第410話 強襲

『よしっ、釣れた!動くよ!』


こちらの合図に従って、メルカバーが速度を上げる。

土人形を追いかけるカトプレパスの動きは予想より早い。これは気を抜くとあっという間に追いつかれるな。

人形より離れている車両は今の所は安全だが、準備した核が足らなくなったらこいつで引っ張らなきゃならない。


『あんな小さいエサで良く釣れるな』


『天然鉱石で人造魔石ほどの魔力密度のものはそう無いからね。良いデザートだよ』


希少な素材はあれど、あくまで人が加工してこそその能力を発揮するのだ。

だからこそ、ロックドラゴンはそれを求めて人を襲う。金属を食料とできる生態のやつらにとって、2次職以上の物が身に着ける金属武具やゴーレムはたまにしか食べられない美味しいごはんである。


「ゴーレムで腹が膨れて居なけりゃいいけど……心配なさそうだ」


カトプレパスの歩みで砂煙が上がる。荒地で跳ね回る車輛の上に居ても、その振動が伝わって来るように感じるのは気のせいではないだろう。いったい何トンあるのか。そしてその身体の重さを感じさせないほどに動きが早い。

操る人形は造詣が適当。サイズはデカいが重さを抑えるために上半身は不釣り合いに細い。頭には核が半分むき出しで埋め込まれていて、能面の不気味さが際立っている。


まぁ、ディティールなんぞあいつの食い気には影響しない。


「ちっ、思いのほか早い。なんでそんなにダッシュできるんだよ」


思わずぼやきが出る。誰だよ、持久力ないって言ったの。

カトプレパスの噛みつきを横っ飛びで避ける。もうちょっと余裕をもって距離を取れると思っていたんだけど……。


そんな事を考えていた次の瞬間、カトプレパスの石礫ブレスによって土人形の下半身が吹き飛ばされた。

……うっそだろ?

あの巨体で首だけ向きを変えて、ノーモーションノーチャージのブレスとか有りかよ。モ〇ハンでそんなモーションしたらクソゲー認定されるぞ。


身体を再構築する間もなく、頭に食らいついたカトプレパスは上手そうにコアを咀嚼する。

……腹がいっぱいに成らない事も祈るか。


「……土人形クレイドール!」


次の人形を作成し、カトプレパスの注意を引く。あれを入れて残り10個。

今のペースで間に合うか……。


『リターナーさん、状況はどうでしょう』


暫く走らせたところで、ミハイル王子から念話が入る。


『予定より速度が速いです。日が落ちる前に砦にぶつけることになりそうですね』


夕闇に紛れて砦を襲わせる想定で時間を見積もったけど、日没前には砦からの視認範囲に入るだろう。

本当なら俺達は見つからないのが理想だけど、さすがにそれは望み薄か。


『こちらはおとり部隊と合流できました。目標の20キロ手前まで移動を開始します』


『了解です。カトプレパスを引っ張らないように低速でお願いします』


狂信兵団の車両も近くまで来ているはず。

こっちも追い込みだ。


『アーニャ、運転は大丈夫?』


『たっぷり寝てたから問題無いぜ!』


良い返事だ。

王子と別れた後、アーニャにはコクーンに戻って休んでもらっていた。ずっと運転を続けていただけあって、この作戦の一つの鍵である。

慣れた手つきで岩だらけの荒地を進んでいく。


「……っ!またやられた」


準備した核は半分を切っている。距離は……そろそろ鷹の目ホークアイで砦が見えてきてもいいころだけど。

巨大な人形を操る場合、多重処理マルチタスクを使っても気が抜けないな。大きすぎて距離感が狂う。人形と自分、双方から見て操作して何とかって所か。メカなんちゃらで怪獣大戦争をするのは辛そうだ。


『王子様のスキル範囲に入ったっ!索敵を共有!砦も見えたぜ!』


『了解。スキル範囲も伸ばせる!楽になるとは限らないけど!』


現在発動してもらっているスキルは2種類。

索敵共有は魔力探信マナ・サーチなどの情報を範囲内に居る人類に共有するスキル。元来は魔力探信マナ・サーチなどには無い“起点と自分の位置”を表現する補助機能も付与してくれて、戦場の全員が索敵情報を瞬時に共有できる。


範囲増加はスキルや魔術の距離条件を延伸する。ミハイル王子は最低レベルの効果だが、それでも倍に伸びる。俺の人形操作ドール・マニュピレイトの範囲は4キロを優に超えた。

能力が高ければ高いほど効率が上がるスキルは、さすがの特殊職である。


これに加えて、おそらく念話延伸のスキルも発動しているだろう。こちらはもっと倍率が良いから、俺のINTなら通信距離が10キロから15キロくらいには伸びているはず。


『王子のスキルは発動コストが馬鹿にならない。失敗したらミハイル王子には魔素ポーションをがぶ飲みしてトイレに籠ってもらうことになるっ!最後まで気を抜かないで行こう!』


『不敬で投獄されますよっ!』


『メンバーに入れてないからだいじょーぶ!』


馬鹿なこと言っている間に人形が吹き飛ばされる。再召喚して、残弾は3つ。だけど目標の砦が見えた。

サーチの範囲に魔物の反応が映る。後5キロ。


『ワタル!魔物も気づいたみたいだ!』


『こんだけデカイものが動いてりゃね!出て来るならそれもよし。さぁ、最後は大盤振る舞いだ!』


残り二つとなった核を取り込んで、最後のゴーレムが砦の目の前に生み出される。

MPは残り半分を切った。タンクは使い切った。ポーションはまずい!


ゴーレムに気づいた砦から魔術が飛ぶ。それを多重に展開したウォールで防ぐ。

残り500……400……300……中級魔術、上級魔術も飛んでくるが、魔術無効化ディスペルで無理やり切り抜ける。MPがゴリゴリ減っている。

近づくだけなら影渡しシャドウ・デリヴァーのに、カトプレパスを引っ張らなきゃならないからワープが出来ない。


そのカトプレパスはもう真後ろだ。


『タッチ!』


そう叫んだ瞬間、人形が崩壊して接続が切れる。

巨大な陸竜がぶつかり、砦の城門が崩れる音が数キロ離れたここまで大きく轟いたのだった。


………………。


…………。


……。


□旧ザース王国西部封鎖城塞・ヨモツ


聖地・アマノハラから東へ約10キロ。

死の大地から湧き出て来る魔獣を抑えるために建設された遺跡とも言っていい城塞は、1000年以上の時を経てなお健在であった。


度重なる増改築によって迷宮と化した巨大建造物を守るのは、1000を超える人型魔物と、調教師テイマーによって使役されるその倍の数の獣・虫型の魔物たちである。

その警備は抜かりなく、周囲一キロの範囲には常時魔術的な索敵が展開されており、疲れを知らぬ魔物たちが常に目を光らせている。


「……とはいえ、こっちに来るとは思えないから暇なんだけどねぇ」


いつも通りの癪に障る声で、ボガードは部屋にいる同僚の魔物たちに向けてぼやく。


「待ち伏せしている軍団からはまだ会敵の連絡はありません。ボガード様の能力で軍に混ざってもメリットは薄いのですから、待たれるしか無いでしょう」


それを部下と思われる魔物たちがなだめている。

ゴブリン、オーク、リザードマン、コボルト、オーガ、それに蝙蝠の羽を生やした悪魔。種族は違えど、みな高い知能と戦闘能力を有した1万G越えオーバーサウザンツの魔物たちである。


「エーデを抜けてクロノスから部隊が進軍をしたのは確実です。まぁ、規模としては三中隊は無い程度ですから、新兵器の性能を見るための威力偵察でしょうが……その内接敵するでしょう」


「我々が出るまでもなく叩き潰せるだろうがな」


クロノス王国が死の大地を越えて侵攻を考えている。

去年の冬から半年で急速に発展を始めたかの国は、装軌車両と呼ばれる移動用魔道具を駆使して活動範囲を急速に広げ、山越えを画策している。そんな一報が入ったのがおおよそ3カ月ほど前。


にわかには信じがたい話であったが、活動にほどんど補給を必要としない魔物にとっては、それが偽情報ブラフであっても大きな支障はない。

クーロン攻めに参加していない予備兵を用いて戦力を増強。能力を維持するため邪教徒達に出張を依頼し、およそ2万の兵力を進行ルートに配置。

この砦の長でもある、ボガードと同じ10万G級準ミリオンズの魔物が指揮を執り、数万Gの魔物も10体以上を配備した。

想定される敵兵力の100倍近くに当たる戦力である。


「あの車両は欲しいからねぇ。鹵獲できるに越したことは無いよね」


過剰に集めた兵力を進行が停滞し始めたクーロンへ回す、という選択肢を取らなかったのは、可能であれば無傷のまま装軌車両とよばれる新兵器を入手したかったからだ。

各地に独自の情報網を持つ魔物たちであったが、神の力によって護られた人類の都市、それも一国の王都から十分な情報を得るのは困難であった。


ボガードや1万G越えオーバーサウザンツの魔物たちの力をもってすれば、王都の周りで演習を行う騎士団を襲撃することも可能であったが……どれだけの被害が出るか見当もつかない。

その上、話に聞く通りのデカ物ならば移動させるのも一苦労だろう。期を伺うしかない。そんな折の遠征である。なんとかうまいことやって、車両を手に入れたい。

そのまま魔物を産み落とす核としても良いし、邪教徒に研究させてもいい。噂通りなら使い手を選ばない高級品価値ある物だ。手ぐすね引いて待ち構えるに決まっている。


「一応陸竜を起こしておいたけど、荒野の真ん中で全部食べられてないと良いよねぇ。全滅でも残骸くらい残ってないかな」


「後1週ほどたっても動きが無いようでしたら、すこし索敵を割きますじゃ」


遠征軍が見つからないと結局暇なままかと、ボガードが退屈そうにあくびをかみしめた丁度その時、警備をしていた部下から一方が告げられる。


『ボガード様、ゴーレムが一体、砦に向かって突進してきます』


『んん?……敵?』


『おそらくは』


『なんだろう。一体?新兵器かな?……魔力反応が大きいな。えっと、どのくらいの?』


『はい。大きさは……20メートルは無いくらいでしょうか』


『……大きいな。え、それこの範囲に入るまで気づかなかったの?』


『索敵の範囲外でありましたし、他に異常はありませんでしたので』


そう返す部下に、ボガードは顔をしかめた。

ん~……急増で戦闘力を優先したから、やっぱり知能が足りてないかなぁ。


『結構早い速度で動いてるね。なんかわからないけど迎撃……ちょっと待って!』


迎撃指示を返そうとしたまさにその時、カトプレパスが魔物たちの索敵範囲に接触した。


『なんかバカでかいの居るんだけど!』


『はい。竜がゴーレムを追いかけているようです』


『見張りはオツムを座に忘れてきたのかな!総攻撃でそのゴーレムを撃破!竜には手を出さないでね!』


「みんな!見に上がるよ!」


そう叫ぶと、魔物たちが一斉に影へと沈んでいく。

そうして砦の尖塔へと飛び出したボガード達が目にしたのは、目の前に迫る巨大な竜の姿だった。


「……ゴーレムが竜をおびき寄せてる。ウォール魔術無効化ディスペル?物理系の魔術じゃなきゃっ」


城壁からの砲撃がゴーレムへの有効打に成っていない事に気づき、嘆く。


「もう遅いですじゃ!ぶつかります!」


ゴゥン!

轟く轟音と共に、砦全域が大きく揺れる。

城壁にたどり着いたゴーレムを、カトプレパスが城壁ごとぶち抜いて捕食したのは、ほんの一瞬の出来事だった。


「グウォォォォォン!!」


その巨体が喉を震わせ、雄たけびを上げる。

そうしてなんとなく物欲しそうにアタリを見回し……魔物たちと視線が交錯した。


『……まずったねぇ』


陸竜・ロックドラゴン・カトプレパスが、次の獲物に魔物を見据えた瞬間だった。

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