第406話 合流

『照明弾が見えた!本隊だ!』


ジェイスンさんと別れてから実に6時間。

既に日が落ちて、辺りを照らすのは定期的に打ち上げる魔術の明かりのみになって久しいころ、こちらからの照明弾に呼応するように遠方に上がった光球をアーニャが見つけた。


『東側?思った以上に進んでないな』


『……光源も少ないぜ。もう野営している時間だろ。もっと松明トーチの明かりが見えても良いはずなのに』


『何かあったのでしょうか』


『なんにせよ、念話の範囲に入ればわかるさ』


ヘッドライトを作っておくべきだったと後悔しながら、闇夜の中を魔術で生み出した明かりを頼りに車両を勧める。30分程かけてスキルの範囲内に一団を捕らえた。


『ワタル・リターナー特使の車輛じゃな。こちらダニエル・ゴールドスタイン。聞こえておるか?』


『聞こえていますよ、ゴールドスタイン卿』


『貴殿らの杞憂が当たった状態じゃ。幸い近くにはおらぬが、至急合流を。状況はそれから話そう』


どうやら事態は最悪の状況らしい。

更に車両を近づけると、一団の状況が確認できるようになる。


……人数が少ない。死者探査デッドマン・サーチには反応がないから、少なくとも死者はココには居ないみたいだけど……。

装軌車両は6台。ゴーレム騎兵も10体ほどしかいない。これは予想以上に酷い状態のようだ。


車輛をアーニャとコゴロウに任せて、すぐに一番大きな天幕へと案内された。

中に入るとゴールドスタイン卿をはじめ、見知った顔が何人か。ジリング卿やアリッサ嬢まで居るな。


「貴殿らの予想通り、我々も陸竜カトプレパスと思われるロックドラゴンの襲撃を受けた。装軌車両8両、ゴーレム騎兵の半数が最初の襲撃で大破。幸いにして死者は出なかったものの、部隊は半壊状態じゃ」


初撃が地面の下からだったらしい。俺達がカールに乗り上げたのと同様に襲われて、ひっくり返った装軌車両とゴーレム騎兵が多数出た。

死人が出なかったのはさすが2次職以上。しかし全身打撲や骨折をはじめ、被害は多数。中級くらいの回復魔術だと体力までは癒せないから、ケガ人は体力の消耗が大きい。

また、装備類が逝ってしまったものも多い。特に大破した装軌車両の搭乗者は、多くが携行していた武器を失った。防具と違ってステータスを参照していない状態だった武器は、外部からの衝撃に耐えられなかったらしい。


「残りの車両6台は今もカトプレパスを引き付けて追いかけっこの真っ最中じゃ。殿下の車両を逃がすためにしこたま魔術を打ち込んだのが御冠らしい。巫女に確認させて居るが、なかなか降り切れんようだ」


「車両の数が合いませんね?」


「ここに在るうち3台分は故障車じゃ。ひっくり返って動かなくなった物を、カトプレパスが移動した後に拾ってきた。残り4台はどうにもならなかったので現在は放置されておる。出発前には焼き払わねばならない。1台は丸ッと奴の胃の中じゃよ。ゴーレム騎兵も10体以上は食われた」


「死人が出なかったのは僥倖ですね」


竜の胃の中じゃ、俺の死霊術でも呼び戻すのは不可能だっただろう。


「カトプレパスは気を抜くと地中に潜るようじゃ。着かず離れず引き付けておかぬと見失う。地上の移動速度が最大であると断定する理由も無い。連絡手段も限られるため、合流は望み薄じゃ」


巫女が居るのでこちらからの場所は追えている。この状態なら中継は必要だが魔道具を使って連絡はつけることが可能だそうだ。


「貴殿らの方は?」


「3車輛が大型のロックドラゴンを引き付けながら西に向かっています。あちらは振り切っても良いと思いますが、明日朝までは様子を見るようにお願いしてあります。合流地点に到着は4日後くらいでしょうね」


「それで約60人か。ずいぶんと少なくなったものだな」


200人以上居た兵力が、到着前にこの人数。死者は出ていないとはいえ想定外だな。


「ところで、殿下はどちらに?まさか竜と追いかけっこはしていないでしょう?」


気になるのは、さっきからその姿が見えない事。

殿下が居るのといないのじゃ、今後の方針が大きく変わる。


「……?殿下ならそこに……おっと、そう言えばそうじゃったな」


「?」


「すいません。僕がミハイルです」


そう名乗りを上げたのは、隅で小さくなっていたチェニック・ジリング卿。……影か。


「概ね察しました。という事は、最初にミハイル殿下としてお会いしたのは?」


「あちらがジリング公爵の御子息になられるチェニック様じゃな。殿下の影であり、真偽官であられる。今は別動隊を率いて竜を誘導しておられる」


……なるほど。


「ついでに言えば、殿下について居る娘が今作戦に随行して居る神凪じゃよ。見間違えてくれた張本人じゃ」


「ゴールドスタイン卿、口が過ぎまずぞっ!」


ため息交じりのゴールドスタイン卿の発言に、タブーツ氏が声を荒げる。どうやらゴールドスタイン卿はジリング公爵家側らしい。


少しだけ話した印象だと、ミハイル殿下もアリッサ嬢も言ってしまえば文官系で、荒事には向かなそうな雰囲気だった。ジリング卿は影として堂々たるもので、なるほど、なんとなく立場の違いも見えて来る。

タブーツ氏はミハイル殿下直属の護衛なのだろうな。

ゴールドスタイン卿は貴重な4次職だ。王の直属であっておかしくない人物で、第三王子のミハイル殿下にとっては目付け役という位置づけか。派閥はジリング公爵の側かな。


比較的クリーンな政治体制のクロノス王国でも、派閥争いは普通に存在する。

この辺の細かい情報は集合知には記録されて居ない。ざっくり政策の違いから3派閥くらいありそうなのだが……どうでもいいな。


しかしこのタイミングでややこしい。


『知ってました?』


『そもそも末端の騎士見習いが、殿下のお顔を拝見する機会なんて無いのですよ』


一応バーバラさんに聞いてみたが、しらばっくれていたわけでは無さそう。

まぁ、いまさらそんなことをする意味も無い。バーバラさんの方が王国に対して隠し事が多い。特にコクーンとかね。


「状況は了解です。殿下、続けますか?」


戦力は当初の三分の一に減っている。

竜と追いかけっこをしている者たちが合流しても半数には届かない。負傷者が復帰するのには数日かかり、装備を失ったものも多い。

さて、まともに攻め込むのは中々に厳しい状況になってきた。


「……すいません。ここで引くわけには行きません」


少しだけ目を泳がせた後、ミハイル殿下はそう答えた。

……ゴールドスタイン卿から反対意見は出ないか。ふむ……それぞれ思うところがあるのだろう。


となると、やることは故障した装軌車両の修復と作戦の見直しか。

騎士団は正面から突っ込むつもりの人選しかされてないようで、からめ手をうまく運用できるかは未知数。

そもそも急増2次職、3次職がそれなりに居る状態だから、こういうイレギュラーには弱い。


ザースのモニュメント情報とかを提供したのは俺だし、当てにされるのは構わないんだが……もうちょっと頑張ってほしい所だ。


「わかりました。とにかく、まずは使えない車輛の復旧。それから、壊れた車両に乗っていた人たちの輸送方法を考えます。錬金術師を修めた術師が居れば手伝ってください。残骸も材料として回収したい。明日の昼には動き出せるよう、準備を始めましょう」


死の大地もまだ半分残っている。使える物は使わないと。


そこからは突貫での作業だった。

錬金術で破損も修復できるが、サスペンションなど繊細なパーツは機能を十分満たすほど精度が出せない。車輛をニコイチにして、無事なものを組み合わせてごまかすしかなかった。


一番の問題は、壊れた装軌車両はタンクが破損していて水が漏れていたこと。

メンテナンス性を上げるためか、騎士団が使っている車両はメルカバーと違って完全循環型では無かった。結果タービンとタンクの耐久力が低下していて、そこが裏目に出た形だ。


予備のパーツを使っても、タービンを回すための動力が足らない。

飲料水をタンクに注げば稼働に必要な分量は確保できるが、そうすると今度は人が干からびる。


人の輸送に関しては、壊れた車両の板だけ使ってくっそ揺れる牽引車を作ったからそれで我慢してもらうとして……さて、この後の方針だが……。


「……水の問題が多いので、まずはアルヒェ・グラナードの民が放棄したオアシスに向かいましょう」


翌朝、眠い目を擦りながら方針会議でそう提案した。

現在位置からなら結構近いはずだ。


「なるほど、確かにカトプレパスの現在位置が分かっているなら、オアシスは安全か」


「はい。巫女の目もあるので、たどり着くのも可能でしょう」


千里眼は偉大だ。タリアが居てくれてばもっと自由が利いたものを……。


「カトプレパスはどうしますか?いまだに振り切れていない状態なのですが」


こちらはアリッサ嬢がずっと監視をしているらしい。

夜通し動いているわけでは無いが、気を抜くと距離を詰めてくるようだ。


「それですが……この際、利用しましょうか」


昨晩対策を考えていて、東群島の海で魔獣マッコウがクラーケンを襲っていたのを思い出した。

魔力を食べる魔獣にとって、魔物は結構なごちそうなはずだ。


「このままカトプレパスを誘引して、縄張りを離れるようならザース国境の敵の防衛ラインからモニュメントの在る廃都付近へぶつけます。魔物どもが撒いた種です。せっかくなのでどんな花が咲くか見ようじゃないですか」


トレイン作戦の始まりだ。


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□量産型装軌車両

クロノス王国に納品されたアース商会製の量産型装軌車両。飛行機能は無く、メンテナンス性を上げるため各パーツが比較的簡易な造りになっている。耐久力は落ちたがその分軽量で、ワタルが最初に作ったメルカバー初号機より速度・出力が高い。

アース狂信兵団の車輛は、量産型に少し改良を加えた物。主にタンクとタービン周りの改修が行われており、高出力時の安定性が上がっている。


□あとがき

日曜日に更新するつもりだったのに遅くなりました。

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