約に引っかかる。魔物に出来ることは限られている。


一通り指示を出し終えた後、3つの頭はそれぞれにため息をつく。


「頭脳労働をするものが足らなすぎる。1000G級サウザント級は戦力があっても頭がらたらん。生まれ落ちたばかりの1万G級オーバーサウザンツは経験が足らん……こちらから召喚するモノをコントロールできれば苦労しないものを」


ため息とともに頭を振り、部下の中から強化に値するものを選定する作業に取り掛かる。

その後2週間にわたってヨモツ城塞周辺には、飛行する魔物の偵察部隊が飛び回ることになるが、そこからワタル達の足取りを掴む報告が上がることは無いのだった。


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ちょっと仕事が立て込んで再開に時間がかかりました。出張と、それに関係ない報告書が同時に積まれていくのはしんどいですね。もうすぐ締め切りなので落ち着くと良いのですが。


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