第401話 停滞の荒野

「ごめん、迷惑かけた」


殿下の居る天幕から離れ、メルカバーに戻って3人に頭を下げた。

まいったね。もう少しコントロールできると思ったんだけど、しゃべり始めたらもう駄目だった。


「聞いていた通りだったから大丈夫だよ」


コゴロウやここに居ないタリア、バノッサさんも含めて、今回の作戦で遭遇する可能性のあったアルヒェの問題については共有してあった。

もちろん、集合知の影響で俺のメンタルが不安定になって喧嘩を売る可能性も考慮の上だ。

それでも難民として遭遇した以上、事を荒立てずに対処するつもりだったが、ご覧の通りうまくいかなかったわけだ。


「治安は良くないと聞いていましたが……」


「グラナードが特に悪いってわけでもないからね。死の大地の流民たちは盗賊と紙一重だよ」


毎年、この死の大地を越えようって無謀な商人や冒険者が何組かは出るが、その何割かはどこかのアルヒェで襲われて帰らぬ人となっているようだ。

2次職後半や3次職であっても、友好を装った相手に不意打ちされたり、毒を盛られたりしたら対処は難しい。

昼と夜の寒暖差が激しい荒野で疲弊し、やっとの思いでたどり着いたオアシスで気が緩んだタイミングではなおのことだろう。


まぁ、残りも荒野で迷ったり、魔獣に襲われたりしてロクな目に遭わないんだけれど。


「でもまぁ、『殺したい』ぐらいですんで良かったよな。姉さんの予測が当たったら流石に王子様もどんびきだっただろうし」


「あ、こらっ」


「ん、どういうこと?」


タリアが何か言い残していった?


「キメラの実験材料にするとか言い出したら止めなさいって」


……しまった。


「その手があったか!」


「無いですからねっ!」


バーバラさんがこちらを睨む。

いや、でも、さ、どっかで人体実験をしなきゃいけないし、クソ共に死ぬより深い苦しみを与えられるし、万々歳では?


「……今からでもだめかな?」


「言い切る前に殴って止めろ、って言われてるんだ」


……うぐぅ。


「為政者は外聞を気にするのである。そういう話は王子殿の関わらない所ですべきであろう」


「まぁ、一応神に与えられた職業で相手が罪人でも、人体いじくり回すのに関与していたとなれば評判落ちそうですしね」


同じような理由で、死者を弄ぶと言われる死霊術師も評判が悪い。

救われる人もいるが、そうじゃない者も当然いる。気持ちの問題ばかりは割り切れるものじゃない。実際、集合知の影響を受けた俺も同じだし。


「ところで、この後はどうなるのであるか? 流石にアルヒェの民を皆殺しにはしないと思うのであるが」


「襲われてる民を見捨てたってのは、自国民じゃなくても聞こえが悪いですからね。特に王子が率いるこの軍だと、王の評価にも影響でかねません。今回捕まえた犯人の一部は生かして東大陸国家連合に引き渡したい、というのもあります。部隊を割ることになるでしょうね」


ザースを目指す本体と、一旦エーデに引き返す部隊に分かれるだろう。


犯罪者共は縛り上げて車両の荷台に詰め込むとして、残りの民は……ん〜……護衛しながらに落ち着くかな。

おそらく戦闘が可能なメンバーは概ね拘束されるだろうから、残された民には戦力がない。魔物や魔獣に襲われればひとたまりも無いだろうから、それは見過ごせない。


この世界の統治者、王や貴族らは住人の支持が得られていないとスキルを十分に発揮できないから、こういった時には自国民でなくても見捨てられない。

民は英雄譚を求めるのだ。


大抵の国は、地球の治安の悪い国より随分治安が良いのもそのお陰だろう。後は、嘘が付けないのが要因か。


「となると、我々は指示待ちであるか」


「そうですね」


「それなら、流民の様子を見てきてもいいか?ちっちゃい子もいるんだろ?」


「いいけど、構っても喜ばれるとは限らないぞ」


「わかってるよ。ワタルがやりそうな感じでやるから」


……俺がやりそうな感じって何さ。


首を傾げていると、殿下たちとは別の天幕のほうからやってきた兵士に声をかけられた。


「リターナー様、グラナードの民の罪状を確認するのに、少しご協力いただきたいのですが……」


あんまりやりたい仕事では無いのだが……兵士の目が、やりたく無いなら告発すんなと言っている。

分かりましたよ、行きますよ。


アーニャとコゴロウを残して、俺は嫌な仕事に引っ捕らえられたのだった。


………………。


…………。


……。


「水には塩と砂糖を溶いて……食べ物はビスケットでいいかな」


「ジャムが挟んである奴であるか?」


「うん。簡単に食べられるし、一つ一つは小さいからこういう時向きだってワタルも言ってたし」


アーニャはメルカバーと自らの収納空間インベントリから食料を引っ張り出す。

遠目にもだいぶ疲労の見える流民たちに、恩を売るついでに水と食料を与える準備である。


「飢えてる相手にはいきなり重い食事を与えてはならない、であったか」


「らしい。あたしもよく分かって無いけど」


ワタルたちと出会う前、孤児院に隠れ住んでいたころの自分達よりは元気がなさそうだと推測する。

彼らやウォールでの難民を見ていると、あんな状況でも街中はマシだったんだなとアーニャは思う。街中ではちょろまかせる食料がぼちぼちあったし、まだ本格的に寒い季節でも無かった。


「日陰を作ってやりたいけど……コゴロウ、頑張れる?」


「む、某は変成トランスミュートはあまり使いこなせないのであるが」


「あたしは錬金術師取って無いもん。バーバラ姉さんがワタルに着いて行ったから、じゃあコゴロウがやるしかないじゃん」


「……大布が何枚か荷台に有ったはずであるな。持って行くのである。柱はともかく、屋根は壊れない保証が出来ないのである」


ぶつくさと言いながら荷物をまとめ、水の入った大ダルと食料を背負うと、狂信兵団のメンバーにメルカバーの見張りを任せて流民たちの集まっているエリアへ向かう。

結構日差しが強いのに、影になる場所が殆どない。わずかな荷馬車の影に人が集まっているのが見える。


「そこの騎士様。ちょっと難民の皆さんに挨拶したいんだけど、いいかな?」


「む……たしか、リターナー殿の仲間であったか?特に制限はしておらぬが……それは?」


「天の恵みである」


「……後で自分たちの分が無くて困る……などという事は無いんだろうな?」


「もちろん。こっちの食料を出す分には問題無いだろ」


コクーン経由で各地との行き来が出来るワタルたちにとって、補給の問題はほぼ無いと言っていい。

食料も水もあちら側にもこちら側にも十分に準備して在り、ワタルの収納空間インベントリの中には荷を抱えた亡者も数人待機している。実際の所、すぐに取り寄せられる分と合わせれば、今回の遠征全員分の食料を補える程度の準備はされて居た。


警戒をしていた騎士にOKをもらったアーニャは、休んでいる流民たちに目を向ける。


「グループ的に……人数が多いのはあそこかな?じゃあ、親切の押し売りに行こうぜ」


「……ずいぶんとワタル殿に似てきたであるなぁ」


「えへへ、そうか?」


「……別に褒めていないのである」


物おじせず一団に向かって歩いていくアーニャの背中を、少し離れてコゴロウが追う。

まぁ、ステータス差を考えれば物おじのしようも無いのであるが……それに気づかない相手ではない事をコゴロウは祈った。

何せ咄嗟に手が出た場合、うまく手加減が出来るとも限らない。


「ちょっといいかい?」


「……あん?」


アーニャが声をかけたのは、一団の端で寝転がっていた獣人の男。

人と獣が半々くらいの犬か狼の獣人で、彼女の感はそれなりに若いと告げていた。アーニャは人要素が多いタイプの獣人なので、獣度が半分を超えると年齢などの見分けは出来ない。


「うちの首領ドンから、水と軽食の支援だ。全員分あるぞ」


心の中ではワタルの事を師匠と呼んでいるアーニャであったが、対外的には狂信兵団の悪影響を受けて頭目ボスとか首領ドンとか呼ぶことも多い。

信心深い信者からは教祖メシアと呼ばれ始めていて、それだけは何と回避しようとしているが、絶賛うまく行っていない最中である。せめてリーダーで納めてくれ、とはワタル談。


「……首領?……何者だよ?」


「よっ……と、ん~……対外的には商会長?アース教団の教祖か?」


荷物を降ろしながらコゴロウに問いかけると、彼は顔をゆがめた。


「ワタル殿が泣くであるよ。それに教団では無く、狂信兵団はクランである」


「あたしその辺よく分かんないんだよ。聞くみんないうこと違うしさ」


渇望者たちクレヴィンガーズの中ではリーダーで統一されているが、亡者を含めた他のメンバーは、それぞれによっていうことが違った。意思統一をサボったツケである。


「ワタル・リターナー、聞いた事ない?」


何度か天啓アナウンスで名前が流れている。もしかしたら覚えがあるかも知れない。

そう思って聞いてみたが……。


「うちの頭をふん捕まえた奴じゃねぇか」


当然ながら騒ぎになった。


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すいません、2週間ぶりとなってしまいました。

資料作成だったり試験だったりの仕事が湧いてきてちょっとバタついてます。進みが遅いですがご容赦ください。


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