第407話 ミハイル王子

作戦の概要はこうだ。

破損した装軌車両の部品からニコイチ車両を再整備し、それをオアシスで稼働できるように補給を行う部隊が一つ。

陸竜・カトプレパスに喧嘩を売りながらおびき寄せ、残り400キロに加えて山越えをするおとり部隊が一つ。

それらの連携を保つため、中間地点に王子を置いて護衛する部隊が一つ。


これに北部でカールを引き付けている狂信兵団の3台を含めて、西部ザースの国境まで移動。

カトプレパスを敵前線で放置し一時撤退することで、撹乱を狙い、その隙に転職モニュメントをコピー、または奪還する。


「また竜に対するおとりをしろと言われると思っていたんですけどね」


「……すみません」


そんな中で、俺達の任務は単独での王子の護衛。

メルカバーMk-3にミハイル王子、アリッサ嬢、それにタブーツ卿と通信機材を積み込んで、単独で荒野を進むことになった。


「殿下が頭を下げる必要などありませぬ!」


「そうは言うけどね、アンダーソン。さすがにこの状況は想定外だよ。あまり無理をいうモノではない」


想定外はその通り。

ただし到着前に戦力が激減したことではなく、ミハイル殿下の面倒を見る羽目になったほうだけど。


「俺自身の信用がどれだけあるか知りませんけど、王子がただの冒険者に預けられるのは不用心じゃないですかね」


「身辺調査はしていますよ。ご存知かもしれませんが、特使になられてからは素行に問題がないか、ギルドや入棺で必ず真偽官が調査をしています。リターナーさんはむしろ嘘が無さ過ぎて逆に警戒されてますか」


「殿下っ!」


「ほら、名前も偽っていたわけだし、僕らの方も信用に足る話をしないと」


王国の内情についてあまり興味はないんだけど……殿下は上に兄王子が二人、姉王女が二人、下に未成年の第四王子と第三王女が居るんだっけか。兄弟の中でも継承権が回ってくる可能性は低いポジションだったはずだ。

キングに成らない場合、領地持ちの領主ロードになるか、職と関係なく法衣貴族のような官僚になるかによってだいぶ待遇が違う。

出来れば都市一つ下賜してもらえるくらいの功績は上げておきたいって所だろうか。


「そう言う話を、某が聞いて居ても良いのであるか?」


困惑しているのは隣に座るコゴロウ。

隠し事の多いバーバラさんは殿下の相手をするのが嫌で――語弊はあるかも知れないが――助手席に逃げたので、必然的に客車側にはコゴロウが座ることになる。


「そちらの御仁は?」


「故合ってワタル殿と行動を共にさせていただいている。今はコゴロウと名乗っている一介の武士である」


「コゴロウはフォレスの騎士階級。クロノスで言うなら、地方騎士団の中隊長くらいの役職を務めていた人物ですよ」


そう告げるとタブーツ卿は眉を顰めるが、ミハイル殿下は気にした様子がない。


「内定調査は行ってますから、僕と話す事は気にしなくて大丈夫ですよ。それくらいの分別はあります」


……まぁ、地球とは全く違う政治形態が成立してる世界だし。

あまり深く考えても仕方ないか。


「そもそも、今回の遠征はリターナーさんがパトロンですが、功績のほとんどは僕と第二騎士団の新設部隊が持って行く形になってますよね。そう言う形だから受けたというのも大きな理由ですが、内情はこの通りです」


新設部隊で求心力があるのは、4次職であるゴールドスタイン卿。彼はジリング公爵家とつながりの深い人物で、ミハイルの影武者をしているチェニック・ジリング氏の護衛の意味合いが強い。

第三王子とは言え、上に兄弟が多く、今の所は王子としての求心力も低いミハイルは、今回の作戦では担がれるだけの神輿らしい。


「実績が欲しい新設部隊の思惑とかみ合ったのが、僕や巫女の素質があると判明してパワーレベリングをされて居たアリッサでした。ああ、アリッサは元々、僕付きのメイドです」


「すびません~、わだしの゛せいでぇ~」


彼女は殿下がメルカバーに乗ることになってからこの調子だ。


「まぁ……誰にでも間違いはあるし、間違いじゃない可能性もあるから、俺たちは気にしてないけど」


「アリッサが間違えてないと、陸竜ど同等かそれ以上のロックドラゴンがもう一体いたことになるので困るよね」


「殿下……正しいがそういう話ではないのですぞ」


カールが俗に言われていたカトプレパスなら、本隊が遭遇したロックドラゴンも同等以上にヤバイ。

実はあんなのが複数いました、とか言われたらさすがに辛い。


「第二騎士団の新設部隊は、本来であれば第二騎士団を率いている兄の管轄です。実際兄が指揮を執る可能性もありました。ですがこのようなリスクのある作戦に、貴重な騎士団付きの巫女を出すことができず、巫女の素質があったアリッサが抜擢されたんです。僕は無理を言って指揮官に座ったんですよ」


む、それは中々に興味深い話。

確かに魔物をメインで相手にする騎士団の指揮は、彼の兄である第二王子が取ることが多いようだ。

第一王子は治安維持を主な業務とする第三騎士団を指揮することが多い。第一騎士団、つまり近衛騎士団は王直轄だ。


聡明だと噂される第一王子は文官肌で、逆に第二王子は体格に恵まれ軍事を得意としていたはず。

そう言えば、第二王子は確かネコ科獣人だったはずだな。……ゴールドスタイン家とも何かしら繋がりがあるのだろうか。新しい家のはずだから、どちらかと言えばゴールドスタイン卿が取り込まれた側かも知れないが……。


「よく第二王子殿が良しとしたであるな」


「兄は大陸への合同遠征準備に力を入れていますから。急増させた新部隊が僕でも成果を上げられるようなら、さらに部隊を強化をするつもりみたいです」


「ああ、ついに大陸国家連合による遠征が?」


「寄贈された飛行船を増産した後になりますから、当分先のはずです。この1年でリターナーさんが関わった技術や新兵器で、他国より一歩先んじたいと言うのが思惑ですが、それでも時間はかかりますから」


通常だと、合同遠征には冬場に行われる。

中央大陸は赤道下にあるため、クーロンを始めとする北方国家にとっては農耕の繁忙期である夏よりも都合が良いからだ。

遠征は早くて半年後、現実的には1年半後を計画というところだろうか。

……遠いな。やはり遠征は期待しないで大陸に向かいたいところだ。


「そんなわけで、僕自身はあまり重要視されて居ないというか……王子プリンスとしてのレベルもあまり高くないんです。すみません」


キング王子プリンスと言った統治者系と呼ばれることもある特殊職は、スキル範囲内にいる人類の信奉心によってレベルが増減し、ステータスや使えるスキルが変動する。

レベルは99まであり、現在の王子のレベルは40代らしい。おそらく百分率であろうと考えられている事から、ちょっと低い。

必須のスキルは網羅しているが、遠征指揮官を行う王子プリンスなら60~70レベルくらいは欲しい所だ。


それにしたって不用心だとは思うが……。

まぁ、このご時世に王族をどうこうしようなんて、邪教徒くらいしかいから仕方ない話かもしれないな。

殿下には良くしておこう。ちゃんと交渉しておけば、こちらが自由に動くための後ろ盾になってもらえるかもしれん。


「殿下は作戦を成功させたいのですか?」


「……それは勿論です。不手際がありましたが……アリッサのように、戦う事を望まない者まで戦場に狩り出すのは、僕は良いとは思えません」


「でんかぁ……」


「いざという時に戦う力が無いよりはいいと思いますよ。ですが、レベルが高ければ何とでもなる、というわけでも無いはずです。僕に力があれば、本当に必要なその時までは、戦わない事を選んだ人、望まない人たちの後ろ立てになれます」


ミハイル殿下の言う事は一理ある。

王国の事情は分からないが、複数の思惑はあるのだろう。

俺が作った……実際には再度広めた封魔弾は、レベル上げを容易くしつつある。けれどそれがすべての人にとって望ましい状況を生むかと言えば、そうでは無いのだろう。

ついこの間、クーロンで意図しない使われ方をしたばかりだしな。


「お心は理解しました。私も望まぬものを能力だけで戦場に引っ張り出すのは不本意です。極めし者マスターとして、出来得る限りの助力をさせていただきます」


そう答えるとミハイル殿下は安心したように表情を崩す。

為政者にしては腹芸が出来ない。……この世界ではみんな似たようなものか。腹の探り合いをしなくていいのはありがたい。


「差し当た手出来るのはこの作戦を成功させるくらいです。そのために今すべきこととして……」


運転はアーニャとバーバラさんに任せられるので。


「俺は寝ます」


「ワタル殿ぉ!?」


昨晩は装軌車両の修理でほぼ徹夜なのよ。

コゴロウのボヤキを無視して背もたれに体重を預け、目を閉じる。何かあったら起こしてと運転席の二人に念話を送り、すぐに意識を手放したのだった。


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今週は丸っと5日泊りがけ出張で家を空けていましたが、来週も前半は泊まり込みです。出先の環境があまりよろしくなかったので、また少し開くと思いますがご容赦ください。


日曜日に更新するつもりだったのに遅くなりました。

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