第403話 荒野の異変

乾いた風が吹き抜ける岩と砂の荒野で、アーニャとコゴロウはアルヒェ・グラナードの民、ナーゲルから事の経緯を聞いていた。


「最初に異変を感じたのは……たしかひと月ほど前になるか」


「ああ、ちょっと待った」


そう語りだしたところで、すぐに話の腰を折る。


「なんだ?」


「どうせならこれを使ってくれ」


そう言って差し出したのは、想起リメンバーが永続付与された腕輪である。

身に着けた状態で、腕輪に片手で触れている間だけ効果を発揮するタイプだ。


「便利なものだな。……なるほど、これは凄い。あの時の話がこんなに鮮明に……ああ、すまない」


一瞬、思い出に浸りそうになったナーゲルは、今はそのタイミングではないと頭を切り替えた。


「我々はココから北西にあるオアシスで生活していた。と言っても、ずっとというわけでは無い。いくつかのオアシスを転々とする生活だからな。概ね5年に1度くらいの頻度で移動している」


彼らが住んでいたオアシスには、3年前に移ってきたところだった。

後2年ほどはオアシスの周りを少しづつ移動しながら、大移動に備えてたくわえを増やす予定であった。


「違和感を覚えたのはひと月ほど、人型の小さな魔物がこの荒野をうろついて居る、そう言う話が集落で出た」


それは一般的にゴブリンと呼ばれる魔物。

子供ほどの背丈で、頭は大きく鼻がとがり、顔は醜くしわが刻まれている。能力はマチマチであるが、基本的には力は弱く、すばしっこく、数で攻めて来る魔物だ。


「この荒野って、魔物はほとんどいないんじゃ?」


「ああ、その通りだ。我々が魔物を目にするのはひと月に1回も無い。それに、余り強い魔物ではないな。それが、その日から連日で目撃情報が出た。それもかなりの数。少ない獣を狩ったり、街を守っている戦士たちが、戦うのを見送る事があったほどだ」


戦士、それはシュタルクを始めとした、アルヒェの中でも選ばれた者の仕事である。

普段は勇猛果敢に戦う彼らであったが、今回の異変ではさすがに太刀打ちできない物を感じ、闘いを避けて集落に危機を伝えていた。


「なんでも、倒しても戦果が得られない魔物が多かったとか。それも引き上げた理由らしい」


「ほう。ドロップが無いとなると、群棲とか群体持ちであるかな?」


「魔物の能力に関しては詳しくない。この辺ではあまり見かけない魔物だから、そちらで何と呼ばれているかもわからん」


「小さな人型だろ。多分ゴブリンだと思うけど」


ゴブリンで群体持ちって言ったら、伝説に成ってるのが故郷クロノスに居たなぁとアーニャは思い出す。


「最初の報告から少し後、私も一度、遠目に見た。本当に子供の様な体格だったな。それがわらわらと……私が目にした時にはどこかに向かっていた」


当初は何処へ向かっているのか、何をしているのかは分からなかった。

ある意味経験値を稼ぐ良い機会であったから、戦士たちは倒せるものなら倒したが、これがなかなかに手ごわくあまり芳しい効果は上げられなかった。


「それから少したって……10日ほど前か。奴らが荒野に開く無数の洞穴の一つに入って行っていると、戦士の一人が見つけた」


この死の荒野にはいくつも穴が開いている、というのはアーニャたちもここへ来る道中で理解していた。

魔獣の巣穴か、それとも自然に出来たかつての水の通り道かは不明だが、それを迂回するように注意を払いながら走ってきた。


「魔物が人にとって価値のある物を狙っているのは知っている。ロックドラゴンの巣穴を見つけて、そこを襲撃しているのかと考えていたが……その後すぐに陸竜が目覚めた」


「魔物がちょっかい出して、それで竜が目覚めた?」


「だとしたら魔物は何処へ行ったのであるか?」


「わからん。竜が目覚めた後、魔物たちは一斉に姿を消したらしい。竜を狩るのが目的なら、残りそうなものだが、不意打ちが失敗したから撤退したか……」


あるいは、目覚めさせること自体が目的であったか。

ナーゲルはそう続けた。


「我々は竜が居た穴から最も近いオアシスにいた。当然、数日のうちには襲撃が予測された。竜は人が精錬した金属を好んで食べる場合があるからな」


彼らはその日の内にオアシスを離れる準備を始めたらしい。


「我々は遊牧を生業としている。常にある程度の貯えは用意していた。しかし陸竜の縄張りから逃れるには十分とは言えなかった。それほどまでに竜の縄張りは広い。さらに言えば、人が増えれば増えるだけ動きは遅くなる。そこで……」


「ナーゲルっ!おまえ、そんな奴らとっ!」


ナーゲルの言葉を遮るように怒声が響く。

話に割り込んできたのは、ツィンマーと呼ばれた男。人間族に近い外見だが、太い指先に生えた大きな爪、口元から除く長い舌から、おそらくアリクイの獣人であろうと推測できる。

一緒に居るのはアーニャが最初に話しかけた、犬っぽい外見の男。こちらの名はライヒェ。まだ成人を迎えたばかりのハイエナの獣人である。


「ツィンマー、それにライヒェも……荒立てるな。座れ。話をするなら同席を許可するが、そうでなければ大人しく休んでいろ」


「テメェ!シュタルクさんがやられて、黙ってるつもりかよ!」


「やられてはいない。それに盗賊行為は事実だ。何かあれば外から罪に問われる可能性くらい分かっていた話だろう」


「だけどなっ!」


「お前とて、クリーガァの風習をよく思っていたわけでもあるまい。彼らが捕まった今、残されたゲシュタルとモルケライだけで縄張りの外まで安全に進むのは難しい。私はゲシュタルの長を任せられた身だ。理性的に振舞う必要がある」


一息でそう言い切った後。


「それに……ラエザは喜ぶだろう」


ナーゲルがそう言うと、ツィンマーは苦虫をかみつぶしたように顔をゆがめる。


「知らない名前? ばっかり出て来て話が全然わかんないんだけど、まあ、座ったら?」


コゴロウが変性で椅子替わりの石柱を作ったので、アーニャは空気を読まずにそれに座るように促す。

二人は顔を見合わせると、渋々といった雰囲気で腰を下ろした。


「それで、どこまで話したっけ」


「逃げるために荷を纏めたあたりであるな。して、先ほどから出ている、クリーガアやゲスタルとは?」


「括りだ。戦闘、偵察、狩猟などを生業とするのがクリーガァ。道具を作ったり、布を織ったりなど物を作るものがゲシュタル。モルケライは動物を扱う者たちだな。そこのライヒェなどがモルケライだ。ラグダの世話をしてくれている」


「ふむ。ギルドの様なものであるか」


「ギルド?……わからぬが、聞かれたら話とはあまり関係ないので気にしないでくれ」


そう言ってナーゲルは再び話し始める。


「陸竜がいつ襲ってくるか分からなかった。更に言えば、襲われれば逃げ切るのは難しい。そこで長老はアルヒェを3つに分け、それぞれが別のルートで縄張りを抜けることにした」


まとめ役はシュタルクであり、彼に近しいものを始めとするいくつかの一家が、その指揮のもとここまで流れて来た。


「ああ、人数が少なかったのは全員じゃ無いからか」


「他の民はどちらへ?」


「別方角へ逃れたよ。我々も縄張りを抜けた後、オアシスを渡って合流地点へ向かうつもりで居た」


「それもどうなるかわからねぇけどな。ヴェッターのおっさんも連れていかれちまったし」


「ヴェッターなら何か罪に問われるような事はしていないと思うが」


「んなの、相手の匙加減だろ!」


二、三人で自分達を皆殺しにできる集団に囲まれているとあっては、ツィンマーの不安も尤もな事。


「ふむ。言葉をいくら重ねてもその不安は払拭できぬであろうな。まぁ、我々も急ぐ身ゆえ、そう長くかからぬであろうが」


「もう少し腹膨らませるか?水もあるぜ」


「このクソガキっ!」


「ガキ呼ばわりされる謂れはねぇよ。成人したし」


「やめろツィンマー。子供に見えても戦闘職なら、我らでは手も足も出ないのは身に染みているだろう」


「……ちっ」


「まぁ、そんなカリカリせずに食えよ。二人はビスケット、貰いに来てなかったろ?」


「……どっからだした?」


アーニャが取り出したバスケットの中には、この世界では珍しいサンドイッチが詰まっていた。

収納空間インベントリに突っ込んであったランチである。


『良いのであるか?』


『腹が減ってると苛立つんだ』


こっそりコゴロウが念話で確認するが、アーニャは気にした様子なくそう答えた。

なんだかんだ言った所で腹は減っていた。ライヒェが誘惑に負けてバクバクと食べ始めると、ツィンマーも口にして喋るのを止めた。


「……王国ではこんなうまいものが食えるのか?」


しれっと手を出しているナーゲルも中々にしたたかである。


「うち特製だよ。んで、アルヒェを3つに分けて散り散りに逃げて来たわけだ。他のグループと連絡はつかないのか?」


「無理だな。オアシスを出て一週間以上になる」


陸竜の縄張りを抜けるには更に一週間以上かかり、そこから更に合流地へ行くまでその他のグループの様子を知る方法はないと語る。


ナーゲルの証言で、この流民たちが竜に直接追われているわけで無い事はわかったが、更に2グループ流民が居るのは中々に面倒だとアーニャは考える。

巫女の能力がどの程度かわからないが、その索敵に引っかかる可能性はあるからだ。


「うちらの人数が少ないのは、魔物の縄張りを通らないからだせ。その分、竜の縄張りが長いがな」


腹が膨れて気持ちが落ち着いたツィンマーがそう捕捉した。


「投げ飛ばして悪かったな」


「いや、アレは貴重な飲み水をぶち撒けようとした俺が悪い。すまん」


「本当にその通りたから弁明の余地も無いな」


「……ちったー庇ってくれや」


「お前がシュタルクの事であんなに突っかかるとは思わなかったからな。むしろ……いや、いいか」


言いかけて言葉を切る。

その様子に、コゴロウの役人としての直感が『何かあるな』と告げるが、聞いておくべきか迷っている間に念話が入る。


『アーニャ、コゴロウ、何処にいる?』


「おっと、リーダーからの念話だ。悪い』


ナーゲルたちに一声かけて、アーニャは念話に変身する・


『今は流民の天幕の側に居るぜ。水と食料を少し配って話を聞いてた』


『おっと、そっちか。方針が決まったから、皆を集めて相談したいんだけど』


『了解。こっちは大丈夫だから一度車両に戻るよ』


そう言うと3人に向き直る。


「聞きたかった事は一通り聞けたよな。ありがとう」


「いや、こちらこそ助かった。水と食料の恩に還すにはずいぶん足りないのはすまない」


「好きでやった事だからな。コゴロウ、日陰と柱は出発前に回収に来るでいいよな」


「崩すだけなら一瞬であるからな」


「何から何まで、すまない」


頭を下げるナーゲル、それに二人が戻ると知って頭を下げた流民たちに手を振って、来た道を装軌車両へと帰る。

既にクランの皆は集まっており、ワタルから次の日程の共有が始まる所だった。


「あ~……すまん。渇望者たちクレヴィンガーズと狂信兵団の3車両は、対陸竜へのおとりとして奴に追われることになった」


想像の斜め上の無茶振りをされてきたようだった。


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オアシスの民にとって飲み水をぶちまけるのは、炊き立てご飯をドブに捨てるような、常識的にはありえない感覚です。


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アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

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