第402話 流民支援

□流民たちの滞在地□


獣人の男の叫びを聞いて、大人の獣人たちが集まって来る。

人数的には10人ほど。ガタイは良いが、武装している様子がない。おそらく一般職なのだろうと二人は予測した。

経った二人でこれだけの人数に囲まれたら委縮してしまいそうなものだが、外見と能力が欠片も一致しない世界。むしろ取り囲んでる方の何人かは、すでに腰が引けている。


「おっ、おうっおう!てめぇら騎士じゃねぇな!?なにもんだっ!」


「いや、初声からどもるなよ」


「うるせぇ!」


威勢はまぁまぁだが締まらない。相手を外見で判断しないだけの知性を備えているおかげだろう。


「そっちの男にも言ったけど、水と食料の差し入れだよ。日陰も作るから、子供連れはそっちで休みなよ」


そう言うと男たちは顔を見合わせる。


「こいつら、頭を捕まえた奴の仲間だぞ!」


そう叫ぶと、今度は数人の男たちの顔が険しくなった。


「……ちっ!何の用だ!」


「……いや、記憶喪失?」


もう要件は伝えただろうと、アーニャが首を傾げる。


「ちげぇっ!……施しは受けねぇ!とっとと帰りな!」


「え、やだよ? コゴロウは日陰の準備をしてもらえるか? ほら、そっちはさっさと施されな」


男たちを意に介さず、降ろした樽から木製のコップですくった水を差しだす。

その姿にさすがにカチンと来たのだろう。


「ふざけるなっ!」


先頭の男は差し出されたコップを振り払おうとして……。


「げふっ!?」


水の一滴をこぼすことも無く振り払われた腕を避けると、開いた左手でみぞおちに拳を叩き込む。

前かがみに倒れる男をそっと受け止めると、足払いを仕掛けて仰向けに倒した。

そして無理やり口を開かせると、コップの水を流し込む。


「ほら、貴重な水だからこぼさず飲むんだぞ」


「ゲフッ!ゴフッ!」


盛大にむせるが、注ぎ込むアーニャは気にしない。そもそもそんなに貴重だという感覚も無い。


「な、ツィンマー!?」


「まあまあ、思うところは多いと思われるが、話が進まないので好意は素直に受け取っておくのである。別に潤沢なたくわえがあるわけでもあるまい?」


そこでようやくコゴロウが仲裁に入る。


「着の身着のまま逃げてきたと思受けする。貴殿らはともかく、体力の無い子供や御婦人には休息が必要であろう?」


「え、あ、いや……確かにそうだが」


「うむ。念話でどの程度の話を聞いたかは知らぬであるが、別に我々もアルヒェ・グラナードの全員と対立するつもりは無いのである。貴殿らの長が言った通り、我々も理法が納める国の民。知っている罪を見過ごすことも出来ぬが、善男善女を言われも無く迫害する理由も無い。むしろ、人類は助け合う事こそ神の意志である」


コゴロウがそう言うと、男たちは再び顔を見合わせる。


「ふざっ!げほげほっ!」


「なに、この支援の見返りに何かを要求するなどないのである。まぁ、代わりに受け取らぬことを認める気も無いのであるが。……なにせ、ここで助けねば命を落とす可能性があるものも居るであろう?転がっている御仁には申し訳ないが、そう言う事である」


「そそ、遠目にも明らかに顔色の悪いの、動きが悪いの居るしさ」


アーニャはスキルで遠くから見ただけだったが、それでもわかる状態なのは良いとは言い難い。

だからわざわざ支援を申し出たのだ。


「……わかった。ありがたく頂こう。皆に声をかけてくれ」


少しの間の後、決断したのは一歩引いて立っていた人間に近い獣人の男だった。


「ナーゲル!おまえ!」


「こいつらに、我々に施す利点はほぼ無い。返せるものもな。それにシュタルクたちが手も足も出なかったのだ。この二人にだって、全員で挑んでも勝てないだろう。敵意が無いというなら信じるしかない」


「だけどよっ!」


噛みついているのは、アーニャが最初に話しかけた獣人の男だ。

その声からしてやっぱり若いな、とアーニャは再確認した。


「ヘルト、シュタルクたちが罪に問われたのは自らの業によるものだ。むしろ一族全員が罪に問われなかったのは運が良い。外から奪った恩恵にあずかっていたのは、俺達も変わらない」


「っ!」


「わかったらいけ。子供と妊婦を優先しろ」


「全員に行き渡る位はあるから大丈夫だぜ」


「……感謝はしないぞ」


「するもしないも自由だろ?」


男たちが散って行って、遠巻きに見ていた者たちがゆっくりと動き出す。


「それでは、日陰を作るのである」


そう言うとコゴロウは少し離れた場所に両手をついて、変成トランスミュートを行使する。

乾いた岩と土で構成された大地から、ゆっくりと石柱が伸びる。太さは30センチほど。頑丈さを意識した……というわけではなく、単にこれ以上細くはコントロールが安定しなかっただけである。


「布の端をひっかけるところも必要であるな。日陰を大きくするために、少し斜めに設置することとしよう」


そう言いながら石柱を立てていくコゴロウを、流民たちが驚きの表情で見つめる。

錬金窯を介さない変成はそれなりにMPを使うのだ。踏み出す者アドバンスすら知らない彼らにとっては、ホイホイと慎重を越える石柱を生やすのは驚きに値する行為だった。


「それじゃあ、まずは水を配るぞ。ほら、あんたも寝てないで起きて、お替りがいらないんなら日陰に行きな」


「……くそっ!」


アーニャに軽くのされた男が、仲間に肩を借りて避難していく。

手加減したので大きなダメージには成っていないのだが、ともすれば未成年に見えるアーニャにあしらわれたショックはそれなりに大きかったらしい。

倒れていた彼が引き上げたことで、アーニャの下に人が集まる。


「1列に並べ~。水は十分にあるけど、最初は少しづつな。コップか椀があるなら持ってきて。自分の分は自分で。子供もだぞ。小さい子は、ちゃんと保護者がつれてくるよーに」


元々群がる程人数も居ないし、警戒していてそんな雰囲気ではない。

並んだ者から水を分け与えていく。


「これじゃ足りねぇよ。もっともらえないのか?」


「それ呑み切って、日陰で10分休んでからまた来な。一度に一気に飲むと体に悪いらしいぜ」


一人一人、顔を確認しながらアーニャは水を配っていく。


「美味しい!」


「冷たい!それにちょっと甘い!」


20人を超えたあたりで子供が、30人を超えたあたりで乳飲み子が混ざる。1週目、48人が終わるころには、まだ欲しいという者たちが後ろに並び始める。

小さな子供が群がってこないのを見て、ずいぶん統率されているという感想をアーニャは懐いた。


過酷な荒野で生きる民にとって、課されたルールを守るのは生存に必要不可欠な事だった。

それがこういった緊急時には功をそうする。


『天幕は張り終えたのである。食料もあわせて配るのであるか?』


『水が終わったら、天幕に歩いて配ろうぜ。清潔クリーンかけてやらないと、ちょっとばっちい』


『そうであるな。お腹を壊しては事である』


水を求める物に3週分振舞った後、残りを近くにいたナーゲルと呼ばれた青年の一家に任せて、アーニャとコゴロウは立てた5つの日陰にビスケットを振舞う。


「……清潔クリーン!」


「のどに詰まらせないようにゆっくり食べるのであるぞ」


真っ先に集まって来るのは小さな子供たちだ。

アーニャが清潔クリーンをかけて、コゴロウがビスケットを配っていく。


「あまい!美味しい!」


「ほんとにあまーい!」


「ありがとー!!」


彼らにとってはビスケットはかなりの貴重品。

あっという間に食べて、もっと欲しいとねだる子供たちを、また回って来るからと待たせて次の日陰へ。


「……ありがとうございます」


コゴロウがビスケットを渡したご婦人が、つやっぽい声色と共に彼の手を取る。

コゴロウは喋らなければさわやかイケメンな笑顔を浮かべつつ、『MPの消費が激しいであろう。代わるのである』とアーニャに木箱を押し付けた。

アーニャがじっとりとした視線を送っているが、気にした様子は無い。


そんなやり取りをしながら2時間程。用意した水とビスケットは無くなり、流民たちは本格的に一息入れることが出来た。幸いにして対象を崩す者も出ていない。


何人かは騎士団に連れられて行ったが、すぐに戻ってきた。

犯罪歴を調べらているのだろう。帰ってきたという事は、拘束するほどの事案は無かったという事だ。


「……すまない。あんなことを言っておいてなんだが、水も食料も余裕がなかったから助かった。ケガ人、病人の手当まで」


ナーゲルと呼ばれた男が戻ってきて頭を下げた。

落ち着いたからか、ずいぶんと物腰が柔らかく成っている。


「あたしらが好きでやったんだから、別にあんたが礼を言う必要は無いさ。当人からもう貰ったからな」


アーニャは肩をすくめた。

流民たちは落ち着いて、コゴロウが作った日陰でくつろいでいる。子供たちはお腹が膨れて、うとうととしている者が殆どだ。


「それよりも、ちょっと教えてもらってもいいか?」


「……なんだ?答えられることであれば構わないが」


「あたしがワタル……うちのリーダーだな。ワタルから聞いた話だと、アルヒェってもう少し人数が居るだろ?」


ワタルの知識は2年前のほどだったが、アルヒェの住人は小さくても200から300人ほど。

逃れてきた流民は57人で、明らかに少ない。身なりからして急いで逃げてきたのは分かるが、着の身着のままと言うほどでもない。

そして何より戦える者が少ない。

それはあまり社会経験が多くないアーニャでも、違和感を覚えるほどだった。


「陸竜から逃れてきたって聞いたけど、逃げ出す前後とかも含めて、少し詳しく教えてもらえない?」


分かる範囲で良いと、アーニャはそう問いかけた。


「……ああ、それぐらいなら」


そう答えると、ナーゲルは少し思案する。

アーニャたちがアルヒェについてどれだけ知っているのか、どんな情報が欲しいのかが分からない。

しかし、順を追って話すしかないと記憶をたどる。


「……私が知っているだけの話に成るが……そう、異変を感じるようになったのは、今からひと月くらい前の話だ」


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夏休み前の山は越えました。やったぜ。


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