第404話 おとり作戦

「陸竜が見つかりました!」


そう報告が上がったのは、捕らえられたアルヒェ・グラナードの罪人たちの尋問に立ち会い始めて1時間ほどが経過した頃だった。

俺の持つ集合知は殺人などの重罪とその余罪くらいしか分からないし、情報も二年ほど前までなので、役立たずと化し始めていたころ。これ幸いにとそちらの会議に顔を出した結果が、陸竜へのおとり作戦だった。


「自身、逃げ切れると豪語するのであるから、おとり位わけないであろう?」


ミハイル殿下の言い分である。


「モニュメントの奪還を自分たちだけでもどうにかすると言っていたのだから、隠し玉の一つや二つ用意してあるのだろう。いくつ極めし者マスターになっているとか、何人抱えているかなど詳しくは訊かぬが、一日陸竜を遠ざけて、それから目標地点で合流せよ」


流石に扱いが酷いのではとやんわり抗議したらこれよ。


「合流できなければ帰っても良いが、合流できなかったからと言って勝手にザースを攻め落とすでは無いぞ。攻めるなら合流せよ。面通し後のチェックはしておらんから、実は半数が4次職です、などと言われたら都市の一つくらい奪還するだろう」


「いや、さすがにそれはしませんけど。そもそもそんなに4次職が居るわけないでしょう」


「ニ、三日に一つづつ魔剣士のレベルを更新していた者が何を言うか」


「あ、やっぱりアレ気になってましたか」


人造獣使いキメラ・マイスターのレベル上げの傍ら、ダンジョンの陸竜ドラゴンをしばいて魔剣士のレベルを上げていた。

現在75まで上がっていて、ギリギリだったが縮地が定着した。

90超えると物理限界を突破するスキルが定着するのだが、必要な経験値が結構多くて辛い。

そっちを得るのはダンジョンを使っても中々に厳しいかも知れない。


人造獣使いキメラ・マイスターも20レベルに到達したが、こちらも必要経験値が馬鹿にならない。

短期間でのレベル上げは、そろそろ現実的に難しくなり始めている。


「あまりとやかく詮索するつもりは無い。しかし、こんな時だ。包み隠さず実力を示すがよい。お目付け役はこれまで通り一人としておくのでな」


バーバラさんが斜め後ろでひきつった笑みを浮かべているであろう事が、息をのむ音から推測できる。

そうまで言われたら流石にやらないわけには行かない。高位の職なんて一つ違えば重火器武装した危険人物なわけで、好き勝手やらせてもらえている恩くらいは返しておかないとな。


そんな分けで翌日。日の出と共に俺たちは一斉に動き出した。

本隊は経路を少し南西に替え得てザースを目指し、流民たちは3台の騎士の装軌車両と3機のゴーレム騎兵と共に東へ。

そして俺達は陸竜・ロックドラゴン・カトプレパスと相対するため、一路北へ進路を取っていた。


『行けども行けども荒野ばかりで、魔獣の影なんて見えませんよ』


先行する狂信兵団の斥候から、ぼやきが入る。

日の出と共に舞台から別れ、7割から8割の出力で目標の方角へ進むこと3時間。そろそろ陸竜を捕捉して良いころだが、見えるのは岩と砂の荒野ばかりだ。


魔力探信マナ・サーチは効果がないし、俺の生命探査ライフ・サーチには引っかかってない。慎重に探すしかないね』


巫女からの指示で分かっているのは方角のみ。あんなバカでかいのが歩いていたら流石に見つかるだろうから、おそらくは止まって休んでいるのだろう。

ロックドラゴンはデカいが、その身体の特徴から岩に擬態されたらすぐには分からない。

体表面の魔力層の所為で、ほぼ万能索敵である魔力探信マナ・サーチも効果がないらしい。生命探査ライフ・サーチに引っかかってくれれば良いのだが、何処まで意味があるか。


『あまり進み過ぎると行きすぎます。もう指定のポイントまで付いて居るはずですから、痕跡を探す方に切り替えませんか?』


バーバラさんの提案で、警戒しつつ速度を緩める。

50メートル級のやつが動けば痕跡は残るだろう。地に潜ったか……いや、それにしたってだ。カレイやヒラメが砂に潜る程簡単に隠れられるわけじゃないぞ。


アップダウンがあるとはいえ、一面荒野で見晴らしは良い。

大岩でも転がっていればそれだろうが、そう言う物も無く。岩はあちらこちらに飛び出しているけど、飛び出している部分は装軌車両と同程度でほとんどが地面の下だ。


鷹の目ホークアイで見てるけど、それっぽいのはいないぞ』


『俺のビットにもでもそれっぽいのが無いよ。どういう事だろうね』


予想より大きくずれたかな?

装軌車両の騒音ならこっちに気づいて寄って来てもよさそうなものだけど。


痕跡が見つからず、周囲をウロウロと捜索することになる。

本当にポツリ、ポツリと飛び出した岩の絡まりくらいしかないんだが。


『あ~……すいません。首領』


『首領はやめて』


『すいません首領リーダー


変わってない気がするのは気のせいだろうか?


『なんかさっきっから、たまにスキルの挙動がおかしい箇所があるんですけど……これってもしかして?』


『……どの辺?』


『ちょうど首領リーダーたちの車両が差し掛かる辺り……ザザザ……』


念話にノイズが入る

……おう。


「アーニャ!急速旋回!真下だ!」


その瞬間、運の悪い事にぐらりと地面が揺れる。


「おおおおおお!?」


『全員離れろ!地面に埋まってる!』


斜めに傾いていく車体。ギリギリのところで向きを立て直し、地面から飛び出してくる岩の塊を避けながら急坂を下る。


『見つけましたよ!首領リーダー!』


『見りゃわかる!』


『どうする?予定通り引き付けるか!』


『まずは退避。近すぎます!ジェイスンさんはそっちの2台を指揮して!左右に逃げますよ!』


『引き受けた!』


坂を下り終えた装軌車両がはねる。

その後ろを巨大な尻尾が走り抜けた。あっぶね。あんなの当たったらスクラップだ。


ロックドラゴンは地面から完全に姿を現した。いったいどんな原理で潜ってたのか。

2台の組に分かれた装軌車両は、全速力で距離を取る。


『安全マージンを考えれば、500メートルは距離を取りたい』


『了解!』


ロックドラゴンから離れると、相手の全体像が見えて来る。

サイズは30メートルほどで、外見はイグアナに近い。岩石の様な鱗でおおわれた体色は赤銅と黒茶のまだらであり、背中にはとがった石礫が一列に並んでいる。

額には巨大な二本の角。尻尾の先にもハンマーのような、鱗でおおわれた巨大な瘤がついている。


間違いなくロックドラゴンである。


『でっかいな!』


ミラーに移るその巨体に、アーニャが声を上げた。


『プリニウスと比べても引けを取らないであるな!あれが生き物であると考えるとどれほどの重さが有るか……』


窓枠から顔を出したコゴロウが応じる。

確かにでかい。……しかし。


「……まずったな」


デカいはデカいのだが、想定していたサイズと比べると幾分小さい。

集合知には、カトプレパスは50メートルクラスとある。目の前のロックドラゴンは30メートルと、同種の中では異常にでかいが、いくら何でも20メートルも差がある事は無いだろう。


『……ドラゴン違いかも』


『『『『『はぁ!?』』』』』


俺の念話に、一斉に声が上がる。混線しすぎて誰が誰だかわからんな。


『ロックドラゴンの標準的な大きさからはだいぶ外れた個体だぞ。そんな事があるのか?』


これはジェイスンさんだな。


『俺の知ってる情報だと、カトプレパスはあの1.5倍はあります!』


『それはデカすぎるだろ!』


そんなこと言われたって困る。


『アルヒェの民がアレと陸竜を見間違えたのでは?』


『なら良いんだけど!っとと!』


バーバラさんに応えようとしたけど、強烈な揺れに、念話にすらノイズが乗る。

やはり全速力を出すとマーク3のサスペンションでも衝撃を吸収しきらない。


『陸竜に一番詳しいのはアルヒェの民だし、陸竜が目覚めたって明言してたから望み薄っ!』


俺の知識もおそらくアルヒェの民由来。

人の記憶ベースだからアレについてどこまで充てになるか不明だけど、体表の色や模様も集合知と違う。おそらくアルヒェの民なら見間違えない。


『何か来るのである!』


コゴロウの声に振り返ると、窓越しにロックドラゴンが大口を開けているのが見えた。

そこに魔力の渦が出来ると、石礫が結晶化するように生み出されていく。そしてどう見てもこっち向いてるっ!


「っ!ウォール!」


その瞬間、轟音と共に打ち出された巨大な石礫と蒼く輝く光の壁が衝突した。


「うっそでしょ!?」


自動車ほどもある石礫は、多重に張り巡らせた壁を打ち砕いて来る。

礫が完全に崩壊するまでに貫かれたウォールの枚数は実に8枚。

INTが上がり、一枚一枚の耐久力を上げた壁が容易く砕かれた。その一撃だけで、かつてウォール防衛線でカマソッツが放った上級魔術を超える威力。


こんなのが当たったらバラバラだ。食うとこ残らねぇぞ。


「次弾、来るのである!」


「連射されたら話になんねぇ!影と共に、何処いづこかに在れ!影渡しシャドウ・デリヴァー!」


2台の車両を搭乗員事遠くへ逃がす。

……問題は俺が逃げられない事なんだけど。車体が消えて空中に放り出される。


『ワタルっ!』


転送されたことに気づいたアーニャが叫ぶ。石礫弾は発射目前。避けるのは無理。


理力の盾フォース・シールド!」


中級障壁を発動。ぶつかった石礫がひしゃげて散弾のように広がる。これも3枚は抜かれるか。

防いでいたらMPがいくらあっても足らん。


地面に降り立つと同時に縮地を発動。

一杯一杯、災害距離で横に飛び岩陰に滑り込む。


影渡りシャドウ・トリップ!……ただいま!全速で逃げて!」


危ないとか、突然一人で出るなとか言う苦言クレームを聞き流しながら、ジェイスンさん達を転送する。

それから1時間。なんとかロックドラゴンの砲撃から逃げ切ったのだった。


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