第408話 死の大地の西へ

残っていたアルミ板を底の抜けた円錐状に加工して、中心に光源となる照明弾フレアを付与する。それに風よけの薄いガラス板をはめ込んで車体やビットにつるせば、簡易的なヘッドライトの出来上がりだ。

魔力を注いで仕上げた人造魔鉄を核にして有り、永続付与で出力を調整してあるためそれなりの時間連続利用が可能。


こうして夜の視界を手に入れた俺達は、ゆっくりながらも夜間の進軍を続け、翌日夕方には死の大地の西端まで半日を切るというところまでたどり着いていた。


「アリッサさん、状況を教えてください」


「はい。まずは、各車両の位置からですね~」


想定外にばらけてしまった部隊を繋ぐのは、王子とアリッサさんのスキルである。

巫女の千里眼で、各車両の位置を確認してもらう。


「ええっと、目立つカトプレパスとおとり部隊はまだ80キロほど南東ですね。おとりの交代部隊はそこから10キロ離れていますが、ここまでは大きな差がありません」


おとり部隊は4台のおとりと、休憩中の交代部隊二組に分かれてカトプレパスを誘引中。ここに到着する前に日が落ちるな。

変温動物よろしく、気温の下がる夜の間は動きが鈍る。おとり部隊とは夜の間に合流して段取りを整えたいところだ。


「オアシス組は北東90キロです。日が暮れるまでは走るようですが、それ以上は厳しいと思います」


オアシス経由の給水はうまく行ったらしい。

オアシス経由の装軌車両は6台。けん引してオアシスまで運んだ車両が動くようになったがまだ遠い。

おとり部隊ほどではないにしろ疲労も溜まっているだろう。合流は明日だな。


「最後にワタルさんの部下の方々ですが……こちらも100キロほど北に居ますね。そろそろ野営の準備を始めるようです」


「……部下じゃないですけどね」


カールはある程度西に走った所で着いて来なくなったらしい。おそらくだが縄張りの外に出たのだと推測される。カトプレパスとの縄張り情報と相違があるから、騎士団が引っ張っている個体が陸竜で決定だろう。

陸竜の縄張りはそろそろ外れるはずなのだが、おとり部隊が喧嘩を売ったのでしつこく追いかけて来てくれている。


無茶な作戦を取った割には進んでいるが、騎士たちの疲労は想定した比では無いので順調かどうかは微妙なところだな。

あとは……魔物たちの方か。


「砦の方は?」


死の大地を挟んで西側の山脈。

その切れ目には、遥か昔から巨大な砦が鎮座している。


1000年前、神が世界に恩恵を与えるその更に前から、死の大地に巣くう魔獣を抑え込む為に建てられた防衛拠点。それは人類が一端に魔獣と戦えるようになってからも役割を失うことは無かった。

東に向けて建てられたその砦は、300年前にザース王国が滅びた時に魔物たちの手に落ち、今は領度を守るための防衛拠点となっている。


……もっとも、死の大地を越えての行軍なんてこれまでなく、また人が少ない地域で魔物の力も弱まりやすいので警備はザルなはずだが。


「……結構な数の魔物が防衛について居るようです。わずかにですが、邪教徒と思われる人間の姿も確認できます。魔物の数は想定より多いように思います」


「やはり防衛兵力を強化しているのでしょうか?」


アリッサさんの報告に、殿下の表情が曇る。

魔物が陸竜を起こしたっぽい状況からするに、こちらの進軍は予想されていたと考えられる。

問題は相手の防衛戦力だが。


「南の方を確認します。……こちらは想像通り、統率された魔物の軍団が見えます。能力は分かりませんが、皆武器や防具を身に着けて、数は……見えているだけでも万を越えるように感じます」


ザースに進行するなら、過酷な死の大地中央部や竜の縄張りを避け、水源や野良魔物からの補充を得られる南回りのルートを通るのが定石。想定通りそちらに防衛兵力を当てているようだ。

今回の作戦は、そのルートを取らず死の谷を高速で駆け抜けることで砦に強襲をかけるのが肝だ。


「距離は?」


「……200キロは離れていると思います。車両でも1日では厳しい距離ですね」


「想定どおりであるな」


「ええ。イレギュラーは有りましたが、敵の防衛ラインはセオリー通りになりましたね。砦の魔物と邪教徒は予備兵でしょう」


この世界において、防衛拠点の持つ意味は大きく異なる。


まずどれだけ高い塀も、強固な城門も、自在に空をかける高速移動スキルやワープの前では意味をなさない。三次職のステータスなら城砦の一つくらい飛び越えて裏手に回ることも可能である。

また魔物はどの個体も補給を必要としないーー活動を極限まで停止することで魔力を蓄積し回復するーーため、ほとんどの魔物に取っては建物は戦闘のための地形くらいの意味しか持たない。

高位職が前線を飛び越えて領域内で好き勝手に暴れられるーー古式ゆかしい勇者スタイルーー方が魔物たちに取っては嫌であり、それを避ける……つまり一点突破する強兵を見失わないよう、幅広く帯状の防衛ラインを貼るのが奴らの定石だ。


これらの事から、人類側が砦を攻め落として拠点にするのを防ぐための兵力は配置するものの、主戦力は防衛拠点から見ると、人類がスキルを使っても簡単には辿り着けない程離れたところに広く配置する。


人類側から見ると、拠点化するために砦を攻め落とすつもりならいざ知らず、単に道を塞いでるだけで目当てのものも無いなら素通りしてしまえばいい、砦があろうがなかろうが、魔物がいたら挟撃されるというリスクは減らないのだ。

唯一の例外は人類の裏切り者たる邪教徒共だが、奴らが魔物の支配地において攻撃や防衛の主戦力になっていることはまず無い。気にするだけ無駄である。


「こちらが見つかっている様子は?」


邪教徒には巫女系の素質は顕現しないようなので、千里眼などで監視されるリスクは極めて低い。

死の大地で遭遇した魔物は、ドロップ品の割に能力の低い奴らばかりだった。これは人里から離れすぎて能力を保てなくなった奴らだ。こちらの状況は伝わってないと思うが……。


「……魔物の様子から、ここにいる事は気づかれていないと思うのですけど……ごめんないです。確実ではないです。見える範囲だと、どの部隊も近くに魔物の兵力は居ないです。そちらに向かっているらしい動きも見えません」


「ぬぅ……アリッサよ、千里耳で魔物共の会話を聴けたりせぬのか」


これまで静かに報告を聞いていたタブーツさんが問いかける。


「人の言葉で話してないんですよぅ。それに、そもそも会話している様子もあまり有りません」


「魔物は普段念話もどきで話すらしいですから、会話から何かを得るのは難しいかもしれません」


そもそも声帯があるのか怪しい魔物も多いのだ。

こちらに合わせて話してくれるやつもいるけど、自分たちの意思疎通を音声に頼る必要は奴らには無い。


「なんにせよ、警戒しながら待機、以外に出来ることは無いんですよね。明日以降を考えたら、小結界キャンプの利用は四時間半分くらいまでにしたい。今の俺たちに出来ることは、警戒しながら休息をとる事ですね」


奇襲を想定して、アリッサさんには地中の調査もして貰っているが、周囲に坑道や洞窟などは確認されていない。

一度集結して、カトプレパスのおとり部隊が奴を砦にけしかけてからが勝負だ。


「殿下の天幕は今設営しています。合流まではそちらでおくつろぎください。……ほんとにアリッサさんとタブーツ卿も一緒の天幕で良いんですか?」


「無理を言っているのにそこまで手をかけて頂くわけにいきませんから」


タブーツ卿の言うところによると、第二王子も親睦を含めるためにも騎士と寝食を共にすることがあり、殿下もそれに倣っているらしい。


「見張りの手は足りているのでしょうか。力になれるなら、スキルを使いますが……」


「……いえ、大丈夫です。闘いが始まるまで温存しましょう」


殿下はカトプレパス襲撃の際にもスキルを使ったらしいから温存だ。王子のスキルは強力だが制約が多い。

そんな話をしている間に、外で天幕を張っていた二人からひと段落ついたと連絡が入る。


「丁度準備も終わったようです。……そう言えば、出来合いで良ければ夕食は多少暖かいものを出せますが、どうされます?」


そう聞くと3人は顔を見合わせる。

昨日は車両の中で保存食を口にしただけ。彼らが持ち込んだ荷物は限られる。問題は王子がそれを口にして平気かどうかくらいだろう。


「いえ、さすがにそれにはおよびませぬぞ。保存食は十分ございますから」


タブーツ卿がそう答えると、二人は残念そうに顔をゆがめた。

表情が判り易いのは為政者としてどうかと思うよ。


「まあ、気が向いたらお声をかけてください。足元にお気をつけてどうぞ」


さて、こちらは明日の準備を始めよう。


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ようやく出張が落ち着きました。話がほとんど進んでませんが、次回からは動くと思われます。

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