第421話 死闘終わりて
ボガードの上半身が地面に転がり、俺は倒れ込みそうになるのを鎧に支えらえた。
あちこちに浅くない切傷があり、腹が裂けていて背中も痛い。正直、満身創痍だ。ここまで酷くやられたのはエリュマントスと戦った時以来だろう。
……HPが無けりゃとっくにダウンして死んでたな。
「……ごふっ……あ~あ……負けちゃったよ」
足元に目を落とすと、袈裟切りに分断されたボガードが血を吐いていた。
「てめぇ……まだ……」
魔物は死ねば即座に動きを止め、光の粒子となって消える。
消えていないって事は、まだHPが尽きていないって事だ。
「ああ、気にしないでいいよ。キミの勝で、オイラは直に消えるから。ちょっとだけ特別なんだ」
ボガードはそう言って、身体に残った片腕を掲げると、周囲に淡い光が広がった。
……身体の痛みが……消えていく?
血が止まり、腕の、腹の傷がふさがり再生していく。これは……。
「……
「……リソース節約の為だろう」
倒せない魔物に価値はない。刺し違えて死んだら、魔物の力の根源たる“価値ある物”を得られない。
だから『自分を殺した相手を癒す』と言う条件を付けることで、価値以上の能力を引き出した。プリニウスがやった『敵が少ないと能力が発揮できない』という制限と同様のものだろう。
「はは……そうかもね。……生まれてから100年以上……こんなに楽しい事は無かったよ。後は……生きて語り継がれてくれよ、英雄」
ボガードの瞳から光が消え、その身体が光の粒子となって風に舞う。
……好き勝手言って死にやがった。
後に残ったのは、アーニャのスキルによって宝箱に偽装されたドロップ品と……あ、ゴールドスタイン卿が湧き出てきた。
「……締まらねぇ」
周囲を見渡すと、ボガードの命でアーニャたち三人と戦っていた魔物たちがこちらに向かって来ている。
気を失っている戦神を
『睦月、如月、弥生……大丈夫か?』
『……うちはあかん~。もう一週間くらい寝ておきたいわ~』
『お姉ちゃん、大丈夫?私はまだいけるよ』
『さっきので少し回復しましたがボロボロです~。背中が裂けるかと思いましたぁ』
睦月はスキルの使いすぎ、弥生は受けたダメージが大きい。
回復魔術は付喪神にも効果があるのか、弥生に刻まれた小さな傷は回復したものの、蛸足3本、蜘蛛足2本失っていて、斬られたところが裂けてひしゃげたままだ。身体に刺さるパーツは収納してもらったが、おかげでかなりちぐはぐな様相になっている。
俺自身は、HPもMPも全快だ。MPまで回復してくれるとはね。
『みんな問題無い? アリッサさん、闇払いの解除を。ボガードを倒してゴールドスタイン卿を救助しました』
共有された索敵スキルで各々の位置は分かる。
ボガードの指示通り、3人は完全に足止めされてるな。のこりは強くても精々1000G前半の魔物しかいないが、足止めと防御に徹すると質が悪いか。多重
『こっちは大丈夫です!』
バーバラさんからの応答。助けに行きたいが……魔物たちがゴールドスタイン卿を狙っている。先に動くと手数で負けるな。
『すいません。見ていました!今解きます!』
アリッサさんからも応答あり。カウントダウンを依頼して、こちらを取り巻く魔物を警戒しながら、
『……2、1、解除!』
「
俺を取り巻いていた魔物もスキルを発動するが、タイミングがちょっと遅い。
攻撃が到達するタイミングでそこにあるのは残影だ。視界が切り替わり殿下たちの真横に出る。
「おお、リターナー殿!見ておりましたぞ!」
「すごかったです!あのゴブリンの王と一騎打ち!」
「賞賛は後ほど。ゴールドスタイン卿のHPが0になって死に掛けです。治療はしましたが、狙われたらひとたまりもありません。保護をお願いします」
HPが0になると、単なる回復魔術で傷は癒せてもHP自体、つまり神の加護は復活させることが出来ない。
「ボガードは倒せましたが、状況は悪いです。後方を蹴散らします。攻城が進展しないようなら、撤退の御決断を」
「っ!……ここまで来てですか」
「最大戦力のゴールドスタイン卿が倒れ、アマノハラを攻めている騎士も損耗しているはずです。MPの不足は如何ともしがたい。引き際を誤っては被害が……」
『殿下!オロジナルのコピー!果たしました!』
『首領!こっちもだ!だが罠だ!広場を維持できる状況じゃない!』
いいタイミング!
「殿下!」
「はい!全員転進!死の大地まで下がる!』
「では、俺は背後を空けます!」
ヨモツ城塞から来た魔物たちは残り300を切っている。強力な魔物も居ない。一気に片を付ける。
『皆、撤退準備!大きいのいくから、耳をふさいで衝撃に備えて』
非難を聞いている余裕は無い。こっちで勝手に当たらない様に調整するしかない。
「……
20体の土人形が戦場に生み出される。いくつかは
「
生き残った土人形を起点に、石礫を伴う旋風が戦場を覆う。ひと手間多いが、代わりにコントロールが容易になる。戦場の敵を満遍なく張り付けにするこれも目くらまし。いくらINTが高くても、1000G以上が混じる戦場では初級スキルで大きな効果を得るのは難しい。しかし、時間が稼げればいい。
幸いMPは全快した。人形と
「刹那に轟く白き光炎。石火に轟く黒き熱風」
「祖は始まりたる焔なり。礎は満ち満ちたる大気なり」
詠唱に伴って魔力が揺らぎ、収束するのが分かる。上級魔術はこの時点で神々の世界とつながるのだな。
「原初に在りし偉大なるモノよ。焦熱を司りし
詠唱に気づいたアーニャたちが、あわててこちらに向かってくる。
魔物の共も気づいたようだが、もう遅い。
「
合計5つの圧縮された業火が弾け、辺り一帯を吹き飛ばす!
『地形が変わっちゃってるよ!』
『加減をしてください!加減をっ!』
『しっかりHPが削れたのである!』
術の範囲からギリギリ逃れた3人からの非難を聞き流す。
……ああ、アーニャのスキルで守られたドロップ品がゆっくり降り注ぐ。空から宝箱が降って来るのは幻想的だなぁ。
『とりあえず、退路は確保しました』
MP全回は素晴らしいね。これだけ派手にやってもまだ7割MPが残ってる。
そして背後に居た魔物は消し飛んだ。
『……見ていました。道は残っているのでしょうか?』
『先人は道なき道を進むものですよ』
『帰り道なのですが……』
大丈夫。瓦礫の山になってるけど、その分なだらかにもなったから。
『ちょうど左側に瓦礫を登れば、大回りでヨモツ城塞を迂回できます。殿は我々と亡者部隊が努めます』
殿下のスキルでアマノハラの様子が手に取るようにわかる。
魔物の群れに追い立てられる形で、深くまで侵入していた部隊が戻って来る。転進の判断が早かったおかげで多少は余裕がありそうだ。そして戻ってくるまで数分かかる。
『……今のうちにドロップ品を回収できるだけ回収しちゃおう』
宝箱化するアーニャのスキルは、マジで乱戦で有用だ。
相反する性質の素質を持たなきゃならない盗賊騎士はレア職と聞いていたが、スキルは痒い所に手が届く。
『……節操がないであるなぁ』
『ボガードのドロップとか回収必須ですし』
生身の人間だったらその時に考える。たぶんジェイスンさん達に託せば、抱えて走ってくれるだろう。
そんな他人任せな対処法を考えていたが、幸いにも人が核となった魔物は居ない様だった。
魔物側の陣地で、奴隷があまり価値が無いからかな?
『ボガードのドロップ回収しました。大量の金貨と……おそらく魔物の素材などがいくつかです。ほかの細かい魔物のドロップは拾い切れませんが……』
『了解。致し方ないね。アーニャのスキルの効果が切れたら魔物が回収しそうだけど、こればかりは諦めよう』
そうじゃなくても、回収に邪教徒共が出てくるだろう。
倒した者の占有権なんてものは残念ながらない。全部開封している余裕も無いから、焼き払う事も出来ないし、あきらめが肝心。
そんな事をしていると騎士たちの先陣?が殿下たちと合流。
狂信兵団のメンバーも撤収してくるのが見えた。
『ジェイスンさん、首尾は?』
『俺達は問題無い。負傷者は居るが全員健在。コピーの一つはダラセドが持っている』
『了解です。予定通り、このまま撤収してください。殿下たちのこと、それから国に帰った後の事はお願いしますね』
『面倒毎を押し付けてくれるな』
『分業ですよ、分業。よろしくお願いします』
狂信兵団、それに騎士団撤収しきる。負傷者もいるようだが、回復は可能だろうか。
最後尾を護るのは亡者たちだ。魔物を倒すことでMPが回復する彼らの仕様は、消耗戦になりがちな撤退戦でも有利に働く。しかも多少のダメージなら怯まない。何せ死んでるからな。
部隊の転進を確認して、殿下たちが後退を始める。
『ほんとに任せてしまっても大丈夫なのですか?』
『ええ、任せてください。私の代理はアース兵団のジェイスンさんに任せました』
『……ボガードを倒されたワタルさんにかける言葉では無いですが……お気をつけて』
殿下たちが通り過ぎ、最後に亡者の皆さんが城壁から出て来る。
『さて、最後の一仕事、皆、気張って行こう』
城壁から飛び出してくる亡者たちに続いて、魔物の群れが再度こちらへ向かって押し寄せて来るのだった。
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新作書いていたら思いのほか時間を使ってしまいました。
あくまでメインはこっちのつもり。一息ついたのでまずは週一くらいのペースに戻します。
ちょっと中ダレしてる気がするけど、このままクトニオス攻略だ~。
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アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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新作の現代ファンタジー始めました。集中投稿で1章完結済みです。
断絶領域の解放者~沢渡久遠と不思議のダンジョン~
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