第409話 カトプレパス

それは遠目には大地の一部であり、近ければ見上げるほどの巨大な岩山。

一目に生物とは認識できない巨体を軋ませて、大地を揺らしながらゆっくりと進む。

人の力の及ばぬ魔獣、陸竜・ロックドラゴン・カトプレパスとの追いかけっこは三日目に突入していた。


『……でっけぇな』


『…………うむ。山が歩いていると言って相違ないのであるな』


『………………大きさで言えば山陸亀マウンテン・タートルやプリニウスの方がありましたが……それ以上に恐ろしく感じるのはなぜでしょうか』


三人はそれぞれ、陸竜を遠目に眉を顰める。

カールに比べると色は若干薄く、周囲の石礫に紛れるような保護色。鼻先が鋭くとがり、カールとは顔つきが大きく違う。地中で生活するスタイルの影響か、前足も長く似た別の生き物に見えるな。


『まだ2キロ以上離れているはずなんだけど、威圧感は魔物とは比べ物にならないな』


魔物はあくまでも仮の肉体。それは“中身がある”と表現される山陸亀でも変わらない。そこから感じる威圧感、恐怖はスキルによって軽減できるが……魔獣から感じるそれは別物だ。

振動も酷い。装軌車両がガタガタ揺れる。いったい何トンあるのだろうか。


『魔物としての能力を考えれば、10万G級準ミリオンズじゃ比較対象に成らない。数体しか確認されて居ない100万G級ミリオンズの魔物だって、アレと正面からやり合うのは無理だろうさ』


ステータスで表したらどんなもんだろうね。

常時魔術防壁を展開しているような状態で物理攻撃しか効かず、その物理攻撃は一メートル以上ある金属質の外殻に阻まれる。

ゆっくり動いているようだが、それでも時速20キロほどで移動できるし、人の足じゃ追いかけっこは現実的じゃない。

生物を石の様な姿に変える変質ブレスや、カールの使った石砲を有し、しかも山なりに着弾点を予測した偏差射撃までしてくるらしい。


『アレをあたし達だけで残り50キロ引っ張るのかよ』


『そのために昨晩も準備したからねぇ……うまく行かなかったら逃げて仕切り直しだけど』


魔獣の特性を利用した作戦は立てたが、想定通りにはまるかは未知数だ。


『チェニック・ジリング卿、聞こえていますか?』


『もちろんだとも。ずいぶん待ったぞ!』


念話を送ると、すぐに硬い声が返って来る。予定時間通りなんだけどな。


『被害は出ていますか?』


『焚きつけるのにゴーレム3体だっ!1機5万Gはする虎の子がもう半分以下だぞ!こいつを捨てて来た方が良かったのではないかと考えていたところだ』


魔力を食べると言われる魔獣は、魔術道具マジックアイテムに興味津々だ。そしてバカでかい音を立てながら走る装軌車両より、錬金術の粋を集めて作られたゴーレムの方が好みらしい。

あんまり焦らすとカトプレパスが追ってこなくなるらしく、そのたびにゴーレムを食える位置に配置してやる気を出してもらっている。


『見えなくなった後が怖いですからね。こちらも準備を始めます。合図したら散開してください』


『わかっている。そろそろ兵も限界が近い。手早く頼むぞ』


『了解です』


ジリング卿たちが乗る4機の装軌車両を捕らえた所で、運転席を出てメルカバーの屋根に上がる。

かつては飛行用のプロペラが付いていたが、今は取り外されている。そこに昨晩、走行中にも振り落とされないよう突貫で簡易な手すりを取り付けた。うむ、よく見える。


「さて、始めますか」


一人呟いて、気合を入れる。収納空間インベントリから人造魔石を取り出した。


………………。


…………。


……。


「これに魔力を籠めるのか?」


「たくさんありますね。何に使うんですか?」


昨晩、野営用の天幕を準備し終えたのち、久々に足を止めてカトプレパスの対策に時間を取ることができた。


「おとりの人形の核にするんだ」


まずはじめに、カトプレパスを引き連れて敵の砦に突っ込ませる場合、せめて1キロを切る位の場所までは引っ張っていかなければならない。

その場合、装軌車両を使うと確実に敵の射程内に入らなければいけなくなるわけだ。


「それを回避するために魔力を食べる魔獣の修正を利用する。特にロックドラゴンは金属や鉱石を食す。魔力を籠めた素材は美味しそうな餌に見えるらしい。ロックドラゴンが人を襲う場合も、装備に釣られて、というのが多いらしい。その習性を利用して、魔力注入したゴーレムをおとりに敵陣に突っ込ませる」


俺が使えるゴーレム作成魔術は、一時的に形を構成する土人形クレイドール岩人形ロックドール木人形ウッドドールの3種類。今回はこれにコアを取り込んで形成することでおとりにする。

魔力を注入する素材はあらかじめ加工して在って、多少であるが人形を稼働させるときの消費MPの低減効果もある。


「俺のINTとMPでもまともにカトプレパスを引っ張るのは至難の業ですが、王子のスキルが有れば話は別です」


着くために社会的な地位と素質が必要な特殊職は、その難易度だけあって使えるスキルも破格だ。

ギルドが管理する魔術道具には、例えば念話の範囲を広げるようなものが存在するが、これは王子プリンス王女プリンセスの射程増強系のスキルを解析して生まれた物。

レベルが低めなミハイル王子のスキルでも、範囲内に居れば人形操作ドール・マニュピレイトの範囲が倍以上に伸びる。

これで残りの距離を、ゴーレムをおとりにしてカトプレパスを引っ張ることが可能に成るはずだ。


コゴロウはこの作業は役に立たない。

俺は明日の朝までにMPが完全回復する状態にしたいから、MP注入の作業は二人にお願いする。


「なんでこれ、素材が違って大きさがバラバラなんだ?」


並べた鉄球の一つを持ち上げて、アーニャが不思議そうに聞く。


「……入る魔力の量を揃えているのでしょうか?サイズ差は、素材が無かった?」


「バーバラさん正解。遠征の準備て素材は使い切っていて、今ストックにロクなのが無いから、数だけ合わせるためにね」


地面から素材を抽出することも出来るが、MPの消費が大きい。明日は俺のMPがカギだ。できるだけ節約をしておきたい。


「へぇ……って事は、このガラス玉より、鉄の方が魔力が入るのか。この銀のは?他のより一回り大きいけど」


「それはアルミ。アルミは軽くて加工しやすいけど、魔力が入りづらいから大きくなるんだよね」


集合知と地球の知識を併せると、魔力の蓄積量には元素番号アタリが関係して居そうなんだけど……それに従わない場合も多くて良く分からない。例えばこっちの経験的にガラスには魔力が入り易くて、人造魔石の基本的な素材になっている。

ただ、ガラスの主成分はケイ素なハズで、これはアルミよりマシだが鉄ほどの量は無いはず……なんだけど、ガラス玉の大きさは鉄球とほぼ変わらないのだ。

魔力なんてものに地球の常識は当てはまらないだろうから、気にしても仕方ない。


「軽鉄、偽鉄などとも呼ばれる素材ですね。加工しやすくて便利なのですよ。メルカバーのフレームの一部にも使われています。ただ、柔らかすぎて武器には向かないですね」


「アルミと鉄、それにガラスの原料は岩石から確保できるから、錬金術をマスターしていれば個人が使う分には困らない。ただ、魔力の籠った魔鉄や魔石にするには入り口となる素材が必要。だた魔軽鉄は希少……というか、余り流通していない素材なので扱いがめんどくさい」


「へぇ……あたしも素材とか覚えた方が良いかな?」


「素材知識はあって困らないから時間があれば教えるけど……アーニャはその前に算数だな」


四則演算は形になったが、それでもまだ小学生の範囲を脱せていない。

社会……というか、地理と地方語学は形になって、生物もぼちぼちなので、後は面積、体積、それから分数の計算辺りをやらないと。日々のトレーニングに加えて、さらに鉱石系の素材学まで始めると寝る時間が無くなる。


「……うげぇ」


「いやそうな顔してもダメらからね。スキルを使うのにその辺りは必要なんだから」


何の因果かこの世界はメートル法だ。スキルの範囲なんかは大体メートルで表せるし、距離も重さもそこからの基準となり、俺の感覚とも一致する。収納空間インベントリも利用しているし、計算ができるのは必須だ。


「さあ、手を動かしながら話そう」


二人で素材に魔力を注いでもらい、出来上がったそれに俺は加工を施す。小結界キャンプど同質の効果を持つ塗料で素材を覆い、魔物の目から隠す。これでうっかりロストしても問題無い。

1個当たりの価格は高くて数千Gだから、最悪奪われてもそんなに問題にはならないけどね。


造った核は全部で12個。

これで十分かは、俺の腕次第だな。


………………。


…………。


……。


陸竜・ロックドラゴン・カトプレパスは不機嫌であった。

眠りを強制的に起こされ、外に出てみた物の食い物魔物の気配はすでに無く、のどの渇きを潤して再度眠りにつこうかと思ったら、今度は縄張り内を小うるさい蟲がはい回り始めた。


うっとおしいので喰らってやろうかと襲い掛かってみたところ、小さいモノも大きいモノも中々に美味。小さく柔らかい生き物が持っている、硬く旨い石の類がふんだんに使われているようだった。

寝る前に少し腹を満たしておくかと追いかけた所、中々に足が速く捕まらない。ブレスも旨い事躱すようで、うっとおしい反撃までしてくる始末だ。

放り出して巣穴に戻ろうかとも思ったが、そう思う事にぽろっと獲物が飛び込んでくるので、追いかけるのを止められない。


そうして縄張りも日の沈む端まで来てしまっていた。

ここから先はあまり好ましくない。小さく柔らかい生き物の縄張りだ。あいつらは数が増えるとうっとおしいことこの上ない。自らを同行できるとは思えぬが、面倒毎に首を突っ込む気には成らない。


蟲が縄張りから出たならもういいかと、首をもたげたその時。それは目の前に突然現れた。


大きさは自分の半分くらいだろうか。

全身からいい匂い強い魔力を放っており、なんとも魅力的な風貌。まさに自分に食べられるためだけに居るような存在。

その陰に隠れるようにうっとおしい蟲たちが消えて行ったが、それもどうでもいい話。


同胞でもないソレを見て、カトプレパスは即座に獲物と定め、逃げるそいつに襲い掛かった。

己が爪を用いて一撃のもとにソレを粉砕すると、もっともいい匂い強い魔力の部分に食らいつき…そして魅了された。


美味い。

小さき者たちが持つ難く小さな石の、その純粋な塊。

今まで食べたことの無い魔力に、カトプレパスは深く魅了され、理解した。


それは土塊であると。うまい匂いを放つのは、体内に込められたその小さな塊であると。砕けて力を失った四肢からは、すでに魅力的な匂いは消えていた。

そしてそれは、何処からか湧き出るようにまた目の前に会われた。


縄張りの外である。


一瞬、進むべきではないとの考えが頭をよぎる。

しかし中途半端に満たされない腹は、またアレを味わいたいと訴えている。


カトプレパスに天敵と呼べる生物はいない。躊躇する理由はない。

逃げる土塊を追いかけて、天災は縄張りを離れるのだった。

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アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

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