第397話 厄災の目覚め

人と相対する者が巣くうのは、暗い穴倉の中と相場が決まっている。

ワタルたちがエーデにたどり着くより2週間ほど前、人類からは死の大地と呼ばれる広い荒野に開いた穴の一つに、小さな魔物たちが集まっていた。


3頭身ほどの小さな体、長く曲がった鼻、頭は剥げ、顔にはひどく醜いしわが刻まれている。そいつらは甲高い声を上げながら穴の奥を目指して進み、しばらくするとその声も聞こえなくなる。

すると次の集団がやって来ては、また穴の中に消えていく。


最も弱い亜人の魔物にして、時に最も脅威と恐れられるモノ。ゴブリンたちである。


ゴブリンたちは現れては穴の中へ消え、現れては消えを繰り返すこと数日。

徐々にその数は増えて行き、穴へと下らなかった者たちがその入り口を取り囲み、その数が100を超えた頃、質素ながらも頑丈な造りの大籠に乗って、1匹のゴブリンと数人の男たちが現れた。


「ようやくたどり着いた。いやぁ、長旅だったね」


正常な人間が聴けば、誰もが不快感をいだかずにはいられない甲高い声。


「ボガートさま……ここが……そうなのですか?」


続く男が名前を告げる。

クロノスに巣くう魔物の将が一つ、影に棲むモノ、ゴブリンの王ゴブリン・キング、ボガート。エリュマントスやプリニウスと並ぶ、10万G級準ミリオンズの魔物である。


「そうだよ。この穴倉の奥の奥。よわーい魔物は、ここに居るだけで自分の身体を保てないくらいの魔力の乱れがある。だからこの周辺は魔物が少ない。さぁ、行こうか」


「はい」


そう言うとボガードと男たちは大穴の中へと足を勧める。

中は暗くひんやりとしているが、横幅は全員が広がって歩いても余るほどで、高さも見上げるほどに高い。ごつごつした岩肌がむき出しだが、どう見ても天然の洞窟には見えなかった。


松明トーチは……ダメですね」


「魔術の維持力が弱い術は使えないと思うよ」


「では、松明を使いましょう」


そう言って布を巻いた松明に火を灯そうとして、発火マッチすら使えない事に気づく。


「人間は不便だね。ええっと……こんな感じかな。灯火イグニス


「おお、ありがとうございます」


見るものが見れば、それがスキルではない事に気づいただろう。

しかし男たちはそれに気づくことなく炎を分け合うと、ボガードに続いて奥へと進む。


洞窟は奥へ進んでも同じように広がっている。時折、大小さまざまな横穴が開いているが、人が通れそうなものは無い。おそらくこの穴の主とは別の生き物が空けた物なのだろう。

しばらく進むと分かれ道。ボガードは迷わず左の道を進む。


「あちらは?」


「地下の水たまりに通じていたよ。他にもいくつか通路があるけど、気にしなくていいよ。この手の生き物は出入り口をいくつか作るけど、多分、風通しくらいしか考えてないから」


そう言ってボガードは進んでいく。

先にこの穴に侵入したはずのゴブリンたちの姿はどこにもない。この先に何が待ち受けているか聞いている男でさえ、薄気味悪さを感じずにはいられない空気。

奥の方からは時折、風が吹き荒れるような音が響いて来る。


そうして穴に入って15分も進んだであろうか、幾つかの分岐の先に大きな地下広間があり、そこにほぼみっちりと詰まる形でそいつが鎮座していた。


「陸竜・ロックドラゴン。ええっと、何て呼ばれてたっけ?」


「ボガード様っ!もう少しお声を小さくっ!……カトプレパスでございます」


「そうそう、それだ。人は不思議だよねぇ。カトプレパスは牛の魔獣なのに、竜にその名を付けるんだから」


「我々は牛の魔獣を見たことがありませんが……」


「まぁそうか。アレは東大陸の魔物じゃないからね。今もどっかで生き残ってるとは思うけど……まぁどうでもいい話だよね。それよりこいつさ。凄いよね。数いる陸竜の中でもひときわ大きい。石化のブレスで生き物を固めて食らう偏食家」


「近づいても大丈夫なのでしょうか」


「今は北の竜の活動期だから、あと10年20年くらいは起きないんじゃないかな。竜たちが同じエリアで起きるのは繁殖期だけだし、その繁殖期は数百年単位でしか来ないって」


「何とも不思議な生き物でごさいますな」


「人類とは感覚が違うよねぇ。さて、予定通り周囲の散策をお願いするよ。僕の分体はこいつの鼻息に当てられただけで雲散霧消するし、こう魔力が乱れてちゃ、核があっても自由に動けないからね」


「はい。行ってまいります」


そう言って男たちが散っていく。


「さぁて、何かレア物はあるかなぁ。糞の一つでもそれなりのもうけには成るだろうけど……」


鉱物・岩石を主食とするロックドラゴンは、体内で希少な金属を濃縮する特性があった。

それは排泄物……つまり糞だの尿だのによって体外に排出され、高濃度の魔力を含んだ希少な原石となる。人類が採掘している魔鉄や魔導銀ミスリルの鉱脈は、これや地竜によって形成されたものであった。


暫くすると男たちは頭陀袋を抱えて帰って来きた。

ボガードはその中身を改めると、有用なものだけを選んで魔術で開けた穴に放り込んでいく。転送円影シャドウ・ポータル……物体を遥か遠方まで送る魔術であり、人類には使えない術の一つである。


「おっと、これはアタリだねぇ。アダマンタイトの含有量が多い。精錬すれば短剣くらいには成るかな?ラッキーだね!」


「おお、ありがたき。これで私も?」


「そう焦らないでさ。この任務が成功したら、みんな揃って推薦してあげるから。……それは?」


「反対側のあなの溝に落ちておりました。どうぞ」


「……へぇ、こいつは凄いね。……これはオイラがもらってみるかな」


そう言うとボガードが一抱え以上ある鉄板の様なソレを抱きしめる。

するとそれは解けるようにボガードに取り込まれていった。


「おお、これは中々だよ。こんなにリソースが増えるのは久しぶりだね」


「一体何だったのですか?」


「あれは陸竜の鱗だよ。めったに剥がれ落ちないんだけど、運が良い。あの一枚でも、盾や鎧に加工すれば2次職のスキルくらい弾き返せる防具になる。素材状態でも、数万Gの価値はあったね。やったじゃん」


「ありがとうございますっ!」


ボガードの言葉に、鱗を拾った男が歓喜の声を上げる。


「うんうん、さて、めぼしい物は一通りかな?あんまりゆっくりもしていられないし、最後の仕事にとりかかろうか」


「最後の仕事ですか?」


男たちが首を傾げる。

彼らが聞いていたのは、ここに魔獣が眠っていて、魔物たちでは回収できない素材があるという話だけだった。


「そうだよ。一番大変なのはこっからさ。この仕事が終わって国に帰れば、みんな魔人に推薦してあげる。逆に言えば、それくらい大変って事だからね」


「はい。ありがとうございます」


「うんうん。君たちはそろそろ年齢が年齢だし、ここいらで大きな功績を上げておかないといけないからね。今回の仕事には適任だよ」


「はい。それで我々は一体何をすれば?」


「まずはこっちかな」


そう言うとボガードは男たちを引き連れて、カトプレパスの正面に当たる通路まで男たちを導いた。

目の前では陸竜が寝息を立てていて、とても平静を保っていられる環境ではない。それでも男たちは着いて行くしかなく、どんな難題が振られるのか戦々恐々としていた。


「この辺は普段人類が通るルートからは外れていて、あまり警戒する必要は無いんだけどね。ずいぶん昔に、本国の方から人が逃げるのに使ったらしくてさ。逃げるのに使えたって事は、攻めるのにも使えるって事でしょう」


「はぁ」


「だからね、起爆デトネーション


その瞬間、陸竜の周囲で轟音と共に爆発が起こる。


グォォォォ!!


「なっ!?ボガード様っ!!」


思わず頭を抱えて地に伏す男たち。

突然の衝撃に陸竜が咆哮を上げて目を覚ました。


「キミたちはエサだよ。人類の味を思い出してもらうためのねぇ」


「なっ!そんなっ!」


「ああ、ちゃんと逃げ切って国に帰ってきたら、約束通り魔人に推薦してあげるから、頑張ってね。これから逃げられるなら優秀な人材さっ!」


次の瞬間には、ボガードは影の中へと消え去っていた。


「ボガードさっ!?」


男が最後の名前を叫ぶより早く、伸びてきた陸竜の口がその男をすりつぶした。


グルッルルルッ!


陸竜はまだ眠気の抜けきらない頭を振るう。

大きな音がして目を覚ましてみたら、目の前に何かが居たからとりあえず咥えてみた。どうやら食べられるものだったらしい。柔らかすぎて食べた気はしないが、喉の渇きを潤すには使えるかもしれない……とそんな感じだろう。


「ひっ!畜生!こんなところで死ねるか!魔投槍マナ・ジャベリン!」


男の一人が魔術を放つが、それは陸竜に当たる前に弾けた。

肉体の周囲に高濃度の魔素を纏っている陸竜相手では、対象に当たる前に魔術が発動してしまう。離れた位置で発動した魔術では、難い鱗に阻まれてダメージを与えることが出来ない。

ボガードが陸竜を起こすために使った魔術も、実際の所は音だけであり、竜にダメージは与えていなかった。


「ここじゃロクなスキルは使えない!逃げ……」


「帰れば魔人だっ!あのゴブリン野郎、覚えてや……」


背を向けて走り出した男たちを、陸竜が瞬き一つする間にかみ砕いて飲み込んだ。断末魔の悲鳴を上げる猶予も無い。

スキルで表すなら、それは高速移動。

けれど人が使うそれよりも圧倒的に洗練されたその術に、男たちはあらがう力を持たなかった。


「ああ……足が……ひぃっ!?」


一人、噛みつきを逃れてしまったその男は、足を捥がれて地面に転がった。

その前に陸竜の頭が迫る。


「だっ、だれか、たす!あしが……へ?」


残った片足で後ずさり、何とかその牙を逃れようとして違和感を覚える。

身体が上手く動かない。足から出血していない?それより息が……。


ゴフゥゥゥ。


陸竜の吐き出したい気は、男を石の塊へと変えていた。

陸竜はそれをバリボリとかみ砕くと、目を動かして周囲を伺う。動くものは無い。

体内時計はまだ寝ている時期だと告げているが、再度眠りにつく気は起きなかった。反射的にとは言え、何かを口にしてしまったのがいけなかったのだろう。身体が空腹と渇きを訴えている。


グルルっと喉を鳴らした陸竜は、その巨体に見合わぬ軽い足取りで穴倉を進み始めるのだった。

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