第398話 アルヒェ・グラナードの流民
エーデを出発してから一日半。
装軌車両を用いた行軍は順調であり、荒野の三分の一以上を走破していた。
規定出力の7割から8割ほどの速度。さらに最低でも45分走ったら15分の休憩、食事を兼ねた45分の休憩を3回と、無理をしない行軍だが、それでも実質初めての作戦でトラブル無く200キロ以上進めているのは僥倖だろう。
『全軍、この先は少し斜度が有る。左に迂回』
『了解』
この成果の何割かは、王子による索敵スキルの共有と、さらに同行している巫女の千里眼による道案内によるものだ。
未開の荒野は悪路であるが、道案内によって車両の走破能力を最大限に発揮できた。
『本当に魔物が少ないんだな』
現在使っている索敵は
『この辺は人里から離れすぎていて、自然発生も少ないからね』
僅かに人の住む、荒野のオアシスがある地域からも離れている。価値のある物も少ないため魔物は湧かないし、湧いたとしても育つ為に移動してしまう。
『こういう所には得てして魔物以外が潜んでいたりするから、注意するに越したことはないけどね』
おっと、これはフラグになっちゃうかな。
野生動物ならいざ知らず、こんな所で魔獣なんぞとやり合いたくないが……。
『先陣に伝令!』
そんな事を考えていたら、後ろから念話が飛ぶ。マジかよ。
『およそ3キロ先に獣人らしき人の集団が確認された。数は50、子供を含み非武装に近い。荷馬車は少なく流民の様相。このまま進むと遭遇する。斥候を出し状況を報告せよ。それ以外の者たちは1キロ手前にて待機する』
おっと、魔獣とは違ったがトラブルか。
『こちらワタル・リターナー了解。ジェイスンさん、斥候職を2名出してください。アーニャ、集団より500m手前で待機。バーバラさん、コゴロウ、出ますよ』
『『『了解』です』である』
伝達通りにしばらく進むと、
『装軌車両で近づきますか?』
『いくら何でも威圧が過ぎる。歩いていくよ』
バーバラさんの質問にそう返す。そのための待機指示だ。
……ぶっちゃけ、あまり関わり合いに成りたくない手合いの相手だろうと予想はつく。
それでも調べてこいと言われたらお仕事だ。やらねばなるまい。そしてやるなら、穏便に済ませられる道は残しておくに限る。
「殿下との連絡は我々も行わせていただく」
装軌車両を止めた所で、ゴーレム騎士が二人同行すると告げられた。一人は先日ジリング卿の護衛をしていたタブーツ氏。ちょうどゴーレム騎乗の番だったらしい。
「折衝も首領がやられるんで?」
「その首領ってのはやめて」
「失礼しやした、
同行してくれる兵団員の回答に顔をしかめる。なんとなくニュアンスが変わってない気がするが……ええい、気にしても仕方ない。
件の集団との接触もタブーツしがやってくれればいいのだが、しょっぱなに接触するのはあくまで下っ端の役目だ。
ここは国外だから特使権限も聞くが……まぁ、連合未加入の集団ならあまり意味は無いな。
停車した装軌車両のはるか先に集団が見える。
久しぶり
ホロ付きの荷馬車が2台に、ホロなしが1台。ただし引いているのはラクダである。
民は皆、フード付きのマントを羽織っていて、比較的身軽な様相である。転じて、荷が少ない。
背の低い物もちらほら見えるが、ここからでは子供なのかハーフリンクなのか不明。
ただ明らかに乳児とみられる子供らしきものを抱えた人物がいるので、賊の心配はしなくて良さそうである。
「このまま距離を詰めるのか?」
「それは不用意でしょう。向うがこっちをどれだけ認識しているか不明なので、数が少ないと判断されたら先制攻撃をされるかもしれません」
先手必勝。基本的には先に仕掛けたほうが有利なのだ。こっちがどんな存在か分からない以上、場合によっては先制を選ぶ可能性は十分にある。
もし相手に3次職が居た場合、対策なしで先制攻撃されるとそれで壊滅しかねない。だから殿下たちはかなり離れた後方に位置している。
「そんなわけで、欲張り三点セットのお出ましです」
取り出したのは久しぶりの弓と矢。ちゃんと使うのはいつ以来だろう。
矢羽根には
「さて、ちゃんと使うのは初めてかな。
侍のスキル、
初速が上がれば飛距離が伸びる。40度近く上に向けて放たれた矢は、優に200メートルを超えて飛び、集団の手前に落ちた。
……長弓も準備するかなぁ。この飛距離だと、武器としての価値が無い。
まぁ、今はそう言う話をしている場合では無いな。
「あー、聞こえているか!私はクロノス王国特別戦車師団、ワタル・リターナー。こちらの声が聞こえていれば応えよ!汝らは何者であるか!」
腹に力を入れて声を張り上げる。
『聞こえているか!我々はアルヒェ・グラナード!この地を渡る遊牧の民なり!』
アルヒェ・グラナード……集合知がここより少し北西に位置するオアシスを拠点としていた民だと教えてくれる。
「聞こえている!見えている!こちらは念話にての会談を望む!既に汝らは範疇に有り!名前を告げよ!」
『……貴殿らの心遣いに感謝する!儂の名はシュタルク!我々に害意は無い!それを示すためにも直接話がしたい!可能であろうか!?』
「……直接話をしたいと言っていますが?」
「ふむ。……こちらの人数に合わせて7名の代表者と、中間地点にてという具合であるかの」
「了解。伝えます。非武装を要求しますか?」
「こちらの武装解除は出来んぞ」
「まぁ、そうですね。それで打診してみます」
こちらからの要求を伝えると、それでも構わないということになった。
一団の代表は騎士タブーツ氏にお願いする。俺は二番手以下に居たほうが何かとやりやすい。
互いの集団のちょうど中間地点、10メートルほど離れたところで向かい合う。すでにスキルの範囲内。この距離だと流石に相手の事が分かる。
向こうは……獣人で男が3人、女が4人。魔力の反応から一人は子供のように見えるな。この場に代表として来る者としては違和感があるな。
「東の理ある国の者たちよ、感謝する。我らは武器を持たぬ。それを見せよう!」
7人はローブを抜いてぐるりと回る。少なくとも武装しているようには見えない。
ずいぶん念を入れて来るな。
シュタルクと名乗った男は鬣がある半ライオンの獣人か。人の顔と、獣の顔がまじりあってどちらに出も見えるタイプ。後は……わかるのは狐、ウサギ、カバ……完全に頭がネズミなのが一人。後の二人は何の獣人かぱっと見分からない。
「ふむ。ここまでされては此方も相応の態度をしめう必要があるの。致し方ない。……儂の名はクロノス王国が騎士、アンダーソン・ライカ・タブーツ!汝らの友好の意志、確かに受け取った!」
『いいんですか?』
『……まぁ、しゃーないんじゃない。直接会いたいって事は、相手のうち一人は真偽官かな?封護官がいるかも知れないけど、向こうは非武装って考えるとそっちは心配しなくていいと思う』
バーバラさんの質問に答える。
アルヒェ・グラナードのシュタルクと聞いて、俺は今、超気乗りしない状態になってる。とりあえずタブーツ氏に任せよう。
更に歩みを進めて、タブーツ氏とシュタルクが握手を交わす。
同行していた騎士の緊張が抜けるのが分かる。俺から見てもわかる程に場慣れしていないな。
「急ぐ道の途中、ここで会えたのは運が良い。貴殿らがなぜここにいるか、それは訊かぬ方が良いな」
その問いにタブーツ氏が頷く。まぁ、軍事作戦の真っ最中なので、あまり大っぴらに話せす事じゃない。
「では我々の状況だけ伝えよう。そしてもし貴殿らの役に立つなら、力を貸してもらいたい」
「ふむ……。協力できるかは分からぬが……うわさに聞く遊牧とやらでは無いのじゃな?身なりからして違うと想定して接触させてもらったが……」
「ああ。見ての通り、着の身着のまま逃げている最中だ。人数は57人。乳飲み子も5人居る。大人の中で戦えるのも、儂を入れて10人に満たない」
「なんと……まさか魔物に集落を?」
周りの集落と離れ過ぎていて、それほど強い魔物は生まれないはずだが、人の住むオアシスの周囲には確かに魔物は湧く。
群れを形成できるほどまで成長したか……後は魔物の支配地から集団が遠征でもしてきたか。
余りメリットが無いので魔物も放置だと思っていたのだが……。
「いや……そうではない」
しかしシュタルクは首を振ってそれを否定。
一度後ろを振り返り、再度こちらを向いて重々しく口を開いた。
「
あ、いかん。頭痛もしてきた。
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アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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